誰が為に筆は舞う〜仙人と絵師〜時々猫〜

たからかた

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第一部

誰がために筆は舞う 第六話

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鵬夜ほうやは、口だけの約束をして、そのまま出て行った。
おそらく勝敗に関係なく筆は戻ってこないだろう。

鵬夜ほうやに潰された絵師を何人も知っている。
彼に従う絵師が多いのも、逆らえば潰されるからだった。

私の先生も、潰された一人なのだ。

私は、ゆっくりと起き上がった。
痛む利き腕をさすりながら、水瓶に近寄り、柄杓で汲んで、水を流し患部を冷やす。

悔しくて情けなくてたくさん泣いた。
外に逃げ出していたムゥが戻ってきて、キュウッと小さく鳴きながら心配そうに見上げてくる。

私はしゃがんで膝に乗ってきたムゥを、片手で抱きしめた。

幸運だけでのし上がったバチだと、鵬夜ほうやは言った。
鵬夜ほうやの言葉に全然違うと言えたら、どんなによかっただろう。

確かに、自分は首を括りたくなるほど、落ち目だった。

鶴毘かくびに筆を授かり、絵の本調子が戻らぬうちに、生活のため商業用の絵に手を出してしまった。

他の絵師からしたら、不思議な筆があるのなら自分たちも欲しいと言うだろう。
そこに後ろめたさがあるのも、事実だ。

しかし、鵬夜ほうやのしたことは、腕前のなんのという以前の問題だ。
口上は正論でも、やったことはただの盗みでしかない。

それなのに、腕力に物言わせて筆を奪い取り、私は止めることができない。

実力行使の前に、弱い者にものは言えないと言うことだろうか。

涙を拭こうとして、手元の手ぬぐいを見る。
それはあの日もらった筆を使って描いた、鶴毘かくびの絵だった。

絵の中の鶴毘かくびはこちらを見つめ、労るように眉根を寄せている。
「ごめんなさい。」

私は思わず布の中の鶴毘かくびに謝った。
「奪われてしまいました。
折角の頂き物を。守れませんでした。」

再び涙があふれ、そのまましばらくムゥを抱きしめて泣き崩れた。

ようやく落ち着くと、ムゥを降ろして袖で涙を拭い、立ち上がった。

「私は絵師。
戦うのは、暴力でじゃない。
絵で戦う。
そして、何より、受け取る人に喜んでもらいたい。」

痛む腕を騙しながら、筆を揃えて紙に向かう。
・・・、どうすれば描ける?
白紙の紙の前で、私は考えを巡らせた。

時は流れ、いよいよ、掛け軸の勝負の日が近づいてきた。

鵬夜ほうやは奪った筆を使い、自分も動く絵を描いて、再び返り咲いていた。

不思議なことに、彼も紙に一切絵を描いていない。
鵬夜ほうやに禁止事項を説明した覚えはないが、あの男は妙に勘がいい。

もしくは、私の絵を買い付けていたあの仲買人にでも聞いたのだろうか。

私の動く絵の作品の中に、紙に描かれた物がないことを敏感に察知している節がある。

そういうところも含め、一筋縄ではいかない。
元々鵬夜ほうやの絵の腕前は確かなものであったから、描かれた絵もまた見事なものらしい。

その評判は嫌でも耳に入ってくる。

妨害行為だけが恐ろしい相手なのではない。
その実力もまた、本物なのだ。 

私の動く絵を批判していた絵師達も、鵬夜ほうやが同じことを始めると、皆黙り込んでしまった。

対して、私の絵は次第に忘れ去られつつあった。

懸命に絵を描く私の足元で、今日もムゥはじっとそばを離れずにいる。

「ムゥ、お散歩は?」
「みゅー。」
「お外はお天気いいよ?」
「みゅー。」
「ご飯は?」
「みゃおん。」
「よし!ご飯にしよう。」

ご飯の時は元気よく返事をするムゥに、何度救われただろうか。
あとから考えると、ムゥがいたから、ご飯をちゃんと食べていた気がする。
それがなかったら、私は・・・・。
倒れるまで筆を離さなかっただろうと思う。

いよいよ当日。
嫁入りする庄屋の娘のための掛け軸勝負は、町中の噂になっていた。

絵師たちは、渾身の作品を手に、集まってくる。
その中にもちろん私もいた。

そして、鵬夜ほうやも掛け軸を持ち予定の時間に着いていた。
家の広間に累々と絵師の掛け軸が並べられ、皆その壮観さに驚いていた。


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