王子様は恋愛対象外とさせていただきます【改稿中】

黒猫子猫

文字の大きさ
1 / 26

1.姉と弟

しおりを挟む
 長閑な春の日差しのもと、ロワ伯爵家の悪夢は始まった。

 屋敷の正門に馬車が止まり、扉が開いて一人の若者が降り立つと、大きな歓声があがる。
 ある者は頬を紅潮させ、またある者は涙ぐむ。

 恋する乙女のような反応をしたのは、伯爵家の親戚筋にあたる、いい年をした男たちばかりだ。
 彼らの視線を一身に浴びたのは、人目を確実に引くであろう長身の人である。整った顔だちに、背筋はぴんと伸び、見知らぬ大勢の中年男に囲まれても、眉一つ動かさない。

 堂々とした振る舞いは、彼らの興奮をさらに煽った。

「おぉお……何と見目麗しい青年か! 凛々しいではないか。賢そうではないか! これは令嬢たちが放っておくまい!」
「将来が楽しみだ。伯爵家も安泰だぞ! いやぁ、よかった……っ!」

 大陸の雄と言われるラヴール王国は、肥沃な土地と豊かな漁場に恵まれ、交易も盛んな大国だ。そのラヴール王国において、ロワ伯爵家は建国来続く名門である。
 王家から王女が当主の正妻として降嫁した例もあり、現王家の流れも汲んでいた。
 上級貴族の中でも特に際立つ実力者である五つの伯爵家を指して『五大家』と呼ばれたが、当然のようにその中に入っている。

 伝統と格式あるロワ伯爵家の当主には正妻が産んだ息子が一人いた。しかし、放蕩三昧の末に争い事に巻き込まれ、呆気なく死んでしまった。いくら素行の悪い男でも、伯爵家には大切な跡取りである。 
 特に母親であった正妻の嘆きは大きく実家に帰ってしまったが、伯爵家の受難はそれだけでは済まなかった。

 跡継ぎの死から一カ月も経たない内に、今度は伯爵当人が急死してしまったのだ。

 ロワ伯爵家は、当主一家をいっぺんに失った。

 そこで伯爵家に連なる親戚筋の人々は、伯爵が正妻に遠慮して遠ざけておいた二人の庶子を、王都に呼び寄せることにした。ラヴール王国では男子の継承が優先される。正妻であろうと妾の子であろうと、男子でありさえすればいい。しかも幸いなことに、庶子のうち一人は男子だった。

 名はリュンクス。正式に爵位が継げるのは成人した二〇才になってからだったが、そのときまで一年を切っている。しかも、彼には三つ年上の姉がいて、彼女は成人していた。
 伯爵家の当主が不在のままでは困るから、まず姉を代理にたて、その後で弟に継いでもらえば、すべてが丸く収まるに違いない。

 まさに素晴らしい名案のように思われた。

 リュンクスは田舎で優れた剣の指南役に巡り合ったとかで、彼に鍛えられて剣技も秀逸であり、智慧者であるという噂もあった。半信半疑だった親戚の者たちは出迎えて早々に、噂は事実だったと感激したのだ。

「使い込んだ剣を穿いておるな。よいことだ! ロワ家を率いる者は、かくあらねば!」
「早速、縁談をもちこみたくなるのう!」

 彼らは大満足でこう評した。

 騎乗して馬車の後ろから付いて来ていたリュンクスは、馬から降りて彼らの元に歩み寄りながらも、笑いを堪えなければならなかった。

 なにしろ、彼らが惚れ惚れとした顔で見て絶賛していたのは、姉であるルイーズだったからだ。

 田舎でもずっと男装をしていたせいで、男と間違えられるのも日常茶飯事であったルイーズは、弟と思い込まれた点に関しては全く怒りを覚えなかった。

 ただ、冷ややかな目で親戚の者たちを見返し、
「弟は貴方たちの道具ではありませんよ」
 と一蹴した。

 度肝を抜かれた彼らは、ルイーズの傍にやって来たリュンクスを見比べ、全員揃って真っ白になった。

 血の気が引く、とはこの事である。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...