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姫の元へ

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「お姫様が無理するからだ。
おい、お前だけでも、宿屋へ戻れ。
お姫様を休ませろよ。」

前を歩く私の後ろで、ガルンティスがカミュンに言うけど、

「ホシイロワシが去った今、外の巨人たちが動き出している可能性もある。
このまま連れて行った方が安全だ。」

と、カミュンは言ってついてくる。
チラリと目線だけ振り向くと、

「カミュン、ありがとう。
いつもこうしてくれて、嬉しい。」

と、ティルリッチが、血の気の失せた顔で言っているのが見えた。

「いいえ。
何かあったら、天王様に顔向けできません。」

カミュンは、優しい声でティルリッチを労ってるわ。
私も怪我したり、痺れ毒にやられた時に、あんな風にしてもらってたもの。

・・・本当に誰にでもするんだ。
私だけじゃ・・・なかったんだ。

やだな。
自分がどんどん嫌な考えばかりしてしまう。
彼女は病気だから、当たり前なのに。
もう、私の目には二人は恋人同士にしか見えない。

「リタ、さっきの巨人を止めた時、どうやったんです?」

ふと、隣を歩くクロスノスが、私の方を見て尋ねてきた。
さっと気が逸れて、かえって落ち着くわ。

「特に詠唱はしてないの。
とにかく触って必死に『止まれ』と願っただけ。」

「詠唱していない・・・。」

「えぇ。
ノアム元理事長を止めた時も、崖から落ちた時も、止めたいものに触れていたことを思い出したの。」

私は思い出せる限り話した。

「それはすごいですね。
リタの場合、あなたの中に精霊の核があるからでしょうか。」

クロスノスは嬉しそうに頷く。

「私を信じてくれてありがとう、クロスノス。
できるかどうかは確信はなかったのに。」

私はクロスノスを見上げて、笑ったの。
今は狼だから、上手く笑顔が伝わってるといいんだけれど。

「いえいえ。
私もあなたを失うかもしれないと、怖くもありました。
後でカミュンに叱られますね、これは。」

と、クロスノスは、カミュンをチラリと見る。
・・・なんでここで彼の名前が出るの?
私は彼の許可がないと、何もできないの?
そ、そりゃ、魔法は素人だけど。

「カミュンは、私が弱いから心配するだけでしょ。
ティルリッチのために来たのに、わざわざついてきてもらって、申し訳ないくらい。
あのね、二人の邪魔をする気はないの。
クロスノスも、二人がうまくいってほしいよね?」

そう、応援しないと。
二人はもう恋人なんでしょう?
割り切らなければ・・・何故か胸が痛いの。

「リタ・・・。」

クロスノスが、眉根を寄せて、私を見る。

「いいえ、リタ。
カミュンは、ああせざるを得ないのです。
あなたがいるのでなければ、カミュンはわざわざ彼女と関わる危険は冒しません。」

と、クロスノスが、小声で何かを伝えようとして口元に手を添えた。

「クロスノス?」

私が首を傾げると、クロスノスは、

「三界の王族の中でも、彼女は本当に厄介なのです。
彼女は天王が溺愛する妹で、その立場を巧妙に利用してきます。
カミュンは混血が一番評価されにくい天界において、天王に認められ、親衛隊隊長まで引き上げてもらった恩があるため、天王の名前を出されると弱いのです。」

と、言う。
チラリと二人を振り向くと、カミュンと目が合った。

カミュンはティルリッチを抱え、ティルリッチは彼に抱きつくように、首に腕を回している。

カミュンは私の視線に、バツが悪そうに目を逸らしてしまった。

・・・嫌々しているようには見えないわ。
彼も男性だもの。
彼女に抱きつかれて、悪い気分ではないはず。

もう、なんでイライラするの・・・。
こんな気持ちに振り回されてばかり。

ガチャリ。

ふと、大きな扉が開く音がして、目の前に荘厳な広間が見えてくる。

「姫様ぁぁぁぁぁ。
漆黒の狼と、その仲間がきましたぁぁぁぁぁ。」

と、クオ・リンゴブが言った。

中に入ると、目の前に長い階段があり、御簾の下りた玉座が見える。
御簾の向こうで動く影も大きい・・・。

「ケルベスロスと、ロミノウロスを退けたものは久しくいなかった。
見事だ。」

御簾の向こうから、苦しそうな声が聞こえてきた。

この人がクタヴィジャ姫。
妖精界を統べるお姫様。

「歓迎したいが、もうすぐ妖精花の蜜の効果が切れる・・・。
治療すると言ったそうだな、リタ。」

いきなり名前を呼ばれて私は驚いた。
ど、どうして!?
いや、そんなことより、何とか治療しないと。

「は、はい。
あなたの中にある、怪物が残した牙を抜こうと思います。」

「ほぉ・・・できるのか?
で、出来なければ・・・う・・・。
お前を食う。」

声の調子が次第に変わっていく。
それに合わせて、広間の壁一面におどろおどろしい、木の根のようなものが降りてきて、扉や窓まで塞いでしまった。

明らかに、先程と姫の匂いまで変わってきている。

「まずは診察させてください、姫。
そちらへ伺ってもよろしいですか?」

クロスノスが、いつもと変わらない涼しい笑顔で語りかけている。

「こ、怖くないの?
クロスノス・・・。」

私が質問すると、

「わくわくしてます。
こんな機会ないでしょ?」

と、クロスノスは満面の笑みで答える。

・・・こういう人なのね。

「来るがいい・・・急げ・・・。
いや・・・妾が行こう。」

御簾の向こうから、声が聞こえたかと思うと、何かが飛び出してきた。

「避けて!!」

レティシアが叫び、全員が広間の隅へと飛び退く。

ズゥゥゥゥン・・・!!

大きな地鳴りと共に降りてきたのは、これまで見たクオ・リンゴブの三倍はある大きな巨体のクオ・リンゴブだった。

全身が真っ赤で、脂汗のようなものを滴らせながら、荒い息遣いで私を見ている。

「蜜の効果が完全に切れれば・・・。
わ、妾はもはや狂ってしまう。
その前に早く・・・早く・・・。」

その声は必死だった。
この体のどこに牙があるんだろう。
蛇のように長い胴体のせいで、見当がつかない。

「まずは牙の動きを見ないと。
カミュン、リタの髪の毛を三人に一本ずつ配ってください。

ガルンティス、レティシア、アシェリエル。
あなた方三人同時に、『透かし身』の術をかけてください。
頭、胴体、尾の三箇所からです。

私とカミュンは牙の場所を探します。
リタ、指示したらすぐに時を止めてください。」

と、クロスノスが指示を出す。

「混ざり者が偉そうに、俺たちに命令するなんてな!!」

ガルンティスは喚きながら、指に髪の毛を巻き付けて頭の方へと向かう。

「あなたを信じるわ。」

レティシアは髪の毛を受け取ると、胴体へ手をついた。

「やれやれ、これも使命のため。」

アシェリエルが手に髪の毛を握り込んで、尾の方へと走っていく。

「妾に・・・眠りの魔法は効かぬ。
しくじれば・・・命はないものと思え。」

クタヴィジャ姫は、私を見つめた。

私は、目を閉じて覚悟を決めると、

「口を開けてください、姫。
私を咥えるのです。」

と、言った。

「な・・・リタ!?」

カミュンがティルリッチを抱えたまま、慌てて駆け寄ってくる。
彼女はぐったりしていて、気を失っているみたい。
大丈夫かな・・・い、いいえ、今はそれより!

私はみんなを見回して、必死に訴える。

「これしかないの。
私は自分の命の危機を感じた時に、時の精霊の力を使えた。
それ以外は、ただ触るだけでは発動できなかったの。」

「馬鹿野郎!
万が一発動出来なかったら、そのまま噛み潰されるぞ!
まだ、黒竜に変わることもできないのに!!」

カミュンは必死だ。
でも、他に方法がない。

「大丈夫よ。
私を信じて。
あなたは牙を見つけて。
時間がない!」

私の言葉にカミュンの顔が苦痛に歪む。

アシェリエルも、ガルンティスと顔を見合わせ、悩むように眉根を寄せていた。

「あなたにまた負わせるのね・・・。」

レティシアは申し訳なさそうに、私を見る。

カミュンは口を間一文字に引き結んでから、クタヴィジャ姫を睨みつけると、

「クタヴィジャ姫、リタを噛み殺せばお前の首を必ず落とす。
俺ができる全ての力を注ぎ込んで、仕留めるからな!」

と、言った。
彼はティルリッチを部屋の端に寝かせて、クタヴィジャ姫の体の上に跳躍する。

クタヴィジャ姫がゆっくり口を開けるので、私はその中へと自分から入った。

姫も私を舌の中に巻いて、なるべく噛まないようにゆるく口を開ける。

「では皆さん、『透かし身』を!!」

クロスノスの一声で、三人は一斉に詠唱し始めた。

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