めぐる鍵、守護するきみ-鍵を守護する者-

空哉

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新緑の頃、再び -鍵を守護する者②-

キツネにつままれて

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「月代さん」
移動教室から帰る際、名前を呼ばれた方を向くと衣奈が立っていた。
呼んだあとすぐに気付いたのか、ハッとして手に口を当てる。
「じゃなかった。美都ちゃん、だったね」
「どうしたの、衣奈ちゃん」
まだお互い呼び慣れていない証拠だ。昨日の今日だから仕方ないが、美都の方も少し照れ笑いを浮かべ彼女に応じる。一緒に歩いていた春香たちに先に行くよう伝え、その場に立ち止まった。
大型連休を目の前に控えた4月最後の平日。一日の授業を終え明日から始まる大型連休に生徒たちは浮足立っていた。
そうは言っても3年生だ。特にこの時期は部活動も追い込みに入り、且つ並行して受験勉強にも取り組まなければならない。それでもただ休みという概念は、生徒たちの心に安らぎをもたらすのだろう。
「美都ちゃんって連休はずっと部活?  どこか遠出したりするのかな」
「連休?  遠出はしないよ。部活はあるけどちょこちょこお休み」
美都もご多分に漏れず部活と勉強に励む予定だった。後は和真に促されて常盤家に顔を出そうかと画策しているところだ。
「そうなんだ。どこか一日空いている日あったら一緒に勉強できないかなって」
「え、ほんと!?」
願ったりだ。抑々勉強する気概はあるが他人の目が無いとだらけてしまうのは目に見えている。いつもは凛が見張っていてくれるのだが、彼女は明日からフランスへ行く予定だ。家には四季がいるかもしれないが彼は一人で集中する派だろうと思っている。
そうなってくると誰かを誘った方が良いかとも考えたのだが、大半は部活か塾かの二通りだ。生憎美都は塾には行っていない。その為むやみやたらと誘えずにいた。
「でも衣奈ちゃん塾あるんじゃないの?」
はたと思い至った。学年でも上位を誇る衣奈ならば塾通いは必至であろう。
「もちろんあるけど、ずっと塾漬けでも気が滅入っちゃうでしょ?  それに連休って意外と図書館は空いてるんだよ」
大型連休だけあって家族連れは遠出することが多いからか、図書館の固有スペースは空きが出ることが多いのだという。
なるほどと感心していると、衣奈がメモの切れ端のような紙を美都に差し出した。
「これ私の連絡先。予定わかったら教えて欲しいな」
「ありがとう!  うん、連絡するね」
学校では緊急時以外、スマートフォンの利用は認められていない。その為わざわざ衣奈は紙に連絡先を書いてくれていたようだった。帰りのホームルームがあるため長話は出来ないことを見越していたのだろうか。気遣いが嬉しくて思わず顔が綻ぶ。
ちょうど4組の担任が戻ってきたのをきっかけに、手を振った後美都も自身の教室へと歩き出した。
────その一方。
先に教室に着いて談笑していた男子生徒の中から、戻ってきた春香に声がかかった。
「はるかー。美都は?」
その声の方に春香が目を遣る。呼んだのは男子生徒の中でも特に目立つ和真だ。小学校からの仲なので名前呼びは慣れている。
「美都ならミステリアスガールと喋ってるよ」
「ミステリ……?  誰?」
窓際では和真の他に数人の男子生徒が見受けられた。もちろんその中に四季もいる。
春香の回答に心底思い当たる節が無かったのか、和真はすかさずまた彼女へ疑問符を投げつけた。
和真の反応を見てさもありなんと思ったのか春香は説明を付け加えた。
「4組の平野さん」
「わからん。美都と接点あったっけ」
「さあ……?  親しそうに話してたしいつの間にか仲良くなったんじゃない?」
名前を訊いても尚首を傾げる和真につられる様に、春香も同じく首を捻った。
小学校も部活も違う。同じクラスになったこともないので接点と言えば4組に凛がいることくらいか。
ミステリアスガールというのは春香の他に使っている生徒もいる。なぜなら彼女の実態が謎に包まれているからだ。
勉強熱心な優等生。ここまでは良くあることだと思うが、彼女は親しい友人を好んで作らないと耳にしたことがある。どこか他人を寄せ付けない空気感があることからその名が使われるようになったらしい。
だから先程の光景を見て春香も驚いたのだ。その説明を和真にすると彼は半分納得したように頷いた。
「まあ美都だしな」
「美都だしね」
さすがに旧知の仲だけあって納得できる部分を弁えている。
「そこは素直に納得するところなのか……?」
横でやりとりを聞いていた四季が思わず苦言を零す。
確かについ昨日、人見知りはしないと言っていたが。そんな小難しそうな人物まで領域に入れてしまうのは喝采よりも疑問に思わないものなのか。
「美都ってさ、あの性格だから基本敵をつくらないんだよね。昔からいつの間にか知らない子と仲良くなってることが多いの」
「まあようはとっつきやすいんだろうなー。だから危なっかしいっちゃ危なっかしいけど」
四季の呟きを拾うように、春香と和真が美都についての解説を始める。
先日思った感想は間違っていなかったようだ。彼女の周りに常に人がいるのは、彼女の人柄所以ということか。だから危なっかしいという和真の評価はわからなくもない。
「特別派手なわけじゃないのに、なんか人の目を惹きつけるんだよね」
「才能だよなー。だから男女構わずモテるんだろ」
自分の見る目に間違いがなかったことを頷きながら彼らの話をなんとなく聞いていたところ、和真の最後の言葉で一瞬思考を停止させ目を見開いた。
「モテる……のか?」
「そりゃな。実際狙ってる奴もいるだろ。でもま、誰かと付き合ってるってのは聞いたことねえな」
さすがにそこには考えが至らず、若干動揺しながら呟いたのを和真が何の気なしに返した。
ただし春香の目はごまかせなかった。四季の反応に気付きニヤリと含み笑いを浮かべる。
「うかうかしてたら誰かに取られちゃうんじゃない?  今は和真が虫除けになってるだけで」
「おい、なんで俺が虫除けなんだよ」
「リスクをおかして不良に近づく人いる?」
「おお?  はるかチャン言うじゃねえか」
やいのやいのと会話を続ける2人を横目に、四季は春香が放った言葉に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
春香が自分に対して言ったこともそうだが、そのことになぜか胸がざわつくことに四季は驚いていた。
美都が守護者になって1ヶ月あまり。同じ家で暮らすだけあって、誰よりも顔を合わせることが多いのは必至だ。学校での彼女の動向を気にしていたわけではないが、なんだかんだ自然と目には留まっていた。しかしそれはたぶん、異性の中で美都が一番親しいからだ。そこに特別な感情などない。はずだ。
「まあ半分冗談だとしても、今に美都に彼氏が出来てもおかしくないと思うけどね。逆になんで今までいなかったのか不思議なくらい」
「あいつがそういうのに疎いんだろ。鈍そうだし。知らぬ間にフラグ折ってそう」
「あぁ……確かに……」
鈍感そうだという意見には多いに同意する。
彼らの言うようにあれだけ周りに人がいながら今までそういう噂がないというのは、不思議でありながら納得が出来る。
抑々、人を寄せ付ける力があって人見知りしないというのは美都に裏表がないからだ。だからこそ感情が読み取りづらいと感じることもある。否、彼女自身の感情が素直すぎるからこそ他人から受け取るモノに対して同じように感じているのかもしれない。
そういう無邪気なところも彼女の良さではあると思うが、危なっかしいと感じる点でもある。
「そう言う和真は美都に対して恋愛感情的なのないの?」
「ねえ。妹だ、妹。俺は保護者」
「どっちがどっちの保護者なのかねぇ……あ、ほら。帰ってきた。と思ったら早速捕まってる」
きっぱりと美都への恋愛感情を否定する和真の言葉に春香がやや呆れ気味に分析していると、噂の本人が教室の入り口に見え彼女が視線を誘導する。
思わず目を遣るが、入ってきた途端扉の傍にいた男子生徒に絡まれているのが確認できた。
先程の話を聞いたからなのか、また理由もなく胸がざわつく。
その表情を春香がまた見逃さず、けしかけるように四季に言葉を発した。
「煮え切らないねぇ、四季」
「……何の話だ」
「別にー?  目は口ほどに物を言うってね。おーい美都ー!」
春香の言葉に四季が眉間にしわを寄せて答えると、妙に愉しそうな台詞を残し美都の元へ駆けていった。
隣にいた和真も何かを察したのか四季を見て目を瞬かせた後、息を漏らして口角を上げた。
「否定はしないんだな」
正直痛い所を衝かれた、と顔をしかめる。否定できなかったのは完全にそうではないと言い切れる自信がなかったからだ。だがそう考える自分にも疑問が生まれる。先程の胸のざわつきも原因のひとつなのだろうがそれにしてもなぜそう思うのか。
彼女はただ同じ使命を持つ守護者でクラスメイトなだけだ。そう思えばどうということは無い。のだが。
「…………」
目を細めて今一度美都がいる方を見る。
何がそんなに気にかかるのか自分でも知りたいくらいだ。
和真の言うように妹だと思えば確かにそうかもしれない。だがもっと違う、良い例えがありそうだ。
「……──小動物か?」
たぶんこれが一番近い気がする。
ポツリとした呟きを横で聞いていた和真が、吹き出しそうになるのを堪え口を覆った。
「お前それは……言い得て妙だわ」
「だろ?」
「ま、今はそれでいいんじゃね」
小動物を愛でる感じだと思えば危なっかしさも納得できる。だが和真の言い方だと他のニュアンスもあるように感じた。
実際それ以上でも以下でもないはずだ。
良い例えが見つかったはずなのになぜか胸の内はしっくり来ない。
クラスメイトに囲まれる美都を見ながら、四季はゆっくり息を吐いた。





部活動終了の挨拶を終え、チームメイト達は各々部室へ向かう。
美都もそれに倣って歩いていたところ、隣のグラウンドから駆け寄ってくる和真の姿が見えた。
聞きそびれていたことがあったらしく、ちょうど部活が終わったタイミングで呼び止められたのだ。
「で、何日に帰ってくんの?」
まるで常盤家に帰ることが前提のような聞き方だ。
「帰るにしても、和真は連日部活でしょ?」
「俺はそうだけどおふくろが気にしてんだよ」
なんとなくその意図はわかった。多加江が美都の帰る日を気にしているのには準備をして待ちたいからだろう。
彼女の趣味にして特技である菓子作りにおいてはプロも顔負けなほど手が込んでいる。だがそのクオリティを出すにはある程度の準備が必要なようで、美都が帰ってきたときにさっと振る舞いたいというのが彼女の思惑だろう。
和真に気づかれないよう、彼の背後に見える四季をちらっと確認する。
連休中に一日家を空けることは双方了承済だ。だが常盤家との兼ね合いもあって日にちまでは決めていなかった。そういう経緯から、和真にはまだ断定情報が流せないのだ。
「後で円佳さんと話して決まったら連絡するよ」
「りょーかい。あ、明日突然来るとかはやめろよな。明日練習試合だし」
「明日はわたしも部活だよ。試合ここから見てるね」
そんな他愛ないやり取りをしたあと、「引き留めて悪かったな」と言って彼は部活仲間が待つ方へ踵を返した。
ちょうど後片付けを終えて部室に向かってきた後輩と合流すると、「中原先輩と付き合ってるんですか?」と何度聞いたかわからない質問が飛んでくる。
同学年にはほとんど周知されているが、後輩ともなるとその情報は行き渡らないようだ。
「違うよ。家が隣同士だっただけ。単なる幼馴染みね」
「えー!?  じゃあ向陽先輩は!?」
和真との関係を否定した瞬間に次の質問が矢継ぎ早になされた。質問と言うより疑問や疑念に近い。
この手の話はどこへ行っても尽きないのだなと改めて思う。自身があまり得意ではないので触れないようにしているが、やはり年頃の女の子だなと感じる。
「四季とも付き合ってません!」
言ってからこちらの噂は広まっているのかと苦笑いを浮かべた。他にも兄弟や親戚関係の者はいるだろうに、なぜここだけ如実なのかと思えばやはり原因は四季だろう。
始業式のときクラスメイトから四季は静かに人気になっていると聞いた。そのときは目から鱗だったが、実際彼の立ち振る舞いは自然と目で追ってしまう。
毎日顔を合わせる美都はすっかり四季の雰囲気に慣れたが、接する機会がない後輩達は遠目から観察しているようだった。現に今もグラウンドを歩く姿に視線が集まっている。
四季自身は他人の目を気にしないと言っていたがよもや違う学年からも注目されているとは思わないだろう。
黄色い声を上げながら歩く後輩たちの視線につられ、横目で彼を見る。和真を始めとするチームメイト達と談笑しながら部室に向かう途中だ。確かに周りの男子生徒よりも大人びている様が窺える。
(──あれ……?)
そう言えば、とふと思い立って視線を逸らす。
四季は家ではそんなに感情を見せない気がする。元からそんなに感情の起伏が激しくないのかもしれないが、少なくとも学校にいるときのような笑顔は見せない。
自分で考えておいて一気に不安が押し寄せた。
────もしかして、自分は四季に良く思われていないのではないか?
思わず顎に手を置いた。
確かに彼にとって自分は扱いづらい立場にあると思う。守護者だけならともかく同じクラスで遠縁として周囲に認識されているだけあって、今のように関係性を気にする者も少なくない。自分がこれだけ訊かれているのだから、恐らく彼も同等に質問攻めにあっているはずだ。
そう考えれば少し距離を置きたくなるのも必至か。
思い至って青ざめながら再び四季を見る。すると談笑していたのも束の間、ふと表情を変え彼が校舎の方を見やった。
「……?  ──っ!」
四季に遅れること一瞬、背筋に悪寒が走った。
昨日感じたものとは違う。これは、宿り魔だ。
条件反射的に身体が動く。
「ごめん、忘れ物したこと思い出したから先に戻る!  お疲れ様!  気を付けて帰ってね!」
足早に後輩に言い残すと、美都は一目散に駆けだした。「美都先輩もー!」という言葉を背中で聞きながら、気配のする方へ足を向かわせる。
あの状況だ。恐らく四季は簡単に抜けられないだろう。そうなると動ける自分が先に向かうしかない。そう考えながら体操着のまま足早に校舎へ向かった。
下校時刻が近づき、入り口もほとんど閉まっている中で一部開いている扉から校舎へと入る。まるで狙っているかのように校舎に入ってからもなかなか気配が近づくことはない。幸いなのは生徒がほとんどいないことだ。全力で走っても不思議な顔をされることは無い。
走りながら首に架けていた指輪を取り出す。学校にいる間はネックレス式にした方が目立たなくて良いと弥生がアドバイスをくれた。
チェーンをポケットにしまい、指輪を右手中指にはめる。
溝が赤く濃い光になっていく。スポットが近い証拠だ。
「──粛々しゅくしゅく……紗衣加さいか!」
自らの気配を消し、守護者としての衣を纏う。巴として整うのにそう時間はかからない。
宿り魔の気配を頼りに無我夢中で走ったその先、たどり着いたのは南校舎にある図書室だった。もともと生徒が出入りすることも多くはない。狙うには絶好の場所だ。
躊躇うことなく扉を開き、境目からスポットに切り込んだ。
反転された世界。ようやく眼もすぐ慣れるようになってきた。
「──!!」
視線で捉えるのと同時に苦痛を堪える声が聞こえてきた。直線状にある本棚に押し付けられた一人の少女が顔を歪ませ、彼女のすぐ前に宿り魔が恍惚とした笑みを浮かべている。
すぐさま右手に剣を呼び出すと巴は一目散に駆け出した。
「はっ──!」
巴はその小柄な身体に似つかわしくない剣を振りかぶった。
攻撃を受けた宿り魔から叫び声があがる。
しかし切り込むよりほんの一瞬先に宿り魔が心のカケラを取り出す方が早く、対象となった少女は力なくその場に倒れ込んだ。
宿り魔の手に渡らぬようひとまず心のカケラを手元に寄せそっと片手で包む。
すぐにでも彼女の元へ行って介抱したいが、それよりもまずは目の前の宿り魔を倒すことだ。幸い急所に当たったのかまだ痛みにのたうっている。
このまま退魔の言を為そうと巴が剣を構えたときだった。
「────お邪魔虫」
「!」
誰とも知れない声が背後から聞こえてきて思わず振り返る。
中央にある貸出台の奥、窓際に並ぶ低い木製の本棚の上。最初に目に入ったのは縁日でよく見かけるキツネ面だった。
本棚の上に少女がひとり座っている。
よく見てみると第一中学の制服の上に黒い羽織を纏っているようだった。
「──……だれ……?」
思わず声が漏れる。
少女は被っていたキツネ面を口元までずらすとクスクスと笑った。あくまで顔を隠しているようだ。
段々とそれが良くない気配なことに気づき身構える。
「困るのよね、段取りにないことをされると」
脳に響く声だ。まだ若くあどけなさが残る。
ふいに死角でした物音にハッとして宿り魔のほうに向きなおると、眼前に複数の本が迫っていた。
「……っ!」
間一髪のところで剣の柄で本を叩き落とす。しかしその先に見える光景に巴は息を呑むこととなった。
キツネ面の少女と対峙する間、図らずも先程の宿り魔に回復の機会を与えてしまった。否、それが彼女の狙いだったのかもしれない。
宿り魔は倒れた少女の身体を強引に引き上げると、あろうことかその少女を自身の盾のようにしたのだ。
『それを渡してもらおう。さもなくばこの娘の身体に傷がつくぞ』
「……っやめて──!」
迂闊だった。宿り魔は少女の身体と心のカケラを交換条件として突きつけてきたのだ。
2対1では完全に身動きがとれない。それにキツネ面の少女がどういった力を持っているのか把握できていないこの状況では圧倒的に不利だ。
巴は奥歯を噛みしめた。
ぐったりと項垂れる目の前の少女。早くこれを戻さなければいけないのに。
急かすように宿り魔が少女の首元に爪先を着きつけようとした瞬間だった。
「──巴!  伏せろ!」
「!」
背後からする声にいち早く反応し、指示通り身体を屈ませた。コンマ1秒かからず銃声が鳴り響き頭上を銃弾が通過した。
見事に宿り魔の肩に命中すると再び前方から呻き声があがる。
守護者の攻撃は宿り魔にしか通用しない。例え人に当たったところで害はないのだがさすがのコントロールだ。
宿り魔が痛みに耐えかねて盾としていた少女を手放した。
咄嗟に剣を置いてクラウチングスタートを切ると、自身の身体を床にスライドさせ倒れてくる少女の身体を抱き留め右手で支える。
「静!お願い!」
首を捻り、背後にいる静にすぐさま声をかけた。
言うより早く構えていた静はのたうつ宿り魔に照準を定めた。
天浄清礼てんじょうせいれい!!」
力強い声とともに引き金を引く音がした。
光を帯びた銃弾が再び宿り魔に命中し、仰々しい断末魔をあげその存在が消滅する。
倒れた少女を抱きしめながらほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、キツネ面の少女の存在を思い出しハッとして身体を起こした。
背後にいた静も少女の存在に気付いたようで素早く銃を構える。
「誰だお前は──……!」
ピリッと張りつめた空気が流れた。
キツネ面の少女は尚も顔の大半は隠したまま口元だけ出すとクスクスと笑い、本棚の上に立ち上がる。
巴は対象者となった少女にカケラを戻し、抱きかかえたままキツネ面の少女の方を向いた。
「いいチームワークね。でも──……」
キツネ面の少女はゆっくりと腕を上げ手のひらを静の方へ翳す。
静は銃口を彼女に向けたまま顔をしかめた。
彼の表情を確認するとキツネ面から出た口元が笑みを作る。そして瞬時に翳していた手を巴の方へスライドさせた。
「目障りだわ」
「──っ!」
先程よりも低い声でそう言うと、少女は己の手から気砲のようなものを巴に向かって発した。
対象者の少女を抱えたまま、避けることが出来ない巴を敢えて狙ったのだ。
当然彼女は身動きを取ることが出来ない。せめてと思い、抱きかかえた少女に傷を負わせないよう庇う体勢で強く抱きしめ目を瞑った。
ドンッ、という鈍い音が空間に響いた。しかし意に反して痛みはいつになってもやってこない。
不思議に思い、力を緩め恐る恐る目を開く。先程より眼前が暗い。影が出来ているようだ。
そして一瞬遅れて知覚し一気に血の気が引く。
「……っしずか‼︎」
「──……っ」
巴を庇うようにして、静が本棚に手をついていた。見上げるその顔は痛みを堪えているようにもとれる。彼女の位置からは逆光となって良くはわからない。
だが彼の表情から先程の気砲は彼の背中に命中したことが判った。腕で体重を支え、本棚に触れる手には力が入っている。
青ざめた顔で状況を整理していると彼の背中越しに少女の笑い声が聞こえた。
その声に応じるべく、静も片手を離し攻撃を受けた身体を捻らせキツネ面の少女の方を向く。
「鍵の守護者。あなたたちの好きなようにはさせないわ。これからもね──……」
そう言うと反転世界の闇に溶け込むように、キツネ面の少女は姿を消した。
一呼吸放心状態で彼女がいた方を見つめたあと、ハッとして静に声をかけた。
「静、怪我を──!」
「いい。大したことない。それよりすぐ空間が戻る」
大したことないと言うその額には脂汗が滲んでいるようにも見えた。
目下にいる対象者が無事なのを確認すると静は扉の方へ向かう。巴は静の言葉に倣い、介抱していた少女をゆっくり本棚にもたれさせるとすぐに立ち上がり彼の後に続いた。
間もなく空間にひびが生じガラスが割れるような音が響き渡る。
その音に紛れ2人は各々変身を解くと、図書室より少し離れた渡り廊下に出た。互いに部活が終わった瞬間に飛んできたので体操着のままだ。
深く大きく息を吐くと、何事も無かったかのように歩き出そうとする四季を美都が全力で引き留めた。
「待って四季……!」
「いっ──……、……大丈夫だって」
「でも今……!」
あくまで痛いとは発せずやせ我慢のように応える四季に、美都は不安な表情で視線を送った。
その顔にバツの悪さを感じたのか四季が何かを言いかけようとして口を開く。しかし、思い直したようにすぐさま向きを変え歩きだした。
「……先に行く」
「え?  し──!」
「──……月代さん?」
素っ気ない言葉を残し向きを変えた四季を呼び止めようとした瞬間、今度は背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
その声に驚いて振り向くと、西日に当てられて柔らかく微笑む高階律の姿があった。
「高階先生……!」
「ああ、やっぱり。どうしたんですかそんな恰好で。彼は……えっと──向陽君、でしょうか」
もう間もなく下校時刻だというのに体操着姿で渡り廊下に頓挫する美都を不思議に思ったのだろう。加えて同じような格好で歩く男子生徒の姿をしっかり捉え、その上彼の名前まで覚えている。さすがとしか言いようがない。
呼び止められてしまった手前、何か話すしかない状況だ。しどろもどろになりながら必死に言い訳を探す。
「あ……えっと、校舎に忘れ物しちゃって部活が終わってそのまま走ってきたんです。そしたらたまたま彼もいて……」
相当苦しい。なぜなら3年生の教室は違う校舎の1階だからだ。
忘れ物をしたにせよ、別校舎の3階に忘れることなどほとんど無いに等しい。増して2人同時に。
美都のどぎまぎとした返答に高階はきょとんと目を丸くすると、すぐに何事もなかったかのようにいつもの笑みをみせた。
「それは大変でしたね。でもちょうどよかったです」
そう言って脇に抱えていた楽譜や書類を手前に持ち直すとそこから何かを取り、美都に差し出した。
「これ、先日言っていたCDです」
「!  クラシックの……!」
「えぇ。今日一日持ち歩いていて正解でした」
美都たちのクラスは今週はもう音楽の授業がなかった。だが高階は気を利かせて、CDを用意してくれていたのだ。
それを受け取りしばらくジャケットを見つめた後、再び彼を見上げた。
「わざわざ……ありがとうございます」
「連休前に渡せてよかったです」
お礼を伝えると高階はふっと優しく微笑んだ。
四季を追いかけたい気持ちで逸っていたが、この笑顔には敵わない。完全に高階の柔らかい空気に絆されてしまった。
直後、ちょうど良いタイミングで下校時刻を知らせる校内アナウンスが流れ始めた。彼も職員室に向かう途中だったらしく、2人で歩きながら下へ向かう。
「クラシックを聞きながら勉強すると捗るんだそうですよ」
「へぇ、そうなんですか?」
「歌詞が無い分、耳に流れてくる音が集中力を向上させると言われてます」
諸説ありますけど、と付け足して高階はあどけなく微笑んだ。
さすがに博識だと感心しながら彼との会話を楽しんでいるとあっという間に職員室のある2階へたどり着いた。
中央階段前でお互いに立ち止まり再び向かい合う。
「それでは、気を付けて帰ってください」
「はい!  CDお借りします。失礼します」
高階に会釈をし、そのまま階段を駆け下りる。
校舎には既に人の気配が無く、しんと静まり返っている。しかし一歩外に出ると部活を終えた生徒たちがぞろぞろと帰るところだった。
結局四季に怪我の様子を聞けないままになってしまった。彼は大丈夫なんだろうか。
とにかくも早く帰らなければ。あのキツネ面の少女のことも気になる。
校舎から出た瞬間、再び気持ちが逸り出した。
それでも体操着のまま帰るわけにいかない。荷物も部室に置きっぱなしだ。
美都は先程のことを考えながら駆け足で部室に向かった。



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【もふもふ手芸部】あみぐるみ作ってみる、だけのはずが勇者ってなんなの!?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。  しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。  そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。  そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。

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