使徒の種

時短ねこ

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3話 護衛騎士クレアのお宅訪問

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「クレアさん、降りたので離しても大丈夫ですよ。」

「あっ・・ああ・・ありがとう・・ございます。」



羞恥に顔を赤く染め潤んだ灰色の瞳がこちらを見つめてくる。

タンクトップだけだと寒そうだったので、慌てて持ってきた上着を羽織らせておいた。

さて、これからどうするか。

まず寝泊まりする場所の確保が必要だから宿の場所を聞いて、ってお金を持ってないな。

クレアさんに借りるか?いきなり借金する事になるとは。



「クレアさん、宿の場所を教えて頂けますか?あと、こちらの世界のお金を持っていないので少し貸して頂けると助かります。必ず返しますので。」

「今手持ちがないので家に取りに戻ります。ここからすぐの所にありますのでご案内します。」

「助かります。」



彼女の後について歩きながら暗い街中を見回す。

中世の街並みといった雰囲気で、街灯が無く月明かりと民家から漏れるランプの薄明りだけだとかなり不気味だ。

路地裏から吸血鬼でも出て来て襲われそうな雰囲気だ。

地面には石畳が敷き詰められており、水で濡れている場所は大股で歩くと滑って転びそうになった。



「ここが私の家です。中へどうぞ。」



到着したのは小さな庭のある平屋の一軒家だった。

彼女の後について中に入ると、赤髪サイドテールの十五歳くらいのエプロンを付けた可愛らしい少女が出迎えてくれた。



「おかえりなさいませクレア様、お早いお帰りでしたね。そちらの方はお客様ですか?」

「こんばんは。クレアさんの友人のユウと言います。」

「これはこれは、クレア様にお似合いのいい男ですね!にしっ」

「余計な事を言うんじゃない。この子は使用人として雇っている子でチークと言います。チーク、この後、し・・彼を宿にお連れするからまたすぐに出かける。遅くなるだろうから今日はもう帰っていい。」

「はい、承知いたしました。夕食は用意できていますので・・えっ!クレア様!左腕が!」

「あっ、これは・・色々とあってな。内緒にしておいてくれ。」

「なんだか分かりませんが、秘密は厳守します!ではごゆっくり!にししっ」

「あぁ・・」



使用人のチークちゃんが不敵な笑みを浮かべながらそそくさと帰って行った。

ずいぶんとオマセな子だ。



「クレアさん、左腕の様子を少し見せてもらえますか?」

「えぇ、お願いします。」



上着を脱がせて彼女の手の平を握り、力を込めるように言うとまだ少し弱いが握り返してきた。

先ほどよりは動くようになっているようだ。



「お礼がまだでした。腕を治して頂いてありがとうございます。使徒様は神様にお会いしたのですよね?ご様子は・・その・・お怒りになっていましたか?」

「神様はそうですね・・怒ってはいませんでしたが、ひどく悲しんでいるように見えました。」

「・・ぐっ・・くぅ・・」



俯いて大粒の涙を流しながら彼女が泣き出してしまった。



「魔族は人族を根絶やしにしようと侵略してきていると聞かされて、私は沢山の魔族を殺しました。左腕を失い前線を離れて聖女様の護衛を始めた時に、神託の本当の内容を聞いて気付いたのです。魔族と戦うのは神の意思ではないと。それどころか魔族は私達の街に一度として攻め入って来たことなどない。魔族の街を焼き払い侵略し根絶やしにしようとしていたのは私達の方だと。使徒様、私にはどのような罰でもお与え下さい。聖女様は神託を正しく広めようとされていましたが、封殺されていたのです。聖女様の事はどうかお許し下さい。お願いします!おねがいします・・・」



突然の懺悔。

しかも何だか誤解されている。

僕が遣わされたのは神託に耳を貸さない事に怒って神罰を下す為だとでも思っているのかな?

罰を下したところで邪竜の糧となった命が戻ってくるわけでもないし、神様はそんな事求めていないと思うのだけど。

怪我をさせてしまったこともあるし、微妙に怖がられている雰囲気がある。

誤解は早めに解いておきたい。



「僕は罰を与える為に遣わされたのではありませんし、クレアさんに罰を与える権利もありません。神様から与えられた使命を遂行するだけで、中身は普通の人間です。僕が思うにあなたは騎士で上官の指示に従っただけ、後悔をしているのであればそれだけで神様は許してくれると思いますよ。それでも自分を許すことが出来ないのであれば、これから償っていけばいいのではないでしょうか?この腕で聖女様や全ての種族の命を守り、僕の手助けをして下さい。」



ありふれた赦しの言葉ではあるかもしれないけど、神の使徒である僕が言えば多少の説得力がはあるだろうか。



「使徒様・・命に代えても償って見せます。」



「命は掛けなくてもいいです。あなたに死なれてはそれこそ神様が悲しみますので。あと、僕の事はユウと呼んでください。敬語も必要ありませんよ。」



「わかった、ユウ。私の事もクレアと呼んでくれ。」



この世界の人間、少なくとも人族は神様への信仰心が厚いのかもしれない。

地位の高い人間の中には神託を無視する者もいるみたいだけれど、その人たちを何とかすれば争いを止められそうではある。

説得は難しそうだから手を下さなければならないかもしれないが、それは僕がやるべきだろう。

人殺しを出来るかどうか。

その時が来れば腹を括るしかない。



「遅くなってしまったから宿は明日取るとして、今日はここに泊まってくれ。」

「いいんですか?」

「粗末な家だが、良ければそうしてくれ。ベッドはユウが使ってくれて構わない。私は床で眠るから。」

「いえ、それは流石に悪いので。僕が床で寝ますよ。」



いやいやどーぞどーぞの応酬を一通りするがなかなか折れてくれない。



「じゃあ二人でベッドに寝ましょう。」

「えっ?」

「神様がそうすべきだと仰っていました。」

「ほ、本当に?」

「嘘ですよ。」

「・・・ふふっ神様の使徒でも嘘をつくんだな。」

「だから普通の人間ですって。」



その後、チークちゃんが作ったというおいしい夕食を二人で頂いた。

庭を借りて魔法で作ったお湯で体を洗い、クレアが使うかと思い、桶にお湯をためて置いたらとても喜んでくれた。

普段は井戸水を使って水浴びをしているそうだ。

クレアの寝室に入り、ベッドに入ってうとうとしていると黒のタンクトップと紐パンツだけを身に着けた彼女がやってきた。

タンクトップの下には下着をつけていないのだろう。

歩くたびに形のいい胸が揺れている。



「どうぞ」



そう言いながら腕枕を作って見せると、おずおずとその腕の中に納まってきた。柔らかな胸の感触といい香りがする。



「ユウ、神様に会った時のことを話してくれ。」

「そうですね・・神様はチークと同じくらいの年齢の男の子の姿をしていて、神様の世界とあなた達を救って欲しいとお願いされました。神様には二人の天使が付き添っていて二人ともつるつるの頭をした筋肉質なおっさんでしたので、ちょっと怖かったです。それで・・・」



話しながらクレアを見ると腕の中で静かな寝息を立てながら眠りに落ち、その目から涙が流れた後が出来ていた。

彼女の体温を感じていると僕の意識も深い闇の底へ沈んでいく。
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