虚弱な公爵夫人は夫の過保護から逃れたい

黒猫子猫

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6.その結果

 その日から、レグルスの帰宅時間が少しずつ早くなった。ミアと朝食を一緒に食べ、夕食の時間に間に合うように帰ってくる日も多くなった。
 レグルスが同席し、ミアに料理を率先して進めるため、料理人達も口を挟まなくなった。主人に言われるままミアに料理を提供し、彼女も喜んで食べまくった結果――。

「太ったわ⋯⋯!」

 レグルスを送り出し、侍女達の手を借りて、私室で新しいドレスに身を包んだミアは、一人になると頭を抱えた。実家から持って来たドレスがどれもきつくなり、新調せざるを得なくなった。レグルスは「全部買い替えていい」と言ってくれたが、ミアは素直に受け取れない。

 働かざるもの、食うべからずというではないか。

 自分でも少し食べ過ぎではないかと、ちょっと反省し始めていた頃だった。痩せなければと幼い頃同様に室内を動き回ったが、運動量としてはたかが知れている。

 レグルス不在の昼食でも、やはりたっぷりと食べてしまったミアは、午後に町へ散策に出た。さかんに馬車を進めてきた使用人達の好意を断り、供の者を連れて歩く。ひたすら、歩く。

 街並みを楽しんでいる振りをしながら、頭の中はこれでどれくらいエネルギーを消費したか、で一杯である。そして、いかんせん、過保護に慣らされた身体は、圧倒的運動不足だ。

 王都で一番大きな公園に辿り着く頃には、ミアの息は上がっていた。彼女をベンチに座らせて、随伴してきた人々は後ろに下がったが、そこに日傘をさしながら優雅な足取りでやってきた一人の令嬢がいた。彼女は大勢の供の者を連れており、背も高く、堂々とした振る舞いは圧巻である。これぞ、良家のお嬢様と体現しているような女性だ。

 両親の供をして社交場に顔を出したこともあるミアは、彼女を見たことがあった。名前はうろ覚えだが、生家と同じ家格の令嬢であるというのは確かだ。年もミアと大して変わらないだろう。

 ただ、額に汗を滲ませて荒い息を吐くミアに対し、彼女はいっそ優雅なものである。

「あら、これはミア様。ごきげんよう」

 と、丁寧な挨拶をしてきたが、ミアは言葉の端々に棘を感じる。困惑しながらも挨拶を返し、雑談に応じるも、なぜか全てレグルスのことを持ち出された。

 今日は素敵なお召し物ですね、と褒められて、新調したと答えれば、すぐにレグルス様に買って頂いたのかしら、と続く。

 そんな事を延々と繰り返されていれば、ミアでも彼女の敵意がなにか、理解できるというものだ。

 レグルスは見目麗しい貴公子である。女性に対して優しく、普段は温厚だ。だから、数多の令嬢達から秋波を送られていたに違いなかった。たぶん、本人の頭の中は仕事で一杯だろうが。

 そんな事をのんびりと考えていたミアをみて、彼女は妻の余裕と受け取った。

 頬を薄っすらと赤く染め、ミアを鋭い目つきで睨みつける。

「あら⋯⋯ずいぶんと落ち着いていらっしゃること。聞くところによると、ミア様は身体が弱くて、結婚式でも倒れそうなほどだったそうですね」
「え、えぇ⋯⋯まぁ」

 ぎっくり腰に長丁場の結婚式は辛いものがある、とは言えない。

 ミアが曖昧に笑ってごまかしにかかると、彼女は冷笑した。

「レグルス様もさぞかし、ミア様を心配なさっているのでしょうね。婚前と変わらず、熱心にお仕事をされているなんて噂も聞きましたけれど、そんなはずありませんわよね!」

 周囲に聞こえそうなほどの大声を上げた彼女に、ミアや供の者達もさすがに眉をひそめる。ミアは疲れた体に鞭打って、ベンチから立ち上がった――が、哀しいかな、小さな体は簡単に見下ろされる。

「何をおっしゃりたいのかしら。はっきり言ってください」
「あら、よろしいの?」

「もちろんです」
「そう。では言わせていただくわ――」

 彼女は挑発的な笑みを浮かべ、虚弱と噂の侯爵夫人ミアを真っ向から見返した。睨み合う二人の令嬢は、もう周囲の様子など目に入らない。双方の供の者たちが、ほぼ同時に青い顔をして、慌てて控えたのも気づかない。

 無表情のまま二人の元に向かってくるレグルスは、静かに、怒っていた。
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