読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

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第二章

2-2

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レジーナは暗闇の中にいた。痛くて苦しい。けれど、それはレジーナの痛みではなかった。

「誰か」の感情が流れ込んで来る。同時に、大量のヴィジョンが押し寄せ、レジーナは頭が割れそうなほどの痛みを感じた。

村が見える。見知らぬ村だが、それがヴィジョンの持ち主の故郷だということが、レジーナには分かった。笑いかけてくる見知らぬ人達は、彼の大切な人達。綺麗な碧い瞳の女性、彼の母親が、彼を「クロード」と呼んだ。

(……っ!)

切り替わるヴィジョン。村を襲う魔物の群れ、血に濡れた家族を背に、彼は一人戦い続けた。傷つき、絶望し、家族の命が尽きたことに気づきながらも、剣をふるい続ける。やがて地に立つ者が彼一人となった時、男は痛みに吠え、悲しみに絶叫した。そして、長い長い慟哭の末、彼は新たな人生を歩み始めた。

始まったのは魔物との戦い。場所を変え、立場を変え、ひたすらに戦い続ける。戦って、戦って、もう何のために戦うのか、彼自身がその理由を見失ってしまった頃、男は王国の騎士となっていた。

それで漸く、レジーナには男の正体が分かった。彼女の知る「彼」とはかけ離れた姿、生い立ちなど知るべくもなかったが、男は彼女の知るよりもずっと泥臭く生き、そして、自身の人生に絶望していた。

忠誠を尽くしてきたはずの国の中枢から向けられる疎まし気な視線。共に戦ってきたはずの仲間にすら恐れられ、妬まれていることを男は知っていた。けれど、彼は変わらなかった。変わらぬまま、戦い続けた。それが、男にとってたった一つの生きる意味だったからだ。

その結果、行きついた先は、男にとって酷く残酷なものだった。

『クロード、貴様はこの場に残れ』

男、クロードに下された命令は、ダンジョンの崩落をたった一人で食い止めるというもの。命じたのはダンジョン調査の責任者、当時の騎士団長だった男。レジーナはそのひとをよく知っていた。

『このままダンジョンの崩落を許せば、多くの人命が失われることになる。コアに魔力を注ぎ、崩落を阻止しろ』

金の髪に緑の瞳をした上官の命令に、クロードはただ「諾」と答えた。そのめいの意味するところを理解しながら――

『これは貴様への最後の命令だ』

クロードは死ぬことを望まれていた。ダンジョンをひと一人の魔力で支えるなど、土台無理な話。あまりに理不尽で非情な命に、レジーナは憤った。全てを受け入れ、諦めてしまった男の代わりに。

(なんでっ!どうして怒らないのよっ!)

死ぬと分かって「御意」と答えたクロードのそれからの生には、何も無かった。

何の音も動きもない空間で――クロードの秀でた目には暗闇に浮かぶ球体が見えていたが――、ただ魔力を奪われるだけの時が過ぎていく。やがてクロードはその両の目を静かに閉じた。が、彼の生は終わらない。それまでと変わらぬ虚無が延々と続いた。

レジーナは気が狂いそうだった。ヴィジョンを見ているだけ、クロードの過去を追体験しているだけなのに。

(無理よ、こんなの無理……!)

けれど、クロードは狂うことさえ出来ずにいた。正気を保ったまま、ダンジョンを訪れる者が絶えたことを確信して漸く、彼は徐々にその意識を手放していった。闇に沈んでいく彼の意識、長い時間をかけて消えていこうとしていたクロードの自我は、けれど、たった一つの存在によって急速に呼び戻された。

まず、コアが送り込んだヒトの反応が、彼の意識を呼び起こした。次いで、目にしたものが、失ったはずの彼の心を揺り動かす――

(あれって…)

クロードの目に映る女。コアルームの天井から落ちてきたのは、見間違いようもなく、レジーナ自身だった。

『守らねば』

レジーナを目にしたクロードの内に生まれた意志。長い時間の内に磨耗してしまっていたクロードの原点とも言える思いが甦った。魔物との戦いに明け暮れたのは、疎まれ謗られようと騎士であり続けたのは、守りたかったからだ。人の命を、彼らの生活を、自分と同じ思いをするものがもう二度と現れぬように――

鎖を断ち切ったクロードが、レジーナを抱きとめる。

『すまない』

(なぜ、あなたが謝るの?)

『許して欲しい』

レジーナは腹が立った。既に枯れ果てたダンジョンの崩落を自身の責と責めるクロードの従順に。

(あなたのせいじゃないでしょうっ!?)

何もかも、クロードのせいではなかった。レジーナがこんな場所に跳ばされてしまったのも、崩落が起きたことさえ。なのに――

『守るから。必ず、守ってみせるから』

(なんでっ!?なんで、あなたがそこまでするの……!?)

クロードの誓い、思いの強さの分だけ大きくなる「声」が、レジーナの中でグワングワンと響き渡る。急速に浮上し始めたレジーナの意識が、静かな、けれど、レジーナにとってはうるさいくらいの彼の声を確かに聞いた。

――この命に、代えても

「っ!?」

内に響いたクロードの声に、レジーナは叩き起こされる。

開いた瞳に映ったのは、覆い被さる獣のような巨体だった。髪も髭も伸び放題。薄汚れて、ゾッとするような臭気を放つ。けれど、その獣はレジーナを圧し潰さぬよう、まるで宝物であるかのようにレジーナを抱きしめ、ただ一意に、一つの思いだけを胸の内に繰り返していた。

――守る

「っ!!」

――絶対に、守ってみせる

「っ!?放しなさい!!」

男の思いの強さに、レジーナは恐慌を来たした。レジーナは誰からもこんな感情を向けられたことがない。だから、男のヴィジョンで見たはずの天井の崩落も、身を挺してくれた男の行動も、全て頭から抜け落ちていた。今がどんな状況か、全て忘れてレジーナは叫んだ。

「放して!離れなさいよ!」

レジーナは、これ以上、男の声を聞きたくなかった。ひたむきに、自身を守ろうとする男の声など。けれど、レジーナの心など知らぬ男は、レジーナが意識を取り戻したことにひどく安堵していた。

――良かった……

心からの安堵。そしてその声は直ぐに、レジーナの身を案じる声に変わる。

――ちゃんと、守れただろうか。怪我はさせていないだろうか。圧し潰しはしなかったか……

「いいから!さっさと離れてよ!」

レジーナの三度目の叫びに、漸く男が立ち上がる。無言のまま、自身の背中に受けた瓦礫全てを押し退けて。

「あ……!」

周囲が見えて漸く、レジーナは自分の置かれた状況を思い出した。天井が完全に抜け、上階から入る光に浮かび上がる光景。散らばる残骸がコアルームの床一面を覆いつくしている。これだけの質量の下敷きにされて、男、クロードが庇ってくれなければ、レジーナは確実に死んでいた。上半身を起こし、茫然と周囲を見回せば、目の前に武骨な手が差し出された。

「……必要ないわ」

今の精神状態では、レジーナは彼の手を取ることが出来ない。支えを断り、立ち上がろうとしたところで、レジーナの身体がフラついた。瞬時に伸びてきた大きな手に身体を支えられ、また、聞こえてしまった。

――怯えないで欲しい。傷つけはしない。必ず……

「触らないでっ!」

咄嗟に、クロードの手を振り払う。クロードはそれに何を言うでもなく。ただ静かにレジーナを見下ろしていた。レジーナはクロードの碧い瞳を睨み上げた。心臓が、痛いくらいに鳴っている。抑えきれない熱に、レジーナは自身の頬が赤く染まるのを自覚した。




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