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元転生者のツラの皮

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「ど、どういうこと!?」

 驚いた声をあげたのはこの少年だが、アレックスもまた動揺していた。
 険しい顔のシセロも同じだろう。

「マリアが二人、なんて!」

 双子でないのに、同じ姿かたちの者が二人もそろえば。
 
「あら」
「……」

 一方は一瞬顔をしかめたが、すぐにニヤリと不敵に笑う。
 もう片方は無表情だ。

「シスター・マリア。貴女に双子の姉、または妹はおられませんよね」
「ええ」

 シセロの問いに二人の聖女は、首を横に振った。
 アレックスはといえは『面倒なことになった』と嘆息する。

(こんなところで、遊んでいるヒマはないのだが)

 とはいえ目の前の女のどちらかがニセモノだとすると、そいつが魔王であるのは自明の理であろう。

(つまり、そいつをぶん殴ればいいってことだ)

 岩のような拳を固めて双方を眺めるが、まったく同じ容姿。スタイルから服装まで同じなのだ。
 まったく見分けがつかない。

「そうなると、確実にどちらかが魔王ということですね」
「えぇっ!? じゃあ、この男は……」

 相変わらず触手に縛られた男は、ピクリとも動かず。かと言って、わずかな呼吸音はするから生きてはいるのだろう。
 
「最初から洗脳された者ですね。アレックスは、まんまと騙されていたというワケです。本当に、情けないことですが」
「おい。ずいぶんな言い草じゃねぇか」

 イヤミっぽく肩をすくめる男を、ジロリと睨みつけた。
 だいたい彼だって、騙されていることには変わりない。魔王が聖女になりすましていても、疑う素振りすらなかったのだから。

「別に? 真実を、ありのままに申しただけですが」
「それが腹立たしい、といっているんだ」
「ふん。別に貴方の機嫌なんて。私にとっては、取るに足らない事ですからね」
「なんだと、この野郎――」

 思わずその胸ぐらに掴みかかる。
 普段なら、このように激昂することなどない。常に達観したような無表情の男が、だ。
 相手が恋のライバルというのも、大いにあるのかもしれない。

「人間風情の、薄汚れた手で触らないで頂きたいな。そういう粗野で礼儀知らずな所、アレンに相応ふさわしくないのでは?」
「テメェ……」

 またも一触即発。バチバチと敵意がぶつかる。
 まるでヤンキーのガンの飛ばし合いだ。

「はいはいっ、そこケンカしないで! 自体が余計にややこしくなるから」
「チッ……」
「余計なことを」

 ニアが割って入り、ようやく互いに苦々しく視線を逸らした。

「今は、どっちが本物のマリアかを考えなきゃ!」

(うむ……)

 確かにそうである。
 しかも、どちらかが魔王なのだ。
 アレックスは、改めて二人の聖女を見比べた。

「寸分たがわず、ってところだな」
「そうなんだよねぇ。まったく見分けがつかないや」

 仕草までもソックリとなると、もう分からない。
 しかもアレックスは、シスター・マリアとは直接的な面識がない。アレンから話は聞いているが、それだけだ。
 これで本物を当てろと言われても、到底無理な話だった。

「おい、シセロ。お前は分からないのか」
「そうですね」

 腕を組んで考えこんでいる様子の彼は、小さくうなずき口を開く。

「……両方ってしまう、というのはどうですか」
「なるほど。お前にしては、ナイスアイデアだぜ」
「何言ってんのぉぉぉッ!?」

 ごく真面目な顔で、とんでもない事をのたまう男にアレックスは賛同した。
 大声でツッコミ入れるのはニアである。

「短絡的過ぎるよっ、二人とも!」
「だって……なぁ?」
「一人も二人も変わらないですよ」
「もーっ、面倒くさくならないでってば!」

 妙なところで意見を同じくする二人である。
 しかしながら。アレックスとて、こんなところで時間を潰してはいられないのだ。

「俺はアレンに会えれば、どっちでもいいんだぜ。おい、女――マリアって言ったか。アレンはどこだ。正直に言わねぇと、ぶちのめすぜ」

 そんな事を、拳をかかげて淡々と言うが。だからといって、ニセモノが『はい、そうですか』と口を割るワケがない。
 案の定、二人の聖女は呆れたようにため息をついた。

「わたくしがホンモノですわ」

 片方が口をひらく。

「先程も言いましたけど、アレンの所へ案内します。わたくしを信じて頂ければ……ですけど」

 チラリともう一人のマリアを見て、困ったように眉を下げる。

「あら。わたくしこそ、本物ですわ」

 そちらは、相変わらず不敵の笑みを浮かべていた。
 まるで取っておきの武器を忍ばせているかのような、表情である。

「アレンは今、とても危機的状況にあります。だから、ここへ飛んできたわけですけど――」
「危機的状況? どういう事だ」

 まず、アレックスが食いついた。

(まさか、また変な野郎にられてんじゃねぇだろうな)

 ぶっちゃけるとその通りであるが、彼らは知る由もない。
 
「とにかく、今すぐ彼を救い出して欲しいのです」
「おい。なぜ事情を説明しないんだ」
「そ、それは……」

 なんの詳細なく、いいから助けに行けとは不審がるのも当たり前だ。
 しかし彼女の表情もどこか、後ろめたいモノを抱えているようで。

(怪しいな)

「おい。アンタは本物か? 嘘を言って、俺たちを罠に嵌めようってんじゃねぇだろうな」
「そんなワケないじゃないですか。わたくしが、信用できませんか」

 味方の危険で釣って、陥れようとする――よくある手口だ。
 彼女の焦ったような口調もあいまって、ますます怪しく感じた。

「信用もなにも、俺はアンタのことを知らねぇ。おい、ニア。お前はどう思う」
「うーん……分かんないや」

 顔見知りでも、この有様である。やはり両方、一旦ぶちのめしておこうかと思った時。

「待ってください! 殴るなら、わたくしにしてくださいまし」
「え?」

 先に彼らと合流してたマリアが、声をあげて進み出た。

「例え魔王としても、暴力では何も解決しません。神に仕える者として、それは許せないのです。だから、まずはわたくしを殴って下さい。そうすれば、分かりますわ。どちらが本物の聖女であるか」
「……」

 神々しいまでの慈愛の精神。
 胸に掛けた、祈りのシンボルを抱く凛とした姿。
 
(なるほど)

 アレックスは黙って拳を下ろす。
 少し苛烈になりすぎていたらしい。いくらどちらかがニセモノだからといって、仮にも女性を殴ろうとは。

(暴力は何も解決しない、か)

 確かに暴力で解決するのは、ほんのわずか。しかも、それはいつも新たな火種を生んでしまう。
 争いという名の。

「すまなかったな。心の清らかな聖女であるアンタに――」
「……【火炎魔法イグニス】」
「ウギャッ!?」

 激しい炎が、襲いかかる。
 アレックスの言葉も半ば。いきなり平然と、攻撃魔法を繰り出したのはシセロだった。
 とっさに彼女は、叫び声と共に慌てて飛び退く。しかし、ほんの少しだけ焦げたらしい。
 煤けた服のすそを握って、ブルブル震えている。

「は、ぁっ……な、なんで……」
「仕留め損なったか」

 舌打ちしながらも、もう一度杖を構えて呪文を唱えようとしている。
 そこに、慌てて待ったをかけたのはニアだ。

「ちょっ、シセロ! なにやっちゃっての!?」
「は? 何って。手っ取り早く、こんがりと火あぶりにしてやろうかと」
「聖女を火あぶりにしないでよ!」

 しかもこの空気や一連の流れを敢えて読まず、である。

「でも、どちらかが魔王じゃないですか」
「いやいやいやっ、今の話の流れだと彼女が本物でしょ!? そーゆーもんでしょっ!」

 なんせ相手を庇い、代わりに自分を殴ってくれと懇願したのだ。
 一方、後から来た方のマリアは何とも言えない表情で黙り込んでいる。

「普通に考えて、コッチが本物のシスター・マリアだよ!」

 彼女とシセロの間に立って、ニアが猛然と主張した。
 それをアレックスもまた、静かに見守っている。

「貴方、本気でそう思っているのですか」
「当たり前だろ。シセロこそ、本気でこの人がニセモノだと思ってるの?」

 ジッと視線が交差する。
 互いが、自分こそ正しいと思って譲らない目だ。

(やれやれ)

 これじゃあラチが明かない。
 アレックスが大きくため息をつく。
 すると。

「……聖女アタック!」
「グエッ!?」

 いきなり後から合流した方のマリアが、もう一人 (本物、最有力候補) の脳天をぶっ叩いた。

「なっ、なにを――」
「聖女アタック、聖女アタック、聖女アターック」
「いでっ、やめっ、痛゙だだだっ!」

 無表情でバシバシと、どつく。よく見れば、手にはハリセン。しかも固そうで、叩かれれば結構痛いだろう。

「聖女アタッァァァク」
「うぎゃっ、やめろっ、やめっ、痛いって!」
「なーにが『暴力は何も解決しません』ですか。そういうの、古いっていうか。もう通用しないんですよぉ? ほらほらほらぁ、聖女キーック!」
「うがっ……ひ、ヒザを……っ!?」
「別名。秘技、強力膝カックンです」

 淡々と話しながら、叩いたり膝カックンする光景はシュールだ。

「おおよそ、聖女っぽい事を言えば騙せると思ったのでしょうが」
「……あいにく。その女は、清く正しい女じゃありませんよ。むしろ性格ブスの暴力女って、一族で有名でしたから」

 口を挟んだのは、シセロだった。
 すっかり能力を解いて姿を表した、魔王ファシルと。その尻を、楽しげに蹴り上げるマリアを冷たく見ている。

「あら、シセロったら。わたくしのこと、そんな風に思ってたのね」
「ほんと相変わらずですね、シスター・マリア」
「うふふ。もう
「ええっ! シセロとマリアって、姉弟なの!?」

 ここへ来てまさかの事実。
 確かにマリアもシセロも、エルフである。しかしエルフというのは、人間の次に人口が多いと言われている種族だ。
 まさかそんな繋がりがあるとは、誰も思わなかったのだろう。
 アレンでさえ知らない。
 彼は今も、マリアがエルフでありながら人間にそだてられた孤児。という話を信じているだろう。
 ニアが驚きのあまり、飛び上がる(生首状態なので、ゴムまりのようで不気味である) のも無理はない。

「そんなことより、いつまで蹴り倒してるんです。死んでしまいますよ」

『別にそれでもいいですけど』なんて。いけしゃあしゃあと言いつつ、シセロは面白くなさげに鼻を鳴らす。

「大丈夫ですわ。これでも一応魔王ですから、ねっ?」
「ぐえっ! あぐっ、ゆ、許して……」
「うふふ。ヘタなモノマネで、わたくしに化けるなんて。笑止千万!」
「ギャァァァァッ!!!」

 これが魔王なのか。完全に聖女に敗北している。
 そんなアレックスの疑問を感じとったように、彼女はニッコリと笑いかけた。

「聖女しか勝たん、ですわ♡」
「……」

 またワケの分からない展開になってしまったらしい。
 頭を抱えたのは、なにも主人公だけではないのである。
 
 

 
 
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