冷徹皇弟と織姫は、愛してると言えない

黒猫子猫

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4.お家に帰して

 フィオナは政略結婚の前にルティアスと出会っていたが、彼と直接言葉を交わせたのは、結婚式の当日が初めてだった。

 敵対してきた両界の政略結婚とあって、当時のフィオナは緊張しつつも、自分の夫となる男性に思いを馳せて、道中色々と想像を膨らませていたものだった。

 だが、間近で互いにその姿を見て、更に強く惹かれ魅せられたのはフィオナだけだ。

 ルティアスは自分を見て酷く強張った顔をしたし、両家の挨拶の口上が終わり、結婚式の会場へ赴く時には溜息を吐いていた。周囲の者達は気付かなかったが、フィオナは隣にいたので、はっきりと聞こえてしまったのだ。

 当時は理由を考える余裕もなかったが、今はもう分かっている。

 結婚当初は、順調であることを内外に知らせるための偽りの蜜月だったのだ。

 両界を繋ぐ政略婚を早々に失敗させるわけにもいかなかったのだろう。三年半を経て夫婦という形が定着してきた今では、彼が後宮を訪れる日もぐっと減って疎遠だ。

 むろん、関係の悪化は、東帝の耳にも入っているはずだ。温厚な東帝は心を痛めているだろうと申し訳なく重いながら、フィオナは何度か東帝にも離縁の申し出をしていた。しかし、三年間は結婚している約束だからと宥められ、三年を過ぎたら今度は話を逸らされている。

 東帝としては、政略結婚により両界の平和は保たれているから、継続させておきたいというのが本音だろう。フィオナは末っ子とはいえ、西帝の娘を手元に置いておけば再び戦になったとき人質にもなるし、母帝はそれを最も心配していた。のらりくらりと逃げる姿は、狡猾な為政者の顔でもあった。

 フィオナが食い下がっても、『弟が承諾してからだ』と言われてしまう。そのルティアスは、先日も門前払いだ。あの冷淡な態度は、およそ一目惚れをした相手にするものではないだろう。

 意を決して、フィオナは改めて離縁の話を切り出そうとしたが……。

「今日、貴女を呼んだのは、他でもない。頼んだものが織れたか聞きたくてね」

 フィオナはうっと言葉に詰まった。一番恐れていた話を言われてしまったからだ。

「それが、まだ半ば程で……」

 機織りはフィオナが幼少期から嗜んでいることだ。故郷の天西界にいた頃も、家族から織ってほしいと頼まれることもよくあり、天東界でも快諾してきた。

 ルティアスに嫁いでからも、フィオナ専用の機織りの部屋が用意されていた。

 機織りの道具を初めとして、世界各地から集められた糸が置かれ、その部屋だけは宮の人々の立ち入りは遠慮してもらっている。掃除などで配置を動かされてしまうと、作業のときに分からなくなってしまうからだ。

 フィオナが機織り部屋に籠もる時はいつも一人で、侍女達は外で控えている。しかし、フィオナが作業に熱中し過ぎて寝食を忘れてしまうこともあるので、声をかけられることも度々だ。

 東帝から皇妃と皇太后のショールを仕立てさせたいから織って欲しいと頼まれて、たくさんの糸を受け取ったのは、一カ月ほど前だった。ゆっくりとやっても三日ほどで出来るので、催促されてもおかしくはない。

 しどろもどろのフィオナに、東帝は不思議そうにした。

「貴女が機織りに手間取るとは珍しい」
「申し訳ありません」

 理由が理由だけに、フィオナは返答に窮する。すると、東帝は苦笑した。

「まぁ、仕方がない。噂は聞いているよ」
「噂?」

 まさか。あれは誰にも知られていないはずだ。
 知られてはいけないと、細心の注意を払ってきた。

 冷や汗を滲ませたが、東帝は動揺するフィオナに気づいていないのか、嬉しそうに言った。

「ルティアスは、ますます貴女に夢中だそうだね」
「……そうでしょうか」

 噂や勘違いというのは恐ろしい。あることないことでっち上げられる。

 一日に一度ならまだいいほうで、下手をしたら半月も顔を見せない夫が、どうして自分に夢中なのか、フィオナにはさっぱり理解できなかった。

 だが、自分への彼の思慕について、東帝に否定しても無駄なことも経験済みだ。政略結婚を続けさせたい彼にしてみると、その持論を押し通したいようだった。

 曖昧に笑うしかないフィオナに対し、東帝はやはり上機嫌だ。

「いいことだよ。私は貴女達の子供が待ち遠しい。西帝も同じだろう」

 それは、フィオナにとって強烈な一言だ。

 ――母様……。

 郷里を想い、心が震える。
 もう少しで、きっと母や四人の姉達の元に帰れる。その手段も手に入れた。
 天西界に戻ったら、離縁したいと母帝に告げよう。

 ルティアスとて元々疎遠な妻が離れただけだ。彼の面子を潰してしまうのではと考えると躊躇いを覚えるが、必死で離縁を求めても、里帰りさせてほしいと願っても、聞く耳をもってくれなかった彼だって少しは悪いと思う。

 だが、強硬手段に出る前に、せめて東帝から許しが得られないだろうか、とフィオナは縋る思いで言った。

「私は天東界に嫁いで三年と半年が経ちます」
「あぁ、まぁ三年……ちょっとになるかな」

 ちょっと、がものすごく小声になった東帝に、フィオナは身を乗り出す勢いで続けた。

「皆様によくして頂いて、とてもありがたいと思っています!」
「貴女が心穏やかに過ごせているようで何よりだ。ところで――」

 夫のお陰で若干心は荒んでいるが、それは東帝には関係ない。旗色が悪いと勘づいて話題を変えようとしてきた彼に微笑んだ。

「ただ、時々郷里のことを思い出してしまうのです。母様や姉様方は健やかだろうかと」

「西帝とは昨年も宴の席で会ったけど、あの方はいつ会っても凄まじ……凄い女性だ。貴女の姉君達のことも話していたよ。一番上の姉は、この間桃園を荒らして皆を悩ませていた妖魔を退治したそうだね。二番目の姉は十五人目の求婚者を叩きのめしたとか。三番目の姉は――」

 姉達の武勇伝を聞き終えたフィオナは、嬉しくなった。

「相変わらずですわ、よかった」
「末姫の貴女は、真逆で清楚だな」

「私は……あまり大人しいほうではありません」
「ん? 貴女が宮殿を破壊したり、男を半殺しにしたりした話は聞かないぞ?」

「それはそうですが……」

 母帝の教育方針は、自分の身は自分で守れ、だ。

 姉達は幼い頃から武芸に励み、フィオナも例外ではなかった。姉達に厳しく鍛えられていたし、身体に生傷も絶えなかった。鋏で指を切ったり、転んだりした程度で大騒ぎをする人々に戸惑ってしまうのは、育った環境も影響している。

 フィオナは自分へ話題が移っていく前にと、先手を打った。

「陛下、お話を聞けてとても嬉しいのですが、そう言えば母上様や姉様にもう随分と会っておりません」
「寂しいんだね?」
「はい!」

 帰してくれるかもしれない、と期待をこめて見返したが。

「それはいけない、ルティアスに貴女の元をもっと訪れるように言っておこう!」

 違う、そうじゃない。故郷おうちに帰してほしいのだ。そのまま離縁したいのだ。

 フィオナは必死で方向修正を図ろうとしたものの、
「ルティアスは明日から三日程、遠出をする予定だったな。出立前に寄らせるからね」
 と、東帝は言った後、別の話題へとすぐに変えた。

 フィオナは、もう何も言えなかった。
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