4 / 30
猫人生も楽じゃない
しおりを挟む
二十二歳で貴女は死ぬ。
ディアナがそう余命宣告されたのが、丁度十年前の十二歳の時だ。
すぐには受け入れがたい話だったが、王室付きの魔術師達の見る目は確かだということを、ディアナは嫌という程知っていた。母の急死を言い当てたのも、彼らだ。
全ての命の身体には生命力の源となる『魂』が存在し、いかに身体が健やかであっても、その魂を傷つけられ、もしくは穢されれば、長くは持たないと言う。
魔術師は生来、己や他者の魂を見定める力に長けた者が多く、ディアナの魂は持ってあと十年だと、全員が口を揃えた。
ディアナは己の将来を悲観し、葛藤し、行き場の無い怒りをぶつける――――そんな時間さえなかった。
なにしろ、死ぬと決まっているならば、それまでにやらなければならない事が五万とある。
王家の者として産まれたという理由だけで国王になった父親は面倒事が大嫌いで、政にも興味を示さず臣下達に丸投げし、自分は放蕩の限りを尽くしていた。
産まれて間もなく病で母を亡くしたディアナにも関心は薄く、愛情を注ぐ事も無かった。
そんな父親は過食も酷く、巨躯の身体は心の臓に大きな負担となったのか、ディアナが十八歳の時にあっけなく逝ってしまった。
そうして、ディアナは王家に残された最後の一人となり、その血筋もあと四年で絶える事を、ディアナを含めて一部の者は理解していた。
それからの四年間、ディアナは己が死んだ後の時の為に、必死で働いた。
名実ともに代替わりした事で、王として表立って動けるようになった。薄情なことではあるが、父親の死はむしろありがたいとさえ思った。
己の幸せを追い求める訳にはいかなかった。
サフィロス王国は大国でありながらも、父親を含めて歴代の国主が無能であったせいで、斜陽になりつつあったからだ。
たとえ一日であっても無駄にする事は出来ず、二十一の誕生日を迎えた頃から衰えだした己の身体に焦りも産まれたものだった。
それでも、やらなければならないと思っていた事は何とか全て終え、安堵していた時――――ディアナは倒れた。
己の人生に悔いはなく、世に未練もない。
だから、このまま死んで、王家ともども王国の歴史から消えると言ったが。
まだこの世に留まれる術がある、と『あの者』は告げた。
転生できるということならば、まっぴらごめんだとディアナは思ったが、拒絶は許されなかった。
ならば、『猫』になりたいと願った。
のんびりと日向ぼっこをしながら寝ていても困らず、誰にも気にされずにいる野良猫を見て、羨ましいと思った事があったからだ。
そして――――ディアナは『猫』になり、王宮を追い出されて一週間ほどが経とうとしていた。
念願の猫人生は、良くも悪くもなかった。
猫という種はとにかく眠いものらしく、王都にある公園の片隅でほぼ一日寝ていたこともあったが、誰にも咎められる事は無かった。
ただ、同じ場所に居続ける事はできなかった。猫には縄張りがあるらしく、ディアナは数匹の猫達に威嚇されて、追い出されてしまったからだ。
餌も問題だった。王都には野良猫も多く、餌になるものは取り合いになっていた。
衣食住のうち、衣はともかくとして食と住に窮する羽目にあっている。
だが、今ディアナの頭を占めるのは、己の事ではない。かつて祖国をいかにして守るかで頭が一杯になった癖が抜けきらないのか、やはり気になるのは王宮だ。
――――おかしいわ。何をやっているのかしら。
自分が死んで、サフィロス王家の血筋は途絶えた。
王配であり、最も現王家の血筋に近い伯爵家の嫡男ルベウスが、次期国王として即位するのは既定路線だ。
そもそも彼は王位継承権を持っていたし、己は後継として彼を指名すると遺言書にはっきり書いておいた。
何の問題も無い。
自分の遺体の始末に関しても、ばっちりだ。王国の面子を潰さない程度の、でも出来るだけ節約した葬儀をして、王家の墓地の片隅にでも埋めて欲しいと書いた。
既に墓穴も掘らせておいたし、名前を入れた墓石も用意してある。
その辺に転がっている石でも良かったが、王族にそれは無いと真顔で宰相に言われてしまったので、勿体無いと思いつつも作らせた。
準備万端である。
ルベウスの手をわずかでも煩わせたりしない。
それなのに王都は至って静かであり、何の動静も伝わってこない。
――――あの人ったら、なにを愚図愚図しているのかしら! 早く私が死んだことを公表して、即位しなさいよ!
一週間、焦れったい思いをしていたディアナは、とうとう我慢できずに王宮へと向かった。
近年、財政難にあえいでいたせいで、王宮の外壁も補修が間に合っていない。猫一匹が通れるくらいの小さな穴は幾つかあり、ディアナは易々と入り込んだ。
警備兵の配置や、交代時間なども知っているから、彼らの目を盗むことも簡単だ。
難なく王宮の奥――――ルベウスの居住区としている区画の中庭へと辿り着くと、一息ついた。
さて、後は見つからないように様子を見よう、そうしよう。
息を整えつつ、ディアナがそう思っている時、頭上から声がした。
「……お前、どこから入った?」
不思議そうな男の声に、ディアナは軽く目を見張り、そしてゆっくりと顔をあげて、元・夫であるルベウスと目があった。
ディアナがそう余命宣告されたのが、丁度十年前の十二歳の時だ。
すぐには受け入れがたい話だったが、王室付きの魔術師達の見る目は確かだということを、ディアナは嫌という程知っていた。母の急死を言い当てたのも、彼らだ。
全ての命の身体には生命力の源となる『魂』が存在し、いかに身体が健やかであっても、その魂を傷つけられ、もしくは穢されれば、長くは持たないと言う。
魔術師は生来、己や他者の魂を見定める力に長けた者が多く、ディアナの魂は持ってあと十年だと、全員が口を揃えた。
ディアナは己の将来を悲観し、葛藤し、行き場の無い怒りをぶつける――――そんな時間さえなかった。
なにしろ、死ぬと決まっているならば、それまでにやらなければならない事が五万とある。
王家の者として産まれたという理由だけで国王になった父親は面倒事が大嫌いで、政にも興味を示さず臣下達に丸投げし、自分は放蕩の限りを尽くしていた。
産まれて間もなく病で母を亡くしたディアナにも関心は薄く、愛情を注ぐ事も無かった。
そんな父親は過食も酷く、巨躯の身体は心の臓に大きな負担となったのか、ディアナが十八歳の時にあっけなく逝ってしまった。
そうして、ディアナは王家に残された最後の一人となり、その血筋もあと四年で絶える事を、ディアナを含めて一部の者は理解していた。
それからの四年間、ディアナは己が死んだ後の時の為に、必死で働いた。
名実ともに代替わりした事で、王として表立って動けるようになった。薄情なことではあるが、父親の死はむしろありがたいとさえ思った。
己の幸せを追い求める訳にはいかなかった。
サフィロス王国は大国でありながらも、父親を含めて歴代の国主が無能であったせいで、斜陽になりつつあったからだ。
たとえ一日であっても無駄にする事は出来ず、二十一の誕生日を迎えた頃から衰えだした己の身体に焦りも産まれたものだった。
それでも、やらなければならないと思っていた事は何とか全て終え、安堵していた時――――ディアナは倒れた。
己の人生に悔いはなく、世に未練もない。
だから、このまま死んで、王家ともども王国の歴史から消えると言ったが。
まだこの世に留まれる術がある、と『あの者』は告げた。
転生できるということならば、まっぴらごめんだとディアナは思ったが、拒絶は許されなかった。
ならば、『猫』になりたいと願った。
のんびりと日向ぼっこをしながら寝ていても困らず、誰にも気にされずにいる野良猫を見て、羨ましいと思った事があったからだ。
そして――――ディアナは『猫』になり、王宮を追い出されて一週間ほどが経とうとしていた。
念願の猫人生は、良くも悪くもなかった。
猫という種はとにかく眠いものらしく、王都にある公園の片隅でほぼ一日寝ていたこともあったが、誰にも咎められる事は無かった。
ただ、同じ場所に居続ける事はできなかった。猫には縄張りがあるらしく、ディアナは数匹の猫達に威嚇されて、追い出されてしまったからだ。
餌も問題だった。王都には野良猫も多く、餌になるものは取り合いになっていた。
衣食住のうち、衣はともかくとして食と住に窮する羽目にあっている。
だが、今ディアナの頭を占めるのは、己の事ではない。かつて祖国をいかにして守るかで頭が一杯になった癖が抜けきらないのか、やはり気になるのは王宮だ。
――――おかしいわ。何をやっているのかしら。
自分が死んで、サフィロス王家の血筋は途絶えた。
王配であり、最も現王家の血筋に近い伯爵家の嫡男ルベウスが、次期国王として即位するのは既定路線だ。
そもそも彼は王位継承権を持っていたし、己は後継として彼を指名すると遺言書にはっきり書いておいた。
何の問題も無い。
自分の遺体の始末に関しても、ばっちりだ。王国の面子を潰さない程度の、でも出来るだけ節約した葬儀をして、王家の墓地の片隅にでも埋めて欲しいと書いた。
既に墓穴も掘らせておいたし、名前を入れた墓石も用意してある。
その辺に転がっている石でも良かったが、王族にそれは無いと真顔で宰相に言われてしまったので、勿体無いと思いつつも作らせた。
準備万端である。
ルベウスの手をわずかでも煩わせたりしない。
それなのに王都は至って静かであり、何の動静も伝わってこない。
――――あの人ったら、なにを愚図愚図しているのかしら! 早く私が死んだことを公表して、即位しなさいよ!
一週間、焦れったい思いをしていたディアナは、とうとう我慢できずに王宮へと向かった。
近年、財政難にあえいでいたせいで、王宮の外壁も補修が間に合っていない。猫一匹が通れるくらいの小さな穴は幾つかあり、ディアナは易々と入り込んだ。
警備兵の配置や、交代時間なども知っているから、彼らの目を盗むことも簡単だ。
難なく王宮の奥――――ルベウスの居住区としている区画の中庭へと辿り着くと、一息ついた。
さて、後は見つからないように様子を見よう、そうしよう。
息を整えつつ、ディアナがそう思っている時、頭上から声がした。
「……お前、どこから入った?」
不思議そうな男の声に、ディアナは軽く目を見張り、そしてゆっくりと顔をあげて、元・夫であるルベウスと目があった。
149
あなたにおすすめの小説
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
わんこな旦那様の胃袋を掴んだら、溺愛が止まらなくなりました。
楠ノ木雫
恋愛
若くして亡くなった日本人の主人公は、とある島の王女李・翠蘭《リ・スイラン》として転生した。第二の人生ではちゃんと結婚し、おばあちゃんになるまで生きる事を目標にしたが、父である国王陛下が縁談話が来ては娘に相応しくないと断り続け、気が付けば19歳まで独身となってしまった。
婚期を逃がしてしまう事を恐れた主人公は、他国から来ていた縁談話を成立させ嫁ぐ事に成功した。島のしきたりにより、初対面は結婚式となっているはずが、何故か以前おにぎりをあげた使節団の護衛が新郎として待ち受けていた!?
そして、嫁ぐ先の料理はあまりにも口に合わず、新郎の恋人まで現れる始末。
主人公は、嫁ぎ先で平和で充実した結婚生活を手に入れる事を決意する。
※他のサイトにも投稿しています。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる