稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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サンクチュアリ

火花

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『蒼音大丈夫か?歩けるか?』

蒼音は、茜音の呼びかけにも無反応だった。


へそを曲げているのだ。
話題から遠ざかりたかった・・・
という気持ちもあったけど、蒼音の脚力が、普段剣道の稽古に励んでいるあの二人よりも、劣っていることにショックを受けていたのだ。

琴音がすぐに気がついてくれて、歩幅を狭めながら距離を縮めてくれた。

「園田君、大丈夫?
三人揃って歩かなきゃはぐれちゃうよ。
休憩しようか。少しお茶でも飲む?」

女子らしく気遣ってくれたことはありがたかったが、蒼音は男の沽券を傷つけられたようで少し恥ずかしかった。
まだ登り始めて間もないのに、女の子にいたわってもらうなんて・・・・

思わず、むきになって涼介の方を向いて言った。

「これくらい大丈夫だよ。
それより早く歩こう。僕達の班は最後に出発したんだ、着くのが遅くなっちゃうよ。
さ、菅沼君、もうちょっとペースをあげて歩こう」

「じゃ・・・じゃあ遠慮なくペースあげっからな。
弱音吐くなよ」

「勿論だよ。遠慮なんかいらないよ!
頼んだよ」
交わす言葉こそ少なかったが、二人はまるで喧嘩をしているようだった。
二人の間に見えない火花が飛び散っていた。

「ちょ・・・
ちょっと~なんか雰囲気悪くない二人とも。
せっかくの遠足なんだし、もうちょっと仲良く楽しく登ろうよ。
先生だって競争じゃないって言ってたでしょ。
ね?」
少しでも二人の仲を取り持とうと、琴音は琴音で気を配っていたのだ。


「あ、そうだ!しりとりしながら歩こうよ。
黙って登るより気が楽だよ。ね?
そうしようそうしよう。
じゃ、あたしからね。


えーと・・・・じゃあドングリ!はい、園田君次!」

「え?僕・・・・

えっと・・・・じゃあ、リリリ・・・・・

リクガメ!」

「はっ?陸亀って?なんだそれ。
しょっぱなからすげえマイナーなしりとりだな」
涼介は鼻でせせら笑った。


「いいじゃないなんでも、そういうこと言わないの!
ほらっ次涼介の番。メだよ」

「メダカ」

「カタツムリ」

「えっ・・・僕またリ!・・・・
えーと・・・・・・
リンパ!」

「んだよ、リンパってリンパ腺のリンパかよ。
パ・・・かよ。

えっとじゃあ・・・・パンナコッタ」

「ははは涼介だってパンナコッタって・・・・!
狙いすぎ!さすが自称スイーツ男子ね。

あはは!じゃああたしね。タマゴヤキ!」

「っと・・・キキキ・・・・・キナコ」

「きな粉か・・・普通だな。
じゃあ、コンデスミルク」

「コンデンスミルク?
ああ、練乳のことね。
絶対狙ってるでしょ涼介。

それじゃあたしも・・・・

クマノモウデ!」

「あ、僕それ知ってる。

和歌山県にある熊野でしょ?
熊野詣でって、そこに参拝するって意味だよね?

確か世界遺産の熊野古道がパワースポットなんだよね」

「えー!すごい園田君、知ってるんだ。
あたし親戚が和歌山にいるから知ってたんだよ。

それにほら・・・・

あたしそういう聖地とかパワースポットとかに興味あるから・・・えへ」

「うん、僕は和歌山県には行ったことないけど、おばあちゃんが兵庫県に住んでいるから。
同じ近畿地方だし、なんとなく知ってるだけだよ」

小さな話題だけれど、琴音との共通項がまたみつかって蒼音は喜びをあらわにした。

「っんだよそれ、クマノモウデって・・・・

ふんっ、なんのことか知らないけど、次園田君だから・・・・

デ・・・だよ」


涼介は二人の共通の会話が面白くはなかったが、何食わぬ顔でしりとりを続行させた。


「うん僕ね。
そうだな・・・デ・・・・うーん・・・

デ?

思いつかないな・・・・」







その時、首をかしげ苦悶する蒼音をよそに・・・
三人がいる空間に、三人以外の声が響いた。



『デカメロン』

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