毒殺弁当から変わる人生!

焼納豆

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毒殺弁当から変わる人生!

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「レイジ様。大変申し上げにくいのですが……かの国が召喚したと言う異世界人二人を伴った一行がこちらに向かっていると報告が上がってまいりました」

 ややたれ目の可愛らしい雰囲気を出している小柄な金目金髪の女性が自らの配下から上がってきた情報をレイジと言う人物に報告すると、額に傷を持つ大柄で筋肉質な男がすかさず反応して立ち上がる。

「なに!異世界人の二人だと?それは確かな情報なのだな?と言う事はレイジ様の家族であった……」

 豪華な装飾の施された大きな部屋にある立派な円卓の一角に座っている、レイジと呼ばれている日本からこの世界に来た少年が、同じく円卓に座っている者達からの会話を聞いて立ち上がると、こう告げる。

「いや、違うよ。僕の家族は今ここにいてくれる皆、僕を慕ってこの場所で暮らしてくれている皆だよ。それ以外に僕には家族なんていない!」

「「「「レイジ様……」」」」

 レイジを心配そうに見ている円卓の四人の中の一人で、銀目白髪の初老の男性が落ち着いた表情のままゆったりと立ち上がる。

「レイジ様のお言葉、この爺の胸に響きましたぞ。この場の皆も間違いなく同じ気持ちですが……あ奴等の真の目的が分かっていない状態でこちらから攻撃するのはレイジ様の本意ではありますまい?しっかりと調査の上で対応するのが宜しいのではないでしょうか?」

 この初老の男性に噛みついたのは、既に立ち上がっている額に傷を持つ大柄な男。

「ミド爺、そんな悠長な事を言って万が一にもレイジ様に危険が迫った場合は何とする!不穏分子は即排除一択だろうが!レイジ様、僭越ではございますが奴らの対処、このボヌーフにお任せいただけないでしょうか?」

 レイジ以外の面々の中でミド爺と呼ばれている者以外は殺気立ち、今にも異世界人一行に対して即攻撃しそうな程になっている。

「ちょ、ちょっと皆、落ち着いて。気持ちは嬉しいけどさ、申し訳ないけど僕の思いはミド爺が言ってくれた事が近いんだ。ごめんね?」

「「「そ、そんな!謝らないで(ください)レイジ様!!!」」」

 ミド爺を除く三人がアワアワしている姿を見て、自分を殺そうとした両親である異世界人……日本人の二人が近づいていると言う事を聞いて暗くなってしまっていたレイジの表情が緩む。

 こう言った場をしっかりと纏めてくれるのは、やはり年の功なのか初老のミド爺と呼ばれている男性。

「ではレイジ様。調査とその後の動きに関しましては爺の方で上手く取り計らいます故、全てお任せください」

 一応同格の立場である三人もミド爺に対して苦言を呈する事は中々できない上に、こう言った作業は間違いなく適任である事も知っており、主であるレイジの為には最も得意な者が得意な事をして正確に且つ迅速に行動する方が良いに決まっているので、動きについては直ぐに決定する。

 その様子を見ていたレイジは今迄何度もこのような場面に出くわしており、結果的にミド爺が全てを取り仕切って上手く捌いてきた事から、最大級にインパクトのある人物の襲来だが任せる事にした。

「じゃあ、ミド爺。何時も申し訳ないけどお願いするね」

「もったいないお言葉です。この爺、全力をもって対処させて頂きます」

 深く一礼しているミド爺と呼ばれている男と、直接的に頼られているミド爺を羨ましそうに見ている残りの三人だが、その三人の視線に気が付かないレイジではない。

「ボヌーフ、ラドン、エスパナ。皆もいつもありがとう。ミド爺と皆の四人は特に僕の傍に何時もいてくれて、本当に感謝しているよ!」

「「「「レイジ様!!」」」」

 もう感極まって暴走しそうなほど高揚しているのだが、絶対の主であるレイジを前に何とか平静さを保つ事に全力を注いでいる四人・・

「で、では、爺はこれから作業に入りますので失礼させて頂きますぞ?」

 何とかギリギリ平静を保ちつつこの場から消えて行くミド爺と、ミド爺の手足となるべくボヌーフとラドンがこの場から消え、残ったのは……何も力のないレイジを一人にする事は絶対にない四人なので、今回は紅一点の小柄な女性であるエスパナが護衛の意味もあってこの場に残っている。

「フフフ、レイジ様。ではお食事をお持ちしますね?」

 この居城にいれば安全とはわかっていても傍を離れる事を良しとしない四人の総意によって、エスパナはレイジの傍に嬉しそうに寄り添いつつ自らの配下に指示を出して食事の準備をさせる。

「ありがとう、エスパナ。でも、あの二人……か。できれば何事も無くお帰り頂けるのが一番だよね」

 レイジとしては日本人としての意識が強く残っているので命をとる様な戦闘となるとどうしても抵抗感があり、本当に何の気なしに漏らした独り言なのだが、この一言は傍に控えているエスパナを通してミド爺達に即座に伝わり、結果的にレイジと同時に召喚された……と言うよりも、実際は二人の両親の召喚にレイジが巻き込まれた形なのだが、今回の侵攻において二人は命を救われ、傷を負う事なくいつの間にか自国に戻されている事になる。

 地球では考えられない事態が起るこの世界に両親の召喚に巻き込まれて来てしまったレイジだが、当時の生活を考えると今の生活の方が本当に楽しく、正直二度と日本に戻りたいと思う事は絶対に無いと確信していた。

 両親の二人はと言えば……召喚元の国王に唆されて各種討伐に出向いてはいるのだが、召喚時に得た力なのかこの世界の一般的な人と比べると別格の強さを手に入れると共に、今は召喚者すら気が付いていないが長命種として生まれ変わっており、大きな怪我も無く十分な報酬を手に入れながら立場もあって更に傲慢になりつつも、二人にとってみれば一応満ち足りた生活を送る事が出来ていた。


◇◇◇◇◇◇


「おい礼二、さっさと飯を作れって言ってんだろうが!」

 とあるアパートの一室に響く声と共に何かを殴る音が聞こえるのだが、この声を出した男である和也が自らの子供である礼二を殴ったのだ。

 殴られた礼二はいつもの事なのか痛みに耐えつつも言われた通りに食事を作り始めるのだが、彼は12歳の少年だ。

「本当、どんくさい。和也も、もうちょっとしっかり躾しとくべきじゃないの?」

 中途半端な金髪で一連の行為を見ていた由香里は、和也の行為を止める事など一切せずに煽るような事を言っており、一応現和也の妻だが礼二と血の繋がりはない。

 礼二の本当の母親は和也の度重なる暴力によって心を病み、悲しい事にもういなくなっている。

 時折学校に行ける時が唯一心の休まる場になっている礼二は、ある日突然気持ちの悪い位に機嫌が良くなっている父和也と継母由香里から声をかけられる。

「礼二、明日はキャンプに行くからな」

「そうそう、ご飯はあたしが用意してあげるから、感謝しろよ?」

 色々と突っ込みたい所はあるのだが、とりあえず家の仕事をしなくて済むと少々安堵してしまう礼二は早々に眠り、その後夫婦の二人はこんな会話がなされていた。

「寝たか?」

「寝たみたい。で、絶対に上手く行くの?和也!」

「当然だろう?この俺が考えたんだぜ?完璧以外にあり得ねーよ」

 そう言って自信満々に取り出した二つのカプセル。

「こいつはトリカブトともう一つはフグ……テトロド何とかって言う毒だ。コイツを適量同時に摂取すると、暫くは無害なんだよ。その隙に俺達はアリバイをつくりゃー良いんだ!」

「さっすがじゃん?それで、いくら位入ってくる?」

 ここまでくれば誰でもわかると思うが、働いていないので懐が寂しい二人は礼二を始末する事で保険金をだまし取ろうと画策しているのだが、実はこの作戦を自分で考えられるほどの頭を持っていない和也なので過去に実際に起きていた事件を参考にしていた。

 互いに足りない脳しか持ち合わせていないので、この作戦は絶対に上手く行くと確信して輝く未来について妄想し始める。

「聞いて驚け、二億だ!こいつの為に高けー保険料を支払ったんだからな。きっちりと回収させてもらうぜ」

「じゃあ、あたしは弁当でも作るか。ホイ、それカプセル貸して」

 こうして極悪毒殺弁当が仕上がり、翌朝なけなしのお金を使って借りたレンタカーに乗ってキャンプ場に向かう三人だが、もちろん荷物は礼二が全てを持つ立ち位置だ。

「オラ、着いたぞ。さっさと降りて荷物を運べ、グズ!」

 自ら望んだキャンプではないのに勝手に連れて来られて荷物をすべて持たされた挙句にグズと罵られる礼二だが、アパートよりも遥かに人口密度が低い状態になり得るこのキャンプ場周辺では逆らって暴力を振るわれると歯止めが利かなくなる可能性が高いと理解しているので、大人しく指示に従っている。

 二人は礼二をなるべく人気のない位置にまで連れて行って弁当を食べさせ、その後まだ毒の影響が無い時間帯で崖下にでも蹴り落してやれば全てが上手く行くと相当お粗末な考えをしており、その目的地となる落差のある場所に移動を始める。

 人気のない方向に進んでいるので道は悪くなり、唯一荷物を持たされている礼二は少々ふらつきながらも必死に先頭を行く両親に食らいつく。

「良し、ここで飯にするか。荷物をよこせ」

 一応キャンプと言う名目の為、鉄板、ガスコンロ、テントをまとめたリュックと食事を入れているリュックを運ばせていたので、とりあえず食事以外が入っているリュックを受け取り近くに雑に放り投げる和也。

 その後いよいよ本丸の毒殺弁当を食べさせる方向に向かうべく腰を下ろしたのだが……座った瞬間に三人共に動く事も出来ずに声すら出せず、瞬間でこの場から消えて行った。

 残ったのは……近くに放り投げられたテントなどが入ったリュックと、キャンプ場入り口に置いてあるレンタカーだけだ。

「んぁ?なんだココは?」

「おぉ、お目覚めですか。私はハトバ王国の宰相ドーブルと申します。これは、流石ですな。異世界の方々よ」

 突然訳の分からない状態に陥った挙句、気が付けば何やら神官のような恰好をした男が訳の分からない事を言っているので思わず立ち上がって胸倉をつかもうとするのだが……

―――シャキン―――

 どう見ても本当の剣を目の前まで持って来られてしまったので途端に大人しくなる和也を見て、話を聞いてもらえる体制になったと判断したのか、剣を引いた騎士。

「では少し説明させてください。改めまして、私はハトバ王国の宰相ドーブルです。今後我が国の戦力となって頂くべく召喚したお二方……何やらおまけがいるようですが、お二方をこれから鍛えさせていただき人族の脅威である隣国の魔族の国、名前はありませんがその魔族の国に対しての牽制、将来的には支配下に置きたいと考えています」

 おまけと言った時にチラッと礼二を見た宰相ドーブルだが、そこは本題には関係が無かったようで軽く流して説明を続けていた。

「そ、それって、あたし達が結構な強さを持っているってこと?」

 こう言った話を日本でも漫画で呼んだことのある由香里は事前知識がある形になっていたので、ある程度事情が理解でき始めていた。

「その通りです。先程申し上げましたが、お二方はこの世界の人族と比べると圧倒的に強くまさに私達が希望した通りの方ですが、今はそれほど力が有る訳ではありません」

「そ、それじゃあよ?ここまで勝手に俺達を拉致したって事には変わりね~から、生活の面倒は見てくれるんだろうな?」

 先程の脅しが効いているのか、少し腰が引けた状態でありつつも文句を言って来る辺りは、流石と言えるのだろうか?

「もちろんです。ですが皆様の世界と違って守られている町、城を出てしまえばいつ何時盗賊やら魔物やらに襲われて命を落とすかもしれませんので、鍛錬は行っていただきます。それ以外は基本自由にこの王城でお過ごしいただけますよ」

 漸く周囲に目が向いた由香里と礼二の二人・・は、日本のアパートとは比べるまでもない贅を尽くした部屋にいる事に気が付いた。

 こうなると気になるのは、自分達の具体的な立ち位置だ。

「お、俺達が強いとは正直わからね~が?鍛錬すれば相当強くなるって事か?」

「想像になりますが、お二人はこの世界に順応するべく魂レベルで強化されているのかもしれません。今後相当強くなる事だけは間違いないでしょうが、あくまで個人ですから、国相手に勝てる事は絶対に有り得ませんよ?」

 目の前の和也と言う人物を早くも理解し始めている宰相ドーブルは、強くした後に国家に弓を弾いても絶対に勝てないぞとくぎを刺しており、自分の考えている事……あわよくば国ごと乗っ取って際限なく贅沢をしてやろうと思っていたクズの和也は黙り込む。

「それで、あちらの少年はどう言った関係ですか?」

 その様子を見て自分の意図する事は理解させる事が出来たと思ったドーブルは、召喚に巻き込まれた少年である礼二に視線を移す。

「あ~、あいつは……知らねーな。どうにでも好きにしてくれて良いぜ?」

 日本に戻れるかどうかは分からないが、どの道相当な期間この城にいる事になるだろうと判断した和也は、保険金などこの世界で入る訳も無いので元から始末するつもりだった礼二に対して興味が失せ、赤の他人であると切って捨てた。

 和也にしてみれば不良債権をこのハトバ王国に処理してもらえると言う程度の感覚だが、その言葉を聞いたドーブルはその言葉が真実ではないだろうと思いつつも、自分達も余計な人材の面倒を見る事は御免被りたいのも事実なので、その言葉を額面通りに受け取る。

「わかりました。では、今の所隣国の名もなき魔族の国とは形上は和平条約を締結しており、忌々しいですが月に一度何かしらを上納する状態になっているのです。ですから、そこに巻き込まれた少年と……それだけでは価値が無いと思われる可能性があるので、珍しい鞄ですかな?それを含めて差し出しましょう」

 鞄とは、食事の準備をしていた際に未だに背負っていた毒殺弁当入りのリュックだ。

「あぁ、良いぜ。赤の他人がどうなろうが知った事じゃねーからな」

「そうね。あたしもあんな奴知らないし!」

 血縁はもとより継母にも有り得ない位にあっさりと切られた礼二だが、もう心が壊れ始めているのか大きく反応する事は無く、黙って成り行きを見守っている。

「ではお二方はお疲れでしょうから、今日はお休みください。おい!」

 こうしてこの部屋から由香里と和也……この世界では漢字が無いのでユカリとカズヤとなるのだが、メイドに先導される形で嬉しそうにこの場から消えて行った。

「貴方は正式な召喚者ではないので、何も強化はされていないようですが念のために……」

 宰相ドーブルは、巻き込まれてしまった礼二改めレイジに対しても念のために鑑定して何も力が無い存在である事を確認すると、騎士に命じて月一の供物として処理をするように指示を出すとさっさとこの場から消えて行った。

 その後……レイジはその足で乱暴に馬車に乗せられて移動して、城門を抜け街道を進み、鬱蒼とした場所に到着すると蹴落とす勢いでおろされる。

 馬車は即座に方向転換してハトバ王国に戻って行き、その姿をボーっと見ていたレイジだが……

「何だか今回はしょぼいな。って、なるほど。珍しい鞄もあるぞ!と言う訳か」

 突然背後から声がして振り向くと、角がある真っ赤な肌の……日本で言う所の鬼のような男がおり、どう対応すべきか悩んでいる所で意識を失うレイジ。

 人が供物として供えられていた時には、恐怖からか騒いで手が付けられなくなる事を経験で知っていた鬼のような男によって気絶させられ、その状態で魔族の城に運ばれたのだ。

 その頃のユカリとカズヤは贅沢な食事と豪華な寝床に満足しており、宰相ドーブルも今後二人を強化すれば名ばかりの和平条約を破棄して、今までの鬱憤を晴らせるのではないかと言う期待、そして今月の供物については一切懐が痛まない状況に気を良くしている。

 最も危険に晒されているレイジが強制的に目覚めさせられると、目の前には全身黒の外套とフードを被った不気味な男っぽい人物がおり、その周囲にはレイジを運んだ鬼のような男の他にどう考えても人間ではない異形の者達の視線を一気に受けて怯えている。

「今回はその鞄がメインのようだな。見せてみろ」

 黒尽くめがこの場の親玉のようで、その指示を受けて強制的に背中に背負っていたリュックをとられてしまうレイジだが、特に何か思い入れがある物ではないので黙って大人しくしている。

「フム……鑑定しても素材がわからないとは、中々の品だな。で、中身は……おぉ、見た事もない様な食料ではないか!」

 流石にこの場のトップらしき男が直接得体のしれない物を口にする事を周囲が許さず、鑑定してもリュック同様異世界日本の物である為に情報を得られていないので、安全の為に側近の配下が毒殺弁当の一部を口にする。

 暫くしても配下には何も問題なく、寧ろその美味しさにもっと欲しそうな表情を見せた事から黒尽くめの男は弁当を口にして、確かに食べた事のない味に歓喜して気分を良くし、もう一つの供物であるレイジの命を数日は延命してやると告げる。

 まるで最大の褒美とばかりに延命について告げられたレイジは、数日延命されるのであれば寧ろ一思いにと言う気持ちがあるのだが、そんな事を言えるわけも無く近くの異形の者に抱えられて地下室に投げ込まれた。

 既に鑑定で何も力が無いと判明しているレイジに対して監視をつける意味も無く、何かを破壊される程の力も無いと理解しているので、地下室に連れて行かれるだけで放置されたのだ。

 レイジは何とか逃げる手段はないかと考えているのだが、窓はなく、見えるのは連れて来られた階段に続く扉と、逆側には押しても引いてもびくともしない取っ手も何もない扉のような物があるだけなので、大人しく最後の時を迎えようと思い座り込んで目を瞑ってしまった。

 その後どうなるかと言うと……ハトバ王国に隣接している名もなき魔族の国の城は激震が起きる。

 数時間後に突然絶対の主である黒尽くめの男が苦しみだし、欠損すら治せる周囲の者達による過剰な回復魔法や、同じく欠損すら治せる薬品をふんだんに使用しても一向に改善する様子を見せなかったのだ。

 当然これは毒殺弁当によるものなのだが、その毒素が地球由来の物である為に鑑定をしても何もわからない為に今まで通りの魔法と薬品に必死で縋っている……が、猛毒の威力はすさまじく、やがて黒尽くめの男が力尽きると彼の側近達は霞の様に消え去る。

 この時に幸運だったのは、その場にレイジがいないために誰もレイジに意識が向かなかったので、レイジとしては大騒動が起こっている事すらわからないままに差し当っての命の危険がいつの間にか去っていた事だ。

 そのレイジ……何故か開ける事が出来なかった扉が勝手に開いたので、中にある光り輝く水晶に導かれるように侵入する。

『ようこそ魔族の城へおいで下さいました。私は貴方を歓迎します。新たなマスター!』

 突然頭に響く声だが不思議と敵意がない事は理解できるので、命を諦めているレイジにとってみればこの程度で取り乱すような事は無かった。

『落ち着いて頂けて良かったです。ではいくつか説明させて頂きますね。私はこの城を管理している存在ですが、御覧の通り直接動くことはできません。あの扉を開けて中に入れるのは主となった者だけなので、私には、私の力を使っていただく主の存在が重要になります。今回、先代の主を亡き者にしたレイジ様が新たな主になられましたので、今後はレイジ様がこの城、ひいては城の主であるレイジ様を頂点としている領地の主となります』

「え?僕が亡き者にした?えぇ??」

 突然驚愕の事実を告げられて動揺するのだが、水晶は極めて冷静だ。

『そうです。レイジ様が異世界日本より持ち込まれたあの鞄の中の食材ですが、どうやらこの世界には存在しない致死性の猛毒が入っていたようですね。先代は毒見もさせたようですが相当遅効性の毒であったようで毒見も回避し、鑑定も異世界の物故に何もできなかったようで、めでたく・・・・先代を始末されたのです』

 ここでレイジはこの世界に飛ばされる直前の両親の行動に思い至り、突然前触れもなくキャンプに行くと言い出したその本当の理由……自分を殺害しようとしていた事を知ってしまい、あまりにも酷い行いに自然と涙が出てしまう。

『あぁ、レイジ様。落ち着いて下さい。貴方様は先代と違ってとても優しい心をお持ちなのですね。私は主を始末した者を新たな主とする他ない存在ですが、貴方様のような優しい方は初めてで、嬉しく思っていますよ』

 動けずに何もできない水晶は新たな主の心をある程度理解できてしまったので、召喚前の状態、そして今回の黒尽くめの男を始末するに至った現実を知り、本心からの気持ちをレイジにぶつけて何とか落ち着いてもらおうとする。

「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です。僕には……僕の家族は、もういないお母さんだけだって事ですね」

 口では大丈夫と言っているが、決してそんな事は無いとわかっている水晶は話を続ける。

『そんな事はありません!先ずは私が……家族と言うのもおこがましいですが、貴方様の、レイジ様の忠実な配下です。それに、主となられたレイジ様には絶対に裏切らない新たな配下を召喚できる力が有ります!』

 新たな力を提示すれば興味を示して貰え、慰めにもなると思っている水晶は必死で言葉を選びつつも、レイジが手に入れた力を説明している。

 その内容は……

 領地に吸収されている者、物、そしてそこに存在している者、物によって生命力が集まり、その生命力によって新たな力を生み出し、与える事が出来ると言う事だ。

『先代の生命力は全て還元されていますのでその力を使って新たな配下を召喚し、そこに力を与えるのが宜しいかと思います』

 少し興味を持ってくれたと理解した水晶は、ここぞとばかりに話しを進める。

「その力って、僕自身にも与える事が出来るのですか?」

『申し訳ありません、レイジ様。それは出来ないのです。ですが、レイジ様は不測の事態が起きない限り永遠の命を持っております。これから少しずつで良いので、召喚した全幅の信頼を置ける者達と楽しい事を見つけてください』

 ここまで親身になってくれる不思議な存在の言葉を拒絶できる訳も無く、逆に弱った心に優しい言葉が染み渡って行くレイジ。

「ありがとうございます。僕は仲間を呼ばない限り凄く弱くて、何時殺されてもおかしくないと言う事で良いですか?」

『先代が召喚した者は既に生命力に還元されており、現時点で城に存在している・・・・・・・・魔族は新たな主であるレイジ様に絶対の忠誠を誓っておりますので城の中では安全ですが、城の外からの強大な外敵対策も必要なので、早めの召喚を推奨します』

 レイジはここはで話を聞いて召喚について意識すると、目の前に何やら数字が見える。

『そちらが現在の生命力になります。やはり相当な強さの配下を召喚するべきですので、今の数値……470万では、与える力も考慮すると一体召喚と言った所です。如何しますか?』

 召喚についてもそうだが、この世界について何も知らない状態で如何と言われても選択肢は“お願いします”しかなく、どのような個体を召喚できるかよくわからないレイジはとりあえず自分の身の安全を一刻も早く確保したい気持ちから、優しく接してくれている目の前の不思議な存在に一任する事にした。

 先代当主、一般的には魔王と呼ばれていた者や眷属達の全てが還元されている数値である為に、本来は多数の配下を召喚する事は可能であるはずなのだが、レイジの安全を考慮した結果別格の存在を先ずは一体召喚するべきと告げている水晶なのだが、はっきり言って何をどうして良いのか分からないので完全にお任せになってしまう。

「あの、よくわからないので。申し訳ないですが全て・・お任せで良いですか?」

 この言葉は、長い間この城の管理を行って主に力を与え続けてきた水晶にとっても初めての経験であり、自らを守る、今後の生命線とも言える初期召喚を全て任せると言ってのけたレイジから相当な信頼を得ている事に他ならないので、長い年月の間で何度も経験した作業なのだが、自然と気合が入ってしまう。

『もちろんです。少しだけ考える時間を頂けますか?最適な、そして最強の、末永く楽しく生活できる存在を選択して見せます!』

「お願いします!」

 声が弾んでいるように聞こえたレイジは、今までの環境からかここまで優しくされた経験は……今は亡き母からの僅かな記憶しかないので、思わず嬉しくなってお礼を伝えた後に邪魔にならないように黙って正座をして待っている。

 どのくらいの時間が経過したかはわからないが、どうやら水晶は全てを決める事が出来たようで喜々としてレイジに説明をするのだが……残念ながらレイジには内容はよくわからないが、理解できたのは召喚されるのはレイジと同じ魔族の中でも人と見た目が変わらない魔人ではあるのだが、何も力のないレイジとは異なって最も得意な術が癒しである一体を選択して力も与えられる状態になっていると言う事だった。

「じゃあ、それでお願いします!」

 こうして現時点で存在している全ての生命エネルギーを消費して一体の眷属が召喚された。

『先代魔王が長く統治して得た力を全てこの一体に注ぎます。得意な術は癒しではありますが、守り、攻撃もお手の物です。ですが、今後生命力を手に入れた場合には、その者と相談して新たな眷属を召喚すると良いでしょう。では参ります!』

 レイジの目の前が光り輝いてその光が収束した先に見えたのは……栄養状態が良くない為にあまり成長していないレイジとそう変わらない程の小柄な女性で、綺麗な金髪のセミロングの髪を持っていたのだが、未だ命を吹き込まれていないようで微動だにしていない。

『こちらで確定させて頂きますが宜しいですか?』

「は、はい。凄いです」

『では、レイジ様との繋がりが必要になりますので、名前を頂けますでしょうか?』

 必死で考えた結果、この世界の標準的な名前がわからないレイジは再び水晶と相談して目の前の女性にエスパナと名付けた後に、そもそもこの水晶に対して今後どのように呼ぶべきか今更ながら気になり始める。

「えっと、貴方には名前は……」

『既に名がなくとも強固な繋がりがあるので問題ありません。今後はエスパナがレイジ様をお守りするので、私は眠りにつく事になります。あまり会話をさせて頂く機会もありませんが、何時でも見守らせて頂いておりますよ。では、命を吹き込みましょう!』

 レイジから悲しそうな感情が流れてきてしまった事に気が付いた水晶は慌てて次の行動に移りつつも、本当に優しい主に巡り合えて良かったと喜びに満ち溢れていた。

 生命エネルギーが注入されてエスパナがややたれ目で綺麗な金の目を開けると、即座にレイジに首を垂れた。

「え?いや、立ってください。ね?お願いします」

「はい、レイジ様」

『フフ、これで大丈夫ですね。では私は少々力を使いすぎましたので眠りにつかせて頂きます。レイジ様の未来は間違いなく幸せで溢れていますよ』

 この言葉の後にエスパナに促されるようにこの部屋から出ると……ゆっくりと扉は閉まって行く。

「レイジ様であればいつでもこの中に入る事が出来ます。ですが、いまあのお方は少々お疲れですので、暫くはそっとしておいていただけると良いかと思います」

 流石は眷属のエスパナであり、全てを把握してレイジの心を痛めないようにフォローしつつも事情をきちんと説明して見せた。

「はい。ありがとうございます!」

 当然絶対の主に対してこのような言葉遣いをされる事を良しとしないエスパナによって、主従の立場とはどのような物かを優しく諭されてしまったレイジだが、やがて今迄の緊張からか、無理なキャンプ場までの道のりによる疲労からか、いつの間にか瞼が閉じていた。

 相当な疲労が溜まっている事位は即座に理解していたエスパナによって癒しを与える力で緩やかに眠りにつかされ、宝物でも扱うかのように大切に、慎重に運んでいた。

 正直小柄なエスパナが軽々と運んでいるのには違和感がある中で、周囲の魔物達、一部人と見分けがつかない種族の魔族もおり、一部の者達は外観上エスパナと比べると相当力が有りそうに見えるのだが、そう言った者達に頼る事はせず易々と、そして大切にレイジを運んでいる。

 先代魔王その者、そこに仕えていた眷属、そして長く統治してため込んでいた生命力全てがこのエスパナ一体に注がれているので、この城、名も無き魔族の国全てを含んでもエスパナは最強と言って良い存在であり、レイジ一人を運ぶ事は埃を運んでいる程度の負荷にしかならない。

 エスパナは痩せているレイジを見て心を痛めつつも、今後は何があっても自分が守ると言う固い決意と共に水晶から渡されている記憶を頼りに城の中を移動して、豪華な寝室に到着すると、目の前の寝具に除菌、清掃、の魔術を過剰に何度も行使した上でレイジを休ませる。

 亡き母から受けた優しさを感じながらやさしく意識を飛ばしているのだが、今後エスパナをはじめとした眷属とともに、自ら望んではいなかったのだが名もなき魔族の国の王、すなわち魔王になって生活するレイジの話。
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