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転生王女は回避したい2

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「で、どうすんのさ」
「……」

 スチルの言葉に俺は何も答えられない。
 
 町外れの宿屋の一室。それでもここは、相場よりいくらか多くの金貨を支払う必要があった。
 なんせ王都だ。すべての物価がバカみたいに高い。

「ったく。また妙なもん背負いこみやがって」
「それを言うなよ」

 呆れ交じりのキツい言葉がビシビシ俺に突き刺さる。
 
「とりあえず仕事はこなせたんだから良しとしようぜ」
「でもこれじゃ自転車操業どころか、完全なる赤字じゃん」
「それは……」

 また痛いところ突かれたな。頭をかきながら反論の言葉を探すが、まるで検討がつかないくらいに。

「ここの宿代だってバカにならないんだけど?」
「だ、だけど彼女をあまり粗末なところで寝かせるわけにはいかないだろう」

 王女様だぞ!? 一般人どころか野宿なんて珍しくもない俺たち冒険者とは違うんだ。
 
「城に帰せばいいだろ。むしろ報酬くらいはふんだくることはできるし」
「そんなこと言うなよ」

 命の危機を感じて逃げだしてきたんだ。それに今までたった一人で、しかも終わらない悲劇の運命と戦ってきた少女を放り出すなんて出来ると思うか?
 
「またそうやって――」
「ストップ、お前の言いたいことはわかる」

 俺はまだまだお小言が止まらないスチルの口を止めた。

「でもな。お前だって言ってただろ『彼女がタロ・メージに一番近い存在だ』って」

 そうだ、俺たちに確実に足りない事。それは情報。
 この町にいたはずの男の痕跡は驚くほど鮮やかに消え去ってしまっていたのだ。

 しかも町の誰に聞いても。

『そんな男は知らない』

 とのこと。
 当時は異世界召喚勇者が、ってことでかなり話題になったはずだった。ほんのわずかな期間だったが、同じパーティに所属していた身としてはちゃんと記憶している。

 それが俺の元仲間、いや俺も含めて冒険者リストから消えていた。
 そればかりか俺のことをまるで初対面かのように挨拶するんだ。

 よく世話になっていた薬屋の代替わりした若い店主も、市場の売り子たちも。
 多くの武器や防具をやり取りしていた商人のオヤジさんもだ。

『いらっしゃいませ。この町は初めてかい?』

 なんて人の良い、でもどこかよそよそしい笑顔を向けるものだから愕然としたものだ。
 俺がつちかってきた日々が突如として消し去られた戸惑い。
 確かにひどい記憶もあったけど、それでもすべて無いものになっていたら普通にショックだな。

「だとしても、ろくな情報を引き出せそうにないよ。あの小娘」
「こら、生意気に失礼なこと言いやがって」

 小娘って、お前とそう変わらないだろうが。そう言って軽くデコピンすると不満そうな唸り声が返ってくる。

「あんたって、女子供に甘くて困る」
「お前もそれに入ってるだろクソガキ」
「ふん」

 分かってんだよ。こいつが俺のために、あえてこんな憎まれ口叩いてるんだって。

 これでも付き合いが長くなってきたんだぜ。
 最初こそ何考えてるのか分からない、得体の知れない生意気なクソガキだと思ってたけどさ。

「ありがとな、スチル」
自惚うぬぼれるな。僕はあんたを大人扱いしていない。だからあんたは、僕のことを絶対に子供扱いするなよ」
「はいはい」

 頭を撫でればやめろと手を叩かれたが、まあ可愛いものだ。それを口にすればまた怒られるだろうか。

「……でも、あんたは本当にそれでいいのか」
「ん?」

 ふと、声のトーンを落としたスチルをみる。表情はよく分からないが、小さくため息をついたようだった。

「他人の犠牲になって。これだけ才能を手に入れたのに、なぜ他者に目を向ける」
「それは」
「その気になれば地位も名誉も。多分、金だって楽々稼げるんじゃないか。もう充分だからと僕らを放り出すことなんて、酒場に入って麦酒エールを注文するくらい自然なことだろ」

 ……ん? よく分からんが、つまりなぜ俺がこんなに甘ちゃんなんだって質問か。
 でもそんなの答えはひとつに決まってる。
 
「俺がバカだから、だな」

 その一言に尽きるんだよな、情けない事に。
 やっぱりバカなんだよ、いくら才能開花したってさ。バカだからどうしようもない。
 これがタチの悪い開き直りに見えるかもな。

「卑怯だ。あんたは」
「そうか? 自覚はないな」

 嘘だ、自覚は充分ある。すでに俺はこいつに甘えちまっている。というか背中を預けているのかもしれねえな。
 未だに分からないことだらけで八方塞がり。なのに、なぜか不思議と前向きなんだ。

 これが仲間がいるってことなのかもしれない。
 人間は所詮、独りじゃ苦しい。生きていけないわけじゃないかもしないが、とにかく苦しいんだ。
 独りだと実感した瞬間、空気が何十倍も薄まった気分になっちまうくらいに。

悪魔に付け込まれやがって……バカ野郎」
「!」

 スチルの声が突如としてか細く不安げになった事に反応するより先、部屋のドアがノックされた。

「こんな男にノックなど必要ない、入るぞ」
「ちょっ、ヴィオレッタ! 淑女としてアウトだよ……って。あ、二人とも久しぶり」

 無遠慮にドアが開け放たれてズカズカ入ってきたのは、なんとも懐かしい顔で。
 更にその後ろから照れ笑いを浮かべた青年に俺達は驚き声を上げた。

「アルワン! ヴィオレッタ!?」
「あはは。サプライズ成功かな」

 軍人であり、王家の血族である彼女とその兄。
 思ったより元気そうな姿にかなり安堵した。

「会いに来てくれたのか。びっくりしたぞ」
「それが目的だからね。二人も元気そうで良かったよ」

 アルワンは相変わらずニコニコと相好を崩している。
 しかし彼女の方が、ふと顔をしかめて。

「兄様、手紙はちゃんと出したのだろうな」
「手紙? あー……」

 手紙ってなんだ。俺はなにも受け取ってないが。そう言うとヴィオレッタの顔がオーガさながらに怖くなる。

「兄様、いや貴様。これはどういうことだ」
「ちょっ、ヴィオレッタちゃん怒らないで。ね? いやいやいや、話聞いて」

 ギロリと妹に睨みつけられ、彼は縮み上がった。
 関係性も相変わらずらしいな。

「ちゃんと事前に訪問を知らせる手紙を書くように頼んだのだが」
「!」

 この一言でビクゥッと肩が震える。

「……書くの難しかったんだもん」
「もんってやめろ。書式フォーマット用意してやっただろうが」
「い、いやあれ内容がほとんど逮捕状だから! めちゃくちゃ厳つくて、出したら二人とも逃げ出しちゃうよ」
「心配ない。軍では常にこいつらの情報は把握している。利用した飲食店までな」
「だからそれが怖いんだって!!!」

 えぇ、俺たち軍に監視されてたの? そんでもって逮捕状紛いの訪問伺いの手紙 (てかそれ通告だよな)を出されそうになってたと。
 いや、ちょっと待て。

「……」
「……」

 スチルの方を見ると同じことを考えていたらしく、こいつにしては珍しい焦った顔をしていた。

「おい」
「分かってる」

 ヤバいぞ、非常にヤバい。
 今の俺たちにはかなり大きな秘密がある。バレてるかもしれない。いや、この様子だとバレないか? 

 さっきから兄妹喧嘩、もとい妹によるお説教をしている二人だ。
 監視とか言っても大した事じゃ――。

「それはそうと、メイト。貴様に誘拐犯の嫌疑がかかっているぞ、このロリコン」
「!!!」

 バレてたぁぁぁっ! しかも最悪の誤解と共に。
 サッと青ざめたのは俺だけじゃなく、スチルもだった。


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