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魔王様は辞世の句を詠みたい
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「シド、大丈夫かッ!」
「っ……ごほっ、ぐ、あ、アレ……ス!?」
締め上げられていた気道が確保され、急激に入り込んできた酸素にむせる。
背中を優しく撫でる手に顔をしかめつつ、僕は必死で目を開いた。
するとやけに強い眼力の男の顔が飛び込んでくる。
ああ、見慣れた顔。そんでもって今一番会いたくて、会いたくない男。
「なんで……貴様、ここに……」
「愛してるから」
「へ?」
いきなり会話が噛み合わない。
少し待ってくれ、状況を整理しよう。
――僕はファルサに殺されかけた。
もう様付けするものか。くそっ、気に入らなきゃ暴力に訴えるプッツン女め。
確かに、僕が自らの招いた事態ではあるけどさ。でもただやみくもに挑発する、捨て身だとかじゃない。
これにはちゃんと計画があったんだ。
「シド、愛している。お前も俺を愛しているのは知っている。だから結婚しよう。駆け落ちでもいい、二人で誰も知らぬ土地にいこう。この女が婚約者だろう? なあに、どんなヤツでも俺がぶっ飛ばしてやるからな」
「ちょ、まっ、ま、待て! 何を言って――」
このバカっ。力強すぎなんだよ!! 筋肉ダルマみたいな身体でぎゅうぎゅうと抱きしめられては、下手したらこっちの方が窒息してしまいそうだ。
必死になって暴れ、ようやくこのゴリラモドキは顔を覗き込んできた。
「顔が赤いぞ、照れてるのか」
「お前のせいだよッ、バーカ!!!」
「ほう?」
うわ、やばい誤解された。そして頬を染めるのをやめろ、気色悪い。
でも思い切り顔をしかめているのに、この男ときたら。
「可愛いな。アンタは」
「な、な、な……!?」
頬にキスしやがった。
まるで子供みたいなそれに、僕の身体はカッと熱くなる。目の前がチカチカして、なんだか目頭まで熱くなって。鼻の奥がツンとしてきたのはなぜだろう。
「アンタは、なぜ泣いているんだ」
「えっ?」
気がつけば目元から頬が濡れていた。
ああ、なんて不愉快。この僕が、この僕が、コイツの前で泣くなんて!
取り乱したことならあるさ。僕だって感情のある生き物だ。でもこの歳で、寄りにもよって人間なんかの前で涙を零すなんてあってはいけない。
あるわけがないんだ。
いや、そもそもこれは涙じゃない。なんかその鼻水的なナニカだ。ほら最近、あたたかくなってきて花粉が魔界中に飛び回っているから。
それに目か鼻かが刺激されたのかもしれない。
「シド」
「ち、ちがう……泣いて、なんか」
「シド」
「か、花粉症だ、そうに決まってる! この僕が、貴様なんかに泣かされてたまるかっ!!!」
「大丈夫だ。シド」
「なにが大丈夫なもんかッ、いい加減なことぬかすと――ん゙ぅ!?」
今度は唇をふさがれた。そう、キスだ。思い切りやられた。
当然跳ね除けようと必死に抵抗するが、ゴリラかオーガ顔負けの馬鹿力でまったく歯が立たない。
「んんっ、ぅ! んーっ!!! (くそっ、離しやがれ! この汚らしいアホがぁぁぁッ!!!)」
叫ぼうと口を開けたのがまた悪かった。
「ふぁっ、ぁ……んぅ、っ♡ んん♡」
あ、ダメ。舌いれられたら何にも考えらんなくなる。
こんな状況で、人前で濃厚なディープキスされてんのに変な声でちゃう。頭ん中フワフワして、指先でスッと背中なでられるだけでゾクゾクしちゃって。
「可愛い顔になったな」
「ぁ♡」
満足そうに舌なめずりして離れていく男に、どこか寂しさすら感じてしまう自分がいた。
「俺もアンタとのキスは好きだぞ」
彼の瞳に映る僕は、たいそう惚けた顔をしているだろう。強烈な感覚の余韻にひたされて、そんなことを考える。
「いや違うな。好きだからキスをするんだ」
「へ……」
「アンタも俺のことが好きだから、俺に『出ていけ』なんて言ったんだろ?」
そしてアレスは聞かれもしないのにペラペラと話し始めた。
「最初からアンタも俺も一目惚れってワケだよな。だから惹かれ合ったし、身体の相性もバッチリだったんだ。その証拠に、アンタは俺以外とここ最近セックスしてないだろう」
「そ、それは」
確かにしてないが、それはもっと別の話だ。てかコイツ、勝手なこと言ってくれてるが都合が良すぎるだろ。
僕がこいつに退去を命じたのは、単純に面倒事をさけるためだ。ただでさえ、うるさくてモラハラセクハラ当たり前のプッツン女がいるのに呑気して人間とセックスしてられるか……って。
「!」
忘れてた、この状況を!!
今だ万力みたくしめつけるこのアホゴリラの腕を必死で押しながら、ぎこちなく後ろを振り向いた。
「……」
「ヒッ!?」
めっちゃ見てるぅぅぅっ!! 刺すような視線。コメカミにはブチ切れそうな血管浮いてるだろう。
握りしめた手もプルプルしていて、これはマズイ。
そんなファルサの斜め後ろには無表情だけど別の意味でプルプルしてる秘書の姿。
つーか、助けろよ。笑ってんの知ってんだぞ薄情者!!!
無表情のまま爆笑してるエルヴァは放っておくとして。
まずはこの爆弾処理だ。いや、爆発する方が早いのか。
「あ、あああっ、あのっ、ファルサ、様」
「……シド。その人間はなに?」
「うっ」
やっぱりバレてる。人間に見えないような魔法処理をしていたけど、この人に通じるわけがないよな。
相手は魔族の超絶エリート。先代魔王の血を濃く受け継いだ強大な魔力と、残酷かつ残忍な性格。そしてさっきまで僕を殺すレベルで首絞めしてきた女だものな。
あ、だめだ。これ死ぬやつ。
「シド」
「は、はい」
しゅるり、と床の黒髪が蠢く。
今度は全身を八つ裂きにされるのか。さすがにそれはいくらなんでも死ぬよな。死ななくても、かなり痛いだろう。それこそ死んだ方が楽なレベルに。
「答えなさい。この人間は、なに?」
「そ、それは」
さっきは勢いと、やぶれかぶれでも計画のある反抗だったのだが。
そう。僕が人間と結婚すると言い張ってファルサが激怒、注意を引き付けている間にこの秘書が彼女を殺るなりしてくれる――それが計画。
いくら先代魔王の娘といっても、現役魔王である僕を攻撃すればそれなりの正当防衛になるだろう。
秘書であり、用心棒であるエルヴァの仕事。
それなのにどうだこれ。
「アレスぅぅぅっ、貴様のせいだ!!!」
いまだ人の尻なんぞ撫でてくる男をどなりつける。
コイツのせいで勢いもなんもめちゃくちゃだ。ていうか、だから追い出したかったんだよ!!!
ただでさえ成功率の低い計画が、前段階で終了しちまうなんて。
「だいたいっ、なんで貴様がいるんだよ!」
「そりゃあアンタに会いに」
「今じゃなくてもいいだろぉぉぉっ!!」
セックスすら待てんのか。そもそもこの前来なかっただろ!? どーせ、どっかで浮気しやがったんだ! 人の身体もてあそびやがって。この浮気者っ、性欲大魔神!! 死ねっ、ペ○ス腐りきって死にさらせーッ!!!
「……なるほど」
「ハッ!?」
しまった、心の声が全部出てた。目の前の男の表情が胸焼けしそうなほどに甘いものになっている。
「あの日はアンタが俺の名を呼びながら独り寝してんのを見て、かなり満足したのだが」
「は、はぁ?」
そんなガラにもないことすんなよ、アホ人間。
悔しくて恥ずかしくて。でもなんか頬に触れてくる指に、そっと擦りよってみた。
「ふん、バカめ……」
「たしかに俺は大バカ野郎だ。こんな可愛いアンタに触れてやらなかったなんて」
いやいや、可愛くはないだろう。男だし、魔王なんだから。
でもなんだか、その、悪くない、かも。
「あ、アレス」
「シド。愛してる」
少し上を向かされて。またキスされる、と思って目を閉じた時だった。
「――状況も立場も丸無視の、危機感のないバカップル共には大変悪いのですが」
やけに冷たい声で僕たちはハッと顔を上げた。
「よくもまあ、二人の世界を構築できるものですね」
「あ゙」
相変わらず怒りかショックかで拳はプルプル、髪の毛はウネウネ。顔は鬼の形相なファルサと。
呆れと嫌悪感の入り交じった顔のエルヴァが仁王立ちしていた。
どう足掻いても絶望、ってこういうこと言うんだなって思う。
「っ……ごほっ、ぐ、あ、アレ……ス!?」
締め上げられていた気道が確保され、急激に入り込んできた酸素にむせる。
背中を優しく撫でる手に顔をしかめつつ、僕は必死で目を開いた。
するとやけに強い眼力の男の顔が飛び込んでくる。
ああ、見慣れた顔。そんでもって今一番会いたくて、会いたくない男。
「なんで……貴様、ここに……」
「愛してるから」
「へ?」
いきなり会話が噛み合わない。
少し待ってくれ、状況を整理しよう。
――僕はファルサに殺されかけた。
もう様付けするものか。くそっ、気に入らなきゃ暴力に訴えるプッツン女め。
確かに、僕が自らの招いた事態ではあるけどさ。でもただやみくもに挑発する、捨て身だとかじゃない。
これにはちゃんと計画があったんだ。
「シド、愛している。お前も俺を愛しているのは知っている。だから結婚しよう。駆け落ちでもいい、二人で誰も知らぬ土地にいこう。この女が婚約者だろう? なあに、どんなヤツでも俺がぶっ飛ばしてやるからな」
「ちょ、まっ、ま、待て! 何を言って――」
このバカっ。力強すぎなんだよ!! 筋肉ダルマみたいな身体でぎゅうぎゅうと抱きしめられては、下手したらこっちの方が窒息してしまいそうだ。
必死になって暴れ、ようやくこのゴリラモドキは顔を覗き込んできた。
「顔が赤いぞ、照れてるのか」
「お前のせいだよッ、バーカ!!!」
「ほう?」
うわ、やばい誤解された。そして頬を染めるのをやめろ、気色悪い。
でも思い切り顔をしかめているのに、この男ときたら。
「可愛いな。アンタは」
「な、な、な……!?」
頬にキスしやがった。
まるで子供みたいなそれに、僕の身体はカッと熱くなる。目の前がチカチカして、なんだか目頭まで熱くなって。鼻の奥がツンとしてきたのはなぜだろう。
「アンタは、なぜ泣いているんだ」
「えっ?」
気がつけば目元から頬が濡れていた。
ああ、なんて不愉快。この僕が、この僕が、コイツの前で泣くなんて!
取り乱したことならあるさ。僕だって感情のある生き物だ。でもこの歳で、寄りにもよって人間なんかの前で涙を零すなんてあってはいけない。
あるわけがないんだ。
いや、そもそもこれは涙じゃない。なんかその鼻水的なナニカだ。ほら最近、あたたかくなってきて花粉が魔界中に飛び回っているから。
それに目か鼻かが刺激されたのかもしれない。
「シド」
「ち、ちがう……泣いて、なんか」
「シド」
「か、花粉症だ、そうに決まってる! この僕が、貴様なんかに泣かされてたまるかっ!!!」
「大丈夫だ。シド」
「なにが大丈夫なもんかッ、いい加減なことぬかすと――ん゙ぅ!?」
今度は唇をふさがれた。そう、キスだ。思い切りやられた。
当然跳ね除けようと必死に抵抗するが、ゴリラかオーガ顔負けの馬鹿力でまったく歯が立たない。
「んんっ、ぅ! んーっ!!! (くそっ、離しやがれ! この汚らしいアホがぁぁぁッ!!!)」
叫ぼうと口を開けたのがまた悪かった。
「ふぁっ、ぁ……んぅ、っ♡ んん♡」
あ、ダメ。舌いれられたら何にも考えらんなくなる。
こんな状況で、人前で濃厚なディープキスされてんのに変な声でちゃう。頭ん中フワフワして、指先でスッと背中なでられるだけでゾクゾクしちゃって。
「可愛い顔になったな」
「ぁ♡」
満足そうに舌なめずりして離れていく男に、どこか寂しさすら感じてしまう自分がいた。
「俺もアンタとのキスは好きだぞ」
彼の瞳に映る僕は、たいそう惚けた顔をしているだろう。強烈な感覚の余韻にひたされて、そんなことを考える。
「いや違うな。好きだからキスをするんだ」
「へ……」
「アンタも俺のことが好きだから、俺に『出ていけ』なんて言ったんだろ?」
そしてアレスは聞かれもしないのにペラペラと話し始めた。
「最初からアンタも俺も一目惚れってワケだよな。だから惹かれ合ったし、身体の相性もバッチリだったんだ。その証拠に、アンタは俺以外とここ最近セックスしてないだろう」
「そ、それは」
確かにしてないが、それはもっと別の話だ。てかコイツ、勝手なこと言ってくれてるが都合が良すぎるだろ。
僕がこいつに退去を命じたのは、単純に面倒事をさけるためだ。ただでさえ、うるさくてモラハラセクハラ当たり前のプッツン女がいるのに呑気して人間とセックスしてられるか……って。
「!」
忘れてた、この状況を!!
今だ万力みたくしめつけるこのアホゴリラの腕を必死で押しながら、ぎこちなく後ろを振り向いた。
「……」
「ヒッ!?」
めっちゃ見てるぅぅぅっ!! 刺すような視線。コメカミにはブチ切れそうな血管浮いてるだろう。
握りしめた手もプルプルしていて、これはマズイ。
そんなファルサの斜め後ろには無表情だけど別の意味でプルプルしてる秘書の姿。
つーか、助けろよ。笑ってんの知ってんだぞ薄情者!!!
無表情のまま爆笑してるエルヴァは放っておくとして。
まずはこの爆弾処理だ。いや、爆発する方が早いのか。
「あ、あああっ、あのっ、ファルサ、様」
「……シド。その人間はなに?」
「うっ」
やっぱりバレてる。人間に見えないような魔法処理をしていたけど、この人に通じるわけがないよな。
相手は魔族の超絶エリート。先代魔王の血を濃く受け継いだ強大な魔力と、残酷かつ残忍な性格。そしてさっきまで僕を殺すレベルで首絞めしてきた女だものな。
あ、だめだ。これ死ぬやつ。
「シド」
「は、はい」
しゅるり、と床の黒髪が蠢く。
今度は全身を八つ裂きにされるのか。さすがにそれはいくらなんでも死ぬよな。死ななくても、かなり痛いだろう。それこそ死んだ方が楽なレベルに。
「答えなさい。この人間は、なに?」
「そ、それは」
さっきは勢いと、やぶれかぶれでも計画のある反抗だったのだが。
そう。僕が人間と結婚すると言い張ってファルサが激怒、注意を引き付けている間にこの秘書が彼女を殺るなりしてくれる――それが計画。
いくら先代魔王の娘といっても、現役魔王である僕を攻撃すればそれなりの正当防衛になるだろう。
秘書であり、用心棒であるエルヴァの仕事。
それなのにどうだこれ。
「アレスぅぅぅっ、貴様のせいだ!!!」
いまだ人の尻なんぞ撫でてくる男をどなりつける。
コイツのせいで勢いもなんもめちゃくちゃだ。ていうか、だから追い出したかったんだよ!!!
ただでさえ成功率の低い計画が、前段階で終了しちまうなんて。
「だいたいっ、なんで貴様がいるんだよ!」
「そりゃあアンタに会いに」
「今じゃなくてもいいだろぉぉぉっ!!」
セックスすら待てんのか。そもそもこの前来なかっただろ!? どーせ、どっかで浮気しやがったんだ! 人の身体もてあそびやがって。この浮気者っ、性欲大魔神!! 死ねっ、ペ○ス腐りきって死にさらせーッ!!!
「……なるほど」
「ハッ!?」
しまった、心の声が全部出てた。目の前の男の表情が胸焼けしそうなほどに甘いものになっている。
「あの日はアンタが俺の名を呼びながら独り寝してんのを見て、かなり満足したのだが」
「は、はぁ?」
そんなガラにもないことすんなよ、アホ人間。
悔しくて恥ずかしくて。でもなんか頬に触れてくる指に、そっと擦りよってみた。
「ふん、バカめ……」
「たしかに俺は大バカ野郎だ。こんな可愛いアンタに触れてやらなかったなんて」
いやいや、可愛くはないだろう。男だし、魔王なんだから。
でもなんだか、その、悪くない、かも。
「あ、アレス」
「シド。愛してる」
少し上を向かされて。またキスされる、と思って目を閉じた時だった。
「――状況も立場も丸無視の、危機感のないバカップル共には大変悪いのですが」
やけに冷たい声で僕たちはハッと顔を上げた。
「よくもまあ、二人の世界を構築できるものですね」
「あ゙」
相変わらず怒りかショックかで拳はプルプル、髪の毛はウネウネ。顔は鬼の形相なファルサと。
呆れと嫌悪感の入り交じった顔のエルヴァが仁王立ちしていた。
どう足掻いても絶望、ってこういうこと言うんだなって思う。
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