稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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邂逅_かいこう__

名づけ

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何の因果か、自分は、自分にとり憑く幽霊を覚醒させてしまったらしい。
しかもその幽霊は、小さな小さな、か弱い女の子だった。

ただそれだけのことなんだ。
大騒ぎするほどのことでもないじゃないか。

そう考えることにしよう。
いつまでこの状況が続くかは予測不可能だ。
今日明日には解決しそうにもないなら、悲観したって無駄なんだ。

蒼音は前向きに対処していこうと心に決めた。

となると・・・
この子の名前を決めなくてはいけない。
君とかあの・・・では不便このうえないからだ。
蒼音は頭をひねった。

「君、名前がないんだよね?」

『・・・う~ん、あった気もするけど覚えてない』

「その格好から何かヒントはない?
赤い着物?
肌着?っていうのかな、どうして着物を着ているんだろう?
何か想い出せないかな?」

『・・・そう・・赤い着物・・・・

赤・・・・・・あか・・・・・・・・
・・・・・かね・・・・・

あかね・・・・・』

「あかね?それが君の名前なの?」

『わかんない、なんとなく思いついただけ。
でもあたち赤い色が好き。
夕焼け小焼けが好き。
今なんとなくひらめいたの』

「じゃあそうしよう!
うんいいね。
茜。君の名前はあかねにしよう!
イメージに合ってるよ!っていうかぴったりだよ。

ね、いい名前でしょ。
君のことは今から茜って呼ぶよ。
名前があった方が便利だし親近感もわくしね。
それに・・・なんとなく怖くなくなるし・・・・はは」

『うん!いい!茜がいい!

あたち気にいった。すてきな名前!
蒼音ありがとう!
名前くれるなんて、とってもうれちいよ!』

茜のはしゃぎようったらなかった。
そんな茜を見て、蒼音の心はほんわりと温かくなった。

なんというのだろうか?
拾った猫に名前をつけた・・・・とでもいうような、ある種の保護本能さえ湧いていた。
おかしなものである。

転校初日・・・
という例外さ故か、さっき出逢ったばかりの背後霊に、そこまでの親近感を覚えるなど、蒼音こそ余程孤独に飢えていたのであろうか?
それは本人にさえ自覚できていなかった。

「おーい蒼音ご飯出来たぞー」

父の翔が二階まで蒼音を呼びに来くる声が響いた。

「おい蒼音ご飯だぞ。
ん?

朗読の練習でもしてたのか?
おまえの独り言が聞こえたような気がしたけど・・・・」

父は蒼音の部屋に入るなり辺りを見回した。
が、別段不審には感じていなかったようである。

「お父さん、今晩は早かったんだね。
本社勤務は慣れた?」

「そうだな、ようやく腰を落ち着ける場所が見つかった・・・・
という感じかな。

これから色々開拓していくつもりだよ。
蒼音おまえの方こそどうだ?
学校で自分の居場所は見つけられそうか?ん?
何か困ったことがあったらすぐに相談するんだぞ。な」

「うん、そうするよ。
困ったことがあったらね」

蒼音は父に言葉を合わせた。
本当はたった今この時こそ困っている、とは言い出せなかった。

「そうか、うん・・・
それより早く下に降りて来い。餃子焼けてるぞ」
父は茜の気配に気づきもせず、そのまま下に降りていった。




『今の人・・・・蒼音のお父しゃん?』


「うん、やっぱりお父さんにも茜の姿は視えてなかったようだね。
僕以外の人には視えないのかもね。

本当うちの家族って、僕も今までそうだったけど、悲しいくらいにスピリチュアルとは無縁なんだよな」

『でも・・・
蒼音のお母しゃん、お父しゃんとっても優ちそう・・・・』

茜はぽつりと呟いた。

「そうかな?
ごくごく普通の親だけどね。
毎晩のビールが楽しみな、お気楽な夫婦だよ。
それより・・・茜。

食事中、僕の隣にいてもいいけど、絶対に話かけないでよ。
僕が答えちゃうと変に思われるから。

どうやら、君の姿は今のところ、僕と小町だけにしか視えていないようだしね」

(そうさ、いい解決方法がみつかるまで、この僕さえ我慢してうまく振る舞えば、何の問題もないんだ)
蒼音は腹をくくった。
この際、座敷童子でも河童でもなんでも来い!
という頼もしい気構えだった。

『大丈夫、あたちだまって見守っている、蒼音達のこと』

「よかった~。
・・・・・・ところで、幽霊って毎日ご飯を食べるの?」

『ううん、心配いらない。
食べなくても平気。
でも、後であの煎餅が食べたい。おいちかったもん』

「あは、うんいいよ。
煎餅くらいいつでもあげるから安心して」


蒼音はひとまず胸をなで下ろした。
このうえ茜の食いブチまで確保する羽目になっていたら・・・
それこそ、とんでもない重荷を背負い込むところであった、と冷や汗を垂らしながら安堵していた。
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