辺境の娘 英雄の娘

リコピン

文字の大きさ
69 / 74
第三章(最終章)

9.(終)

9.

その日、北の辺境領に新しい命が産まれた。

子を産み落とす大仕事に、疲れとそれを上回る喜びを浮かべた母親が横たわるベッド。同じ寝台には、待ち望まれた小さな命が安らかな眠りについている。

「…ラギアス」

母親になったばかりの女が、こちらも父親になったばかりの男を呼ぶ。

「…」

長椅子に、崩れ落ちるように転がっていた巨体の男が、ノロノロと立ち上がった。ベッドの女へと近づくと、その頬を、慈しむようにそっと撫でた。

「…ヴィア、疲れてんだろ。さっさと寝ろ」

「大丈夫だ。気分は、むしろ高揚している」

夫の手に頬を寄せる女の目は、言葉通りの輝きを放っている。

「…ラギアス」

「ん?」

「あなたは、…私を愛しているのか?」

「当たり前だ。死にそうなくらい愛してる。だから、馬鹿みたいにこんなに狼狽えちまったんだろうが」

夫の狂騒を思い出したのか、女が笑った。

自身の妻が産気づいたとき、男は自分が付き添うのだと言い張ってきかず、寝室に居座り続けた。

手を握り励ますが、妻が痛みに苦悶の表情を浮かべる度に恐慌を来たし、結局、自身の母親と妻の親友の手によって部屋から叩き出される結果となった。

半日近く続いたお産に、男は、腹心の部下に呆れられ、気の置けない上司に―こういうこと込みで結婚したんじゃないの?の言葉と共に―大笑いされ、それでも部屋の前をウロウロと歩き回ることしか出来ず。

ようやく我が子を腕に抱いた時には、男は疲労困憊の有り様で。彼を部屋から追い出した女達をも、大いに呆れさせた。

そんな姿を見ていた女は、感じるものがあったのだろう、夫に尋ねたのだ。自分を愛しているのかと―

妻を見つめる男の目に決意が宿り、そっと妻の手をとる。

「…ヴィア。いつか、お前に言わなきゃなんねえと思って、結局、言わず終いだったけどよ。言っとかねえと、後悔しちまうかもしれねえって、さっきまでの時間で思い知ったから、今言う」

妻の手を握る手に、力がこもる。

「…俺は、初めてお前に会った時には、お前に惚れてた」

「…」

「けど、まあ、なんだ…最初にお前に相手にされなかったのが…っくそ!」

言いかけた言葉を飲んだ。

「つまり、嫌いだと思ったり、腹が立ったりしたことはしょっちゅうだったし、冤罪ふっかけた時は軽蔑しちまったこともあったけど、それでもお前を憎いと思ったことは一度もねえ」

言いにくい言葉を一気に言いきり、妻の顔をうかがうが、そこには不思議そうな表情が浮かぶだけで。

「…お前が誰かに傷つけられても嬉しかなかったし、死ねばいいなんてことも、思ったことは無かったんだよ」

「…そうなのか?『消えろ』とよく言われていた気がするが」

「っ!…悪かった。お前見ると、っくそ!いや、ひでえこと言ってお前を傷つけたのは俺だ。…本当に悪かった」

「…傷つく、か。そうだな、当時の話で言えば、あなた達の言葉を煩わしいと思いこそすれ、『傷つく』ということはなかったな」

妻のその言葉に、男が自嘲する。

「…そうか。いや、そうかもな。今考えりゃ、あの頃のお前は、見当違いなことばっかの俺たちのことなんざ、眼中になかったんだな。…それでも、俺がやったことはやったことだ。悪かった」

「…謝罪は受け取っておく。それに、」

「?」

「当時はどうあれ、今、あなたにそんな態度を取られれば、大いに傷つく」

「!?」

薄く口元に笑みをはける妻の言葉の意味を理解し、男の体から力が抜ける。

夫の表情に明るさが戻ったのを確認して、女が疑問を口にした。

「…ラギアス、気になったのだが」

「何だ?」

「あなたが私を好きだったと言うのなら、南方の討伐で再会した際、着任の挨拶の時のあなたの反応。あれは、私に性的興奮を覚えていた、ということか?」

「性っ!?って、お前!気づいてたのかよ!!」

「当時は、あなたに憎まれていると思っていたからな。その可能性は無いと判断したのだが」

「っそうだよ、悪かった!」

「いや、疑問に思っただけだ。では、訓練場で噛まれたのも同じ理由か?せい、」

「そうだよ!!っ!本当に悪かった!」

「いや、確認しただけだ。ウルフ種やドッグ種に噛まれることを考えれば、大した痛みでは無かった」

「…」

本当に納得したという風情で頷く妻に、男は複雑な思いで口をつぐむ。

「あの時は、ラギアスの狙いがわからずに判断が遅れてしまったが。では、もっと早い段顔で止めておけば良かったな」

「…」

「フランにもいらぬ心配をかけてしまった」

「…何であいつが心配すんだよ。『問題ある女』じゃねえのか…?」

思いがけない人物の名に、男が口を開いた。

「まあ、確かに異性関係には問題があるが。あれで、ヘスタトル様の直属の部下だ。ラギアスに声をかけたのも、半分くらいは事実確認、調査のためだろう」

「!?待て、じゃあ、お前につけた痕のことは…」

「…私からは報告していないが、フランから報告は上がっているはずだ」

一番知られてはならない相手に知られていた事実に、男の顔から完全に血の気が失せる。しばし硬直するが、しかし、視界に産まれたばかりの我が子をとらえ、その強張りを解いた。

「いや、やっぱ、どう考えても俺がわりぃからな。こいつが同じ目に会ったらって考えたら、許せねえ。…腹、くくっとく」

「確かに、そうだな。この子には幸せになって欲しい」

女は我が子に手を伸ばす。その、小さな手に触れながら、

「…この子は、私の血をひく以上、産まれながらに多くのものを背負わされている。…それでも、この子が辺境を出たい、英雄の血も不要だと言うなら、私は、この子の一番の味方でいたい」

女が夫に微笑む。

「私にとってのあなたのように」

「…一人で抱え込むんじゃねえ。お前には俺が居る。…まあ、あいつらも…一応、居るしな」

自分で言って、不本意そうな顔になった夫に女が笑う。

「まあ、多くの子を授かれば、一人くらいは自らの血を受け入れてくれる者もいるだろう」

妻の言葉に、男の顔がわずかにひきつる。

「…あー、そう言や、その話もちゃんとしたことなかったけどよ。ヴィア、お前、子ども何人産むつもりだ?」

「何人…?」

自身、明確な答えを持たなかった女は、夫の言葉にしばし思案する。

「…そうだな、十二は欲しい」

「じゅっ!?は!?」

「今、名前の候補がそれだけある。この子はプロトスィアと名付けることにした。残りは男が七柱、女が四柱だったか?そう上手くは産み分けられないだろうが、…ラギアス?」

男が、妻の足下、寝台の上に突っ伏した。あと十回以上。討伐任務などよりもよほど恐ろしかった、妻を案じる時間と、己がさらす醜態を覚悟して―





(終)




あなたにおすすめの小説

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される

中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。 実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。 それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。 ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。 目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。 すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。 抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……? 傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに たっぷり愛され甘やかされるお話。 このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。 修正をしながら順次更新していきます。 また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。 もし御覧頂けた際にはご注意ください。 ※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中