Courtship

田中 乃那加

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12.大人の事情の薄情

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 思えばこいつも俺も、こう視線を強く合わせた事があっただろうか。
 俺に至っては、ここまでしっかり見つめ合うような場面はそうそうなかったもんで平常心決め込んでいても、正直心臓が破裂寸前だ。

「僕ね、遼太郎のこと」

 ……なんだ。俺がなんだよ。あぁ畜生、胸が苦しい。早鐘のように忙しない俺の心臓の音が邪魔だ。今すぐ止めてしまいたいくらいに鬱陶しいぜ。
 しかも上目遣いがすごくクる。可愛すぎだ。殺す気か。こいつ実は暗殺者じゃねぇのか。
 俺を可愛いという武器で殺す。
 なんだか俺自身なんだか分からない感じになっちまった。
 でも鋼の心で俺は蓮の言葉を待つ。

「すごく意地悪で鈍感で変態な男だと思ってる」

 ……すげぇディスってくるな、こいつ。
 でも次の言葉で俺は物凄い衝撃を受けた。

「そんな、遼太郎が僕の、その、ええっと、好きな人、です」
「!?」

 なんだ。俺は幻聴を聞いているのか。
 ついに俺までイカレちまったとか。こんな都合の良い事ばかり聞こえてくるなんて。
 目を剥いた俺に気付いてんだか気付いてないんだか。蓮は頬を真っ赤に染めても視線を逸らそうとしない。
 だとすれば俺だって逃げるわけにはいかねぇだろう。

「その……本気、なのか」
 
 それでもまだ及び腰で恐る恐るそう問えば、蓮は静かに頷いた。
 こんなガキが覚悟決めて自分の気持ち打ち明けたんだ。
 俺はその真っ直ぐな瞳を見つめ返す。俺のと違って、濃い日本人特有の色だ。
 少数派であった俺のと違って、何度もこの色を羨ましく思ったことか。だが今はそういう意味でなく、目の前の双眸が愛おしい。
 渇きにも似た想いで、無意識にゴクリと喉が鳴る。

「遼太郎は覚えてないかも知れないけど……」

 すると彼は小さく息をついて、数ヶ月前の事を話し始めた。
 俺が満員電車で痴漢に合った女を助けたこと。しかもそれが女装してた蓮だったということ。そこから彼は俺に惚れて、探し回っていた。俺が男とホテルにしけこんでる所を見て、衝動的にあんな誘いをしてきたという……待て。

「やっぱり、めちゃくちゃじゃねぇか」

 なんで好きな男に対して第一声が『自分を買ってくれ』なんだよ。
 そうツッコミ入れると、彼はほんの少し不貞腐れた顔で。

「大五郎さんがそう言えって。インパクトある言葉で引き止めろって」
「あの野郎……っ!」

 碌でもないこと吹き込みやがったな。しかもそんな前から二人は知り合いだったのか。

「おい蓮、あの野郎とはどういう関係だ」

 思わず強引に距離を詰めて問い詰めると。
 キョトンとした顔を一瞬してから、思い切り吹き出して笑いやがった。

「えっ、あぁ……あははっ。なんだか遼太郎、ヤキモチ妬いてくれてるみたい」
「そうだ。妬いてるぜ」

 当たり前だろうが。好きな奴とようやく想いが通じたんだ。そこに別の男の名前が出てきたら嫉妬の一つや二つ。
 我ながら大人気ないし、青くせぇとは思うがな。
 若い奴目の前に、俺だってしてられねぇだろ。

「りょ、遼太郎!?」
「その顔も可愛いが、今は答えろ。返答によっては、あの野郎をぶちのめす」
「君って案外、そういう所あるんだね……」

 苦笑いしながらも彼は話した。
 俺をゲイだと知ってすぐに声を掛けて来たのがあの男で、全ての事を仕組んだのもあいつだという。

「やはり楽しんでやがったんだな、あのクズ野郎」

 妙な遣いを頼んだのも仕組んだ事か。
 社員のプライバシーに関与しすぎだろうが。
 口の中で舌打ちをしながら、あの男には後で嫌味の一つや二つ言ってやりたいと思った。
 そこでふと、ひとつの疑問が頭をもたげる。

「そう言えば、あの香水」

 今日してた香水の香りは。しかし大五郎からはしなかった。
 思案している俺に、蓮が申し訳なさそうに口を開いた。

「あれね……会う前にほんちょっと付けときなさい、って大五郎さんから」
「やはりな」

 俺の精神状態をめちゃくちゃに揺さぶりやがって。全てのあの男の思惑がで、手のひらで転がされたと思えばムカつく事だらけだが。

「ごめんね」
「お前のせいじゃねぇよ」

 こうやって可愛い奴の姿が見れただけ感謝すべきか。いや、あの上司には死んでも感謝しねぇけど。

「ね。遼太郎」

 彼の手が俺の膝に触れた。反射的に距離を取ろうと仰け反りかけると、咎めるような視線が向けられる。

「う、すまん」
「……僕まだ聞いてないんだけど」
「?」

 聞いてない、とは。なんのことだろうか。
 首を傾げる俺に、蓮はその柔らかそうな頬を少し膨らませ口を尖らせて一言。

「……僕のことどう思ってるのか、ってこと!」
「そりゃお前」

 言わなくても分かるだろ、と言いかけて止めた。
 俺の悪い癖だ。勝手に結論出して自己完結しちまう。言葉にする前に諦めちまうか、思い込んじまう。察してくれるはずだと。
 きっとそうやって幾人も傷付けてきたんだろうな、と今更になって省みた。それはこのガキのおかげだろう。
 カッコつけても無表情決め込もうとしても、俺は結局不器用な奴でしかないわけで。
 いい歳してこんなカッコ悪い俺を、こいつは……。

「蓮、よく聞けよ」
「うん」

 なんだ、すごく緊張する。膝に置かれた手もなんだか汗ばんで居るみたいで、こいつも同じように焦れてんじゃねぇかと思うと尚更。

「その生意気で食いしん坊の大飯食らいで、泣き虫で突拍子もないイカレた所……も、好きだ」
「遼太郎……それ、まさか褒めてる?」
「あぁ。もちろん」

 さっきのお返しだ。
 俺だって、別にこいつの可愛い顔や仕草だけに惚れたんじゃないんだぜ。面倒臭い所も好意を抱くくらいには夢中になっている。
 自覚して覚悟を決めるまでに少しばかり時間がかかったがな。

「遼太郎ってば……可愛いんだから」
「それは俺の台詞だろ」

 だいたい俺になんて似合わない。せいぜい厳ついとか、何考えてんのか分かんねぇとかだろ。

「ううん、可愛いよ。すごく可愛いッ!」
「っうぉ!?」

 突然隙をつくように抱きついてきやがった。
 まるで躾のなってない中型犬みたいだな、一瞬の動揺と共に受け止めてやる。
 ……あんなに食ってるのに、なんでこいつこんなに細いんだ。

「蓮、お前。甘い匂いするな」
「ふふ、さっき食べたお菓子かなぁ」
「虫歯に気をつけろよ」
「もう! 遼太郎ったらデリカシー無さすぎ」
「そうか?」

 よく分からんが、抱き締めた蓮の表情は柔らか口調も甘いモノだったから別に問題はないのだろう。
 完全にソファに座る俺に、乗り上げた形になった男子高校生。一瞬過ぎる罪悪感というか背徳感で目眩がするが、なんともクる感じではある。

「……あれ?」

 蓮が突然声を上げる。
 訝しんだ俺が視線を向けると、彼が何かを取り上げたのか右手を小さくかかげている。

「これ何?」
「……」

 さっきあの変態野郎こと、大五郎に手渡された小箱。ご存知避妊具コンドームだった。
 うっかりポケットから落ちたらしい。存在すら忘れてたぜ。

「遼太郎?」
「これはだな……」

 顔を近付けてまじまじと見ないでくれ。
 なんだかすごく卑猥なモノを見せつけられている気分だ。ただでさえ幼顔の男子高校生がアノ箱を手にしているのは、一種の犯罪的な気がする。
 と。かなり動揺しているが、俺は幸い表情が表に出にくく怖がられることも多い。
 しかし今はそれが功を奏している。

「コンドーム……大五郎さんに渡されたんでしょ」
「し、知ってたのか」

 頼むからその顔でその名前は言わないでくれ。胃がキリキリと痛みそうだぜ。
 彼は何故か少しドヤ顔をして小箱を突きつけてくる。

「保健体育の授業で習ったんだからね! でもこれ女の人とする時に使うんでしょ? なんで……」

 ハッとした表情の後に悲しそうに俯きはじめる彼に、俺は慌てて弁解というか説明する羽目に陥った。
 ……別に避妊具は男女間だけで使うものじゃなく、男性同士でも性病防止や後始末(とは言わないが)の為にも必要不可欠なのだと。
 言葉を選びながらだが、正直上手く説明出来たか自信はない。
 ただ神妙な顔で聞き入ってる彼の顔を極力見ないでいるのが精一杯だ。

「そっか……」

 ―――そして、しばらくの沈黙。
 その気まずい時間を破ったのは蓮の方で。
 
「ねぇ。遼太郎」

 声に外していた視線を戻せば、どこか熱に浮かされたような真っ赤な顔が更に距離を詰めて見つめていた。

「ン゛!?」

 おいおいおい。こいつなんか目付きがヤバくないか。
 ガキとは思えないトロリとした目元。頬も上気していて。唇をぺろり、と舐める仕草。
 まさかこれもあの野郎に教わったのか? だとしたら殺……。

、使ってみたい、かも」
「が、ガキがっ……何言ってやがる!!」

 そりゃあの時先に手を出したが、まさか俺だって最後までする気はなかった。
 しかも惚れた相手なら尚更だ。
 俺はさりげなく迫ってくる彼を押しのけつつ、ごちゃごちゃした頭で言葉を探す。

「ガキって……もう高校生だもん」
高校生だろうがッ!」

 淫行で捕まったらエライ事だ。

「順序がな……」
「なんで? 僕達両想いなんでしょ!?」
「それはそうだが……」

 涙で瞳が潤んできたのか、部屋の光を反射して目元がキラキラとしている。あぁ可愛い……じゃなくて。

「僕、遼太郎になら何されても良いよ!」
「馬鹿野郎っ、そんな破廉恥な」
「なんだっていいよ! ねぇっ。ダメなら僕が遼太郎のこと抱いちゃうから」
「っ、それは絶対駄目だッ!!」

 ……何考えてんだこのクソガキ。
 やっぱりこいつ頭のネジが数百単位で抜けてんじゃねぇのか。
 俺はそっと溜息をついて。

「こういうのは準備ってやつが必要なんだぜ。悪いが今はこれで我慢してくれ」
「もうっ、子供扱いして! 我慢って……ぅんっ!?」

 俺は、彼のその小さな顎をやや強引に掴む。そしてギャーギャーと喧しいその薄い唇を、そっと触れるだけのキスで塞いでやる。
 ……やれやれ。次はどうやって静かにさせてやるかな、と思案しながらその華奢な肩を抱いた。

 

 

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