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朱夏
メモリアル
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「そういえば、最近の蒼音、どこか感じが変わった気がしないか?」
その夜・・・
残業から帰宅した蒼音の父は、夕飯を食べながら妻に問いかけた
。
ちなみに今夜のおかずは、冷たいビールに熱い湯豆腐。
園田家は夏でも湯豆腐が登場するのだ。
テーブルの上に置かれた土鍋の中から、湯気がもうもうと上がっていた。
「言われてみればそうかも。
表情が明るくなったし、登山遠足の事件からこっち、殻を破ったっていうか、前向きになった気がするよね」
蒼音と先に夕食を済ませた母は、ビール片手に柿の種をつまんでいた。
「そっか、思春期にむけて少しずつ成長してるんだな。
我が家は一人っ子だから、親としてはちょっとだけ寂しいな。
それより蒼音は?お風呂?」
父は子供の成長を想い、しんみりと感じ入った。
「あ、うん今お風呂入ってる。
成長か・・・
そうやね、友達もできたようやし、ちょっと安心やね。
今週から夏休みが始まるから心配やったけど。
私らが平日仕事の間、あの子一人で留守番やろ?
でも友達が出来たなら、遊び相手もおるし安心やわ」
「そうだね、うんそれなら安心だ。
・・・それより梢、話は変わるけど。
前に言ってたあのこと・・・
蒼音が十歳になったら話すつもりだって言ってたけど、決心ついたのか?
僕は梢の考えを尊重するよ。
こういうと任せっきりに聞こえるかもしれないけど、梢がいいと思えたなら、そう思えた時に蒼音に話してやるのが一番だよ」
「うん、ありがと。
私ばっかり悲観的でごめんね。
悲しい想いをしたのは私だけやないのに、翔にそう言うてもらえると救われるわ」
蒼音が入浴中、両親は二人だけの秘密の会話をしていた。
同じリビングの一角で、猫の小町が眠っている。
両親には視えぬが、そのかたわらに、蒼音がお風呂から出てくるのを待ちながら、茜音も一緒になって小町に寄り添っていた。
「明日、あの子の・・・・
茜音の月命日やね」
母はビールを飲みながらぽつりと呟いた。
「ああそうだね。
毎月一八日は、茜音の月命日だね。
今月は何を供えてあげるかな?」
父もグラスに注がれたビールを飲み干して答えた。
月命日とは、故人の死んだ日に当たる、同月の日のことだ。
「先月は、たい焼きやったから、今月はプリン買うてあるよ。
蒼音もプリン好きやから、茜音だって好きやったはず。
あとで、家族みんなで食べあえるしね」
両親の何気ない会話。
内容は、言葉が足りず少し難しかったが“茜音”と発せられた声は、リビングでうたた寝をしていた茜音の耳にも届いていた。
会話の意味は飲み込めなかった。
両親の過去や、その真意は読み取れなかった。
それでも、小さな茜音にも、何かしら感じるところがあったのだろう。
茜音はふわふわ浮遊しながら、両親のすぐ傍に近づいた。
《あたちもプリン大好きだよ》
茜音はプリンの分け前ほしさに、無駄だと知りつつも声を出して訴えてみた。
無論、茜音の声が聞こえる人間は、蒼音に琴音、そして涼介の三人だけなのだから。
「ん?
梢、今何か言った?」
「へ?何にも?
翔こそ何か言った?」
二人は顔を見合わせた。
たった今、どこからともなく声が聞こえたような気がした。
聞こえたような気がしたが、少々お気楽な夫婦は、深く考えもせずビールのせいにした。
「ビールの飲み過ぎかな?
明日は休肝日にしよっか。
幻聴が聞こえるなんて飲みすぎやね私ら」
「そうだね。
熱い湯豆腐を汗を流しながら食べてると、つい飲みすぎるね」
二人は笑ってごまかした。
「ああそうそう、ゆっくり飲んでる場合やないわ。
蒼音に頼まれてたんや。
夜食におむすび握ってねって。
今夜は、明日の漢字テストの勉強するらしいわ」
思い出したように椅子から立ち上がると、母は海苔と具材を用意しはじめた。
「へえ、勉強ね。
勉強も頑張るようになったのかあの蒼音がね。
クラスの誰かに影響でも受けたのかな。
何にしてもいい傾向だね」
「おかーさーん、バスタオルがもうないよー」
丁度、風呂場から蒼音の呼ぶ声が飛んできた。
「あ、忘れてた!まだ畳んでなかったわ。
ごめんごめんー蒼音、今渡すから待ってー
あーもう忙しい!」
先ほどの神妙さを微塵も残さず、何事もなかったように、母はいつもの日常生活に溶け込んでいった。
早々に入浴を終え着替えも済ませた蒼音は、母が用意してくれた夜食のおむすびを持って階段を上がった。
「お母さん、僕これから部屋で明日のテスト勉強するから、絶対邪魔しにこないでよ」
「はいはい頑張ってくださいよ」
勉強中の部屋に立ち入られぬように、両親に釘を刺した蒼音は、安心して部屋にこもることができた。
部屋には茜音と小町もついてあがってきた。
「ニャーン・・・」
「なんだ小町も一緒に来たのか。
おまえと茜音は本当に仲がいいよな」
蒼音は快く、茜音についてきた小町も一緒に部屋に入れてあげた。
勿論、テスト勉強をするというのは、夜食のおむすびを握ってもらう口実だ。
本当のところ明日テストなんかないのだ。
部屋に入ると、おむすびの皿を小さな折りたたみテーブルの上に置いた。
そこでようやく、先ほどから待ちかねていた茜音と話しをすることができた。
両親の前で、二人が会話することは御法度だった。
その夜・・・
残業から帰宅した蒼音の父は、夕飯を食べながら妻に問いかけた
。
ちなみに今夜のおかずは、冷たいビールに熱い湯豆腐。
園田家は夏でも湯豆腐が登場するのだ。
テーブルの上に置かれた土鍋の中から、湯気がもうもうと上がっていた。
「言われてみればそうかも。
表情が明るくなったし、登山遠足の事件からこっち、殻を破ったっていうか、前向きになった気がするよね」
蒼音と先に夕食を済ませた母は、ビール片手に柿の種をつまんでいた。
「そっか、思春期にむけて少しずつ成長してるんだな。
我が家は一人っ子だから、親としてはちょっとだけ寂しいな。
それより蒼音は?お風呂?」
父は子供の成長を想い、しんみりと感じ入った。
「あ、うん今お風呂入ってる。
成長か・・・
そうやね、友達もできたようやし、ちょっと安心やね。
今週から夏休みが始まるから心配やったけど。
私らが平日仕事の間、あの子一人で留守番やろ?
でも友達が出来たなら、遊び相手もおるし安心やわ」
「そうだね、うんそれなら安心だ。
・・・それより梢、話は変わるけど。
前に言ってたあのこと・・・
蒼音が十歳になったら話すつもりだって言ってたけど、決心ついたのか?
僕は梢の考えを尊重するよ。
こういうと任せっきりに聞こえるかもしれないけど、梢がいいと思えたなら、そう思えた時に蒼音に話してやるのが一番だよ」
「うん、ありがと。
私ばっかり悲観的でごめんね。
悲しい想いをしたのは私だけやないのに、翔にそう言うてもらえると救われるわ」
蒼音が入浴中、両親は二人だけの秘密の会話をしていた。
同じリビングの一角で、猫の小町が眠っている。
両親には視えぬが、そのかたわらに、蒼音がお風呂から出てくるのを待ちながら、茜音も一緒になって小町に寄り添っていた。
「明日、あの子の・・・・
茜音の月命日やね」
母はビールを飲みながらぽつりと呟いた。
「ああそうだね。
毎月一八日は、茜音の月命日だね。
今月は何を供えてあげるかな?」
父もグラスに注がれたビールを飲み干して答えた。
月命日とは、故人の死んだ日に当たる、同月の日のことだ。
「先月は、たい焼きやったから、今月はプリン買うてあるよ。
蒼音もプリン好きやから、茜音だって好きやったはず。
あとで、家族みんなで食べあえるしね」
両親の何気ない会話。
内容は、言葉が足りず少し難しかったが“茜音”と発せられた声は、リビングでうたた寝をしていた茜音の耳にも届いていた。
会話の意味は飲み込めなかった。
両親の過去や、その真意は読み取れなかった。
それでも、小さな茜音にも、何かしら感じるところがあったのだろう。
茜音はふわふわ浮遊しながら、両親のすぐ傍に近づいた。
《あたちもプリン大好きだよ》
茜音はプリンの分け前ほしさに、無駄だと知りつつも声を出して訴えてみた。
無論、茜音の声が聞こえる人間は、蒼音に琴音、そして涼介の三人だけなのだから。
「ん?
梢、今何か言った?」
「へ?何にも?
翔こそ何か言った?」
二人は顔を見合わせた。
たった今、どこからともなく声が聞こえたような気がした。
聞こえたような気がしたが、少々お気楽な夫婦は、深く考えもせずビールのせいにした。
「ビールの飲み過ぎかな?
明日は休肝日にしよっか。
幻聴が聞こえるなんて飲みすぎやね私ら」
「そうだね。
熱い湯豆腐を汗を流しながら食べてると、つい飲みすぎるね」
二人は笑ってごまかした。
「ああそうそう、ゆっくり飲んでる場合やないわ。
蒼音に頼まれてたんや。
夜食におむすび握ってねって。
今夜は、明日の漢字テストの勉強するらしいわ」
思い出したように椅子から立ち上がると、母は海苔と具材を用意しはじめた。
「へえ、勉強ね。
勉強も頑張るようになったのかあの蒼音がね。
クラスの誰かに影響でも受けたのかな。
何にしてもいい傾向だね」
「おかーさーん、バスタオルがもうないよー」
丁度、風呂場から蒼音の呼ぶ声が飛んできた。
「あ、忘れてた!まだ畳んでなかったわ。
ごめんごめんー蒼音、今渡すから待ってー
あーもう忙しい!」
先ほどの神妙さを微塵も残さず、何事もなかったように、母はいつもの日常生活に溶け込んでいった。
早々に入浴を終え着替えも済ませた蒼音は、母が用意してくれた夜食のおむすびを持って階段を上がった。
「お母さん、僕これから部屋で明日のテスト勉強するから、絶対邪魔しにこないでよ」
「はいはい頑張ってくださいよ」
勉強中の部屋に立ち入られぬように、両親に釘を刺した蒼音は、安心して部屋にこもることができた。
部屋には茜音と小町もついてあがってきた。
「ニャーン・・・」
「なんだ小町も一緒に来たのか。
おまえと茜音は本当に仲がいいよな」
蒼音は快く、茜音についてきた小町も一緒に部屋に入れてあげた。
勿論、テスト勉強をするというのは、夜食のおむすびを握ってもらう口実だ。
本当のところ明日テストなんかないのだ。
部屋に入ると、おむすびの皿を小さな折りたたみテーブルの上に置いた。
そこでようやく、先ほどから待ちかねていた茜音と話しをすることができた。
両親の前で、二人が会話することは御法度だった。
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