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鍛錬と指先

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「それにしても不思議だよな、彼女の歯茎から流れる血は確かに赤い。けれど、首から下は透明な血しか流れてない。」

「要はその牙で噛んで自分の血を飲むことで、いろんな力が発動するわけだ。」

「だな。対象に対し、手を使っていろんな動作をすることで、遠隔で切り裂き、槍のように突く攻撃も可能だと。」

「刃や槍を飛ばす感じだな。遠距離攻撃が、可能なのはいいよな。接近戦は戦い慣れてないと難しいし、怪我するしな。」

「あ、押さえつけることもできるんだっけ。防御の壁としても応用できるな。」

2人は私の奥歯をジロジロ見て、考察している。

「そうみたい。ねぇ・・・もう、閉じてもいい?」

口を大きく開けたままで、さすがに私も疲れてくる。

「あぁ、ごめん。ランヴァルト、このことは俺たちだけの秘密にしような。」

フェレミスが、ランヴァルトに向かって言う。

「そうだな。ダグラス神官様には明かしてもいいと思うけど、他のハンターたちには伏せよう。」

「いや、ランヴァルト。ダグラス神官様にも伏せよう。」

「なぜだ?」

「・・・ディミトリの『改造』は法王府の一部の人間たちによるものと言われているが、全貌が不明だ。もしかしたら今も繋がりが・・・。」

「それはない!」

「あぁ、俺もそう思いたい。だからこそ確かめてからでいいだろ。」

2人の間に険悪な空気が流れる。
改造・・・?

「ねぇ、改造とはどういうこと?
ディミトリのこと、私も知りたいんだけど。」

私が言うと、2人の空気がさっと変わった。

「後で話す。とりあえず、鍛錬とシルヴィアの能力の確認が先。いつ仕事が入るかわからないしな。」

ランヴァルトは、木でできた剣を渡してくる。

フェレミスも、肩を回してにっこり笑うと、

「さあさあ、俺が魔物役するから、バンバンかかっておいで。
もちろん、昨日みたいになったら治療してくれ。今度こそ、キスで治してくれたら嬉しい。」

と、言って、片目を閉じる。

どうしてこの話題になると、2人とも避けたがるんだろう。

そんな苛立ちは、鍛錬が始まるとすぐに忘れた。
とにかく、ハード!!

ふ、2人とも普段の優しさはどこへ・・・?

吸血鬼は杭で心臓を刺すか、首を刎ねない限りは、不死身だと言っても、無茶苦茶。

歯茎もすぐに治るとはいえ、こうも一日に何回も噛んだことがないから、痛いわ。

わかったことといえば、飲む血の量が多ければ強い力が使えるということ。

この牙以外で傷をつけても、力は使えないこと。

私は疲れて、地面に仰向けに倒れて肩で息をしていた。

お屋敷での生活が長くて、運動してなかったから、堪えるわ・・・。

擦りむいた腕から、甘美な果実の香りがする透明な血が滲んでいる。

もしも、これを飲んだら・・・?

ザク、ザク、ピタ。

足音が近づいてきて止まる。
音のする方を見ると、ランヴァルトだった。

よく見ると、彼の口から血が流れているのが見える。

「ランヴァルト?私、怪我させた?」

さっき力を使っての攻撃練習した時かな・・・。
私が慌てて起き上がると、彼は指先でさっと血を拭いた。

「気にするな。口の中を少し切っただけだ。
それに、まだまだシルヴィアは、遠慮があるから威力が弱いしな。」

遠慮・・・確かにフェレミスに力を使った時は、彼の肩から先を消滅させたもの。

あの時は無意識だったから、加減も出来なくて。でも、いざって時に使えないと意味がない。

「だって、どこまで傷つけてしまうか、わからないし。」

私は、ボソッと呟いた。
怪力や高速移動はいいとして、物を切り裂く力は、意外と難しい。

無意識の時は簡単だったのに、いざやろうとすると、狙ったところに当たらないの。

特に動き回る相手をちゃんと狙えなければ、関係ないところを傷つけてしまう。

「正確に狙えるまでは手を使うんだを。片手をかざして対象以外の景色を視野に入れないようにする。意識を集中させて・・・。」

ランヴァルトは、私の後ろに回って私の手を取ると、片手で標的であるバケツの周りを隠す。

バケツの前には、丸太が置いてある。
丸太ごと切ってしまわないかな・・・。

緊張しながら、奥歯を噛み締めて血を飲む。

「よし、反対の指を構えろ。丸太を見ずにバケツだけ見るんだ。それから、斜めに下から上へと切り上げる。」

ランヴァルトの声がすぐ後ろから聞こえて、ドキドキしてきた。

息遣いまで近くに感じて、妙に意識してしまう。

ダ、ダメダメ!集中しなきゃ!
言われた通り、人差し指を軽く斜め上に切り上げる。

パコン。

音を立てて、バケツが裂ける。
丸太は切れてない。手で隠してたからだわ。

フェレミスがそれを見て拍手すると、小石を入れた小さな袋を沢山空高く投げ上げた。

「そぉーれ!」

「わ!フェレミス、待って!!」

慌てて奥歯を噛み締めると、ランヴァルトが後ろから手を添えたまま、「狙え!」と叫ぶ。

右、左、前、後、ランヴァルトに誘導されて、クルクル回るように落ちてくる袋を切っていく。

「腰を使うんだ。体は腰についてくるから。」

ランヴァルトが腰に触れてきて、足も横に添えられてまるでダンスしてるみたい。

ドキドキして、胸が高鳴る・・・とはならずに、彼の動作についていくのが、精一杯。

ようやく全て切り終えた時には、肩で息をしながら、地面に座り込んだ。

「はぁ、はぁ・・・。」

ランヴァルトは、そんな私を見ながら、また木剣を渡してくる。

「大分上手くなってきた。」

「本当?」

「あぁ。体術と剣も覚えよう。その力だけに頼れない時もあるからな。」

彼に褒められたのが嬉しくて、笑顔で彼を見上げた。
ちゃんと、身についてきてるんだ!

練習、そうよ、練習しかない!

私が張り切って木剣を握ろうとした時、

「痛い!」

ズキッとした痛みに指を見ると、ささくれが刺さっていた。

「大丈夫か?」

ランヴァルトがすぐ気づいて、それを抜いてくれる。傷口からは血が盛り上がってきて、指先から流れようとしていた。

「深く刺さったのね。ドジし・・・。」
「こんなもの、すぐ治るだろうけど。」

目の前でランヴァルトがその指を、パクッと口に入れて軽くしゃぶると、清潔な布を巻いてくれた。

「!!」

突然のことに頭がフリーズして、動けなくなる。
彼は手際よく、擦りむいた腕についた土も払いのけた。

「あぁ!羨まし・・・い、いや、他人の血は飲んじゃいけないんだぞ!!」

フェレミスが、ランヴァルトの肩を小突くけれど、本人は澄まして横を向いた。

「彼女は吸血鬼。そして、これは手当てだ。」

い、いえ、傷はすぐ治るのに・・・。

「シルヴィア、俺も、俺も・・・なんなら指全部舐めたい!!」

フェレミスが、前のめりで近づいてくるのを、ランヴァルトがサッと方向転換させる。

「さ、稽古するぞ。ほら、フェレミス、向こうでスタンバイ。」

「こんのやろ!」

2人のじゃれあいも耳に入ってこない。
こんな・・・こんなことくらいで・・・。

私は胸がドキドキして、止まらなくなっている。
指に残ったランヴァルトの感触が、いつまでも消えなかった。


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