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宝石の原石
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王都の一角に、王家の墓がある。歴代の王を始めとした王族が葬られ、墓守によって厳重に管理されている。
ディアナが危篤に陥ってから半年ほどたった日、ルベウスは腹心のジェミナイを伴って、墓地へとやって来ていた。
ルベウスは墓石をしばらく見つめ、そんな主の傍らで控えていたジェミナイは、ずっと顔が曇ったままだ。そんな時、一匹の黒猫がすぐ傍を走り去っていった。
大きな身体をした短毛の黒猫は、かつて王宮を出入りしていた黒猫と似ても似つかなかったが。
ルベウスは猫を目で追った後、ぽつりと呟いた。
「ディアナそっくりだな……」
「何でも重ね合わせないでください。最近では、黒毛に青の目の生き物を見ると、全てそうおっしゃるではありませんか」
主君の心はそうとう病んでいる、とジェミナイは心配になる。
「……分かっている」
ルベウスは小さく息を吐き、改めて墓石を見つめると、踵を返す。少し離れた場所で控えていた警護兵達が、一斉に頭を垂れた。
「王宮に戻るぞ」
「はい、陛下」
未だに慣れない敬称だったが、ルベウスは顔には出さず、ジェミナイが引いてきた馬に乗った。後に続いて、ジェミナイも自分の馬にまたがると、笑顔を向けた。
「さぁ、参りましょう。王妃様がお待ちですよ」
「あぁ」
この半年の間に、王国は大きく変わっていた。
長年国を統治していた王家は、末裔であるディアナが最後の王となり、途絶えることになった。
そこで、王家の血の流れも汲む名門の跡取りにして、ディアナの王配であったルベウスが王位を継ぎ、新たな王朝を開いていた。
彼の治世はまだ始まったばかりだったが、蓄えられていたサファイアを始めとした財を売り払い、一気に国庫を潤し、財政再建の足掛かりにした。無駄な出費は極力抑え、なおかつ重税で苦しんでいた民にも還元したことで、彼の評判は上々である。
しかし、傲慢な貴族達に対しては、ディアナには無かった冷徹さを垣間見せる時もあり、彼女の方がまだ優しかったと言われるほどだ。
そんな彼は、王に即位して間もなく、王妃を迎えていた。
王宮に着くと、ルベウスはまっすぐに中庭へと向かった。庭先のベンチに座っている愛する妃の姿を見つけると、ジェミナイら警護の者達を下がらせる。彼女の傍にいた侍女たちもまた、気を利かせて離れて行った。
「ただいま。元気にしていたか?」
「まだ出かけて行って、数時間じゃないの」
苦笑する彼女に、ルベウスは「心配なんだ」と言いながら隣に座った。
「無事に墓参りをしてきたぞ。墓石も立派なものだった」
「……自分で自分の墓を見にいくなんて、縁起でもないわ」
彼女は呆れ顔だが、ルベウスは上機嫌である。
王家の墓には、ディアナの墓があった。生前彼女が用意させたもので、墓石まで用意されていた。死んだら自分も一緒に入りたいと彼女に言ったら、『だめ。貴方は私より長生きして』と嫌がられてしまった。ならばと、隣に自分の墓を作らせた。同行したジェミナイも、早死にしたらどうするのだと渋い顔だったが、ルベウスはそれよりも彼女の隣を確保する方が大事である。
「ずっと傍にいると誓ったからな」
そう告げて、ルベウスは愛する正妃に――――ディアナに微笑みかけた。
彼女の表情は、かつて女王として政務にあたっていた頃とは比べ物にならないほど、穏やかだった。
自分が元の身体に戻った経緯を理解した後も、ディアナは一度死んだ身だから退位すると譲らなかった。ならばと、ルベウスは王位を継いだ。
そして、改めて彼女に求婚して、別の女性と再婚した方がいいのではないかと固辞する彼女に必死で拝み倒して、妻になってもらったのだ。
王者は尊敬だけでなく、敵意も抱かれる。
しかし、ルベウスは別に苦ではなかった。ディアナは王者としての責務の大きさをよく理解している女性だったから、悩みを共有し、いつも支えてくれたからだ。
今まで耐え忍んできた彼女に、激務を背負わせたくもない。
いつも、心穏やかに過ごしてほしい。好きな色の服を身に着け、食べたい物を口にして、気ままな時間を過ごす。一人の人間として当たり前の経験を重ねてほしい。
ルベウスはいつも心からそう思っている。
優しい眼差しを向ける良人を見返して、ディアナもまた表情を緩めた。
以前に比べて、人の目を気にしなくなったこともあり、ディアナは膨張色以外にも様々な色合いのドレスを着るようになっていた。左手の薬指には、改めて贈られたサファイアの嵌まった結婚指輪がおさまっている。
ただ、赤い色のものだけは、身につけなかった。
この世で最も美しい赤を、いつも見ているからだ。
彼女はぽつりと呟いた。
「そもそも、最初から一緒なのよね」
「なにがだ?」
「わたしたちよ」
不思議そうな彼の色を見つめ、ディアナは青い瞳を細めた。
――――ルビーとサファイアは、同じ鉱物からできているのよ。
【猫になった悪女・了 /お読みいただき、ありがとうございました!】
ディアナが危篤に陥ってから半年ほどたった日、ルベウスは腹心のジェミナイを伴って、墓地へとやって来ていた。
ルベウスは墓石をしばらく見つめ、そんな主の傍らで控えていたジェミナイは、ずっと顔が曇ったままだ。そんな時、一匹の黒猫がすぐ傍を走り去っていった。
大きな身体をした短毛の黒猫は、かつて王宮を出入りしていた黒猫と似ても似つかなかったが。
ルベウスは猫を目で追った後、ぽつりと呟いた。
「ディアナそっくりだな……」
「何でも重ね合わせないでください。最近では、黒毛に青の目の生き物を見ると、全てそうおっしゃるではありませんか」
主君の心はそうとう病んでいる、とジェミナイは心配になる。
「……分かっている」
ルベウスは小さく息を吐き、改めて墓石を見つめると、踵を返す。少し離れた場所で控えていた警護兵達が、一斉に頭を垂れた。
「王宮に戻るぞ」
「はい、陛下」
未だに慣れない敬称だったが、ルベウスは顔には出さず、ジェミナイが引いてきた馬に乗った。後に続いて、ジェミナイも自分の馬にまたがると、笑顔を向けた。
「さぁ、参りましょう。王妃様がお待ちですよ」
「あぁ」
この半年の間に、王国は大きく変わっていた。
長年国を統治していた王家は、末裔であるディアナが最後の王となり、途絶えることになった。
そこで、王家の血の流れも汲む名門の跡取りにして、ディアナの王配であったルベウスが王位を継ぎ、新たな王朝を開いていた。
彼の治世はまだ始まったばかりだったが、蓄えられていたサファイアを始めとした財を売り払い、一気に国庫を潤し、財政再建の足掛かりにした。無駄な出費は極力抑え、なおかつ重税で苦しんでいた民にも還元したことで、彼の評判は上々である。
しかし、傲慢な貴族達に対しては、ディアナには無かった冷徹さを垣間見せる時もあり、彼女の方がまだ優しかったと言われるほどだ。
そんな彼は、王に即位して間もなく、王妃を迎えていた。
王宮に着くと、ルベウスはまっすぐに中庭へと向かった。庭先のベンチに座っている愛する妃の姿を見つけると、ジェミナイら警護の者達を下がらせる。彼女の傍にいた侍女たちもまた、気を利かせて離れて行った。
「ただいま。元気にしていたか?」
「まだ出かけて行って、数時間じゃないの」
苦笑する彼女に、ルベウスは「心配なんだ」と言いながら隣に座った。
「無事に墓参りをしてきたぞ。墓石も立派なものだった」
「……自分で自分の墓を見にいくなんて、縁起でもないわ」
彼女は呆れ顔だが、ルベウスは上機嫌である。
王家の墓には、ディアナの墓があった。生前彼女が用意させたもので、墓石まで用意されていた。死んだら自分も一緒に入りたいと彼女に言ったら、『だめ。貴方は私より長生きして』と嫌がられてしまった。ならばと、隣に自分の墓を作らせた。同行したジェミナイも、早死にしたらどうするのだと渋い顔だったが、ルベウスはそれよりも彼女の隣を確保する方が大事である。
「ずっと傍にいると誓ったからな」
そう告げて、ルベウスは愛する正妃に――――ディアナに微笑みかけた。
彼女の表情は、かつて女王として政務にあたっていた頃とは比べ物にならないほど、穏やかだった。
自分が元の身体に戻った経緯を理解した後も、ディアナは一度死んだ身だから退位すると譲らなかった。ならばと、ルベウスは王位を継いだ。
そして、改めて彼女に求婚して、別の女性と再婚した方がいいのではないかと固辞する彼女に必死で拝み倒して、妻になってもらったのだ。
王者は尊敬だけでなく、敵意も抱かれる。
しかし、ルベウスは別に苦ではなかった。ディアナは王者としての責務の大きさをよく理解している女性だったから、悩みを共有し、いつも支えてくれたからだ。
今まで耐え忍んできた彼女に、激務を背負わせたくもない。
いつも、心穏やかに過ごしてほしい。好きな色の服を身に着け、食べたい物を口にして、気ままな時間を過ごす。一人の人間として当たり前の経験を重ねてほしい。
ルベウスはいつも心からそう思っている。
優しい眼差しを向ける良人を見返して、ディアナもまた表情を緩めた。
以前に比べて、人の目を気にしなくなったこともあり、ディアナは膨張色以外にも様々な色合いのドレスを着るようになっていた。左手の薬指には、改めて贈られたサファイアの嵌まった結婚指輪がおさまっている。
ただ、赤い色のものだけは、身につけなかった。
この世で最も美しい赤を、いつも見ているからだ。
彼女はぽつりと呟いた。
「そもそも、最初から一緒なのよね」
「なにがだ?」
「わたしたちよ」
不思議そうな彼の色を見つめ、ディアナは青い瞳を細めた。
――――ルビーとサファイアは、同じ鉱物からできているのよ。
【猫になった悪女・了 /お読みいただき、ありがとうございました!】
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