異世界 恋愛短編 シリアス

リコピン

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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】

Ⅰ 後日談 Side M







「…ディオと結婚?そんな…」

突然告げられた、父からの言葉。瞬時に、嫌だという思いが浮かぶ。それでも、何故、そんな話が出てきたのか、その理由は、考えるまでもなく明白だった。

始まりの神子の血―

信じる信じない以前に、当然のものとして受け入れてきた神子としての血。公爵家という生まれや、世辞を述べられる容姿とは、全く別の次元で掲げてきた誇り。私が私として在るための―

それが、この身に流れていないというアリアーヌの言葉に、言われた当初は混乱し、涙したが、今はもう、それを事実として受け入れている。

兄やディオがはっきりと認めたわけではないけれど、兄がアリアーヌを妻に迎えようとしているから、そういうことなのだと理解した。

だけど、理解して、兄がアリアーヌを迎えることまでは許容出来たけれど、それ以上のこと、私とディオの結婚までは、到底、承知することは出来ない。

だって、私が好きなのは、リュシアンなのだ―

アリアーヌの無情な言動に耐えられず、彼の元を飛び出してしまったあの日から、リュシアンとは一度も会えずにいる。神子ではなく、ただのミレイユとして神殿を訪れたいと願っても、兄とディオに危険だと止められてしまっていたから。

(でも、駄目、このままでは…)

このまま、二人の言葉に従うだけでは、私は本当にディオに嫁がされてしまう。始まりの神子の血を残すため、ドラクローに、血を取り込むため。この身に、一滴も流れていない血のために―

(…リュシアン様に、会いに行こう)

行って、この想いだけでも伝えなくては。でなければ、二人の間にあったもの、全て、無かったことになってしまう。それにもし、彼が想いを返してくれたなら、その時は、

(…戦おう、お兄様と)

分かってもらえるまで。私はもう、血に縛られる神子ではないのだから―







「リュシアン様!」

「…ミレイユ様」

訪れた神殿、神殿騎士に願えば、快く通してもらえた神殿内、神官にリュシアンの居場所を問えば、中庭へと案内された。そこには、一人佇むリュシアンの姿。思わず駆け寄って、抱きついてしまいたくなる気持ちを必死に押し込める。

歩み寄れば、見下ろしてくる穏やかな瞳。

「…ミレイユ様、本日はどのようなご用件で?」

「…あの、私、リュシアン様にお話を聞いて頂きたくて…」

「…話、ですか?」

「はい、あの、私、あの、お父様の命で、ディオ様と、その、結婚を…」

「…ああ、国王補佐殿とのご婚約が成りましたか。それは誠に、喜ばしいことです。心より、お祝い申し上げます」

いつも通りの凪いだ声、淡々と、紡がれた言葉。

一瞬、何を言われたのかがわからなかった。「喜ばしい」?「お祝い」?私がディオと結婚することが?何故?だって、私は、リュシアンは―

「っ!そんなこと、言わないで下さい!」

「…ミレイユ様…?」

「わ、私は、全然、全然、嬉しくないです!だって、私は、ディオ様を愛してはおりませんもの!私が好きなのは、愛しているのは、リュシアン様!あなたです!」

泣き出しそうな想い、溢れる気持ちを抑えきれずに口にした。見上げる、リュシアンの瞳にすがってしまう。探してしまう、そこにあるはずの想い。

だけど、返されたのは、

「…ミレイユ様のお気持ちはわかりました。ですが、それに返せるものを、私は持ち合わせておりません」

「っ!?そ、んな…」

では、でも、だって、彼はあれだけ私に優しくて、私を支えてくれて、私を神子にしようと―

「…何故?何故、リュシアン様は私を神子にしようとしたの?私の側に居てくれたの?」

「…」

「…だって、リュシアン様は、知っていたんでしょう?私が…私に、神子の血が流れていないことを…」

「…」

そうだ、彼は知っていた。知っていて、側に居てくれた。彼が、悪意や酔狂からそうしたのではないことは分かっている。そう思うには、彼の態度は真摯過ぎたし、常に誠実であった。だとしたら何故、私の側に?私を哀れんで?真実を口に出来ない罪の苦しみから?

それとも、やはり彼も私のことを―

「…ミレイユ様は、国王補佐殿の子を、次代の神子様を産まれるのでしょう?」

「…え?」

「…ミレイユ様は、神子様のご母堂となられる御方ですから」

「そんな…」

まさか―

私がディオとの婚姻の話を聞かされたのは、今日のこと、なのに、リュシアンは、最初からそうなることを考えていたというの?

「…初めてお会いした時から、国王補佐殿は、ミレイユ様を大切に想っていらっしゃっているようでしたから」

「でも!ディオ様のあれは、身内の、妹に向けるみたいなもので…」

「…それでも、よろしいのではないですか?先々代、アリアーヌ様の祖父君も、正妃殿を妹のように想っていらっしゃったそうです」

そんな風に、そんな想われ方で嫁がねばならない私のことを、リュシアンは、本当に何も思わないのだろうか。

だって、

「…リュシアン様は、私に優しかったではないですか…」

責めてしまう言葉に、リュシアンが頷いて、

「…私は、ミレイユ様のお考えに賛同しておりましたから」

「考え…?」

「…はい、いつも仰られていた、アリアーヌ様一人の神殿であってはならない、神殿には多くの神子が必要だと」

「それは…」

確かに、そう言った。思っていた。けれど、それは、リュシアンがずっと私の側に居てくれると思っていたから―

「…ミレイユ様、ミレイユ様はご自身が神子と成れずとも、次代をお産みになることは可能です」

「!?」

「…いつか語って下さったこの国の未来のため、どうか、国王補佐殿の、」

「そんなの!アリアーヌ様が産めばいいじゃない!」

「それは…」

私に流れる血は否定するのに、皆が私に神子を産めと言う。リュシアンまで、父や兄と同じことを―

「アリアーヌ様なら、兄の子でもディオ様の子でも、神子をお産みになれるのでしょう!?だったら、神子の血を引かない私に押し付けないで、アリアーヌ様がお産みになればいいのよ!」

「…」

瞳を伏せ、黙してしまったリュシアンに、言い過ぎたと気づく。だけど、悔しかったのだ、悲しかったのだ、愛する人に、他の男の子を産めと言われて―

「…ミレイユ様、申し訳ありません。差し出がましいことを申し上げました」

「違うの!リュシアン!あの、そうじゃなくて、ごめんなさい、あなたに八つ当たりなんかして…」

「…いえ、私の浅慮でした。ミレイユ様に無理を強いるつもりはなかったのですが…」

先ほどまでの穏やかさとは違う、硬質な声の響き。神子を大事に思うリュシアンに告げるべきではなかった、神子を拒絶するような言葉を悔やむ。

「だけどあの!兄がアリアーヌ様に求婚していると聞きましたから、次の神子も、きっとアリアーヌ様が産んで下さるはずです!ですから!」

「…ミレイユ様は、陛下から何もお聞きになってはいませんか?」

「え?あ、はい。兄がアリアーヌ様に求婚しているという話を父より聞いていますが。…違うのですか?兄とアリアーヌ様は、」

「…アリアーヌ様は私との婚姻を、私との子を望んで下さっています」

「!?そんな!酷い!?」

何て、何て、惨いことをするのだろう、あの人は。「神子」に逆らえないリュシアンを、己の立場を利用してまで―!

「…酷い、とは?」

「だって、だって、リュシアン様は、それで…それで、よろしいのですか?」

「…そう、ですね。有ってはならぬことだと、そう、思っていたはずなのですが。…私は浅ましい…。アリアーヌ様に望んで頂けたことを、何よりの喜び、僥倖だと感じてしまっている…」

(嘘だ―)

穏やかに言葉をつむぐリュシアン。だけど、あれだけ酷いことをされて、傷つけられて、僥倖なんて嘘。ああ、でも、そうか、彼は、神殿を、この国を憂えている人だから、

(アリアーヌ様は、神子だから。だから…)

「…リュシアン様、もし、もしも、私が神子だったら、リュシアン様は私を愛して下さいましたか?」

「…」

「アリアーヌ様ではなく、私を選んで下さいましたか?」

もしも、なんて、そんなの意味が無いって、わかっているけれど、それでも言わずにはいられない、考えずには。だって、私達は―

「…ミレイユ様、私には、過去、未来においても、アリアーヌ様、ただお一人だけなのです」

「違う、だって、私が神子なら…」

「…私がアリアーヌ様に囚われ続けるのは、あの方の血ゆえではありません。…幼き身でありながら、命をかけて神子足らんとした、あの方の魂の輝き、神子としての御心の有り様なのです」

「そんなの…」

嘘だ。嘘だと言って欲しい。だって、リュシアンが、アリアーヌを好きだなんて。私ではなく、アリアーヌを―

「…アリアーヌ様が神子と成られたあの瞬間から、私の全てはあの方のためにある」

「…リュシアン、様…」

微かに、本当に微かに、リュシアンが笑った気がした―

(…何て、綺麗…)

初めて見る、彼のその表情は、きっととても貴重で、アリアーヌさえ、見たことがないかもしれないそれに、優越感を抱いてもいいはずの状況に、

私の想いは打ち砕かれた。

彼に、そんな顔をさせたのが、間違いようもなく、アリアーヌその人なのだとわかってしまったから―

頭を下げ、そのまま背を向けて去っていく、リュシアンを引き止める言葉が見つからない。見送る背中、視界が滲む。

誰も居なくなった日の光の下、有りもしなかったものを失って、涙が流れた。







(完)




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