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二章
8 共通イベント 春のピクニック3
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たどり着いた丘の上、大きく枝を広げたハルモスの大樹の下、お嬢様のご休憩のための場を整える。広げたブランケットの上に「お嬢様の手作りサンドイッチ」を置き、その隣へお嬢様を導こうとしたところで、近づいてくる気配に姿勢を正した。
「ナディア・シュタイラート!」
「…ギャレン様、お久しぶりでございます。」
向かい合う婚約者同士の挨拶に、違和感を覚える。
(…「久しぶり」とは、一体どういうことでしょう?)
入学より既に幾日かが経過しており、何より王太子殿下とお嬢様は同級であらせられる。なのに、何故、お嬢様は、今日が久方ぶりの再会のような挨拶を─?
「貴様!先ほどのあれはなんだ!」
「あれとは?何のことをおっしゃられています?」
「そちらのお前の従者だ!火魔法を使わせていたではないか!」
「?そうですね。無事、ギャレン様とエンジェ様を命の危機からお救いしました。」
「違う!あれは別に命の危機などではっ!」
声を荒げられた王太子殿下、その背後から、女性徒がヒョコリと顔を覗かせた。
「あの、えっと、さっきはごめんなさい。私、魔法って初めて見たからビックリしちゃって、それで、ギャレンは、私が怖がったから怒ってくれてるの。だから、別にナディアさんやジェイクが悪いってわけじゃ…」
(…「ギャレン」?)
今、確かに自国の王太子の名をそう呼び捨てた女性徒に警戒心がわく。王族の名に敬意を払う必要のない身分、或いは、それほど親しい関係の─
「あのー、エンジェ様?ちょっと気になったんですけど、なんでエンジェ様がジェイクの名前知ってるんでしょうか?もしかして、エンジェ様って、」
「っ!ナディア・シュタイラート!」
「…はい。」
「とにかく!いいかっ!?二度と学園内で魔法を使用するな!絶対にな!」
「承知しました。」
頭を下げるお嬢様の隣、叩頭する勢いでそれにならう。
(っ!私の浅はかな行動が、お嬢様を!)
深い悔恨に襲われて気がそがれた一瞬、それが、命取りになった─
「あ、きゃあ!」
「エンジェ!?」
「あ。」
(なっ!?なんということを!?)
何の弾みか、その場を去ろうとした女性徒が足を縺れさせて倒れ込んだ。よりにもよって、「お嬢様の手作りサンドイッチ」の上に─
「ご、ごめんなさい!私!」
「ああ、うん。大丈夫ですよ。潰れたくらいなら食べられるし、」
「怪我はないか!?エンジェ!?っ!ナディア!貴様、何故、こんなものを置いておく!」
「なっ!?」
思わず、声を上げてしまった王太子殿下の暴挙。振り払われた手に、倒れたバスケットの中身が転がり出た。
「立てるか、エンジェ?手を貸そう。」
「え?…あ、ありがとう。…ギャレンって優しいんだね。初めて会った時は、もっと意地悪な人かと思ってたのに。」
「…別に、誰にでも優しいというわけでは…」
(お嬢様の手作りサンドイッチが、お嬢様の手作りサンドイッチが、お嬢様の手作りサンドイッチが…)
目の前の惨状、頭の芯が燃えるように熱くなり─
「っ!」
「はい、ストップストップ。何しようとしてるのジェイク。」
「わた、私は、お、お嬢様の手作りサンドイッチ…」
「落ち着いて。それじゃ、ジェイク=サンドイッチだから。」
「お嬢様が、お嬢様が、朝から、手づから、乙女心を込められた、サンドイッチが…」
「うん、人の口から乙女心とか言われるのが恥ずかしいということは分かった。」
(お嬢様の手作りサンドイッチを、お守りすることが出来なかった…)
執事として許されざる失態。最早、お嬢様の執事たる資格無し。放心して回らない頭で、これから先のお嬢様無き人生をどう生きていけば良いのかと途方にくれ─
「…そうだ、死んでしまいましょう。」
「潔ぃいっ!?え、ちょっと待って、ジェイク。何がどうしてそうなったのか分かんないけど、死んじゃ駄目。死なないで。生きて?一緒に生きてこう?」
「はい。それがお嬢様のお望みなら。」
「よし、延命成功、チョロい。…はー、というか、まあ、取り敢えず、一緒に食べようよ、これ。」
「え?」
「大丈夫大丈夫。落ちたのブランケットの上だし、余裕余裕。」
「ですが、お嬢様…」
「じゃ、捨てる?」
「まさかっ!?」
お嬢様の言葉に、息が止まりそうになる。「お嬢様の手作りサンドイッチ」を廃棄など、そのような神をも怖れぬ行為。然りとて、敷布の上に散らばったものをお嬢様のお口になど─
「…怖れながら、お嬢様。こちらの『お嬢様の手作りサンドイッチ』、私が頂戴してもよろしいでしょうか?」
「え?うん、だから、一緒に食べようって、」
「お嬢様は、バスケットに残った方を。こちらの崩れてしまった『お嬢様の手作りサンドイッチ』は、私が頂戴致しますので。」
「えー、あー、うーん。何か、それは気が引けるけど…」
「いえ、『お嬢様の手作りサンドイッチ』が頂けるなど、この上ない僥倖。私は世界一の幸せ者でございます。」
「…ありがとう、ジェイク。…けど、ちょっと気になったんだけど、さっきから、何か、サンドイッチの修飾がやたらと長くない?」
「?左様でございますか?」
「…まぁ、いいか。」
零れ落ちた「お嬢様の手作りサンドイッチ」を拾い集め、空いた空間へとお嬢様をお招きする。
敷布の上、ドレスの裾をふわりと広げて座る、華のように美しいお嬢様。
「本当はね?」
お嬢様が笑う─
「ジェイクに食べて欲しくて作ったんだ、このサンドイッチ。」
「え…?」
今朝、厨房で見せたのと同じ笑顔で─
「…ちゃんと、覚悟して味わってね?私の乙女心。」
「…」
「あれ?おーい、ジェイクー?」
「…」
「起きてー。ボーッとしてると、『はい、あーん』するよー。」
「…」
「…はい、あーん。」
「っ!?フフォッ!?」
「あはははは!ジェイク、真っ赤!顔、真っ赤!」
青空の下に、お嬢様の笑い声が響く。
「ナディア・シュタイラート!」
「…ギャレン様、お久しぶりでございます。」
向かい合う婚約者同士の挨拶に、違和感を覚える。
(…「久しぶり」とは、一体どういうことでしょう?)
入学より既に幾日かが経過しており、何より王太子殿下とお嬢様は同級であらせられる。なのに、何故、お嬢様は、今日が久方ぶりの再会のような挨拶を─?
「貴様!先ほどのあれはなんだ!」
「あれとは?何のことをおっしゃられています?」
「そちらのお前の従者だ!火魔法を使わせていたではないか!」
「?そうですね。無事、ギャレン様とエンジェ様を命の危機からお救いしました。」
「違う!あれは別に命の危機などではっ!」
声を荒げられた王太子殿下、その背後から、女性徒がヒョコリと顔を覗かせた。
「あの、えっと、さっきはごめんなさい。私、魔法って初めて見たからビックリしちゃって、それで、ギャレンは、私が怖がったから怒ってくれてるの。だから、別にナディアさんやジェイクが悪いってわけじゃ…」
(…「ギャレン」?)
今、確かに自国の王太子の名をそう呼び捨てた女性徒に警戒心がわく。王族の名に敬意を払う必要のない身分、或いは、それほど親しい関係の─
「あのー、エンジェ様?ちょっと気になったんですけど、なんでエンジェ様がジェイクの名前知ってるんでしょうか?もしかして、エンジェ様って、」
「っ!ナディア・シュタイラート!」
「…はい。」
「とにかく!いいかっ!?二度と学園内で魔法を使用するな!絶対にな!」
「承知しました。」
頭を下げるお嬢様の隣、叩頭する勢いでそれにならう。
(っ!私の浅はかな行動が、お嬢様を!)
深い悔恨に襲われて気がそがれた一瞬、それが、命取りになった─
「あ、きゃあ!」
「エンジェ!?」
「あ。」
(なっ!?なんということを!?)
何の弾みか、その場を去ろうとした女性徒が足を縺れさせて倒れ込んだ。よりにもよって、「お嬢様の手作りサンドイッチ」の上に─
「ご、ごめんなさい!私!」
「ああ、うん。大丈夫ですよ。潰れたくらいなら食べられるし、」
「怪我はないか!?エンジェ!?っ!ナディア!貴様、何故、こんなものを置いておく!」
「なっ!?」
思わず、声を上げてしまった王太子殿下の暴挙。振り払われた手に、倒れたバスケットの中身が転がり出た。
「立てるか、エンジェ?手を貸そう。」
「え?…あ、ありがとう。…ギャレンって優しいんだね。初めて会った時は、もっと意地悪な人かと思ってたのに。」
「…別に、誰にでも優しいというわけでは…」
(お嬢様の手作りサンドイッチが、お嬢様の手作りサンドイッチが、お嬢様の手作りサンドイッチが…)
目の前の惨状、頭の芯が燃えるように熱くなり─
「っ!」
「はい、ストップストップ。何しようとしてるのジェイク。」
「わた、私は、お、お嬢様の手作りサンドイッチ…」
「落ち着いて。それじゃ、ジェイク=サンドイッチだから。」
「お嬢様が、お嬢様が、朝から、手づから、乙女心を込められた、サンドイッチが…」
「うん、人の口から乙女心とか言われるのが恥ずかしいということは分かった。」
(お嬢様の手作りサンドイッチを、お守りすることが出来なかった…)
執事として許されざる失態。最早、お嬢様の執事たる資格無し。放心して回らない頭で、これから先のお嬢様無き人生をどう生きていけば良いのかと途方にくれ─
「…そうだ、死んでしまいましょう。」
「潔ぃいっ!?え、ちょっと待って、ジェイク。何がどうしてそうなったのか分かんないけど、死んじゃ駄目。死なないで。生きて?一緒に生きてこう?」
「はい。それがお嬢様のお望みなら。」
「よし、延命成功、チョロい。…はー、というか、まあ、取り敢えず、一緒に食べようよ、これ。」
「え?」
「大丈夫大丈夫。落ちたのブランケットの上だし、余裕余裕。」
「ですが、お嬢様…」
「じゃ、捨てる?」
「まさかっ!?」
お嬢様の言葉に、息が止まりそうになる。「お嬢様の手作りサンドイッチ」を廃棄など、そのような神をも怖れぬ行為。然りとて、敷布の上に散らばったものをお嬢様のお口になど─
「…怖れながら、お嬢様。こちらの『お嬢様の手作りサンドイッチ』、私が頂戴してもよろしいでしょうか?」
「え?うん、だから、一緒に食べようって、」
「お嬢様は、バスケットに残った方を。こちらの崩れてしまった『お嬢様の手作りサンドイッチ』は、私が頂戴致しますので。」
「えー、あー、うーん。何か、それは気が引けるけど…」
「いえ、『お嬢様の手作りサンドイッチ』が頂けるなど、この上ない僥倖。私は世界一の幸せ者でございます。」
「…ありがとう、ジェイク。…けど、ちょっと気になったんだけど、さっきから、何か、サンドイッチの修飾がやたらと長くない?」
「?左様でございますか?」
「…まぁ、いいか。」
零れ落ちた「お嬢様の手作りサンドイッチ」を拾い集め、空いた空間へとお嬢様をお招きする。
敷布の上、ドレスの裾をふわりと広げて座る、華のように美しいお嬢様。
「本当はね?」
お嬢様が笑う─
「ジェイクに食べて欲しくて作ったんだ、このサンドイッチ。」
「え…?」
今朝、厨房で見せたのと同じ笑顔で─
「…ちゃんと、覚悟して味わってね?私の乙女心。」
「…」
「あれ?おーい、ジェイクー?」
「…」
「起きてー。ボーッとしてると、『はい、あーん』するよー。」
「…」
「…はい、あーん。」
「っ!?フフォッ!?」
「あはははは!ジェイク、真っ赤!顔、真っ赤!」
青空の下に、お嬢様の笑い声が響く。
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