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古代魔法『爪書簡』

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翌日、私はカミュンとクロスノスと一緒に、精霊の神殿へ行くことになった。

プルッポムリンはお留守番するんだって。

私は、カミュンの馬の後に乗せてもらう。

「リタ、カミュンから聞いたのですが、あなたは黒竜の化身である漆黒の狼だと、ゴルボスは呼んだそうですね。
その毛には、術者の力を上げる効果があるとか。」

と、クロスノスに言われて、私は頷く。

「はい。」

「一つ確かめたいので、一本いただけます?」

「どうぞ。
カミュン、ナイフを貸してください。
私の髪は抜くことが出来ないの。」

「いいぜ、それと敬語はいらねぇよ。」

「わかった。
ありがとう、カミュン。」

私はナイフを受け取ると、一本切ってクロスノスに渡す。
短くなったその髪は、瞬時に元の長さまで伸びた。

「おぉ、ありがとうございます。
では、早速。」

クロスノスは、指にその髪の毛を巻きつける。

3人で家の外にある結界の膜を抜けると、クロスノスが振り向いて印を結び、呪文を唱えた。

「闇の精霊よ、我が家を我が敵から隠したまえ。
ダイハ・セク・カウェイ。」

するとみるみる彼らの隠れ家が消えて、何もない草原になった。

「わぁ。すごい!」

私が感心していると、クロスノスも感嘆の声をあげた。

「おぉー!
これはすごい。
いつもは、どうしても結界の気配は、消せないんです。
カミュン、どうです?」

「いや、全くわからねぇ。
結界の気配まで隠せるなんて、初めてだ。
リタ、俺にも一本くれ。」

「リタ、私にもください!」

「は、はいどうぞ。
まとめて、一房ずつ切るから。」

私は2人にそれぞれ切って渡す。

「本数と威力に関係あるのか?」

「さぁ・・・確かめたことがないので。」

「ふふ、素晴らしい。
プルッポムリンもこれで守れますしね。」

クロスノスもにこにこして嬉しそう。

「プルッポムリンを大事にしてるのね、クロスノス。」

「ま、外敵から妻を守るのも夫の役目ですから。」

と、クロスノスは言って、馬を進め出した。

「妻?
プルッポムリンて、クロスノスの妻?」

私が驚いて尋ねると、

「ええ、そうですよ。
と、言っても押しかけ女房というか。
とにかく長年私の妻を自称するので、他に相手もいないし、それもいいかと。」

と、クロスノスは答えた。

「自然と愛を育んだんだ。
いいな、素敵。」

私は、憧れを込めて褒めた。

クロスノスは知的で美形で、物腰も柔らかいし、スタイルもいいし、優しいし。

プルッポムリンが、羨ましい。

「ははは、光栄ですね。
しかし、私の恋人は研究なんですよ。
大抵の女性たちは、それに耐えられません。
その点プルッポムリンは、私を理解して受け入れてくれるんです。」

と、クロスノスはさらりと言う。

「リタ、クロスノスに恋したら、苦労するからな。
こいつに心奪われたまま、放置された女性たちが山のようにいるからな。」

と、カミュンが後ろに乗る私を向いて言った。

「他人事みたいに言いますねぇ、カミュン。
街に行くと、あなたに送った手紙の返事が来ないと、色んな女性たちに言われますよ?」

「え、カミュン、恋人がたくさんいるの?」

「ち、違うにきまってんだろ!
化け物退治した時に助けた奴らから、手紙が来るんだよ。
また、会いたいとかなんとか・・・。」

「そ、そうなんだ・・・。
手紙ね。」

手紙なんて書いたことないなあ。
文字の読み書きはできるけど。

「そうだ、リタも私たちのように、『爪書簡つめしょかん』をしませんか?」

と、クロスノスが意外なことを言い出した。
何それ。
初めて聞いた。

「それはどういう?」

「古代魔法の一つで、手紙をやりとりしたい相手と魔法で爪を塗ります。
そして塗った爪の指で、空中に文字を書くのです。
最後にその指を上に向けて大きく弾くと、その手紙が短冊となって、相手の手元に届きます。」

そう言ってクロスノスが、自分の右手の中指の爪を私に見せてくれる。

「ほら、私の中指の爪は藍色になってるでしょ?
カミュンにも同じ指の爪に、同じ色があります。
やってみましょう。」

クロスノスは、そう言うと中指で空中に何かを書き、最後に中指を上に弾いた。

「ほら、来たぜ。」

カミュンが右手を開いて、後ろの私に見せてくれる。
そこに白い短冊が一枚あった。
あれ?でも・・・これは。

「白紙だわ。
中の文字は?」

「この魔法は、そこが要なのです。
文字は互いに同じ色を塗った、受け取り相手にしか読めない。
第三者は内容がわからないのです。」

と、クロスノスが言う。
あ、じゃ、人に見られる心配がないのね。

「なんて書いてあるの?」

「リタの髪の毛を、新しい研究対象にするってさ。」

カミュンが笑って教えてくれる。

「面白そう!
やってみたいな。」

「では、リタにもこの魔法をかけてあげましょう。
文の精霊よ・・・両者の間をその見えざる文字で今結ばん。
ミガ・アテ・レタ。」

私の右手の薬指が、さっと光って、可愛らしい薄い桃色の色が爪に塗られていた。

「わぁ、可愛い。」

喜ぶ私の前で、カミュンの肩が跳ねる。

「こら!クロスノス!
なんてことしやがんだ!」

え?
どうしたんだろ。

「はーい、この魔法はかけたものにしか解除できませーん。
リタ、カミュンにも同じ魔法をかけましたので、やってみてください。」

クロスノスが涼しい顔で笑っている。

「は、はい。
えっと・・・、なんで書こう。」

私は塗られた薬指を、唇にあてて考え込んだ。

「あ、そうだ。
えっと、『今日はありがとう』て書くね。」

薬指で書くのは難しいな。
中指と親指で人差し指を挟んで小指を低く・・・と。

書き終わって、指で弾く。

「来た?カミュン。」

私はカミュンの背中に話しかけた。

「来た。
・・・え!!」

カミュンの肩がまた跳ねている。
隣で馬を進めるクロスノスは、肩を震わせて笑っていた。

「なに?
何か間違えたの?」

私はカミュンの手元を覗き込んだ。

あれ、ちゃんと来てる。
短冊の色が可愛い桃色だ。
クロスノスの時は白だったのに。

「あははは!
カミュンよかったですねー。
いきなり恋文が届くなんて。」

クロスノスが、からかうようにカミュンに話しかけている。
恋文?
お礼の言葉しか書いてないのに。

「うるっせぇ!
クロスノス!
わざと教えなかっただろ!」

「ふふふ。リタ。
この爪書簡は、書く指を唇にあててから書き始めると、恋文を表す桃色の短冊が相手に届くのですよ。
通常は、白。
額を指で触ってから書くと、危険を知らせる赤い短冊になります。」

クロスノスの言葉に、私は顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。


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