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天の川へ願いを-鍵を守護する者④-

思いがけない再会

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明日からいよいよ7月、という手前で大きな話題が飛び込んできた。
「転校生?」
「そう!  明日来るらしいの!」
あやのが声を弾ませて教室に戻ってくると、そう周りの人間に報告した。
「中3のこの時期にか?」
首を傾げながら和真がそう呟く。彼の言葉に思わず頷いた。
第一中学は郊外とはいえ都内の公立中学だ。周辺には私立の学校も多い。受験のことを考えるのであれば、附属となっている私立へ通う方が圧倒的に有利なのだ。とは言え家庭の事情はそれぞれなのでここで議論していても仕方のない話なのだが。
「男子?  女子?」
「そこまでは聞けてないんだよねー。どっちかなぁ。どっちがいい?」
春香の問いにあやのが周囲を巻き込むようにアンケートをとり始めた。転校生、というキーワードからふと四季を連想する。彼も初冬に転校してきた人間だ。今やすっかり馴染んでいるのでつい忘れがちだが。チラリと四季を見ると考えていることがバレたのか目が合った。
「男女比で行けば男子だろ」
「夢がねーなお前は」
「現実的って言え」
冷静に分析して語る四季に秀多が口を挟む。その言葉に更に苦い顔をして返答した。
「女子がいいなー。運動出来る子!」
「2学期になれば体育祭あるしねー。戦力が欲しいよね」
春香とあやのは実に運動部らしい考え方をして盛り上がっている。まだ夏休みも迎えていないため気が早い気もするが2学期は行事が目白押しだ。体育祭に文化祭。受験生と言えど楽しむことが許される行事だ。もちろんどちらもクラス一丸となって取り組む必要がある。あやのはクラス委員である手前、行事への参加も積極的だ。彼女に任せれば大丈夫だろうという安心感がある。それに担任の羽鳥も行事に関しては積極的に取り組む方だと聞いているため今から楽しみなのだ。
「美都はどっちがいいの?」
ふと春香が美都に問いかける。先程の流れからして彼女が問うているのは、転校生の性別の話だ。うーんと唸りながらしばし考える。
「男子だったら四季、女子だったら凛。いや、凛はどちらにせよか」
「?  なんの話?」
横から和真がおもむろに二人の名前を挙げる。なんのことかわからず首を傾げていると続けて彼がニヤリと笑った。
「嫉妬の対象」
「おい」
瞬間鋭いツッコミが四季から入る。まるで不本意だと言わんばかりに。和真の解説を聞いていた春香がなるほど、といった感じで同意するように頷いていた。
「どっちにしろ美都はそれなりに仲良くなるでしょうねぇ」
「なんの予言なの……」
「凛にはちゃんと言っときなよ?  まだ引きずってるだろうし」
そう言いながら春香が指差したのは四季だった。そうなのだ。四季と付き合うことになってから真っ先に凛に報告したのだが彼女は非常にショックを受けていたようだった。しばらく落ち込む、と彼女自身で言っていたくらいだ。さすがにもう1週間は経つので立ち直っているとは思うが。
「大丈夫だと思うけどなぁ」
「念には念が必要よ。特に凛には」
心配しすぎだとも思うが確かに彼女にはそうした方が良いかもしれない。以前そういった入れ違いがあったなと思い出す。あの苦い思いをしないためにも春香のいう通り、転校生の正体が判明したら伝えるべきかと納得する。
それにしても修学旅行以降、このメンバーで会話をすることが増えてきたなと感じる。元々の人間関係もあったがそれ以上に個々の繋がりが強くなった。関係性が変化したということもある。美都と四季、あやのと秀多がそれぞれ恋人同士になった。聞けば春香は学校外に相手がいたらしい。和真はと言えば、彼は自分のことをあまり語らないがそれなりに考えていることはあるらしい。和真に関して言えば、美都と四季が同じ家で暮らしているという事実を知っている数少ない人物だ。凛も知っているが彼女に関しては四季に明らかな敵意を抱いている。その点和真は中間だ。美都にとっては幼馴染み、四季にとっては友人。公平な目で見てくれる。先程のように茶化すこともあるが。
何よりこのメンバーは会話のテンポが良く、聞いているだけで心地良い。話に参加しなくても十分楽しめるのだ。
「まぁまだどんな子かわかんないんだし、明日のお楽しみってことで!」
あやのがその場を取りまとめ議論は終了となった。明日になれば性別も容姿も分かることだ。
楽しみだなと美都はまだ見ぬ転校生をぼんやりと頭に思い描いた。





宿り魔の退魔を終え、美都は一人帰路に着いていた。先ほどの戦いにおける、初音との会話を思い出す。
『初音!  もうやめて!』
『あら、名前で呼んでくれるの?  可愛いけどその言葉には応じられないわ』
対象者となった少女の心のカケラを手にし、キツネ面を被った少女はクスクスと笑んだ。確認した直後、雑然とそれを手放す。その所作に胸が痛んだ。
『優しいだけじゃ、何も守れないわよ?』
『……っ!』
初音が巴に放った言葉。彼女の言うことももっともだと思った。しかしこれは自分が決めたことだ。初音に剣を向けない。宿り魔が憑いていたとしても彼女が人間である以上、傷つけることは出来ない。これが信念だ。
直後に自分の横を銃弾が掠める。弾は初音に向けられたものだとすぐにわかった。しかし命中することなく、初音は軽々とそれを避ける。
『あれくらい勢いがないと』
振り向けば静が初音に銃口を向けていた。彼には迷いがない。普段は自分が宿り魔の退魔を請け負い、初音の相手は静に任せているのだ。しかし巴は彼女と話がしたかった。その為、静に退魔を任せたのだ。
『どうしてこんなことを……なんで鍵が必要なの⁉︎』
『話し合っても無駄だって言わなかった?』
『……っでも、わたしは知りたいの!』
食い下がる巴に、初音は呆れたように肩を落とす。まだ言葉を聞き入れることはしてくれるようだ。聞く耳を持たない状態にされる前に、巴は少しでも情報が欲しかった。初音の本当の目的をまだ聞けていない。誰の為に鍵が必要なのかを。
仕方なしといったように、初音が巴と向き合う。いつものようにキツネ面から口元だけ出すと彼女は静かに語り始めた。
『ねぇ、あなたはこの間「大切な人を守る為に戦う」って言ったわね。でもそれってすごく曖昧じゃない?』
『──?  どういうこと……?』
初音の問いに首を傾げた。曖昧という単語が不思議に思う点を加速させる。
『あなたが言う大切な人は誰?  家族?  友人?  すぐに名前が出せる?』
『それは……っ!』
『出せるけど多そうね、あなたの場合。じゃあもう一つ質問するわ。この女の子も、あなたの大切な子?』
瞬間、言葉を詰まらせる。初音が指したのは対象者となった少女だ。心のカケラを抜き取られてグッタリと身体を地面につけている少女。同級生で数回言葉を交わしたことのある生徒だった。すぐに答えられなかったのは、その少女と面識がある程度だったからだ。
『答えられない?  そうよね。そこがあなたの優しさであり弱みよ。あなたには守りたいものが多すぎるもの。自分を苦しめている原因よ』
『苦しいだなんて思ってない……!』
『本当にそうかしら。現に今、あなたはこの子を助けられなくて苦しんでるでしょう?』
彼女の言う通りだ。目の前にいる少女を助けられず、不甲斐ない気持ちでいっぱいの自分を苛んでいる。だがこれは守護者であることの義務だからだ。目の前で繰り広げられる悪事に、ただ見ないふりをすることだけは出来ない。そう考えて手を握りしめていると初音が呆れたように溜め息をついた。
『いじめ過ぎたみたいね。でもまあ良く考えた方がいいわ。全部助けられるなんて幻想よ。失う覚悟がなければそのうち立ち行かなくなるわ。あなたみたいな優しい子は特にね』
『──……あなたには、失う覚悟があるの?』
たまに不思議に思う。初音は明らかに自分たちの敵なのに、その言葉の中には自分を気遣うものが聞こえるときがあるのだ。自分がそうであればいいと思っている表れなのかもしれない。だが彼女の言葉は時に優しい。助言のようにも取れる。
だから聞いてみたかった。彼女の真意を。
『私にはもう失うものは無いもの。それでも……この身を捧げる覚悟はある。ただ一人、大切な人のために』
そう言う初音の声には芯があった。何に代えても譲ることは出来ないという頑なな意志。自分の身を捧げてまで大切に想う人が、彼女にもいるのだ。
『これが私とあなたの違い。わかったかしら?』
初音の覚悟を目の当たりにして、思わず動けなくなった。そのあと静が援護してくれなければ、空気に呑まれてしまっていたかもしれないと思うほどに。
スポットから戻ったあと、四季は気にするなとフォローしてくれたが美都はそうすることが出来なかった。彼はまだ部活後のミーティングがあったためそのまま踵を返した。もちろんひたすら心配してくれていたが自分の思考のせいで彼の行動を縛ることは出来ない。そのため、大丈夫だといつも通りの笑顔で返した。
美都は一人で考えながら歩いている。あのとき気づいてしまったことがある。初音にはただ一人大切に思う人間がいること。彼女は言うなればその人物のためだけに生きているのだ。だから誰を犠牲にしても構わないと言うのだろう。失うものがない人ほど、強気でいられるのか。
(──……そんなことない)
失うことに覚悟なんていらない。そんな覚悟をしてはいけないのだ。何より自分は守護者だ。失う前に守らなければならない。だから彼女の言うことは間違っている。そう思おうとした。しかし初音のもう一つの言葉が頭に引っかかり、顔を歪める。
────『全部助けられるなんて幻想よ』
美都は歩きながら胸の前で自分の手を開いた。一瞬、その言葉に怯んでしまったのだ。守るための力なのに、自分はうまく使いこなせていない。だから助けられないのだと突きつけられているような気がして。それが無性に苦しくて悔しかった。自分の不甲斐なさに辟易とする。愛理に「強くなる」と宣言したのに、まだそれは上手くいっていない。はぁと溜め息をついた。
ふと菫の言葉を思い出す。「あなたの優しさこそ力です。この先きっとその力が必要になるでしょう」と彼女は言った。それは初音とは真逆のことだ。双方のいっていることは間違っていない。優しさとは時に人の助けともなり、時に弊害ともなる。力だと解釈すれば、その使い方は如何様にも考えられる。弱みだとするのなら、人に利用される恐れがある。相反する不確かなものだ。それに「優しさ」は目には見えない。本当に自分にはそれがあるのかと考えてしまうことがある。ただ自分本位になっているだけなのではと。
不安になるのはまだ力の使い方に迷いがあるからだ。ならば早急に決めるべきなのだろうがいまいちそれが判らない。そして初音の言葉でさらに揺らいでしまった。
(本当に、私が『間違いを正せる』のかな)
夢で聞いた声。あれが初音のことでないとするならば一体何なのだろうか。他に何か間違いがあるのだろうかと疑問に思う。
考えながら歩いていたためあっという間に自宅のある階へたどり着いた。とぼとぼと歩きながらエレベータを降りる。ひとまず頭を切り替えて夕飯の支度をしなければと思い直すと突如自宅の奥の扉が開いた。そう言えば弥生が住人が決まったらしいと話していたことを思い出す。タイミングが良いのか悪いのか。この時世なので隣の家であってもあまり干渉するものではないというのが世の中の事情だ。しかしここで立ち止まるのもそれはそれでおかしい。うーんと一時悩んだあとひとまず挨拶だけはしておこうとそのまま歩を進めた。
奥の扉から人影が現れる。その姿に目を見開いた。
「あ……!」
声を抑えることが出来なかったのはこんな偶然があるのかと思ったからだ。美都の声に振り向いたのは、以前公園の近くでぶつかった美少年だった。
「……──あ」
一拍置いて少年も思い出したようで互いに会釈を交わす。その水色の髪がサラサラと揺れる姿にはやはり無意識に目が向いてしまう。すごく綺麗だなと見ていると彼もしばしこちらを見つめた後不意に目を逸らし小さく声を発した。
「えっと──……隣に越して来た星名ほしなです。はじめ、まして……」
やはり声にも透明感があるなと聞きながら思った。ハッとして美都も自分の名を名乗る。
「あ、月代です!  よろしくお願いします。えっと……星名、さん?」
「はい?」
恭しく名前をなぞる。せっかく再会できたのだから色々聞いてみたいという好奇心が働いた。名前を呼ばれた少年はきょとんとその金色の瞳を瞬かせている。
「あの──おいくつですか?」
「……今年15、です」
「──!  やっぱり同い年だ。中3ですよね?」
以前一目見たときに歳が近そうだなと思っていたがやはりそうだった。予想が的中したことと同い年であることの嬉しさで美都は表情を明るくする。少年は驚いたように美都を見たあと彼女の質問に頷きさっと目を逸らした。
ここで美都は今日学校で話題に上っていたことを思い出した。
「もしかして、明日から第一中に来る?」
「あぁ。7組──」
「やっぱり!  わたしも7組なの。そうなんだー、嬉しいな」
ふふ、と心からの嬉しさが笑みに溢れた。転校生というだけでも楽しみだったのにまさかこんなに綺麗な子がクラスメイトとなるなんて。また新たな話題のタネになるのは必至だろう。
「あ、わたし月代美都。美しい都って書いて美都。えっと、下の名前も聞いていい?」
そう言えばフルネームを伝えていなかったのだということを思い出し、名前の漢字の表記まで解説した。ずいぶん心が浮ついているようだ。目の前の少年は一瞬言葉を詰まらせながらも、美都の質問に応じた。
「──……水唯すいです。星名水唯ほしなすい 
少しだけ恥ずかしそうにして、少年は自分の名を名乗ると顔を俯かせた。名前の響きも綺麗だ。耳に心地良い音に、美都はクスクスと微笑みを向ける。
「同じクラスなんだし、敬語はやめよう?  ねぇ、水唯って呼んでもいいかな?」
「え?  あ、あぁ……」
「ありがとう。わたしも良かったら名前で呼んで欲しいな」
「は……、うん。──美都」
すっかり美都のペースに気圧された水唯は、敬語になりそうだったのを慌てて訂正し、彼女の提案に頷くと柔らかい笑みで名を呼んだ。
(う……うわぁ──!)
思わず心の中で叫ぶ。美少年に名前を呼ばれてしまった。これ程興味が惹かれるのは、彼が自分の周りにはいないようなタイプだからだ。まだ数言しか会話していないがおそらく見た目通り大人しそうだ。窓際で一人本を読んでいる姿が容易く想像出来る。だがこの見目は周囲が放っておかないだろう。特に女子生徒は高階のときと同様、色めき立つに違いない。
「ねぇ、水唯って身長どれくらい?」
「確か165だったと思う……」
「それでも10cmくらい違うのかー」
うーんと唸りながら顎に手を当てる。四季よりは目線が近かったためどのくらいなのか気になったのだ。水唯はこう見る限り筋肉質という印象は抱かない。スラッとして華奢、というと男性にとっては相応しくない言葉なのかもしれないが実際のところそれに近い。
水唯はこの状況に若干戸惑いながら再び目を逸らした。そう言えば彼は家から出てきたところだったのだと思い出す。もしかして引き留めてしまっていただろうかとハッとしたところ、彼の目線が自分越しへ動いた。
「……何やってんだ?」
水唯の目線につられながら、聞き慣れた声に応じるため振り向く。
「四季。おかえり」
「ただいま。えっと──?」
状況把握が出来ていないのか、四季は美都の言葉に応答したあと二人を見比べて首を傾げた。先に帰ったはずの自分が家の前で見知らぬ男性と会話をしていれば不思議にも思うか、と納得して初対面の二人を引き合わせるように美都は一歩引いた。
「学校で話してたでしょ?  転校生の子だって。ほら挨拶挨拶!」
「──あぁ!  向陽四季だ。よろしく」
美都の言葉で一瞬遅れてピンときたようで、四季は目の前の少年に名を名乗った。それに応じるようにじっと四季を見た後、先程と同じように水唯は会釈した。
「星名水唯です。よろしく──」
二人が自己紹介する様を、ニコニコと見つめる。そして二人の共通点を思い出しておもむろに口を挟んだ。
「四季も転校生なんだよ。何かわからないことがあれば四季に聞くといいかも」
「おい。丸投げかよ」
「だって男の子同士だしちょうどいいかなって」
四季からのツッコミに肩を竦めて弁解する。転校の経験があり、尚且つ同性同士ならば何かと相談がしやすいだろうと思っての助言だ。やれやれと息を吐いて再び水唯に向き合った。
「なんて呼べばいい?  水唯、でいいか?」
「あぁ。好きなように呼んでくれ」
おや、と美都は目を瞬かせた。先程とは少し雰囲気が変わったなと思ったからだ。四季と対面したからだろうか。確かに彼は少し威圧感があるのは否めない。だがこう見えて彼も世話好きなので四季と水唯が仲良くなれば良いな、と思う。うーんと考えて四季の腕に手を二度反復させる。
「固いよー四季」
「いつもこんな感じだって」
「でもこれからお隣で暮らすんだしさぁ。もっとこう……柔らかく?」
「なんで疑問形なんだよ」
とは言え確かに四季はいつもこんな感じかもしれない。最近ようやく雰囲気が柔らかくなってきたが、自分たちが知り合った頃の方がもっとよそよそしかった。そう思えば成長したなと思う。
四季と普段のように会話を交わしていると、目の前で佇む水唯がきょとんとした顔で目を瞬かせていた。そして気まずそうにしながらその口をおずおずと開く。
「二人は……同じ家で暮らしているのか?」
水唯の言葉を受けて、今度は美都が目を丸くした。咄嗟に先程の自分の言葉を思い出してハッとする。うっかり同じ家で暮らしていることを口走ってしまった。だがもはや訂正するのも白々しくなる。それに遅かれ早かれバレることになるだろう。そう思って美都は半ば慌て気味に彼の質問に弁解した。
「し──親戚なの!  だから同じ家で暮らしてるの!  ねっ、四季⁉︎」
「……あー。そうだな」
そう言えばそういう設定だったと言わんばかりの目で四季はこちらを見ている。それとも自分の失言に呆れているのだろうか。どちらにせよ後で怒られるのは免れそうにない。
「そう……なのか」
「うん、そうなの!  水唯は?  保護者の方と一緒?」
ひとまずこの話題から遠ざけなければと思わず彼に似たような内容で質問を返す。自分の説明に納得していた水唯は、一瞬息を呑む仕種を見せた。そして目を逸らすと困ったように眉を下げた。
「いや──俺は一人だ。一人暮らし」
「え……そうなの?  じゃあ本当に何かあったら遠慮なく言ってね?」
「……あぁ。──ありがとう」
そう言うと彼は「それじゃあ」と言って二人の横を通り過ぎ、エレベータへ向かっていった。
水唯の背を見送りながら美都はようやく息を吐いた。
「なんかワケありっぽいな」
「うん。余計なこと聞いちゃったかな……」
四季も似たようなことを考えていたらしい。去り際に垣間見せた、どこか哀愁を感じさせる表情が気になって美都は肩を落とした。その様を見て四季が彼女の頭に手を乗せる。
「まぁ俺たちもワケありなんだし。お前はそれくらいお節介の方がいいよ」
「お節介……」
「褒め言葉」
言いながら四季は玄関の鍵を手にして扉を開けた。彼に促され先に入って電気を点ける。
不思議な雰囲気の子だったなと改めて思う。少年のような出で立ちでありながら、表情はどこか大人っぽさを感じる。それに自分たちと同い年でこの広い家に一人暮らしなのだ。やはり何か理由があるのだろう。人には誰しも触れられたくないことがあるものだからこれ以上の詮索は控えた方が良さそうだ。だがやはりどこか一人にはしておけない雰囲気が漂っている。なるべく注意して見ておこう。
(……こういうところがお節介なのかな)
むぅと自分で自分の思考に苦い顔をする。完全に無自覚だった。四季からは褒め言葉と言われたが踏み込み過ぎてもダメだ。程よい塩梅にしなければ。
しかしこのときの心配が杞憂に終わることは、今はまだ誰も知らなかった。




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