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魔族の探求者クロスノス

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「おや、風邪でもひきましたか?
雨がひどい日ですからね。」

と、言ってクロスノスが私の顔を覗き込む。

「これはひどい・・・。
カミュン、あなたの寝床を彼女に貸してください。
そこに寝せて、手当てをしましょう。」

「いいぜ・・・て、はぁ!?
お前のじゃねーのかよ?」

「私の寝床は本だらけなのです。」

「ちっ。
あのなぁ・・・。
本なんか、ぱぱっとしまえばいいじゃねぇか!」

「そう、言わずに。
今回は譲ってくださいよ、カミュン。」

「だ、誰が知らねー女を寝かせるかよ!!」

カミュンのその口調は、ノアム理事長を思い出させた。
イライラして、面倒な時の声色だ・・・。
無理もない。
他人を寝かせるのは、誰だって嫌よね。
それに、私は奴隷だった。
雨に濡れて、服だって汚くなってるのに。

私は彼の服を軽く引いた。

「・・・その辺の床に降ろしてください。
ご迷惑をおかせして、本当にすみません。
私は奴隷です。
寝台なんて、贅沢です・・・。」

クロスノスもカミュンも、それを聞いて複雑な表情になる。

「カミュン、是が非でも寝台を貸しなさい。
この子を床に寝かせるような真似をしたら、あなたは、彼女の主人と同類になりますよ。」

クロスノスは、視線をカミュンに戻して、強い口調で言った。
カミュンは私をチラリと見る。

「・・・冗談じゃねぇ。
仕方ない。
負けてやるよ、今だけな。」

そのままカミュンの部屋に連れて行かれた。
クロスノスが、寝台用の油紙を広げて寝床を整えると、その上にカミュンがゆっくりと私を降ろしてくれる。

「震えがひどいですね・・・。
これは風邪もでしょうけど、何か傷を負ってるのでは?」

と、クロスノスが私の額を触って言った。

「怪我なんて・・・。」

カミュンがそう言いかけて、自分の腕を見る。
彼の服に私の血がついていた。
彼の顔色がさっと変わる。

あ、そうだった・・・今日もひどくムチで打たれたから・・・。

クロスノスもカミュンを振り向いて、その血に気づいたみたい。

「カミュン、タオルと、あなたの寝巻きを貸してください。」

と、クロスノスに言われ、カミュンが眉間に皺を寄せる。

「タオルはいいとして、寝巻きまで?」

「カミュン、ここはあなたの部屋でしょ。」

「ちっ。」

カミュンは、ぶつぶつ言いながら言われたものを取り出している。

「ほらよ。
俺は隣で着替えてくる。
何かあったら声をかけろ。」

と、言ってクロスノスにタオルと寝巻きを渡したカミュンは、自分の着替えを持って部屋を出ていった。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
早く治して、出て行くから・・・。

そんな言葉しか頭に浮かばない。

「さて、まずは怪我を見ましょう。
女性のあなたには申し訳ないけれど、服を脱いでいただけます?
どのみちその服は洗濯しないといけません。
タオルでこんな風に体を隠して、ね?」

クロスノスは、優しくそう言うと、後ろを向いた。
私は起き上がるとゆっくりと服を脱いで、大きなタオルで見られたくないところを隠す。
このタオル、大きいのが何枚もある。
これなら隠せる、よかった。

そのままうつ伏せて、クロスノスに声をかける。

「お願いします・・・。」

「はい、失礼します。」

クロスノスは、振り向くや否や、表情を一瞬曇らせた。

「これは、ひどい・・・。
少し触りますよ。」

そう言って鞭を打たれた背中の傷に、軽く触れる。

「・・・!!」

痛みに声が出そうになるけど、じっと我慢する。

「すみません、痛かったですね。
必ず治療しますから少し眠ってください。
闇の精霊よ、この者を眠りに誘い苦痛から解放させん。
プーリス・レムネ。」

クロスノスの声が聞こえて、私は深い眠りに落ちていった・・・。

しばらくして目を覚ますと、部屋の向こうからとてもいい匂いがすることに気づいた。

美味しそうな匂い。
私は起き上がると、かけてあった布団をはいだ。

体を見ると、ちゃんと寝巻きが着せてある。

ドアをノックする音がして、返事をすると、クロスノスとカミュンが入ってきた。

「お目覚めですか?
お昼ですよ。」

クロスノスがにっこり笑う。

「元気そうだな。」

カミュンが仏頂面で言ってくる。

私は床に降りて跪くと、床に手と頭をつけて

「奴隷ごときをお助けいただきましたこと、本当に申し訳ごさいません。」

と、言った。

「よせよせよせ!」

カミュンが慌てて駆け寄ると、私の腕を掴んで頭を上げさせる。

え?
どうして?

「そうですよ。
何も謝ることはありませんよ。
あなたはもう、誰の奴隷でもありません。
首の後ろにあった服従の焼印『イドレチ』も、カミュンが綺麗にしましたし、解呪も済んでいます。
あなたは自由なのです。」

と、言って、クロスノスも首を振った。

私はハッと顔を上げた。
自由・・・。
私、自由なの?

「私、自由になっていいの?
人狼は人を襲うからと、いつも薬を飲んでました。
あの薬も飲まなくてもいいんですか?」

私の言葉にクロスノスが、興味を持ったように近づいてきた。

「薬を飲んでいたのですか?
どんな・・・いえ、形や色はわかります?」

と言われ、いつも飲んでいた薬を説明した。

「ふむ、変身抑制剤のようですね。
本来人狼は、そんなものは飲みません。
人を好んで襲うこともない。
襲うとしたら、人の方が彼らを殺そうとした時です。
人狼の毛皮は、一部の金持ちに人気があるそうですね。
特に、任意に変身できるようになる18歳の人狼の毛皮は若さもあって好まれるそうです。」

私は、そのクロスノスの言葉に怯えた。
ゴルボスを思い出したから。

「そのくらいにしろ、クロスノス。
こいつ、震えてやがる。」

カミュンがそう言って、クロスノスの肩を叩く。

「すみません、ついつい。
私は何にでも興味があるのです。
気分がいいなら、お風呂に入りませんか?
あなたの服をカミュンが買ってきたので、それを着てください。
それから、ご飯にしましょう。」

と、言ってクロスノスはにっこり笑うと、私に服の入った紙袋を渡した。






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