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八章
夜更けの恋人たち
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あれから、色々準備をして、今は宿屋に泊まっている。
テデュッセアによると、魔王の居城は強固な結界が張られていて、魔王が誕生するまで侵入は不可能なのだそうだ。
無理矢理こじ開けたとしても、肝心の魔王が、産まれていないなら意味がない。
ならばと、テデュッセアの力で見渡せる魔王の居城の外観から、みんなで様々な作戦を練った。
明日、ニャルパンから装備品を受け取ったら、いつでも出撃できる。
いよいよだな。
ケルヴィン殿下は、夜遅くに帰ってきた。
姉であるヘレン王妃を説得して、飛空挺ディアモンドを借りることができたそうだ。
最初は逃亡者である彼を、周りは責めたらしいけど、見事に言いくるめたとか。
ネプォンの醜態が、耳に届いていたからかもしれない。
そして、何故か大聖女オベリア様まで、一緒にやってきた。
フィオと話がしたいということで、別室でずっと話し込んでいる。
……オベリア様は、フィオを後継者にしたいんだろうな。
彼女には、その素質と才能が十分ある。
俺の恋人にするには、大きすぎる存在。
それでも、俺も彼女が好きだ。
彼女を奪えば、大聖女の資格を喪失させることができる。
王の妻になる可能性がある大聖女は、貞操を守らないといけないからだ。
けれど、大聖女になるかどうかは、フィオが決める。
彼女の結論を待たないと。
コンコン。
俺の部屋のドアを、ノックする音が聞こえた。
「ドナタ?」
フェイルノが、返事をする。
クスクス笑い声がして、フィオだとわかった。
俺がドアを開くと、フィオが中に入ってくる。
こんな時間まで、オベリア様と話し合ってたのか……。
「どうだった?」
俺は、内心ドキドキしながら、フィオに話しかけた。
フィオは、ふっと笑って俺を見る。
「魔王を倒して凱旋することができた時は、大聖女になりなさい、て。満場一致で、他の神官たちも願っているから……て」
ズキッと胸が痛む。そうだよな。
やはり、そう言うよな。
「そうか……」
「でも、お断りした!」
「!?」
「大聖女じゃなくても、神官はできる。私は……このままでいい」
「フィオ、でも……」
「決めたの」
「結論は、魔王を倒してからでもいいんだぞ?」
「ううん。先に断った方がいい」
……いいんだろうか。
俺としては嬉しいけれど。
「あ、それでね、アーチロビン。おじいさんと、シャーリー様の件、オベリア様が謝ってた」
「!!」
「イルハートがどこに隠したか、今もわからないらしいけど、探し続けるから、て」
「嬉しいよ」
「私も、魔王討伐終わったら、すぐ探すからね、アーチロビン」
「ありがとう、フィオ」
「どういたしまして。こんなふうに、これからも支え合っていこうね」
「……ああ」
いいんだろうか。
この先、みんなの心の拠り所になる可能性を持つフィオを、俺が独り占めしても。
そんなこと、許されるのか?
「……アーチロビン、困った顔してる」
ふと、フィオが俺の顔を覗き込んでくる。
俺は頭を軽く掻いた。
「いや、その」
他のみんなが、困らないか? そう言おうとして、魔導士ティトの言葉を思い出す。
『素質があろうとも、本人が望まねば大聖女の席はただの牢獄じゃ』
───そうだよな。
周りが望むよう、彼女が大聖女になることは、俺たちの別れを意味する。
周りは喜ぶ、俺たちは苦しむ。
彼女がいなくなることが、どういうことか。
俺は一度経験している。
ゾンビダラボッチの攻撃を防いだフィオが、魂抜けを起こした、あの時にわかった。
悲しみや恐ろしさより感じたのは、自分の体を食いちぎられたような心の痛み。
半分死んだような、喪失感。
あの瞬間を思い出すと、今も手が震える。
彼女がいないと、そばにいてくれないとダメになるのは……俺の方だ。
俺のために、彼女が欲しい。
そのくせ、周りを失望させないために、彼女を大聖女にすべきなのでは?と、心の隅で思っている。
とどのつまり。
「……優柔不断だよな、俺。みんなに、いい顔をしようとするから、迷うんだ」
「アーチロビン?」
「俺は、じっちゃんと同じ道は行けない」
「え……」
俺はフィオを抱き締めた。オウムのフェイルノは、サッと離れて窓から飛び去っていく。
「この温もりを、周りのために手放すことはできない」
「……私も」
「好きだ」
「私も、好き」
「俺はフィオとの未来を、選びたい」
「アーチロビン」
「自分勝手な、わがままな愛でごめん」
「私も……同じ。私も勝手な愛よ」
「ふふ……」
「クスクス……」
「絶対、生還しような、フィオ。そして、また冒険に行くんだ」
「ええ。楽しいよ、きっと。そんな未来……」
「ああ、きっとそうだ」
「ね……」
「ん?」
「私は、不思議なの。なぜ、ネプォン王が天に選ばれた勇者だったんだろう、て。最初からあなただったら、こんな遠回りにならなかったと思うの」
「フィオ……」
「天が選ぶ英雄は絶対。私たちは、そう教えられてきたのに。ネプォン王は、いい加減なことをして、世界を危機に晒してるでしょ」
確かにな。
そもそも、あいつが神器をまともに受け取っていたら、こんなことにはなっていない。
それでも。
「神々に選ばれた魂だったから、としか言いようがないんだよ」
そう。魂の段階では、きっと素晴らしいものだったに違いない。だから、沢山の恩恵を受けて生まれてこれた。
でも、まだフィオは不満そうだ。
「あんな人なのに?」
「天が選んだ勇者に、絶対を約束する色んな能力を与えて誕生させても、活かせるかどうかは本人次第なんだろ」
「そ、それはそうだろうけれど」
「ネプォンも、一度は魔王の元へと辿り着いて、対決している。ただ、詰めが甘かった。勘だけでやってこれたツケが、最悪の形で返ってきてしまったんだ」
そう、あの驚異的な勘も、当たりすぎれば逆に疑わなくなってしまう。あいつは、たまに外れても、なかったことにしていたからな。
フィオは、ため息をついて俺を見上げた。
「おまけに、世界を売り、やり直しも放棄して神器を売り払って逃げたしね」
「だな。グルレスの英雄は、そんな勇者を補完するための存在なのかもしれない。勇者がダメになっても、魔王は倒さないといけないから」
「過去にもこういう人、いたんでしょ? 有名な伝説の英雄たちを、見る目が変わっちゃう」
「高潔で誇り高く、絶対の力で悪を倒す正義の味方……。『中にはそういう人もいた』と理解したほうが正しいかもな」
「深く知ろうとすると、幻滅しそうね」
「そういうものだよ、でも……伝説はみんな好きだ。事実の生臭さを隠して語られる絶対強者の話は、面白い」
「そうね、でも私は……」
「ん?」
「最初に天に選ばれた勇者じゃなくても、あなたを尊敬してる。優しくて、強くて、……少しえっちなところもあるけど、大好きよ」
「あーあ、バレていたか」
「ちゃんと見てるから、わかる」
「まいりました」
「ふふ」
「あははは」
抱きしめ合ったまま、俺たちは笑う。
幸せだ。とても。
ひとしきり笑った後、どちらともなく、お互い顔を見合わせて目を閉じる。
このまま、今夜はこのまま……。
コンコン。
また、誰かが部屋をノックする。
誰だろう、邪魔しないでほしいな。
「グライア神官、ここにいるのでしょう?」
オベリア様の声だ。
俺たちは顔を見合わせる。
「クリムティナ・フィオ・グライア神官、夜更けに殿方の部屋を訪れるものではありません。さあ、部屋に戻りなさい」
オベリア様も、譲らない。
フィオは、困惑した表情でドアを見た。
「……見つかっちゃった……」
「そうだな」
「行かないと……」
「ああ」
それでもフィオは、俺の服を指先で掴んだまま動かない。
さすがにオベリア様に、居留守は通じないだろう。
「フィオ」
「!!」
俺は彼女の服の襟を指先で下げると、その下にサッと唇をつけた。
「ア、アーチロビン」
フィオが困惑しながらも、そっと俺の頭を抱き込んでくる。
少しだけ強く吸って離すと、彼女の肌に赤い痕が残った。
「俺たちの、せめてもの抵抗……てことで」
「ん……」
「ここなら、見えないし」
「そうね……じゃ、おやすみなさい、アーチロビン」
「おやすみ、フィオ」
フィオは部屋から出ると、オベリア様と一緒に廊下を歩いて行った。
「はあ……!」
俺は寝台に仰向けになって、大きなため息をつく。
格好つけすぎだ。
これが、最後かもしれないのに。
顔を両手で覆って、目を閉じる。
そこへ、フェイルノが帰ってきた。
「何も言うなよ、フェイルノ」
「……」
「ありがとう」
俺はそのまま眠った。
フィオの温もりを、思い出しながら。
テデュッセアによると、魔王の居城は強固な結界が張られていて、魔王が誕生するまで侵入は不可能なのだそうだ。
無理矢理こじ開けたとしても、肝心の魔王が、産まれていないなら意味がない。
ならばと、テデュッセアの力で見渡せる魔王の居城の外観から、みんなで様々な作戦を練った。
明日、ニャルパンから装備品を受け取ったら、いつでも出撃できる。
いよいよだな。
ケルヴィン殿下は、夜遅くに帰ってきた。
姉であるヘレン王妃を説得して、飛空挺ディアモンドを借りることができたそうだ。
最初は逃亡者である彼を、周りは責めたらしいけど、見事に言いくるめたとか。
ネプォンの醜態が、耳に届いていたからかもしれない。
そして、何故か大聖女オベリア様まで、一緒にやってきた。
フィオと話がしたいということで、別室でずっと話し込んでいる。
……オベリア様は、フィオを後継者にしたいんだろうな。
彼女には、その素質と才能が十分ある。
俺の恋人にするには、大きすぎる存在。
それでも、俺も彼女が好きだ。
彼女を奪えば、大聖女の資格を喪失させることができる。
王の妻になる可能性がある大聖女は、貞操を守らないといけないからだ。
けれど、大聖女になるかどうかは、フィオが決める。
彼女の結論を待たないと。
コンコン。
俺の部屋のドアを、ノックする音が聞こえた。
「ドナタ?」
フェイルノが、返事をする。
クスクス笑い声がして、フィオだとわかった。
俺がドアを開くと、フィオが中に入ってくる。
こんな時間まで、オベリア様と話し合ってたのか……。
「どうだった?」
俺は、内心ドキドキしながら、フィオに話しかけた。
フィオは、ふっと笑って俺を見る。
「魔王を倒して凱旋することができた時は、大聖女になりなさい、て。満場一致で、他の神官たちも願っているから……て」
ズキッと胸が痛む。そうだよな。
やはり、そう言うよな。
「そうか……」
「でも、お断りした!」
「!?」
「大聖女じゃなくても、神官はできる。私は……このままでいい」
「フィオ、でも……」
「決めたの」
「結論は、魔王を倒してからでもいいんだぞ?」
「ううん。先に断った方がいい」
……いいんだろうか。
俺としては嬉しいけれど。
「あ、それでね、アーチロビン。おじいさんと、シャーリー様の件、オベリア様が謝ってた」
「!!」
「イルハートがどこに隠したか、今もわからないらしいけど、探し続けるから、て」
「嬉しいよ」
「私も、魔王討伐終わったら、すぐ探すからね、アーチロビン」
「ありがとう、フィオ」
「どういたしまして。こんなふうに、これからも支え合っていこうね」
「……ああ」
いいんだろうか。
この先、みんなの心の拠り所になる可能性を持つフィオを、俺が独り占めしても。
そんなこと、許されるのか?
「……アーチロビン、困った顔してる」
ふと、フィオが俺の顔を覗き込んでくる。
俺は頭を軽く掻いた。
「いや、その」
他のみんなが、困らないか? そう言おうとして、魔導士ティトの言葉を思い出す。
『素質があろうとも、本人が望まねば大聖女の席はただの牢獄じゃ』
───そうだよな。
周りが望むよう、彼女が大聖女になることは、俺たちの別れを意味する。
周りは喜ぶ、俺たちは苦しむ。
彼女がいなくなることが、どういうことか。
俺は一度経験している。
ゾンビダラボッチの攻撃を防いだフィオが、魂抜けを起こした、あの時にわかった。
悲しみや恐ろしさより感じたのは、自分の体を食いちぎられたような心の痛み。
半分死んだような、喪失感。
あの瞬間を思い出すと、今も手が震える。
彼女がいないと、そばにいてくれないとダメになるのは……俺の方だ。
俺のために、彼女が欲しい。
そのくせ、周りを失望させないために、彼女を大聖女にすべきなのでは?と、心の隅で思っている。
とどのつまり。
「……優柔不断だよな、俺。みんなに、いい顔をしようとするから、迷うんだ」
「アーチロビン?」
「俺は、じっちゃんと同じ道は行けない」
「え……」
俺はフィオを抱き締めた。オウムのフェイルノは、サッと離れて窓から飛び去っていく。
「この温もりを、周りのために手放すことはできない」
「……私も」
「好きだ」
「私も、好き」
「俺はフィオとの未来を、選びたい」
「アーチロビン」
「自分勝手な、わがままな愛でごめん」
「私も……同じ。私も勝手な愛よ」
「ふふ……」
「クスクス……」
「絶対、生還しような、フィオ。そして、また冒険に行くんだ」
「ええ。楽しいよ、きっと。そんな未来……」
「ああ、きっとそうだ」
「ね……」
「ん?」
「私は、不思議なの。なぜ、ネプォン王が天に選ばれた勇者だったんだろう、て。最初からあなただったら、こんな遠回りにならなかったと思うの」
「フィオ……」
「天が選ぶ英雄は絶対。私たちは、そう教えられてきたのに。ネプォン王は、いい加減なことをして、世界を危機に晒してるでしょ」
確かにな。
そもそも、あいつが神器をまともに受け取っていたら、こんなことにはなっていない。
それでも。
「神々に選ばれた魂だったから、としか言いようがないんだよ」
そう。魂の段階では、きっと素晴らしいものだったに違いない。だから、沢山の恩恵を受けて生まれてこれた。
でも、まだフィオは不満そうだ。
「あんな人なのに?」
「天が選んだ勇者に、絶対を約束する色んな能力を与えて誕生させても、活かせるかどうかは本人次第なんだろ」
「そ、それはそうだろうけれど」
「ネプォンも、一度は魔王の元へと辿り着いて、対決している。ただ、詰めが甘かった。勘だけでやってこれたツケが、最悪の形で返ってきてしまったんだ」
そう、あの驚異的な勘も、当たりすぎれば逆に疑わなくなってしまう。あいつは、たまに外れても、なかったことにしていたからな。
フィオは、ため息をついて俺を見上げた。
「おまけに、世界を売り、やり直しも放棄して神器を売り払って逃げたしね」
「だな。グルレスの英雄は、そんな勇者を補完するための存在なのかもしれない。勇者がダメになっても、魔王は倒さないといけないから」
「過去にもこういう人、いたんでしょ? 有名な伝説の英雄たちを、見る目が変わっちゃう」
「高潔で誇り高く、絶対の力で悪を倒す正義の味方……。『中にはそういう人もいた』と理解したほうが正しいかもな」
「深く知ろうとすると、幻滅しそうね」
「そういうものだよ、でも……伝説はみんな好きだ。事実の生臭さを隠して語られる絶対強者の話は、面白い」
「そうね、でも私は……」
「ん?」
「最初に天に選ばれた勇者じゃなくても、あなたを尊敬してる。優しくて、強くて、……少しえっちなところもあるけど、大好きよ」
「あーあ、バレていたか」
「ちゃんと見てるから、わかる」
「まいりました」
「ふふ」
「あははは」
抱きしめ合ったまま、俺たちは笑う。
幸せだ。とても。
ひとしきり笑った後、どちらともなく、お互い顔を見合わせて目を閉じる。
このまま、今夜はこのまま……。
コンコン。
また、誰かが部屋をノックする。
誰だろう、邪魔しないでほしいな。
「グライア神官、ここにいるのでしょう?」
オベリア様の声だ。
俺たちは顔を見合わせる。
「クリムティナ・フィオ・グライア神官、夜更けに殿方の部屋を訪れるものではありません。さあ、部屋に戻りなさい」
オベリア様も、譲らない。
フィオは、困惑した表情でドアを見た。
「……見つかっちゃった……」
「そうだな」
「行かないと……」
「ああ」
それでもフィオは、俺の服を指先で掴んだまま動かない。
さすがにオベリア様に、居留守は通じないだろう。
「フィオ」
「!!」
俺は彼女の服の襟を指先で下げると、その下にサッと唇をつけた。
「ア、アーチロビン」
フィオが困惑しながらも、そっと俺の頭を抱き込んでくる。
少しだけ強く吸って離すと、彼女の肌に赤い痕が残った。
「俺たちの、せめてもの抵抗……てことで」
「ん……」
「ここなら、見えないし」
「そうね……じゃ、おやすみなさい、アーチロビン」
「おやすみ、フィオ」
フィオは部屋から出ると、オベリア様と一緒に廊下を歩いて行った。
「はあ……!」
俺は寝台に仰向けになって、大きなため息をつく。
格好つけすぎだ。
これが、最後かもしれないのに。
顔を両手で覆って、目を閉じる。
そこへ、フェイルノが帰ってきた。
「何も言うなよ、フェイルノ」
「……」
「ありがとう」
俺はそのまま眠った。
フィオの温もりを、思い出しながら。
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