読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

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第五章

5-3

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それから半刻ほど、レジーナはアロイスの治療を続けた。クロードのおかげで何とか発動した治癒魔法だったが、レジーナの治癒には限界がある。決して効率的とは言えない拙い魔力伝達に、アロイスの顔色が戻った段階で、レジーナは治癒の手を止めた。

「……悔しいけど、私の治癒だとここまでみたい」

言いながら、レジーナはアロイスの脇腹を見下ろした。塞がった傷跡、毒による変色も見られない。けれど、そこにははっきりと矢傷の跡が残ってしまった。今まで、苦手だからと治癒魔法を避け続けてきた結果がこれだ。自分のことならまだいい。けれど、よりによってアロイスに、この美しい人に、傷を残してしまった。

(エリカなら……)

彼女なら、こんな傷痕など残さず、それこそ奇跡のように綺麗に治癒してみせたはずだ。

レジーナの眉間に皺が寄る。

「苦手だ」と諦めてはいけなかった。今日みたいに腹をくくって、もっと必死に練習しておけば――

――あなたは、よく頑張った。

不意に、クロードの声が聞こえた。

「傷口は塞がった。呼吸も安定している。……あなたが、アロイスを救った」

クロードの労いの言葉に、レジーナが頷いて返そうとしたところで、こちらに近づく気配があった。顔を上げれば、アロイスよりよほど顔色の悪いフリッツが立っていた。

「……アロイスは?」

「一応の処置は終えました。もう、命の危険はないと思います」

「っ!……そうか」

そう告げたレジーナの言葉に、フリッツが自身の前髪をクシャリとかき上げた。彼の目の周りが赤い気がする。本気でアロイスを案じていたのだろう。フリッツが、レジーナに頭を下げた。

「レジーナ、感謝する。お前のおかげで俺は……、俺は、アロイスを失わずに済んだ」

「いえ……」

レジーナが首を振って答えれば、アロイスの側に腰を下ろしたフリッツが彼女の身体を抱き上げた。固い床の上でなく、自身の膝の上にアロイスを寝かせたフリッツの姿に、レジーナは安堵する。どうやら、アロイスの真実を知っても、フリッツが彼女を拒絶することはないようだ。

ホッとしたレジーナの視界に、こちらへ寄って来るリオネル達の姿が見えた。近づいて、アロイスの姿を見下ろしたリオネルの顔にも安堵の表情が浮かぶ。リオネルの視線が、レジーナへと向けられた。

「……レジーナ、正直、君がここまでやるとは思っていなかった。君は、治癒魔法を使えないのではなかったか?」

リオネルの問いに、レジーナは「ええ」と答えた。

「とても苦手よ……」

苦手だけれど、やってやれないことはないということが今日わかった。クロード頼みの力業ではあったが、今後「できない」という思い込みは捨てなければならない。読心の制御力を高め、ヴィジョンの遮断方法を模索すれば、もっと容易に治癒魔法を使えるようになるかもしれない。

(ううん。なるかも、ではだめね。ならなくちゃ)

レジーナは、今回のような思いを二度としたくなかった。そう決めたレジーナは、自身を見下ろすリオネルの視線に気づいて顔を上げる。リオネルと視線が合った。

「レジーナ、君は……」

何かを言いかけたリオネルだったが、彼がその先を言う前に、リオネルの横からエリカが口を挟む。

「アロイスは、どうして男性の振りをしていたのかしら?」

エリカの疑問に、全員の視線が彼女を向いた。フリッツの視線も、エリカと、腕の中に抱いたアロイスを交互に行き来する。誰もが感じているであろう疑問に、しかし、それに答えられる本人は意識を失ったままだ。答えなど分かろうはずもないのに。レジーナは、問いを口にしたエリカを睨んだ。

それに気づく様子もなく、エリカが首を傾げて見せる。

「もしかしたら、ですが、アロイスは殿下とお近づきになりたかったのかもしれませんね」

「止めて、エリカ。憶測でものを言うべきではないわ」

制止したレジーナに、けれど、エリカは気にすることなく言葉を続ける。

「アロイスの気持ち、私には分かる気がします。殿下は、簡単に女性をお側におかれたりはしませんから。男性の姿で殿下と仲良くなろうと」

「黙りなさい!あなたに何が分かるというの?勝手な話をでっち上げないで!」

苛立たしい思いでレジーナがそう吐き捨てると、エリカは「すみません」と口にして俯いてしまう。俯いたまま、独り言のようにして――けれど、はっきりと聞き取れる声で――ポツリと呟いた。

「……アロイスはきっと殿下のことが好きなんだと」

「いい加減にしてっ!」

エリカの言葉に、レジーナは怒りで目眩がした。

「あなた馬鹿なのっ!?彼女の、アロイスの立場を考えなさいよ!」

数代前のクラッセン辺境領の独立未遂。未だ、王国との間にある隔意を埋めるための人質としての学園入学。クラッセン領次代の弱味を見せるわけにもいかず、病弱な弟に替わり王都行きを選んだ。

「アロイスは彼女のままで得られるはずだった幸せを全部犠牲にしたのよ!?誰も味方のいない場所で、一時ひとときも気を許すことが出来ずに生きることがどれだけ苦しかったか!そんな簡単なことも分からないの!?」

「……申し訳ありません。私はそのようなつもりは。ただ、アロイスの気持ちを思うと」

「あなたなんかに、アロイスの気持ちは絶対に分からないわ!」

レジーナはエリカが許せなかった。アロイスの決意も嘘も、そして、それら全てが揺らいでしまいそうな想いも、全部、全部、彼女自身のものだ。なのに、アロイスの一番知られたくなかった秘密おもいを、彼女が一番知られたくなかった相手の前で暴こうとするなんて。

レジーナは、未だどこか茫然としたままのフリッツに視線を向けた。

「……殿下」

レジーナの呼びかけに、フリッツはレジーナを見たが、言葉を発しようとはしない。

「殿下は、本当にアロイスがそんな思いで性別を偽ったとお考えですか?」

「俺は……」

はっきりと「否」と否定しないのは、フリッツの中にも疑心、揺れる思いがあるからなのだろうか。レジーナは悔しくて、少しでもアロイスを守りたくて、フリッツに問う。

「殿下、アロイスの行いはクラッセン家の謀反を疑われてもおかしくありません。殿下に近づくためだけに、アロイスがそんな危険を冒すと本当にお思いですか?……三年間、殿下が見て来たアロイスは、そんな人間ですか?」

「いや、違う。……だが、だったら、なぜ、アロイスは……」

言って、瞳を閉じたままのアロイスをじっと見下ろすフリッツの瞳には陰りが見えた。裏切られたという痛みだろうか。或いは、明かしてもらえなかったことに対する悲しみか。どちらにしろ、その思いが分からないわけではないレジーナは、フリッツに告げた。

「……直接、本人に聞いてみてはいかがですか?」

「聞く……?」

「ええ。裏切られたと責める前に。アロイスが目覚めたら、彼女の話を聞いてあげてください。今なら、殿下になら、アロイスもきっと明かしてくれるはずです」

少なくとも、レジーナはそう思っている。レジーナの言葉に、フリッツはまたじっとアロイスを見つめた。レジーナは、自身の願いを口にする。

「……アロイスが男であろうと女であろうと、私は、お二人には一緒にいて欲しい、こんなことで仲違いをして欲しくはありません」

その言葉が聞こえたであろうフリッツは動かぬまま。レジーナはそっと立ち上がり、クロードに視線を向けた。

「クロード、お願いがあるの」




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