幸次とコージ

焼納豆

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異世界にて

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「よし、ここだ。ルーン魔法を使え!幸次!!」

「うん。わかったよ、コージ!」

……長い激闘の末、その闘いは終わりを告げる……

「やった、やったぞ。幸次のおかげでこの世界にも平和が……漸く平和の時代が始まるのだ!」

「うん。本当に良かったよコージ。僕なんかが力になれて……」

 二人の男がいるこの場所を中心に、とてつもなく広く漂っていたどす黒い瘴気と呼ばれる霧のようなものが徐々に消え、天からは穏やかな光が差し込み始める。

 その霧のような瘴気を発生させていた人物、魔王と呼ばれている者は既に息絶え、その体は周囲の瘴気と同様に消え始める。

「ぷはぁ~。本当に助かったぞ、幸次!流石は余が呼び寄せた男だ!」

 コージと呼ばれている豪華な装備を身に纏って魔王と戦闘していた男は、力が抜けたかのように座り込む。

「そんな……買いかぶりだと思うけど。でも、これで王都の皆も、町の皆も、安心して暮らせるよね?」

 片や幸次と呼ばれている男は、大きな変化を見せずに民の生活の心配がなくなったのか……と、確認をしている。

「うっ、いや。さっきは少々先走ったが……最大の脅威は去ったのだが、残党は未だ残っているからな。だが安心しろ。騎士や冒険者で充分対処できる!だから、長い間貴殿を拘束してしまったが、元の国に送り返す約束を果たそう。もちろん、報酬も持ち帰って貰って構わないぞ、幸次」

「……それなんだけどさ、僕、帰りたいけど帰りたくないんだ」

「どうした?魔王を倒した大英雄が、歯切れの悪い」

「そ、そんな大英雄なんてガラじゃないよ。その……実は僕ね……」

 この幸次と呼ばれている男は、この国の王子であるコージと呼ばれている男の力を使って日本から召喚された人物であり、召喚時の約束として……

 魔王を倒す為に共闘してもらう事
 召喚によって得た力の使い方を教える事
 この世界での生活は保証する上、要望には可能な限り全て応える事
 魔王討伐後には日本に報奨と共に送還する事

 を約束していたのだが、いざ送還の話をしたところ肝心の幸次が少々渋りだしたのだ。

「どうした、幸次?貴殿を長く拘束してしまった事は非常に申し訳ないが、召喚直後の時間に戻せるぞ?何も問題ないはずだが?恐らく通常の魔道具は送還できないが宝飾品は大丈夫だ。余としてもやはり強引に召喚した挙句、命の危険がある魔王討伐……心苦しかったのだが、これで終わる。少し休んだ後に王城に戻り作業を開始しよう」

「……えっと、コージ。僕、この世界に残っちゃダメかな?」

「……いや、全く問題はないが。幸次にも家族がいるのではないか?」

 そこで会話は切れてしまうが、強制的に拉致召喚した挙句に自らの国家だけではなく世界を救ってくれた幸次に対して多大な恩があるコージは、こう提案する。

「わかった。向こうに帰りたくない理由があるのだろう?恩の一つを返すと言う意味で、余が幸次の世界、日本に行こうではないか」

「え?だってコージは王子でしょ?それが……いなくなったら大問題にならない?」

「ハハハハハ、大丈夫だ。幸次がいるからな。それに……余が、気が付いていないと思ったか?余の妹と良い仲になっているようではないか?であれば、我が国は安泰だろう?」

 一気に真っ赤になる幸次。

 確かに言われている事は事実であり、日本に家族がいるのだが帰りたくないのも事実なので、代わりにコージが日本に行ってくれるのであれば、憂いが無くなる。

「でも、本当に良いのかな?向こうの生活、きっとコージが思っている程楽じゃないし、住む所だってあれ程立派なお城じゃなくて、そうだね、離れの十分の一以下に四人で生活するんだよ?」

「ハハハハ、そんな事か?全く問題ないな。むしろ幸次の言う化学とやらが楽しみで仕方がない。包み隠さず言うと、余も日本に行って生活していたいと思っていたのだ。これで利害は一致したわけだ。安心すると良い。幸次の家族は、この余に任せておけ!」

 そこから体力を回復して王城に戻り、大陸上げての魔王討伐の祝賀会が大々的に行われた後、本当にこの国の王子であるコージが日本に戻って幸次として生活し、幸次がコージの代わりに王族として生活する事が決定してしまった。

 いよいよ送還の時……

「その……コージ。向こうの僕の家族を、よろしくお願いします。それと、学校では……色々と気を付けて貰った方が良いと思うんだ。今更こんな事を言うのは卑怯だけど……」

 ボソボソコージだけに聞こえるように告げている幸次。

「ハハハハ、全く問題ないな。むしろ望むところだ。それと幸次の家族については、大船に乗った気でいてくれ。全て余に任せておくが良い!それに眷属も連れて行くしな」

 大掛かりな魔法陣が光り輝く中、コージは笑顔で国王、王妃、妹、そして妹の恋人になっている未来の夫である召喚者幸次に手を振って消えて行った。

 行き先は、幸次が召喚された日本……それも幸次が召喚された直後に戻る事になっており、一応トイレにいた所らしいと言う事だけは聞いていた。

 そもそもこの召喚術は、魂、外観が一致している程に消費する魔力が不要になっているので、その基準で幸次が選ばれたのだが、それでも召喚と送還一回実施するための魔力は10年がかりで溜めたものだったりする。
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