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第四話キツい・キモい・奇々怪
しおりを挟むシャーリーに会えなくなってから二年経ち、十二歳になったマックスは教会で行われた適性検査で、魔力が他の人間より格段に強いことが分かった。
「え?ちょっと待って、嫌だ、いやだーーー」
本人の意志など関係ない。ほぼ強制的に王立の魔法学園に放り込まれ、厳しい訓練を受けることとなった。
魔力は、成長と共に更に大きくなる為、体が出来上がるまでは、かなりの成長痛を感じる。人より多い魔力を持つマックスが激痛に転げ回る姿を、教師達も、見守ることしかできなかった。
それでも、十四歳を迎える頃には落ち着きを見せ、年に数日貰える休みに帰省することも可能になっていた。
遠くからでも良い。シャーリーが見たい。マックスの願いは、年を追うごとに強まっていく。
しかし、実家に帰ると、ラビナが待ち構えて居て付き纏ってきた。益々わがまま放題に成長した彼女を、シャーリーの所に連れて行けば、どんな迷惑をかけるか分からない。
なかなか外出できないまま休みが終わり、学園に戻る日々が続いた。
そして、更に二年の月日が経ち、十六歳になったマックスは学園の詰所の前で偶然餓鬼大将のジャックに会った。
「ジャック!!」
「ミックス?ミックスなのか?スゲーな、デカくなり過ぎだろ!」
久しぶりに会ったジャックは、縦より横に育っていた。コロコロ転がる様にマックスの方へ走ってきて、腕を振り上げたと思うと、手加減なしでバシンと頭を叩いてきた。
「いって!」
「お前ら兄弟が突然いなくなって、シャーリー様、めちゃくちゃ泣いたんだぞ!」
「ご、ごめん」
「俺に謝る必要はねーけどな!!で、今、何やってるんだ?」
「俺、魔力が強いらしくてさ、ここに入れられた」
「カーーッ、キツい・キモい・奇々怪界の3Kじゃねーかよ」
「上手いこと言う」
会わなかった時間が無かったかの様に、マックス達は話し込んだ。シャーリーの近況を話し出したジャックは、昔と変わらず我がことの様に自慢げだった。
「俺らさ、あれからもずっとシャーリー様の習い事教室に通ってたんだけどさ、どうやら普通の内容じゃなかったらしくて」
「普通じゃないってなんだよ?」
「いや、おかしいと思ったんだけどさ。数学も、語学も、なんか習い事レベルじゃ無かったらしい。で、まぁ、その辺りの貴族の馬鹿ボンより賢くなった俺達は、シャーリー様立案で仕事を始めたってわけよ」
胸を張るジャックは、手製の名刺を見せてくれた。
『通訳・翻訳・帳簿付け、その他雑用お手伝い仕ります』
マックスは、もう一度ジャックを見た。安物だが、キチンとした身なりで、一端の商人の様だ。
マックスより少し年上だったはずだが、まだ、二十歳は来ていない。それなのに、ちゃんと地に足を着けて生きている。
「まぁ、最初はエンジェル伯爵のご好意で、下請けみたいなことをさせて貰ってたんだけどさ、実績積んだらあちこちの商家とかから受注できる様になって、そこそこ儲けてるんだぞ!今日だって、この学園の草毟りをチビ達に頼んでくれるって言うから打ち合わせに来たんだ」
ガハハハハハ
背中を反って胸を張り、腹を突き出して笑うジャックは、すこぶる機嫌が良さそうだ。だから、口が滑ったんだろう。
「これで、シャーリー様の婚約者が決まれば、万々歳さ!」
「それ、どう言う意味だよ!」
「いってーな!腕、掴むなよ!」
「あぁ、すまない」
腕を摩りながら、ジャックがシャーリーの置かれた状況を話してくれた。もう直ぐ15歳。大切な一人娘の為に、伯爵様が婿養子を探し出している。貴族の通う女学園では、当代きっての才女。
だが、頭の良い女を嫌う貴族からは、あまり好まれていない。
しかも、女だてらに会社を立ち上げ、孤児の子供が働けるように教育まで施した手腕が裏目に出た。金を吸い上げて自分の贅沢に使っているなどと悪口を広められ、女学園でも居心地が悪いらしい。
「シャーリー様は、ウチの社長だ!無賃ってわけじゃないけど、殆ど俺らの給料とチビ達の教育にお金を使ってくれている。頭空っぽの奴等には、理解できないんだろうな」
ジャックの威勢の良さがどんどん無くなり、最後は泣きそうな顔で俯いた。よほど悔しいのか、爪が食い込み手のひらに血が滲むほど手を握り込んだ。
マックスも、貴族の端くれなので、社交界で好まれるタイプの女は知っている。それに当てはまらないシャーリーが、女達から疎まれるのは予想できた。
賢すぎるシャーリーを前にすると、多分、自分が馬鹿なのを思い知らされてしまうから先に攻撃するのだ。
あまり良くない噂を広められてしまっては、良縁に恵まれない可能性もある。ろくでもない男に取られるくらいなら……。
「俺がなる」
相手が誰だろうと関係ない。マックスは、心を決めた。
「何になるんだ?」
「シャーリー様の旦那だ!」
「何言ってんだ、平民が成れるわけねーだろ」
「俺の本当の名は、マックス・ブリリアント。一応、貧乏男爵家の三男だ」
ジャックは、驚いた後、マックスの顔面に一発強烈なパンチを入れた。
「シャーリー様を騙したな!!!!」
「すまない。あの時、俺は大馬鹿だった。でも絶対に諦めない。俺はシャーリー様と結婚するんだ!」
口の中が、血の味で一杯になった。どこか切れたみたいだったが、そんな事どうでも良かった。
学園に入ってから、精神的にも肉体的にも苦しいことばかりで、勉強からも逃げ腰だった。魔力が強すぎるマックスの為とはいえ、家族から引き離されたことを恨みにも思っていた。
しかし、魔道士という職業は、なれる者が少ない故に、仕事は厳しいが給金は良いし地位も高い。
もし、シャーリーの伴侶になれるなら、マックスは、何だってする。決意の籠った彼の目を見て、ジャックは、大きく溜息をついた。
「はーーーーーー、ったく、久しぶりに会ったと思ったら、初恋拗らせてたのかよ」
『初恋』
言われて、ストンと胸に落ちた。成る程、マックスは、シャーリーに恋をしていたのだ。
「俺らとしても、鼻持ちならない貴族のアホより、孤児のフリして菓子を手に入れた強かさを持つお前の方が安心感はある」
ウンウンと頷いた後、ジャックは、名刺の裏に住所を書いて渡してくれた。
「それ、俺の家の住所。なんかあったら、いつでも来い。俺はお前を推す」
マックスはジャックに頭を下げると、図書館に向かって走り出した。1分、1秒が惜しい。兎に角、今は魔法の知識を、詰め込めるだけ詰め込みたかった。
それから二年経ち、十八になったマックスは魔法学園を主席で卒業し、最も金が稼げる仕事魔道士団へ入団を果たし、その足でエンジェル伯爵の元に自分を売り込みに行ったのだ。
「お嬢様くらいですよ、気付いて無かったの」
ブリリアント男爵家から帰ってきて、カサンドラがシャーリーに言った一言目が、コレだったら。
「知ってたら、教えてくれたら良かったじゃない」
「いや、だって、面白かったから」
マックスの顔を初めて見た日、シャーリーは、初恋の君『ミックスくん』にソックリだとはしゃいだのだ。
「考えても見てくださいよ。あんなイケメン、世の中に、そうゴロゴロしてるわけ無いでしょう」
「そんな事ないわ。ソックス様も、スコッチ様も、久しぶりに会わせて頂いたけど遜色ないイケメンだったわ」
「サックス様と、スコット様ですから。言い間違えない」
「はーい」
シャーリーの知らない、シャーリーの物語を聞いて、『美化され過ぎ!』と引いてしまったのは、内緒の話だ。彼女は、ただ、お友達が欲しかっただけだった。貴族の令嬢方からは、この見た目と可愛げの無さで距離を置かれていたから。
それに、大好きなお菓子を心行くままに作れる手段を考えて、配給というシステムを考えた。
出会った子供達と一緒に勉強すると捗るし、もっと皆に色んなことを教えたいって思って頑張ってたら、他の人とだんだん進捗度が違ってきて……学園に入ったらドン引きされた。
会社にしても、父ジョンが領地経営の実戦だとシャーリーを担ぎ出したのが切っ掛けで、実務はジャックが賄ってる。
「本当の私を知ったら、ガッカリされないかしら?」
「今日、白目剥いて倒れた時も愛おしそうに見つめて下さってたから、大丈夫じゃないでしょーか」
「ぎゃーーーー、何てこった!」
「お嬢様、先ずその話し方から直しましょうか。全く小さい頃から下町に染まり過ぎです。来年、学園を卒業されたらご結婚なのですよ!」
「ムーリーーーーーー!」
叫んでも、悶えても、シャーリーとマックスの婚約は、ゴロンゴロンと止まることなく進んでいった。
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