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負けるものか
私の言葉に、返事はない。
つまり、正解だということね。
「ここで最後の一本を使えば、次の道から穴を見極める手段は勘だけ。繰り返せば、いつかはハズレの穴に落ちるものね」
「……」
返事なし。つまりこれもそうだと。
希望の道を見せておいて、デッドエンドの未来を掴ませる。
何て奴なの。
ひっかからなくてよかった。
でも、ここからどうすればいい?
目の前の穴に入らないなら、どうやってここを出ればいいの?
この怪物が、綾奈やケイちゃんの皮をかぶって私たちの世界に来ていたなら、外の世界と繋がる道は必ずあるはずよ。
けれど、見渡す範囲に、そんな道は見当たらない。ここにある二つの穴と、怪物が潜む大きな穴があるだけ。
まさか、こいつを倒さないと人間は出られない……とか?
私は普通の人間よ?
退魔師でもなければ、呪術師でもない。
不思議な力なんてないのに。
私は、マッチ箱に刻まれた梵字を見た。
この怪物を封印したのは、高僧だったのよね。
高僧はなぜ、怪物を倒さなかったんだろう。
ザザザ。
道の傾斜がきつくなり、土砂が下に向けて落ちていく。
「く!」
体が傾く。慌ててマッチ棒を、マッチ箱に戻してポケットに捩じ込んだ。
「ふふふ。真澄ぃ、そろそろ限界なんじゃない?」
大きな穴の中から、綾奈の声が聞こえる。勝利を確信しているのか、笑いを含んだ声だ。
このまま落ちるか、穴を選んで次の道で仕切り直すか。
どちらも良い選択とは言えない。
「おいでよ、真澄。それとも、また迎えに行こうか?」
その声と同時に、目の前にあった二つの穴が消えていく。
「ああ!?」
そんな、そんな。
もう、私に逃げ場なんて……!
ズズズズゥゥン。
不気味な音と共に、今度は巨大な怪物が穴から出てきた。
「ひ!」
なんておぞましい姿。
ザワザワと不快な音を立てながら、遥か下から私を見上げてくる。
頭部には、生えたように綾奈の上半身が突き出していた。
「真澄、今行くね」
彼女がそう言うと、巨体が道を這い上がり始める。ズン、ズンと進むたびに道が揺れた。
「あ、綾奈」
「食べてあげる。針で小さな穴を開けて、そこから」
「やめて! 綾奈!!」
「うふふふ、真澄、真澄、真澄」
「やめてっ」
どうしよう。どうすればいいの!?
逃げ場はない。上によじ登ろうにも、ここはループする道の境界線に近い。下手すると、ラッ君のように反対側から滑り落ちることになる。
でも、道の傾斜角度は垂直に近づいていく。このままじゃ、間違いなく落ちてしまう。
どうしたら、どうし……。
「ん?」
道の端を掴む手が、奇妙な角に触れる。これはまさか、ループする道の境界線?
平均台の幅ほどの厚みがある。
まさか、ここに跨れるの?
私は慌ててその場所にまたがるように、這い上がった。
「うわ……」
体が空間を跨ぐような、奇妙な感覚が感じられる。穴を挟んで向かい側の道を見ると、私の体の半分が見えた。
な、なんとかずり落ちないで済むところに来られたけれど。
ズン、ズン。
地響きを立てながら、這い上がってくる怪物は止まらない。
しかもその揺れは、狭い場所に跨る私の体を揺さぶるには十分だった。
ズン、ズン。
「うう……う!」
私が、さっきまで立っていた地面はほぼ垂直。バランスを崩せば、一気に怪物の方へ落ちてしまう。
しがみつく足も手も、ブルブル震えていた。
化け物の頭に生えた綾奈は、不気味な笑い声をあげ始める。
「キヒヒヒヒ、諦めなよ、真澄」
「く……!」
ここで詰み……?
もうできることはないの?
覚悟を決めようとしたその時だ。
ポウッとポケットの中が、温かくなる。
なに?
震えながら手を突っ込んで、それを取り出す。
あのマッチ箱だ。
潰れかけたこのマッチ箱が、急に熱を持つなんて。
ん?
箱の内側に、小さな文字が浮かんできた。
“今こそ我を燃やせ。我、退魔の炎で解き放たれり”
我を燃やせ……?
我ってまさか。
よく見ると、表の梵字がスウッと輝き始める。
「真澄ぃぃぃぃぃ!!」
下から怪物が速度を上げて登ってくる。
揺れが激しくなり、振り落とされそうになった。
負けるもんか!!
両足でガッチリと体を固定し、前屈みになりながら最後の一本のマッチを握る。
ズン、ズン、ズン。
「ううっ、ふうっ」
揺れのせいで、うまく側薬に擦れない。何度も空振りしている間に、綾奈がすぐ隣まで来た。
彼女が私の肩を掴もうと、手を伸ばしてくる。
「真澄、皮をちょうだぁぁい」
「綾奈っ」
「うふふ、ふふ、ふふふふ」
綾奈の後ろから、無数の触手が伸びてきて私に絡みついてくる。
「く!」
「どこに穴を開けようかな。目立たないところがいいよね」
「あ……や……な」
私は下唇を噛み締め、変わり果てた友人を間近に見た。いや、こいつは綾奈じゃない。
「私の友達を返してよ、綾奈を返して!!」
「うふ」
綾奈が、ついに私の肩を掴む。その手は、驚くほど冷たかった。
「さよなら、真澄」
「あ、あ、あや、綾奈……」
視界が歪んで、唇が震える。
こんなの、綾奈じゃない。
“助けて”
あんたはそう言った。
あれこそ、あんたの本音だと、あの時の綾奈こそ本物だったと信じてる。
待ってて、助けてあげる。
今、その化物から引っぺがしてあげる!!
つまり、正解だということね。
「ここで最後の一本を使えば、次の道から穴を見極める手段は勘だけ。繰り返せば、いつかはハズレの穴に落ちるものね」
「……」
返事なし。つまりこれもそうだと。
希望の道を見せておいて、デッドエンドの未来を掴ませる。
何て奴なの。
ひっかからなくてよかった。
でも、ここからどうすればいい?
目の前の穴に入らないなら、どうやってここを出ればいいの?
この怪物が、綾奈やケイちゃんの皮をかぶって私たちの世界に来ていたなら、外の世界と繋がる道は必ずあるはずよ。
けれど、見渡す範囲に、そんな道は見当たらない。ここにある二つの穴と、怪物が潜む大きな穴があるだけ。
まさか、こいつを倒さないと人間は出られない……とか?
私は普通の人間よ?
退魔師でもなければ、呪術師でもない。
不思議な力なんてないのに。
私は、マッチ箱に刻まれた梵字を見た。
この怪物を封印したのは、高僧だったのよね。
高僧はなぜ、怪物を倒さなかったんだろう。
ザザザ。
道の傾斜がきつくなり、土砂が下に向けて落ちていく。
「く!」
体が傾く。慌ててマッチ棒を、マッチ箱に戻してポケットに捩じ込んだ。
「ふふふ。真澄ぃ、そろそろ限界なんじゃない?」
大きな穴の中から、綾奈の声が聞こえる。勝利を確信しているのか、笑いを含んだ声だ。
このまま落ちるか、穴を選んで次の道で仕切り直すか。
どちらも良い選択とは言えない。
「おいでよ、真澄。それとも、また迎えに行こうか?」
その声と同時に、目の前にあった二つの穴が消えていく。
「ああ!?」
そんな、そんな。
もう、私に逃げ場なんて……!
ズズズズゥゥン。
不気味な音と共に、今度は巨大な怪物が穴から出てきた。
「ひ!」
なんておぞましい姿。
ザワザワと不快な音を立てながら、遥か下から私を見上げてくる。
頭部には、生えたように綾奈の上半身が突き出していた。
「真澄、今行くね」
彼女がそう言うと、巨体が道を這い上がり始める。ズン、ズンと進むたびに道が揺れた。
「あ、綾奈」
「食べてあげる。針で小さな穴を開けて、そこから」
「やめて! 綾奈!!」
「うふふふ、真澄、真澄、真澄」
「やめてっ」
どうしよう。どうすればいいの!?
逃げ場はない。上によじ登ろうにも、ここはループする道の境界線に近い。下手すると、ラッ君のように反対側から滑り落ちることになる。
でも、道の傾斜角度は垂直に近づいていく。このままじゃ、間違いなく落ちてしまう。
どうしたら、どうし……。
「ん?」
道の端を掴む手が、奇妙な角に触れる。これはまさか、ループする道の境界線?
平均台の幅ほどの厚みがある。
まさか、ここに跨れるの?
私は慌ててその場所にまたがるように、這い上がった。
「うわ……」
体が空間を跨ぐような、奇妙な感覚が感じられる。穴を挟んで向かい側の道を見ると、私の体の半分が見えた。
な、なんとかずり落ちないで済むところに来られたけれど。
ズン、ズン。
地響きを立てながら、這い上がってくる怪物は止まらない。
しかもその揺れは、狭い場所に跨る私の体を揺さぶるには十分だった。
ズン、ズン。
「うう……う!」
私が、さっきまで立っていた地面はほぼ垂直。バランスを崩せば、一気に怪物の方へ落ちてしまう。
しがみつく足も手も、ブルブル震えていた。
化け物の頭に生えた綾奈は、不気味な笑い声をあげ始める。
「キヒヒヒヒ、諦めなよ、真澄」
「く……!」
ここで詰み……?
もうできることはないの?
覚悟を決めようとしたその時だ。
ポウッとポケットの中が、温かくなる。
なに?
震えながら手を突っ込んで、それを取り出す。
あのマッチ箱だ。
潰れかけたこのマッチ箱が、急に熱を持つなんて。
ん?
箱の内側に、小さな文字が浮かんできた。
“今こそ我を燃やせ。我、退魔の炎で解き放たれり”
我を燃やせ……?
我ってまさか。
よく見ると、表の梵字がスウッと輝き始める。
「真澄ぃぃぃぃぃ!!」
下から怪物が速度を上げて登ってくる。
揺れが激しくなり、振り落とされそうになった。
負けるもんか!!
両足でガッチリと体を固定し、前屈みになりながら最後の一本のマッチを握る。
ズン、ズン、ズン。
「ううっ、ふうっ」
揺れのせいで、うまく側薬に擦れない。何度も空振りしている間に、綾奈がすぐ隣まで来た。
彼女が私の肩を掴もうと、手を伸ばしてくる。
「真澄、皮をちょうだぁぁい」
「綾奈っ」
「うふふ、ふふ、ふふふふ」
綾奈の後ろから、無数の触手が伸びてきて私に絡みついてくる。
「く!」
「どこに穴を開けようかな。目立たないところがいいよね」
「あ……や……な」
私は下唇を噛み締め、変わり果てた友人を間近に見た。いや、こいつは綾奈じゃない。
「私の友達を返してよ、綾奈を返して!!」
「うふ」
綾奈が、ついに私の肩を掴む。その手は、驚くほど冷たかった。
「さよなら、真澄」
「あ、あ、あや、綾奈……」
視界が歪んで、唇が震える。
こんなの、綾奈じゃない。
“助けて”
あんたはそう言った。
あれこそ、あんたの本音だと、あの時の綾奈こそ本物だったと信じてる。
待ってて、助けてあげる。
今、その化物から引っぺがしてあげる!!
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※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。