Novels ピリオド

しゆん

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ピリオド〜またね、バイバイ〜

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「死んだら「楽になる」なんて思われていたり、故人に向けて「ゆっくり休んでね」なんて言う事があるけれど、それってつまりあの世っていう場所がある前提で、あの世に行ったら痛みも病も無くなっているという事なのかな。極楽浄土の様な。もしもそうだとしたら、それって歳を取るに伴って、身体の自由が利かなくなる事に関してはどうなんだろうね。まさかあの世では年寄りの体も全て絶好調で、逆立ちしたりバク転したり、とまでは言わないまでも、走り回る事くらい容易なんて世界が広がっているのかな。なんだか想像つかないけれど。想像ついても理解が追い付かないけれど。あの世での『楽』っていうのはどの程度のことを言うのかな。「病は気から」なんて言うけれど、どれだけ気が滅入っても病には繋がらないと言う事、いやむしろ気が滅入る事すらないのかな。みんな元気で、みんな笑顔で、みんな前向きで、みんな明るいままずっと存在するのかな。それじゃあみんな没個性になっちゃうね。
 あの世に終わりはあるのかな。この世での終わりが『死』とされている様に、あの世では何が終りを告げるのかな。もし終わらない世界なのだとしたら、それは天国ではなく地獄な気がするけれど。
 それともこの世での痛み、悩み、不幸と言った類も、希望、夢、幸福と言った類も全てプラスマイナスゼロになって、あの世でリスタートって感じなのかな。だとしたら、あの世はあの世で結構大変なんだろうな。そんな相手に「見守っていてね」なんて軽々しく言えたもんじゃないね。「いやいや、こっちはこっちで大変なんだから、そっちはそっちで頑張ってくれよ」って感じだよね。

 なんて、話が逸れ過ぎたかな。僕って毎回話が脱線するし、その度こんな風に堂々巡りになるんだ。そもそも僕自身死後の世界を信じているわけではないんだ。死後の人は見えるけれど、死後の世界は見た事ないから。だからと言って無いとも思っていない。でもこうして手を合わせて語りかけているのは、あくまであの世にいるであろうおばあちゃんに向けて語りかけてるって事になるのかな。あの世なんて無いと思っている人は手を合わせても何も語りかけたりしないのかな。どころか手を合わせる事もしないのかな。

 なんて、また堂々巡りになる前に話を少し戻すね。僕がおばあちゃんに聞きたかった本題に。

 例えば認知症による記憶障害のある人があの世に行ったら、記憶は戻るのかな。あの世では全部思い出せるのかな。例えそうだとしても、認知症になる前の、普通に生活していた時に忘れてしまった記憶までは戻らないよね。流石にそこまで戻るのは御都合主義だし、戻ったとしても全部が全部戻ったら流石に記憶保持の容量もオーバーだよね。もし戻るとしたら記憶障害でなくした記憶だけってのが妥当だとして、

 じゃあおばあちゃんはあの世に行って僕の事を思い出せたかな。おばあちゃんが少しずつ色んな事を思い出せなくなって、少しずつ身体の力を失っていって、最後にはほとんど僕の事を思い出せない様子で逝ってしまったけれど、その後、そっちで僕の事は思い出せた?

 あの時、おばあちゃんが僕に赤の他人の様に接したあの時、僕は忘れられてしまう事の本当の怖さみたいなものを感じた。他者から死を与えられる事を「殺される」というのならば、忘れられてしまう事は「消される」という感じだった。それがおばあちゃんだったのも尚更そう感じさせられた。恐怖が信仰になるクダンが何より恐怖した事は、こういう事だったのかと思った。
 だからおばあちゃんのお葬式でも、一回忌三回忌の法事でも、手を合わせはしたものの、何も伝える事はしなかった。できなかった。心の中は沈黙だった。忘れられてしまっていると思って恐かったんだ。それに何よりも、生まれつき霊感のある僕の前におばあちゃんは一度も姿を現さなかったから。綺麗さっぱり成仏して、僕の前からいなくなったから。

 でも、あれから色々あってさ。あれからの方が色々あってさ。色んな事に悩んで、たくさん迷子になって、と言うより、ずっと迷子のままで、でもそのお陰で色んなところに行けたよ。色んな事を思って、色んな景色を、色んな方角を、色んな角度から見れたよ。そして結局、迷子である事は悪い事じゃないと思えた。むしろ輝いていると、虹色に輝いていると思えた。肯定できた。僕も曲がりなりにも大人になれたんだ。まあそう思えたのもつい昨日の話なんだけれどね。
 忘れられてしまう事は確かに恐いけれど、それよりも僕は忘れてしまう事の方がもっと恐いと思った。誰かの中から自分が消える事より、自分の中から誰かが消える事の方が恐いと思った。
 おばあちゃんはどっち?もし僕と同じだとしたら、あの時誰よりも怖かったのは他ならぬおばあちゃん自身だったんだよね。自分の中から少しずつ何かが消えていく感覚。それすらも忘れていく感覚。そして感覚すら少しずつ無くなる、亡くなる。そりゃ、恐いよね。
 そんな事を他所に自分ばかりビクビクして、僕は黙秘権を行使した。そして今日まで酷使した。本当にごめんね。
 そもそも誰かに「忘れないで」なんて思うことが烏滸がましいし、そんな自分が鬱陶しくも思えた。相手が自分をどう思っているかより、自分が相手をどう思えたかの方が僕にとってはよっぽど大切だし、誰かが僕を忘れたって、僕が忘れていないのならそれで良い。その記憶を抱きしめて生きていきたい。
 まあこれは生まれつき他人に興味が無かった僕だったからそう思えた事なんだろうけれどね。
 今日までにそう思えた事は本当に良かった。

 て言うのも、実は今日は報告したいことがあるんだ。単刀直入に言うと、結婚する事になったよ。大切な人と生涯を共にする事になった。あの頃から相変わらず願う事や祈る事はしない僕だけど、唯一できる、誓うという事をするよ。
 今まで自分の為だけに、自分の道を、自分の歩幅で歩んできたけれど、これからは大切な人と、一本の道を、歩幅を合わせて歩く事になった。僕らの歩幅がどれくらいで、僕らのスピードはどれくらいなのか分からないけれど、僕もその歩幅とスピードで少しずつそっちに行くからね。土産話にたくさん都市伝説を持っていくよ。そっちで会えたらまたたくさん話そう。その時はおじいちゃんも入れて話そう。もしそっちで会えたおばあちゃんが僕を忘れたままでも大丈夫だよ。僕が忘れないから。何度だって話すから。

 昔、不思議な夢を見たんだ。
 誰かに忘れられた感覚と、大切な誰かを失った感覚を持ったまま、自分が誰なのかもわからない、ここがどこなのかもわからない。時間が止まった様な、時間を失った様な空間にずっといる夢を。結局最後はそこがどこなのか、大切な人が誰だったのか、自分が何者なのかに気付いて、同時に大切な誰かが自分にとってどれだけ大切か、なんで大切か気付いて目が覚めたんだ。その気付いた事がなんだったのかは目が覚めたら忘れてしまったんだけれど、その夢だけ数年間ずっと、今でも鮮明に覚えているんだ。
 その夢はきっと僕が他の誰かになった夢で、そいつも忘れられる事、必要とされなくなる事の恐怖で変な空間から出られなくなってしまったんだろうけど、最終的にそいつは自分を必要としている存在ではなく、自分が必要としている存在に気付けたからその空間から抜け出せて、大切な誰かと大切な場所で会えて、掛け替えのない時間を今も過ごしているんだってなんとなく思うんだ。

 もしもあの世なんて本当はなくて、今おばあちゃんがいるのが、あの時見た夢のすごく寂しい空間じゃなければ良いなと思う。おばあちゃんがそんなところで独りぼっちじゃなければ良いなと思う。

 なんだかこうして色んな事を語りかけていると、信じていなかったあの世がある事を、どちらかという少し期待してしまっている様な気もする。
 もしもあの世が本当にあるのなら、おばあちゃんが先にそっちにいるのなら、もう本当に何も恐いことなんてないな。死ぬことなんて恐くない。あとはこっちで死ぬまで全力で生きれば良いだけなんだから。全力で生きて逝けばいいだけなんだから。

 今日までずっと黙り込んでいてごめんね。これからはもっと会いに来る。
 それと、守れなかった約束も、今更持ってきたんだ。あの日、おばあちゃんから借りた魔除けの人形。本題といえば、これを返す事の方が何よりも本題なんだけれどね。約束守れなくてごめんね。
 守れなかったどころか、中途半端な大嫌いな自分ごとこの人形を捨てようとすらしたんだ。それこそ、自分ごと殺そうと、忘れようと、消そうとしたんだ。本当にどうしようもないよね。そんな自分もすんでのところで生かすことで及第点としたんだ。そして思ったより年月は経っちゃったけれど、昨日そんな自分と久々に向き合ったんだ。そしてこうしてここに守れなかった約束を持ってこれた。これで約束を守ったつもりはないけれど、それでも持ってきたよ。この人形、ここに置いておくね。
 それともう一つ、あの約束覚えているからね。誓い通り。

 結婚ってさ、何だかそれ自体をゴールみたいな言い方する風潮あるけれど、むしろここからがスタート、リスタートな気がするんだよね。ゴールではなくとも、ゲームで言うところのチェックポイントくらいのものだと思ってる。もちろんゲームの様に戻ってくる事はできないけれどね。これからだって大変な事はあるし、不甲斐ないこともあると思うけれど、贅沢なんかできないかもしれないけれど、これから進む道に、余裕の広さと少しの笑顔があればそれで良いかなと思っている。

 今日まで色んなことがあった。もちろんその中には忘れている事もたくさんあるけれど、今日おばあちゃんに話したいくつかの物語も、これから先忘れてしまう事もあるんだろうけれど、それでもおばあちゃんに話せた今日を覚えていれば、総じて全部繋がっている様に思えるんだ。物語を一つ一つ思い出せなくなっても、今日があったから大丈夫な気がする。これもまたチェックポイントかな。
 ここまでの自分の人生には色んなところに点が打たれているのかもしれないな。
 点か。点と言うならば、チェックポイントなんて言い方は少し違うかもしれないな。
 それなら、もしもここまで話してきたエピソードを物語として一冊の本にまとめるとしたら、その本のタイトルは『ピリオド』なんて言うのはどうかな。多分その本にはこれからの物語も追加されていくんだと思う。そしてこれからも物語は続いていくんだと思う。
 それなら冥土の土産は都市伝説じゃなくて、そのピリオドっていう本にしようかな。
 僕が死ぬまでにどれだけピリオドは分厚くなっているんだろうな。自分でも楽しみだな。

 まあそんなこんなで、今日までの僕のエピソードはこんなもんだよ。話す事が出来て僕も楽しかったよ。
 じゃあ、そろそろ暗くなってきたし、今日はもう帰るね。聞いてくれてありがとうね。
 それじゃあまたね、バイバイ。」



 【完】
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