上 下
29 / 50
第五章

5-6

しおりを挟む
「……レジーナ?」

レジーナの名を再び呼んだクロードの視線。レジーナを窺うように覗き込む碧の瞳に、レジーナは動けないでいた。クロードに握られているレジーナの手が、彼の熱に当てられて甘く痺れる。

ジワジワと頬にのぼる熱を意識して俯いたレジーナに、クロードの声が聞こえた。

――怒らせた、だろうか?

レジーナの表情が見えないことに不安を覚えたクロードの胸の内が伝わって来る。

レジーナが読み取ってくれるからと言葉を惜しんでしまった。己の欲を優先し、レジーナの気持ちを考えていなかった。己の思いばかりを押し付けた。謝罪をせねば。許されるまで。

悔恨するクロードが出した結論に、レジーナはたまらず口を開く。

「別に怒っているわけではないから、謝らないで。ただ……」

言いかけて、レジーナは言葉を飲み込んだ。黙ってこちらを見つめるクロードの視線を感じる。彼が、レジーナの「ただ」の先を待っているのが伝わってきた。

覚悟を決めて、レジーナはソロリと顔を上げた。凪いだ瞳でこちらを見下ろすクロードの表情を窺う。

「……クロード。あなた、さっきの言葉、本気で言ってるの?その、本気で……」

ずっと側に居てくれるの?

恥ずかしくて言葉にできず、再び俯いてしまったレジーナの耳に、クロードの声が聞こえた。

「レジーナ……」

クロードは、言葉だけでは伝えきれないと考えているようだった。だけど、言葉を惜しむこともしないと決めたらしい。レジーナが不安なら、レジーナが望むだけ、その心を打ち明けてくれるつもりでいる。

「俺は、終生、あなたの側に居たい」

「クロード……」

「俺の全てで、あなたを守ると誓う」

そう言って、クロードはレジーナの手を取ったまま片膝をつき、レジーナの前に頭を垂れた。

――あなたに忠誠を。

「ク、クロード?ちょっと待って、なにを……!?」

レジーナは嫌な予感がした。だって、これではまるで――

「お側に、生涯仕える誉れを……」

――俺の、不可侵の女神……

「っ!?」

レジーナは、思わずクロードの手を振り払った。先程までとは違う羞恥で顔が真っ赤になる。

(なによ!なによ、それ!だって、側にいるなんて言うから、私、てっきり……!)

てっきり、男と女として、クロードが自分のことを憎からず思ってくれていると思ったのだ。彼の心はレジーナへの好意を伝えてくれていたから。そして、レジーナはそれを「嬉しい」と思ってしまった。だから、期待して――

「っ!私に仕えるってなによ!?私、あなたに騎士として仕えて欲しいわけじゃないわ!」

「レジーナ……?」

「大体、不可侵って!クロード、あなた、私を問答無用で抱き上げるじゃない!」

レジーナはそんなことが言いたかったわけではない。ただ、自分の勘違いが恥ずかしくて、勘違いの原因をクロードのせいにしようとしていた。

(そうよ、クロードが紛らわしいのがいけないのよ……!)

だが同時に、レジーナは気づいてしまった。クロードの好意には、今までレジーナが他の男に向けられたような「欲望」が含まれていなかったことに。今更ながらに思い当たった事実に、レジーナの羞恥は最高潮に達する。最初から気づいてさえいれば――

「……すまなかった、レジーナ。今後は無断で触れることがないよう、重々気を付ける」

(違う!そうじゃなくて……!)

レジーナの八つ当たりを言葉通りに受け取めて頭を下げるクロード。レジーナは赤い顔のままブンブンと首を振った。そんなレジーナに、クロードの手が伸びて来る。

「レジーナ、触れてもいいだろうか?」

「駄目よ!」

咄嗟に避けたクロードの手、今は彼の心を読みたくない。宙に浮いてしまった彼の手を振り切って、レジーナは告げた。

「もう、いいわ。行きましょう、クロード。早くポーションを見つけないと」

歩き出したレジーナを、直ぐにクロードが追い抜いた。先に立って先導する彼が、時折レジーナを気にするように振り返る。それに気づきながらも、レジーナは顔を上げずにクロードの足元を見つめて歩き続けた。

(こういう時に相手の真意がわかっちゃうのって……)

知らず漏れたため息に、クロードがハッとしたように足を止めた。仕方なくレジーナも足を止め、彼を見上げた。

「レジーナ、俺は……」

レジーナの反応を窺うクロードの姿に、レジーナは自己嫌悪から再びため息をついた。苦笑して、クロードに告げる。

「……ごめんなさい、クロード。怒っているわけではないの。ただ、今はちょっと、そっとしておいて……」

精一杯のレジーナの言葉に、クロードがそれ以上を追及することはなかった。黙ったまま、前を向いて歩き出した彼の背中を、レジーナは追う。視界に、彼の大きな手を映しながら。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢の生産ライフ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:5,534

残念な婚約者~侯爵令嬢の嘆き~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:1,428

悪役令嬢の矜持 婚約破棄、構いません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:738pt お気に入り:7,983

侯爵夫人の優雅な180日

恋愛 / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:2,231

【完】ふむふむ成る程、わたくし、虐めてなどおりませんわよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:342pt お気に入り:312

処理中です...