転生マザー♂の子育て論

田中 乃那加

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恋する乙女の猛攻①

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 ※※※

「よくぞ戻ってきた、ケンタロよ」

 リュウヒの父であるチョウリュウという男は鷹揚に笑い、隣でその妻も微笑んだ。

「ずいぶん見違えたぞ」
「ええ、本当に。立派な青年になりましたわ」

 夫婦に歓迎されて彼――ケンタロは素直に嬉しかった。

「連絡を取れずにいて申し訳ありません」

 頭を下げ不義理を詫びたが、そのようなことにこだわる人達でないことは重々承知の上。
 それにしても久しぶりの彼らの穏やかさに触れ、心が温かくなる。

「もうご両親には挨拶したのかしら」
「いえ、まだ」

 ケンタロはかぶりを振ってから少しうつむいた。

 両親は既にこの世にはいない。あるのは平民らしい小さな墓だけだ。
 流行病で母が若くして死んだ後、父は男でひとつで彼を育てた。大臣の従者という平民出身のわりには立派とされた職につき、懸命に働いたのだ。

 ケンタロが成人を迎える直前に突如として命を絶つまでは。

「きっと帰りを待ちわびていますわ」
「そう……ですね」

 そうだろうか。まるで父の死から逃げるように故郷から出ていった息子のことなど。

 彼は腹に重苦しい何かが沈むような違和感に奥歯を噛みしめる。しかしかろうじて口角を上げた。

「ちゃんと挨拶に行きます、仲間と共に」

 新しい仲間を連れていこう。そうすれば少しでも晴れ晴れとした気分でいられるはずだ。
 それにオルニトのことも墓前で紹介したい。

 ――あいつはオレが初めて愛した人だ。

 この歳で初恋だなんてと気恥ずかしくもあるが、その通りなんだから仕方ない。初めて見た時から一瞬で惹かれた。
 惹かれて引かれて、そのまま恋に堕ちたのだ。

「そういえはリュウ・ジー達はどうした。一緒に旅立ったのではないのか」

 チョウリュウの言葉に一瞬詰まる。
 仲間だった者たち。今はもう生死すら分からない。

「彼らとは道をたがえました」

 彼らとは国を出る際に出会った。はじめは単なるならず者達で、盗賊であったカンナにサイフをスられかけたのをねじ伏せたことからだ。

 最初こそ仲間とも呼べない関係で喧嘩も絶えなかったが、それでも聖女であるマリアが加わったこともありそれなりに仲間としてやってこれたと思っていた。
 
 しかしあの結末。
 かけられた洗脳魔法でおかしくなり、ついには正気に戻らず。目の前で氷漬けにされたのを見てからは、思い出すのも苦痛だった。

「そうか」

 チョウリュウもその表情で何かを察したのかもしれない。
 それ以上は何も訊いてこなかった。

「とにかく。今日はうちの屋敷でゆっくりしなさい」
「え?」
「積もる話もある。ワシや妻、リュウヒもお前に会いたかったのだ」

 家族同然というわけにはいかなかったが、それでも良くしてくれた者の言葉だ。ケンタロは遠慮などすることもなく頷いた。

「ありがたき幸せ。しかし是非ともオレの新しい仲間も紹介させてください」
「ほう?」
 
 失ったモノはあれど得た幸せもある。
 特にこの初恋は何物にも代えがたい、大切なものだ。

 ――オルニトだってきっとオレのこと少なからず想ってくれてるはずだ。

 そうでなければ嫉妬で狂ってしまうかもしれない。
 あの忌々しい魔族の男。強いては娘にだって……。

「ケンタロ、どうした」
「えっ!? いえ! 大丈夫です」

 うっかり考えに耽ってしまい、慌てて首を振る。
 そして取り繕うように。

「あー、少し腹が減っちまって」

 と言い訳になってるのか微妙な言い訳で肩をすくめた。

「おおそうか、長旅であっただろうしな。早速準備させよう」

 もちろんお前の仲間とやらにも会わせておくれ、と人の良い相好に笑顔で返した。




 ※※※


 彼は落ち着きなくソワソワと待っていた。
 それはさながら恋人が着飾るのを待っている男のようで。

「ケンタロ」

 隣にいる幼なじみのことすら見えていないし声も聞こえていない。

「ケンタロってば!」

 強く袖を引かれてようやく我に返った。

「おう。どうしたリュウヒ」
「まったくもう、さっきから上の空なんだから」
「ああ、すまん」

 そしてまた妄想か空想に耽る。
 
 どんな装いをしてくるだろう。服はなんとチョウリュウの手配で見繕ってくれるという。
 さすが大臣様だ。しかしもちろんオルニト達は恐縮して辞退したが、それを許さなかったのが以外にも妻の方で。

『せっかくの御客様ですのに、おもてなししなければなりません』

 とたいそう乗り気だったのだ。

 ――今頃、着替えてんのかな。

 産後太りなんて存在しないかのような華奢な体格に、胸だけ男にしては柔らかく膨らんだそれを思い浮かべる。

 授乳のたびに開けっぴろげにするもんで困ってしまうが、それでもチラチラと見て夜のにさせてもらうことも。

 もちろん彼を汚しているようで罪悪感もあったが最初のうちだけで、今では『こんなエロい身体がそばにあるのが悪い』と責任転嫁も甚だしい限りだった。

「うへへ……」

 思わずだらしのない笑みがこぼれてしまい、彼女が眉間にシワを寄せる。

「ケンタロ!」
「いてっ!? なんだよ。いきなり叩くなっつーの」
「エッチなこと考えてるでしょ」
「えええっ、えっち!?」

 横っ腹に拳を入れられ図星をつかれて挙動不審になる彼をリュウヒが睨んだ。

「ほんっと最低」
「違ぇよオレは別に……」
「あの金髪エルフが好きなんでしょ、人妻なのに!」
「オレがアルマを? んなわけないだろ」

 心底困惑した顔で返したせいか驚いたのはリュウヒの方。

「違うの?」
「なんでそうなる。オレがあんなゴリラをそういう目で見るわけないだろ」
「ご、ゴリラ?」
「あいつはエルフに擬態したゴリラだ。魔法より腕力の方がすごいんだぜ」
「魔法より腕力……」
「そうだ、あの柱を見ろ。あんなの片手で粉砕できる」
「!?」

 幼なじみの驚いた顔にさらに気をよくする。
 そうなればいよいよ口も滑るというものだ。たとえそれが八割方口から出まかせであっても。

「ビックリだろぉ。エルフ族ゴリラ科って言ってな、突然変異な――」
「なに嘘吹き込んでんのよ、アホ勇者」
「い゙っ!? あ、アルム!」

 低くドスのきいた声とともに背中を強く小突かれ、ようやく我に返る。
 
「好き勝手なこと言ってくれてんじゃないの」
「こ、これは……」
「だーれーがゴリラ系エルフですってぇ?」
「いやエルフ族ゴリラ科だって」
「一緒じゃボケェ゙ェェッ!!!」
「すいませんすいませんっ!」

 激怒した彼女に蹴られ殴られつつ、必死で逃げ回るケンタロ。そんな二人を見つめるリュウヒの表情なんて知る由もない。

「……ったいに……い……やる」
「ん?」
「絶対に奪い返してやるから!」
「???」
 
 奪う? なにを? 誰に? 誰から??

 幼なじみからの突然の宣戦布告に、はてなマークが脳内で飛び交う。
 きっとアルムも同じだろう。

「私も着替えてくるッ!」
「へ? 着替え?」

 ふくれっ面で走り去るのを呆然と見送る鈍感な男。自分が胸中に抱く恋には忠実なのに、向けられる好意にはとことん気付いていない。

「ちょっとアンタさぁ」
「なんだよ、その可哀想な生き物を見る目をやめろ」
「可哀想っていうか、呆れてんのよ。アホすぎて」
「アホアホ言うな。本当にアホになっちまうかもしれねぇだろ」

 そしたらオルニトに愛想尽かされちまう。それは困る。
 そう憮然と答えるが。

「本当にアホなのね」

 とため息までつかれてしまった。

「なんだよまったく」

 まったくもって意味が分からんと頭をひねるがすぐに、また待ち人が気になってくる。

「……遅ぇな」
「さっきから落ち着きないわね」

 期待して待っていれば待ち遠しいのは当たり前だ。

「余裕のない男はモテないわよ」
「別にモテなくていい」

 ただ一人に選ばれたらそれで良いのだ。
 にべもなく返した彼に、アルムが鼻を鳴らした。

「あの子たちを泣かせる事があったら、アンタを殺すから」
「はぁ!?」

 いきなり何を言い出すのかと振り向くと彼女の顔は真剣だった。

「一度裏切られた傷ってのはすぐには癒えないわよ」

 孕まされ去られた。しかも故郷をめちゃくちゃにされて。
 とんでもない男だと思う。自分だったらそんな想いはさせなかったのに、とも。
 しかし。

「クーカがいることで、否応なしに忘れることが出来ないし」

 過去の愛の結果である娘の誕生は、常に彼を苦しめるのだろうか。

「やっぱりアイツのこと忘れられねぇのかな」

 昔の男に勝てないなんて情けなさ過ぎる。
 項垂れたケンタロに、彼女が大きなため息をついた。

「諦める気はないでしょ」
「そりゃもちろん」

 すぐに首をあげて答えるも。

「でも凹むんだよなぁ」

 だとしてもやはり彼じゃないとダメだと言う。

「オレにもわかんねぇんだけどさ。出会った瞬間にビビビってきたんだ。多分これは運命ってやつだぞ」
「運命ねぇ」

 ついに鼻で笑われてしまった。

「笑うなよ」

 一方で、笑われるのも仕方ないとも思う。自分が彼女の立場だったら笑うからだ。

 一目惚れからの運命、なんて。ロマンチストにもほどがある。まるで夢見がちの乙女のようだ。
 しかし乙女にしては執着と下心が過ぎる。

「着替え。オレも手伝ってこようかな」
「今すぐここで腕を粉砕してやるわよ」

 不埒な事を口走れば、すぐさまバイオレンスな返しが。

「す、すんません……」

 本当に折られてはたまらないと首をすくめた。

 
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