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第四十九話幸せな未来へ
しおりを挟む「無事、結婚を致しましたことを、陛下にお知らせしようと参りました」
自分を切り捨てようとした王へ思うこともあるだろう。大切な人間を苦しめた腹立たしさも、ないとは言えないはず。
しかし、それを欠片も見せず幸せな笑みを浮かべるシャーリーは、この会見を以て、今までの騒動を収めるつもりだ。
「外には、私達を祝ってくれた友が集まってくれています。皆、国を思う素晴らしい人々。どうか一緒に、顔を見せては頂けないでしょうか?」
聞こえる合唱は、国歌。皆、楽しげに歌っている。
王の求めた国とは、本来、こういうものであったはず。決して、誰かの犠牲により成り立つものではなかった。
「エンジェル伯爵」
名を呼ぶと、ジョンは、先程までとは打って変わった笑顔で、シャーリーの隣に立った。
「はっ!」
「そなたは、優れた娘を持っておるな」
途端に相好が崩れて、親の顔となる。
『あの鬼のような形相は、どこへ行った?』
あまりの変貌ぶりに、王は、頬を引きつらせた。
「娘が愛らしく聡明で目に入れても痛くないのは、今に始まったことではございません」
「はは、言ってくれる」
未だに騒つく奴らも居るが、ジポーノ国の件が一応の決着をつけた今、これ以上ここで騒ぐのは得策でないと分かっているのだろう。
大きな声で発言する者は一人もおらず、モゴモゴと口の中で不平を繰り返すだけだった。
以前、子供をオークションに掛けると言う下劣極まりない貴族を処分した時、かなり風通しを良くしたと思っていたが、どうやら、まだ不要な者が多く残っているようだと王は思った。
『次世代に繋ぐ時までには、一掃せねばなるまい。』
王は、再び、前を向くと、
「では、白蘭姫の歓迎と、そなた達のお披露目を兼ね、後日、王宮にて晩餐会を開こう!」
と宣言した。
今回の話は、これで、終わりだ。
「ありがたき幸せ」
皆に、安堵の表情が生まれた。
王として、時に厳しい裁きをせねばならぬ時がある。
だが、このような出来事は、二度とごめんだと思った。
『姉上!』
『白蘭!』
久しぶりに対面を果たした姉妹は、抱きしめ合って互いの無事を喜んだ。
こうして見ると、似ているのは容姿だけで、可憐で優しい桜姫と違い、白蘭は、芯のある強い志を持った少女のようだ。
ジポーノ国の女王を動かしたのも、白蘭の功績が大きい。
血を分けた子を処罰することに踏ん切りがつかない母に、葵の悪行を調べ尽くした資料を手渡し、決断を促した。
国の未来を憂いていた善良な家臣達は、既に、彼女の傘下に入っている。
『このままでは、国が滅びると妾が申したところ、母上は、泣きながらも血判状に印を押してくださりました。もし、それが叶わぬときは、妾が兄上の首を掻っ切る所存でありました』
ことの成り行きを説明する言葉の端々に、不穏な言葉が混じる。なぜ姉妹なのに、ここまで違うのか謎だ。
ただ、桜姫は、本当に白蘭が可愛いらしく、ウンウンと相槌を打ち続けている。
『桜姫、私がいる事を忘れていないか?』
アイオライトが彼女の肩に手を置くと、ビクンと跳ね上がった後、慌てて彼の腕にしがみ付いた。
『あぁ!白蘭、この方が、妾の大切な藍緒雷斗(アイオライト)様じゃ』
咄嗟に出た桜姫の本心に、アイオライトの口元がニヤつく。
『藍緒雷斗兄上(アイオライトあにうえ)、どうか、姉上のことを末永くよろしくお願い申し上げます』
『兄上』と呼ばれたことにも、アイオライトの笑顔は三割増しになった。
『あぁ、全力を以て守り切ると誓おう』
アイオライトがジポーノ語で話すと、白蘭は、目を丸くして驚く。
『兄上は、ジポーノ語をお話しになられるのですね!』
『まだまだだ。桜姫の教え方が良いのだと思う』
『姉上は、ほんに、愛されておられる。妾は、安心致しました』
白蘭の快活な言葉に、桜姫は、身を縮めてアイオライトの後ろに隠れた。
『そのようにあからさまにものを申しては、恥ずかしきこと。白蘭、言葉に気をつけなければなりませぬ』
否定しない桜姫に、アイオライトは、優しげに目尻を下げる。
彼にとって、誰憚ることなく愛せる相手。今回の件で、正式に婚約者となった彼女の幸せを、どんな手段を使っても守ると心を新たにした。
「さぁさぁ、仕切り直しだよ!」
エンジェル伯爵家の庭には、幾つもテーブルと椅子が置かれ、次から次へと料理が出てくる。
ブリリアント家では考えられない量と質だ。
酒に至っては、ワインにブランデー、ジポーノ国から贈られた透明で芳醇な香りを放つ変わった酒が並んでいる。
「父さん、なんか、披露宴より凄いね」
あまりの迫力に、場慣れしていないキリックは、呆然としている。
両脇には、何故か、孤児院の小さな子供が張り付き、葡萄ジュースの入ったグラスで乾杯を繰り返していた。
「お前、えらく懐かれたな」
「もう、空気と思うことにした」
ラグドールは、四六時中張り付く足枷みたいな空気は、出来れば遠慮したいなと思った。
周りを見回せば、孤児院出身の料理人が、ここぞとばかりに庭の片隅で豚の丸焼きを作っている。なんだか、趣旨が違ってきていた。
「皆、本当にありがとう!今日は、意識が途切れるまで飲んでくれ!」
ジョンの号令と共に、乾杯の音があちこちで聞こえ、ラグドールの所にも、酒の入ったグラスが回ってきた。
持ってきたのは、
「お義父様、どうぞ」
新婦姿のシャーリーだ。
「あぁ、頂こう」
急に帰ってきたと思えば、既に片付いたと言われたラグドールの気持ちを、誰か分かってくれるだろうか?
自宅の机の中には、皆に宛てた遺書のような手紙が残ったままだ。見られない内に処分せねば、こんな恥ずかしいことはない。
「シャーリーさん」
「はい、お義父様」
「幸せになりなさい」
「はい!」
普通のことを普通に言ってやれる幸せを、ラグドールは噛み締めた。後は、二人の努力のみ。
その日、飲みすぎたラグドールは、次の日酷い頭痛で目を覚ました。
最後まで意識を保ったのは、リシーとルビーだったと聞いた時、女性陣には何をしても勝てない気がした。
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