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生きてこそ道が拓ける
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その頃、イザベルは久々に戻った王宮の自分の寝室で、身体を横たえていた。
知らせを聞いて教会に駆け付けた弟や宰相、臣下達に号泣され、なんとか宥めて王宮に戻ったのも束の間、今度はエルネストの使者がやって来た。彼らが殺気立って使者を取り囲み、リュシアンなど剣に手をかけたものだから、彼らの間にも割って入ってやらなければならなかった。
使者の説明でイザベルも王の意図をようやく理解できたが、自分を利用された事への怒りよりも、祖国に帰れたことの喜びのほうが大きい。
それに、策略のせいかもしれないが、エルネストは『離縁』を口にした。また復縁を迫られるかもしれないが、少なくとも今は――自由だ。
イザベルは穏やかに微笑み、傍らに座っているリュシアンを見上げた。教会で目覚めてから、彼は片時も傍から離れようとしなかった。ずっとイザベルを労わり、事態が落ち着くのを待って、体調を気遣って休ませたのも彼だ。
「⋯⋯嫁ぐ時は⋯⋯貴方にこうして触れて貰うことも、二度と会う事もできないと覚悟したわ」
リュシアンは少し沈黙した後、尋ねた。
「貴女にあの男は触れましたか?」
「結婚していたんだもの。閨には入ったわ」
「⋯⋯⋯⋯」
「でも――」
身体は重ねなかった。
そう告げる前に唇を奪い取られて、イザベルは頬を染めてリュシアンを睨んだ。
「許していないわよ?」
「貴女も、私に死ぬことを許さなかったでしょう。お互いさまです」
「貴方、自害しようとしたの!?」
「まぁ⋯⋯どうでしょうね? 貴女を前にして無意識にしたことですから」
その前に、祖国を飛び出してエルネストを抹殺してやると胸に誓ってもいた。イザベルは弟を護ってほしいと願ったかもしれないが、彼女を殺した男を生かしておくものかと思った。
何年かかってでも、どれほど身を落としても、必ず刃を届かせてみせる。
そんな執念を胸に秘めていたが――イザベルが与えた剣は、人を傷つけるものではなかった。
誰の死も彼女は望んでいなかったような気がして、ようやく我に返ったのだ。
「二度としないで。絶対に許さないわ!」
「だったら、貴女も容易く毒など飲まないでください。仕方がない状況だったという事は理解していますが⋯⋯それでも、私は絶望しました」
「リュシアン⋯⋯」
「貴女は王女として国に殉じる気概をお持ちだ。そして、私はそんな貴女に全てを捧げています。貴女が生きていてくれるだけで、私は嬉しいのです。たとえ私と貴女は添い遂げる事ができなくても⋯⋯昔から、いつでもどこでも⋯⋯私はずっと貴女を想い続けています」
昔から。その言葉に深い思いを感じて、イザベルは目を潤ませた。そんな彼女を見つめ、リュシアンは優しく頬を撫でた。
「イザベル」
慰める彼もまたこらえ切れずに涙を落としたのを見て、どれほど彼が自分の死に苦しみ、想っていてくれたのかをイザベルは理解して、泣き笑いの顔を浮かべた。
「⋯⋯そういえば、子供の頃の貴方は⋯⋯泣き虫だったわね」
「それも、お互いさまです」
「えぇ⋯⋯私もだったわ」
イザベルは微笑んで、自らリュシアンにキスをした。
後日、王女イザベルは、健康面の不安を理由にエルネスト王から正式に離縁された。
離縁状と一緒に、『俺の方から振ったんだからな!』という奇妙な言伝を使者に託している。子どもか、と聞いた全員から呆れられ、それでも彼の言質は取っておこうと文書にしっかりと記録された。
自国に非はないのだから、今後もエルネスト王から後援を得るためである。
後にそれを知ったエルネストが青褪めて、お願い消してと懇願してきたというのは―――余談。
【騎士と王女の殉愛・完/お読みいただきありがとうございました!】
知らせを聞いて教会に駆け付けた弟や宰相、臣下達に号泣され、なんとか宥めて王宮に戻ったのも束の間、今度はエルネストの使者がやって来た。彼らが殺気立って使者を取り囲み、リュシアンなど剣に手をかけたものだから、彼らの間にも割って入ってやらなければならなかった。
使者の説明でイザベルも王の意図をようやく理解できたが、自分を利用された事への怒りよりも、祖国に帰れたことの喜びのほうが大きい。
それに、策略のせいかもしれないが、エルネストは『離縁』を口にした。また復縁を迫られるかもしれないが、少なくとも今は――自由だ。
イザベルは穏やかに微笑み、傍らに座っているリュシアンを見上げた。教会で目覚めてから、彼は片時も傍から離れようとしなかった。ずっとイザベルを労わり、事態が落ち着くのを待って、体調を気遣って休ませたのも彼だ。
「⋯⋯嫁ぐ時は⋯⋯貴方にこうして触れて貰うことも、二度と会う事もできないと覚悟したわ」
リュシアンは少し沈黙した後、尋ねた。
「貴女にあの男は触れましたか?」
「結婚していたんだもの。閨には入ったわ」
「⋯⋯⋯⋯」
「でも――」
身体は重ねなかった。
そう告げる前に唇を奪い取られて、イザベルは頬を染めてリュシアンを睨んだ。
「許していないわよ?」
「貴女も、私に死ぬことを許さなかったでしょう。お互いさまです」
「貴方、自害しようとしたの!?」
「まぁ⋯⋯どうでしょうね? 貴女を前にして無意識にしたことですから」
その前に、祖国を飛び出してエルネストを抹殺してやると胸に誓ってもいた。イザベルは弟を護ってほしいと願ったかもしれないが、彼女を殺した男を生かしておくものかと思った。
何年かかってでも、どれほど身を落としても、必ず刃を届かせてみせる。
そんな執念を胸に秘めていたが――イザベルが与えた剣は、人を傷つけるものではなかった。
誰の死も彼女は望んでいなかったような気がして、ようやく我に返ったのだ。
「二度としないで。絶対に許さないわ!」
「だったら、貴女も容易く毒など飲まないでください。仕方がない状況だったという事は理解していますが⋯⋯それでも、私は絶望しました」
「リュシアン⋯⋯」
「貴女は王女として国に殉じる気概をお持ちだ。そして、私はそんな貴女に全てを捧げています。貴女が生きていてくれるだけで、私は嬉しいのです。たとえ私と貴女は添い遂げる事ができなくても⋯⋯昔から、いつでもどこでも⋯⋯私はずっと貴女を想い続けています」
昔から。その言葉に深い思いを感じて、イザベルは目を潤ませた。そんな彼女を見つめ、リュシアンは優しく頬を撫でた。
「イザベル」
慰める彼もまたこらえ切れずに涙を落としたのを見て、どれほど彼が自分の死に苦しみ、想っていてくれたのかをイザベルは理解して、泣き笑いの顔を浮かべた。
「⋯⋯そういえば、子供の頃の貴方は⋯⋯泣き虫だったわね」
「それも、お互いさまです」
「えぇ⋯⋯私もだったわ」
イザベルは微笑んで、自らリュシアンにキスをした。
後日、王女イザベルは、健康面の不安を理由にエルネスト王から正式に離縁された。
離縁状と一緒に、『俺の方から振ったんだからな!』という奇妙な言伝を使者に託している。子どもか、と聞いた全員から呆れられ、それでも彼の言質は取っておこうと文書にしっかりと記録された。
自国に非はないのだから、今後もエルネスト王から後援を得るためである。
後にそれを知ったエルネストが青褪めて、お願い消してと懇願してきたというのは―――余談。
【騎士と王女の殉愛・完/お読みいただきありがとうございました!】
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