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魔界と人間界の花
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実践不足ね、と彼女は笑う。
「アルマ! しっかりして、すぐにお医者さんに……」
確かに敵の隙をつくことは出来た。だから彼らに気付かれず張り巡らせた魔法陣の効果を発動、一網打尽の氷魔法で氷漬けにすることができたのだ。
しかしカンナという少女に刺されて重傷なのは変わりない。
ぐったりとした彼女を抱くと冷たくて、凍りつきそうになる。
「ダメよ。オルニト」
アルマが弱々しく制止し、また痛みに顔をしかめた。
「はやく……あたしを置いて逃げなさい……っ。村からも出るの。もう追っ手が……」
「そんなこと出来ないよ!」
何故こんなに事になっているのだ。
チンピラに追われ逃げ帰ってから外には出ていない。しかしその間に何があったというのだろうか。
「よく聞いて」
彼女の青い瞳がまっすぐ見つめる。
「今、あんたは魔族にも。そして人間にも狙われているわ」
「え?」
「勇者と魔王の力を同時に持つ者として、それぞれがあんたを欲しがっている」
「勇者? 魔王? なんのことか全然わかんないよ」
「説明している時間はないわ……もうすぐ……」
いよいよ弱々しくなってきた呼吸。怖くてすがりつく。
「嫌だ! 一緒に行こう、僕がアルムを背負っていくから!」
「ダメよ。置いていって」
「なんで!? ずっと一緒だったじゃないか!」
あの日から。
禁忌の魔法をつかった子供を救ったのはこのエルフだ。
「もう。泣き虫なのは変わらないんだから」
「っ、変わらないのはアルムもだろ……」
なにも出来ない自分がふがいなくて悔しくて、涙が滲んでくる。
自分はあれだけ助けられたのに。
幼い頃だけじゃない、今までずっと。村の人にうとまれてきた時もあったが、彼女が村に馴染んできたと同時に少しずつだが風当たりは弱くなってきた。
時間が解決しただけではないのだろう。人の印象というのはその後の行動で多少変わるのかもしれない。
たしかに腫れ物扱いではあったものの、あからさまに悪意を向けられたりといったことはなかった。
これだって彼女や、育ての親たちのおかげなのだろう。
「あたしの事はいいから。今すぐ村を出なさい。んでもって、そこのアホ勇者」
「オレぇ!?」
ケンタロが肩をビクつかせる。
「あんたよ、あんた。ちょっとは反省したみたいね」
「す、すんません。あの時はマジで調子のってたというか……」
慌てて頭を下げる彼にアルマは力なく笑う。
「もういいわよ。この子を助けてくれてありがとね。さすが場数踏んでるってだけあるわ」
「えっ」
「あの時、あんたには分かってたんでしょ。張り巡らせた魔法陣が発動するタイミング。だからあたしにオルニトを近づけさせなかった」
「ま、まあ。そうだろうなって。貴女みたいな百戦錬磨な人が、あのままカレン達に倒されるはずがない。捨て身でもなんでも策は用意してるって思ってたから」
「百戦錬磨、かぁ」
彼女は目を細める。
「すっかりなまっちゃったけどね。でもあんたになら頼める」
大きく息を吸って、少し咳き込んで血を吐いた。
「っ、この子を頼む。東の国の――」
息も絶え絶えで言った土地の名に、ケンタロが目を見開く。
「それはオレの、いやオレたちの生まれ故郷だ」
「そこに送り届けて欲しいの。信頼出来る人がいるわ。遠い道のりだろうけど、もうあんたにしか頼めない」
「でもなんでオレなんかに」
「……あんたの仲間には、洗脳・誘惑の魔法がかけられていたわ」
「は、はぁ?」
怪訝そうな顔をしながらも、どこか思い当たることがあるらしい。
少し考え込むようにしてから。
「なんでオレは無事だったんだろう」
と呟いた。
「それはあたしにも分からない。でも少なくともケンタロ、あんたにこの子を託したいのよ。この子を王国の奴らに利用される訳にはいかない。きっと死ぬより酷い目に遭うわ」
「そうか」
そして躊躇なくオルニトの肩を抱き寄せた。
「オレに任せとけ。偽物かもしんねぇけど、一応勇者だからな!」
ニカッと笑う彼に、アルマは少し驚いた顔をする。そして。
「そうね。あんたは確かに勇者だわ、アホだけど」
と目の端を緩ませた。
「あんまりアホアホ言うなっての。ともかく頼みは聞くとして。あんたも一緒に脱出するぜ」
「……」
「なに驚いた顔してんだよ。それが勇者の役目ってもんだ」
そう言って差し出した手を彼女は弱々しく取る。
「身の程知らずのアホ勇者ね」
「だからアホは余計だっての」
そんな二人を見て、オルニトはうつむいた。
自分はあくまで守られる側でしかないことの不甲斐なさに。
「でもね、もう身体が動かないのよ」
そして小さく咳き込んでまた血を吐いた。
「アルマ! しっかりして、アルマ!!」
青ざめた肌を撫でて必死に呼びかける。
「僕も魔法使えるかもしれない」
オルニトは懸命に記憶を探った。
魔物に攫われる前、自室で見つけた魔法書。そこに書いてあった呪文の存在をようやく思い出したのだ。
「っ、ええっと。回復魔法……あ、えっと……」
なんせ数分、眺めたくらいのものだ。回復魔法のページであることは確かなのだが。
しかし時間かない。
頭に閃いた不確かな呪文の羅列を口の中に転がすように唱えた、その瞬間であった。
「うっ」
まばゆい光がオルニトの腕の中、アルマの身体を包み込む。
あっという間に黄金の繭のようなものに包まれてしまったのだ。
「おい何したんだ!」
「わ、わかんないよ……ただ回復魔法って本には書いてあったから」
予想外のことで呆然とするが、巨大な卵のような状態のそれはかすかに脈を打っていた。
「これって」
オルニトがそっと繭に触れた時。
辺りに響く爆発音と、集団の足音がけたたましくこちらに近づいてくる。
どうやら追っ手がきたらしい。しかも数が尋常じゃない。
「とにかく移動するぞ」
ケンタロは繭を抱えあげた。
「オルニト来い!」
「う、うん」
二人は走り出す。
一瞬、氷漬けになった元仲間たちを見つめた時の彼の表情。小さく息をついて目を逸らした。
「っ、ケンタロ。本当に良かったの?」
「なにがだ」
「僕を助けること。君だって危ない目に遭うかもしれないのに」
屋敷の中を駆けながら、オルニトは問うた。
自分のせいでこの青年が多くの者たちに命を狙われるという事実に、今更ながら気付いたからだ。
彼は振り向かなかった。
「オレはアイツらを救えなかった。だからお前とアルマだけは助けなきゃダメなんだ。そんな気がする……自己満足だけどな」
少しおどけて言うその表情は伺い知れない。しかし、オルニトは彼の服を掴んだ。
「ありがとう、ケンタロ。僕は君の勇気と優しさに感謝するし、尊敬するよ」
だから自己満足だなんて言わないで、と伝えたくて。
しかし足を止めた彼と思いのほか近い距離で見つめ合う格好になった。
「あ……」
「えっ」
互いの瞳に映る距離。
澄んだ漆黒の瞳に同じ色の髪はやはり異国の人種なのだと分かる。
そこでふと、自分が前世で日本人であったことを思い出した。
そして彼の生まれ故郷だという目的の地は、もしかしたら懐かしさを感じるかもしれない。
「お前はよく見ると赤い瞳なんだな」
「……へ?」
赤いとは。
思いもかけない言葉に首を傾げる。
「褒めてるんだぜ。まるで紅玉みたいだなって」
産まれてこの方、薄いブラウンがかった琥珀色といった (この地方では)ごくありふれたものだったはずなのだが。
「吸い込まれそうっつーか……うん。綺麗だ」
「け、ケンタロ?」
いつしかその視線が熱を帯びているのに気づく。
相変わらず非常事態なのに、妙な空気にすっかり二人はのまれてしまっているようで。
「……」
「……」
あ、触れる。そう思った時だった。
「おるにと、みっけ!」
高く弾んだ声に二人はハッと我に返る。
慌てて振り返ると、そこには予想外の人物が。
「ミャウ!?」
チンピラ達から逃がした時と変わらない姿の少女が、ひょこひょこと手を振りながら立っていたのだ。
「なんでこんな所に……どうしたの。危ないから今すぐ逃げなきゃ」
「おるにと、さがしてた!」
大きな目を瞬かせながら元気に言う彼女に安堵する。
なんせあんな別れ方をしたのだ。ちゃんと家に帰れたと心配はずっといていた。
「でも駄目だよ。今すぐ一緒に行こう」
それにしてもどうやって入ってきたのだろう。
見たところ母親もいないようだ。
「おるにと、も一緒?」
「もちろんだよ。あ、このお兄ちゃんが逃げるのを手伝ってくれるからね」
「ふーん」
彼女はジッ、と彼らを見つめる。
まるで品定めしてるような、しかしまるで塗りつぶしたような光のない目に思わず身震いしたのは彼も同じなようで。
「村の子どもなのか」
「そうだよ。魔法石を売るお店の子でね、ミャウっていうんだ」
そっと抱き寄せて頭を撫でた。
彼女は心地良さそうに目を細めている。それを見ていると、ああさっきのは勘違いだったと胸を撫で下ろすのだ。
「ミャウ、お母さんはどうしたの。村は大丈夫なのかな」
「おかーさん……?」
また首をかしげた後、一瞬にしてその瞳から大粒の涙を溢れさせた。
「おかあさんも、みんなも死んじゃったぁぁ」
死んだ。
幼い口からそんな現状を聞くことに激しいショックを受ける。
「みんな死んだって……嘘だろ、そんな……」
自分が攫われてから一体どれだけ時間が経ったのか分からないが、それまではいつもの平和な日常が広がっていたではないか。
人々は喧しくも逞しく、強く生きていたはずだった。
「爺ちゃんはっ!? 神父様は! ねぇ、本当にみんな――」
「死んじゃったよ。みーんな、血まみれになって。倒れて、死んだ」
「!」
惨たらしい情景が脳内に過ぎる。
「おるにと、あたち、こわい」
服の裾を掴んで俯くミャウの小さな身体を抱きしめる。
「怖かったね。うん、大丈夫、もう大丈夫だから」
「おるにと、あたちと、いる?」
「もちろんだよ」
「いっしょに、くる?」
「…………えっ」
腰に回された腕。痛いほど力が込められたじろぐ。
「いっしょに、いこ」
「みゃ、ミャウ。どうしたの」
離すまいと締めつけているらしい。苦しいほどの力加減は幼い少女のそれではなかった。
「オルニト動くな!」
「へ?」
ケンタロの大声の数秒後、衝撃音が。
勢いよく助走をつけた彼がなんとミャウに飛び蹴りを食らわしたのだ。
真横からの攻撃が来るとは思っていなかったのだろう、あっけなく吹き飛んでいく。
「えぇっ!?」
小さな子になんてことをするんだろう。慌ててミャウに駆け寄ろうにも、腕を掴まれ止められる。
「待て。そいつに近づくな」
「近づくなって、本当に何言ってんの。ひどい、ひどすぎるよ!」
彼を振りほどき、倒れている彼女の元へ。
次の瞬間。
「大丈夫? 怪我は――あ゙ッ!?!?」
心臓が跳ねるほどの衝撃とともに大きく身体が跳ねた。
「あ……あ……ぁ゙、な、なん……」
じわ、となにかが下半身を濡らした感覚が先にきた。と、同時に。
「ひっ、ぁ゙、お゙ぉッ、んぉ゙、あ゙ぁぁッ!?!?」
獣じみた嬌声をあげてうずくまってしまう。
「な、なにが、なにが……んぅっ」
疼きが止まらない。奥に、胎の中を満たして欲しくてしかたなくなる。
「お、おい?」
突然崩れ落ち身悶えはじめたオルニトに、ケンタロは驚きおろおろしている。
「どうした、なあ、どうしたんだよ!」
「はぁっ……ぁ、た、たすけ、てぇ……ぁ」
欲しくてたまらない。なにが――男が欲しい。
「っ、あ……!」
己の中で叫ぶ欲望に愕然となる。
まるで男狂いのようではないか。淫紋を打たれた場所が、これでもかと熱く切なく疼いて仕方ない。
これでは本当に狂ってしまう。
「あぁ、あ……ぁ、や、た、たすけ、てぇ」
誰か埋めて、この乾きにも似た疼きを止めて。
そう泣きながら、必死で自分の身体を掻き抱く。
「――ちゃんと淫紋が機能しているようですね」
少女の声が、らしからぬことをいう。
オルニトが慌てて顔を上げれば、いつの間にか立ち上がってこちらを見下ろすふたつの大きな目。
「ミャ、ウ?」
「そんな者は最初からいませんよ。どこぞで魔獣に喰われて朽ち果てた人間の子どもの姿を少し借りたまで。ふふ、驚きましたか。私ですよ、花嫁」
「お、お前は、まさか……!」
口が裂けるような笑みを浮かべ、その顔がぐにゃりと歪んだ。
これはあの魔物。
姿かたち、声帯まで変えて惑わして彼を拐かして淫紋をつけた忌まわしい怪物だった。
あの屈辱と恐怖に満ちた時間を思い出し、歯をカチカチと鳴らして震える。
「く、くるな……っ」
慌てて座り込んだまま後ずさるも、すぐにその足を掴まれてしまう。
そして歪んだ顔で。
「まったく邪魔な人間どもが入り込んで来なければ、事が早かったものを」
「ひ、ひぃっ、やだ」
「やれやれワガママな花嫁ですね」
子どもの身体とは思えぬ力で両足を割り開き、その場に転がす。
縛られているわけでもないのに、それだけで意図も簡単に抵抗できなくなってしまった。
「このバケモノ、なにしやがる!」
ケンタロが怒鳴るも魔物は。
「虫けらが煩いですよ。この場で殺してしまいましょうか」
と冷笑する。
「くっ」
さすがと言うべきか。見た目とは裏腹の異様さと邪悪さ、そして実力の違いは本能で感じ取っていた。
だから咄嗟に蹴り飛ばしてしまったのだが。
しかしこれには敵わないと悟ってしまったのだろう。
震える声で。
「こ、こいつに手を出すな……」
とようやく言葉にしたが蚊の鳴くような声あった。
「あはははっ、これは面白い! 虫けらは虫けらなりに弁えているようですね。しかし」
魔物は彼の方に手をかざした。
「魔界の花嫁を連れ出そうとした罪は重い――死ね」
「っ、ケンタロ逃げて!!」
目の前で彼が死ぬ、そう思って叫んだ。しかし放たれた赤い光。
彼の胸を射抜く寸前。
「…………ああ、ようやく間に合った」
静かで低い声が耳元で聞こえた。
「アルマ! しっかりして、すぐにお医者さんに……」
確かに敵の隙をつくことは出来た。だから彼らに気付かれず張り巡らせた魔法陣の効果を発動、一網打尽の氷魔法で氷漬けにすることができたのだ。
しかしカンナという少女に刺されて重傷なのは変わりない。
ぐったりとした彼女を抱くと冷たくて、凍りつきそうになる。
「ダメよ。オルニト」
アルマが弱々しく制止し、また痛みに顔をしかめた。
「はやく……あたしを置いて逃げなさい……っ。村からも出るの。もう追っ手が……」
「そんなこと出来ないよ!」
何故こんなに事になっているのだ。
チンピラに追われ逃げ帰ってから外には出ていない。しかしその間に何があったというのだろうか。
「よく聞いて」
彼女の青い瞳がまっすぐ見つめる。
「今、あんたは魔族にも。そして人間にも狙われているわ」
「え?」
「勇者と魔王の力を同時に持つ者として、それぞれがあんたを欲しがっている」
「勇者? 魔王? なんのことか全然わかんないよ」
「説明している時間はないわ……もうすぐ……」
いよいよ弱々しくなってきた呼吸。怖くてすがりつく。
「嫌だ! 一緒に行こう、僕がアルムを背負っていくから!」
「ダメよ。置いていって」
「なんで!? ずっと一緒だったじゃないか!」
あの日から。
禁忌の魔法をつかった子供を救ったのはこのエルフだ。
「もう。泣き虫なのは変わらないんだから」
「っ、変わらないのはアルムもだろ……」
なにも出来ない自分がふがいなくて悔しくて、涙が滲んでくる。
自分はあれだけ助けられたのに。
幼い頃だけじゃない、今までずっと。村の人にうとまれてきた時もあったが、彼女が村に馴染んできたと同時に少しずつだが風当たりは弱くなってきた。
時間が解決しただけではないのだろう。人の印象というのはその後の行動で多少変わるのかもしれない。
たしかに腫れ物扱いではあったものの、あからさまに悪意を向けられたりといったことはなかった。
これだって彼女や、育ての親たちのおかげなのだろう。
「あたしの事はいいから。今すぐ村を出なさい。んでもって、そこのアホ勇者」
「オレぇ!?」
ケンタロが肩をビクつかせる。
「あんたよ、あんた。ちょっとは反省したみたいね」
「す、すんません。あの時はマジで調子のってたというか……」
慌てて頭を下げる彼にアルマは力なく笑う。
「もういいわよ。この子を助けてくれてありがとね。さすが場数踏んでるってだけあるわ」
「えっ」
「あの時、あんたには分かってたんでしょ。張り巡らせた魔法陣が発動するタイミング。だからあたしにオルニトを近づけさせなかった」
「ま、まあ。そうだろうなって。貴女みたいな百戦錬磨な人が、あのままカレン達に倒されるはずがない。捨て身でもなんでも策は用意してるって思ってたから」
「百戦錬磨、かぁ」
彼女は目を細める。
「すっかりなまっちゃったけどね。でもあんたになら頼める」
大きく息を吸って、少し咳き込んで血を吐いた。
「っ、この子を頼む。東の国の――」
息も絶え絶えで言った土地の名に、ケンタロが目を見開く。
「それはオレの、いやオレたちの生まれ故郷だ」
「そこに送り届けて欲しいの。信頼出来る人がいるわ。遠い道のりだろうけど、もうあんたにしか頼めない」
「でもなんでオレなんかに」
「……あんたの仲間には、洗脳・誘惑の魔法がかけられていたわ」
「は、はぁ?」
怪訝そうな顔をしながらも、どこか思い当たることがあるらしい。
少し考え込むようにしてから。
「なんでオレは無事だったんだろう」
と呟いた。
「それはあたしにも分からない。でも少なくともケンタロ、あんたにこの子を託したいのよ。この子を王国の奴らに利用される訳にはいかない。きっと死ぬより酷い目に遭うわ」
「そうか」
そして躊躇なくオルニトの肩を抱き寄せた。
「オレに任せとけ。偽物かもしんねぇけど、一応勇者だからな!」
ニカッと笑う彼に、アルマは少し驚いた顔をする。そして。
「そうね。あんたは確かに勇者だわ、アホだけど」
と目の端を緩ませた。
「あんまりアホアホ言うなっての。ともかく頼みは聞くとして。あんたも一緒に脱出するぜ」
「……」
「なに驚いた顔してんだよ。それが勇者の役目ってもんだ」
そう言って差し出した手を彼女は弱々しく取る。
「身の程知らずのアホ勇者ね」
「だからアホは余計だっての」
そんな二人を見て、オルニトはうつむいた。
自分はあくまで守られる側でしかないことの不甲斐なさに。
「でもね、もう身体が動かないのよ」
そして小さく咳き込んでまた血を吐いた。
「アルマ! しっかりして、アルマ!!」
青ざめた肌を撫でて必死に呼びかける。
「僕も魔法使えるかもしれない」
オルニトは懸命に記憶を探った。
魔物に攫われる前、自室で見つけた魔法書。そこに書いてあった呪文の存在をようやく思い出したのだ。
「っ、ええっと。回復魔法……あ、えっと……」
なんせ数分、眺めたくらいのものだ。回復魔法のページであることは確かなのだが。
しかし時間かない。
頭に閃いた不確かな呪文の羅列を口の中に転がすように唱えた、その瞬間であった。
「うっ」
まばゆい光がオルニトの腕の中、アルマの身体を包み込む。
あっという間に黄金の繭のようなものに包まれてしまったのだ。
「おい何したんだ!」
「わ、わかんないよ……ただ回復魔法って本には書いてあったから」
予想外のことで呆然とするが、巨大な卵のような状態のそれはかすかに脈を打っていた。
「これって」
オルニトがそっと繭に触れた時。
辺りに響く爆発音と、集団の足音がけたたましくこちらに近づいてくる。
どうやら追っ手がきたらしい。しかも数が尋常じゃない。
「とにかく移動するぞ」
ケンタロは繭を抱えあげた。
「オルニト来い!」
「う、うん」
二人は走り出す。
一瞬、氷漬けになった元仲間たちを見つめた時の彼の表情。小さく息をついて目を逸らした。
「っ、ケンタロ。本当に良かったの?」
「なにがだ」
「僕を助けること。君だって危ない目に遭うかもしれないのに」
屋敷の中を駆けながら、オルニトは問うた。
自分のせいでこの青年が多くの者たちに命を狙われるという事実に、今更ながら気付いたからだ。
彼は振り向かなかった。
「オレはアイツらを救えなかった。だからお前とアルマだけは助けなきゃダメなんだ。そんな気がする……自己満足だけどな」
少しおどけて言うその表情は伺い知れない。しかし、オルニトは彼の服を掴んだ。
「ありがとう、ケンタロ。僕は君の勇気と優しさに感謝するし、尊敬するよ」
だから自己満足だなんて言わないで、と伝えたくて。
しかし足を止めた彼と思いのほか近い距離で見つめ合う格好になった。
「あ……」
「えっ」
互いの瞳に映る距離。
澄んだ漆黒の瞳に同じ色の髪はやはり異国の人種なのだと分かる。
そこでふと、自分が前世で日本人であったことを思い出した。
そして彼の生まれ故郷だという目的の地は、もしかしたら懐かしさを感じるかもしれない。
「お前はよく見ると赤い瞳なんだな」
「……へ?」
赤いとは。
思いもかけない言葉に首を傾げる。
「褒めてるんだぜ。まるで紅玉みたいだなって」
産まれてこの方、薄いブラウンがかった琥珀色といった (この地方では)ごくありふれたものだったはずなのだが。
「吸い込まれそうっつーか……うん。綺麗だ」
「け、ケンタロ?」
いつしかその視線が熱を帯びているのに気づく。
相変わらず非常事態なのに、妙な空気にすっかり二人はのまれてしまっているようで。
「……」
「……」
あ、触れる。そう思った時だった。
「おるにと、みっけ!」
高く弾んだ声に二人はハッと我に返る。
慌てて振り返ると、そこには予想外の人物が。
「ミャウ!?」
チンピラ達から逃がした時と変わらない姿の少女が、ひょこひょこと手を振りながら立っていたのだ。
「なんでこんな所に……どうしたの。危ないから今すぐ逃げなきゃ」
「おるにと、さがしてた!」
大きな目を瞬かせながら元気に言う彼女に安堵する。
なんせあんな別れ方をしたのだ。ちゃんと家に帰れたと心配はずっといていた。
「でも駄目だよ。今すぐ一緒に行こう」
それにしてもどうやって入ってきたのだろう。
見たところ母親もいないようだ。
「おるにと、も一緒?」
「もちろんだよ。あ、このお兄ちゃんが逃げるのを手伝ってくれるからね」
「ふーん」
彼女はジッ、と彼らを見つめる。
まるで品定めしてるような、しかしまるで塗りつぶしたような光のない目に思わず身震いしたのは彼も同じなようで。
「村の子どもなのか」
「そうだよ。魔法石を売るお店の子でね、ミャウっていうんだ」
そっと抱き寄せて頭を撫でた。
彼女は心地良さそうに目を細めている。それを見ていると、ああさっきのは勘違いだったと胸を撫で下ろすのだ。
「ミャウ、お母さんはどうしたの。村は大丈夫なのかな」
「おかーさん……?」
また首をかしげた後、一瞬にしてその瞳から大粒の涙を溢れさせた。
「おかあさんも、みんなも死んじゃったぁぁ」
死んだ。
幼い口からそんな現状を聞くことに激しいショックを受ける。
「みんな死んだって……嘘だろ、そんな……」
自分が攫われてから一体どれだけ時間が経ったのか分からないが、それまではいつもの平和な日常が広がっていたではないか。
人々は喧しくも逞しく、強く生きていたはずだった。
「爺ちゃんはっ!? 神父様は! ねぇ、本当にみんな――」
「死んじゃったよ。みーんな、血まみれになって。倒れて、死んだ」
「!」
惨たらしい情景が脳内に過ぎる。
「おるにと、あたち、こわい」
服の裾を掴んで俯くミャウの小さな身体を抱きしめる。
「怖かったね。うん、大丈夫、もう大丈夫だから」
「おるにと、あたちと、いる?」
「もちろんだよ」
「いっしょに、くる?」
「…………えっ」
腰に回された腕。痛いほど力が込められたじろぐ。
「いっしょに、いこ」
「みゃ、ミャウ。どうしたの」
離すまいと締めつけているらしい。苦しいほどの力加減は幼い少女のそれではなかった。
「オルニト動くな!」
「へ?」
ケンタロの大声の数秒後、衝撃音が。
勢いよく助走をつけた彼がなんとミャウに飛び蹴りを食らわしたのだ。
真横からの攻撃が来るとは思っていなかったのだろう、あっけなく吹き飛んでいく。
「えぇっ!?」
小さな子になんてことをするんだろう。慌ててミャウに駆け寄ろうにも、腕を掴まれ止められる。
「待て。そいつに近づくな」
「近づくなって、本当に何言ってんの。ひどい、ひどすぎるよ!」
彼を振りほどき、倒れている彼女の元へ。
次の瞬間。
「大丈夫? 怪我は――あ゙ッ!?!?」
心臓が跳ねるほどの衝撃とともに大きく身体が跳ねた。
「あ……あ……ぁ゙、な、なん……」
じわ、となにかが下半身を濡らした感覚が先にきた。と、同時に。
「ひっ、ぁ゙、お゙ぉッ、んぉ゙、あ゙ぁぁッ!?!?」
獣じみた嬌声をあげてうずくまってしまう。
「な、なにが、なにが……んぅっ」
疼きが止まらない。奥に、胎の中を満たして欲しくてしかたなくなる。
「お、おい?」
突然崩れ落ち身悶えはじめたオルニトに、ケンタロは驚きおろおろしている。
「どうした、なあ、どうしたんだよ!」
「はぁっ……ぁ、た、たすけ、てぇ……ぁ」
欲しくてたまらない。なにが――男が欲しい。
「っ、あ……!」
己の中で叫ぶ欲望に愕然となる。
まるで男狂いのようではないか。淫紋を打たれた場所が、これでもかと熱く切なく疼いて仕方ない。
これでは本当に狂ってしまう。
「あぁ、あ……ぁ、や、た、たすけ、てぇ」
誰か埋めて、この乾きにも似た疼きを止めて。
そう泣きながら、必死で自分の身体を掻き抱く。
「――ちゃんと淫紋が機能しているようですね」
少女の声が、らしからぬことをいう。
オルニトが慌てて顔を上げれば、いつの間にか立ち上がってこちらを見下ろすふたつの大きな目。
「ミャ、ウ?」
「そんな者は最初からいませんよ。どこぞで魔獣に喰われて朽ち果てた人間の子どもの姿を少し借りたまで。ふふ、驚きましたか。私ですよ、花嫁」
「お、お前は、まさか……!」
口が裂けるような笑みを浮かべ、その顔がぐにゃりと歪んだ。
これはあの魔物。
姿かたち、声帯まで変えて惑わして彼を拐かして淫紋をつけた忌まわしい怪物だった。
あの屈辱と恐怖に満ちた時間を思い出し、歯をカチカチと鳴らして震える。
「く、くるな……っ」
慌てて座り込んだまま後ずさるも、すぐにその足を掴まれてしまう。
そして歪んだ顔で。
「まったく邪魔な人間どもが入り込んで来なければ、事が早かったものを」
「ひ、ひぃっ、やだ」
「やれやれワガママな花嫁ですね」
子どもの身体とは思えぬ力で両足を割り開き、その場に転がす。
縛られているわけでもないのに、それだけで意図も簡単に抵抗できなくなってしまった。
「このバケモノ、なにしやがる!」
ケンタロが怒鳴るも魔物は。
「虫けらが煩いですよ。この場で殺してしまいましょうか」
と冷笑する。
「くっ」
さすがと言うべきか。見た目とは裏腹の異様さと邪悪さ、そして実力の違いは本能で感じ取っていた。
だから咄嗟に蹴り飛ばしてしまったのだが。
しかしこれには敵わないと悟ってしまったのだろう。
震える声で。
「こ、こいつに手を出すな……」
とようやく言葉にしたが蚊の鳴くような声あった。
「あはははっ、これは面白い! 虫けらは虫けらなりに弁えているようですね。しかし」
魔物は彼の方に手をかざした。
「魔界の花嫁を連れ出そうとした罪は重い――死ね」
「っ、ケンタロ逃げて!!」
目の前で彼が死ぬ、そう思って叫んだ。しかし放たれた赤い光。
彼の胸を射抜く寸前。
「…………ああ、ようやく間に合った」
静かで低い声が耳元で聞こえた。
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この物語には"性的なことをされた"という表現を含みますが、実際のシーンは書かないつもりです。ですが、そういう表現があることを把握しておいてください!
是非、コメント・ハート・お気に入り・エールなどをお願いします!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
無能と呼ばれた婚約者は王を完成させる〜替え玉婚約者のはずが、強すぎる王太子に手放してもらえません〜
統子
BL
兄の身代わりとして王太子の婚約者になった伯爵家次男リュシー。
嘘の名を名乗ったはずが、冷静で誠実な王太子リオンは彼を「力の装置」としてではなく、対等な伴侶として扱おうとする。
本物になりたいと願う替え玉と、完成された王太子の静謐な王宮ロマンス。
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
腐男子♥異世界転生
よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。
目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。
トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。
事なかれ主義の回廊
由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・
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