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Ⅰ 【完結】八歳年上で色気過多な幼馴染みの冒険者を捕まえるお話【27472字】
Ⅰ 7. Side M
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くたりと力を失った身体。床の上に押さえ付けてしまったことを後悔しながら、柔らかな身体を抱き上げる。そのまま寝台に運んでも、フィリスの瞳が開く気配はない。
―やり過ぎた
そうは思うが、止まれなかったのだ。逃げようとするフィリスの唇に煽られて、彼女の全てを飲み込みたくて、何度も、何度も、奪った。
「…ごめんね」
赤く腫れてしまったフィリスの唇にそっと触れる。痛々しくて可哀想だと思う胸の奥に、それをやったのが他でもない自分自身なのだという、ほの暗い愉悦があることは自覚している。
今日一日で、どれだけこの子に謝罪を重ねただろう―
ずっと、罪悪感はあったのだ。
生まれた時から知っている、父の友人の娘。歩き始めるようになれば、何が楽しいのか、己の後をついて回り、屈託なく笑っていたフィリス。小さな手を繋いで歩いていたはずの彼女が、いつしか手を伸ばしてこなくなり、「距離をとられている」と気づいた時には、彼女の兄離れを寂しくも思った。
慈しんでいたはずの「妹」への思いが、それだけではないことに気づいてしまったのは、彼女が十五の頃。父親の隊商に加わるという彼女に御守り代わり、他の男どもへの牽制として送ったピアスは、「妹」を案じる「兄」からの餞別のはずだったのに―
自身の色を纏って笑うフィリスに感じたのは、紛れもない独占欲。それだけならまだ誤魔化しようもあったが、彼女に触れた指先から感じた甘い痺れ。ハッキリと自覚してしまった欲望。八つも年下、まだ成人すらしていなかった少女に抱いた劣情の醜さに吐き気がした。だから、逃げ出したのだ、フィリスから。抱いた想いの強さに、何より自分自身が信じられなくて。
彼女から距離をおき、追われるように世界を巡り、けれど、完全に離れてしまうことも出来ずに、彼女の元へと舞い戻る。気づかぬ少女に甘い言葉を囁いて、変わらず向けられる親愛の情に安堵する。
いつか、伝えてもいいだろうか―
彼女の隣を希う己の心を。
自身の身を立てながら、彼女が成人するその時にはと、フィリスの周りを彷徨き続けた。そうして、しっかりと周囲を牽制していたはず、なのに、気づけば、自分が一番近くに居たはずのフィリスの視線は、別の男を追っていて。
クリストフを追う彼女の視線が、他の誰に向けるものとも違うことに気がついてからは、地獄だった。無理矢理にこちらを向かせたい。弟を見つめて蕩けるその笑みを引き剥がして、自分だけをその瞳に映させたい。
冗談ではなく、本当にフィリスを拐ってしまおうと思ったことも、一度や二度ではないのだ。沸き上がる嫉妬に、焼き切れた思考のまま、それを実行しなかったのは、ひとえに、彼女の笑顔を失いたくなかったから。
泣かせたくなかった。大切だから。大事に、大事にして、何よりも―
「…俺は、君に優しかったでしょう?」
寝台の上、ピクリとも動かないフィリスの頬を撫でる。頬にかかった髪を、そっと耳にかければ、現れた耳に光る宝石。
「…最後まで、逃げてくれれば良かったのに」
実家からの遣いだという男が、大仰な封を携えて現れたのが三ヶ月前。とうとう来たかという諦念とともに、抱いていた一縷の望みを打ち砕かれたあの日から、ずっと身の内に燻り続ける狂気。
封は、切らずに捨てた。
宿を引き払い、痕跡を消し、街を出て。フィリスへの劣情が、魔力として暴走しそうになるのを他の女で解消しようとして、自分が「出来ない」とわかった時には、笑うしかなかった。心だけでなく、身体までも壊れてしまった己の浅ましさに。
飲んで溺れようにも酒精の効かない自身の身。浴びるほどの酒を飲んで漸く眠りにつくことが出来る日々を繰り返しながら、ギルドで依頼を拾っては街から街へと流れ続ける。止まってしまえば今度こそ、彼女を奪いに行ってしまいそうで。
それでも、国を出ることも出来ず、フィリスの住む王都から中途半端な距離のこの街に自身を縛り付けていたのは、結局消せない、彼女への未練と執着。
目の前に現れた彼女に、それはあっさりと溢れだした。
フィリスは、俺が彼女に甘いと言うけれど、彼女だって、大概、己に甘い。捕えた腕も、重ねた口づけも、彼女が本気で抗えば―それこそ魔法攻撃一つで―、逃げ出せたはずのもの。それを彼女に躊躇わせたのは、僅かばかりでも残っている身内としての情、なのだろう。わかっていて、そこにつけこむ自分は、救いようがない―
制止しながらも拒絶しない彼女に甘えて、腕の中に捕えた温もり。榛色の瞳が熱に溶け出せば、そこに仄かにちらついた情欲の兆し。歓喜に、心と身体が息を吹き返した。理性を手放したまま彼女を追い詰めれば、心はもう決まっていた。
捕まえた、返さない、このまま連れ去ってしまおう。
逃がせるはずなど、なかった―
「…ごめんね」
これから、何度でも繰り返すのだろう懺悔を、また一つ重ねる。
それでも、大切にするから―
「…いつか、俺に絆されてよ」
眠り続けるフィリスの瞳が次に自分を映す時、そこに灯る感情が何なのか。身震いするほどの恐怖に酩酊し、閉じた目蓋に口づけを落とす。
くたりと力を失った身体。床の上に押さえ付けてしまったことを後悔しながら、柔らかな身体を抱き上げる。そのまま寝台に運んでも、フィリスの瞳が開く気配はない。
―やり過ぎた
そうは思うが、止まれなかったのだ。逃げようとするフィリスの唇に煽られて、彼女の全てを飲み込みたくて、何度も、何度も、奪った。
「…ごめんね」
赤く腫れてしまったフィリスの唇にそっと触れる。痛々しくて可哀想だと思う胸の奥に、それをやったのが他でもない自分自身なのだという、ほの暗い愉悦があることは自覚している。
今日一日で、どれだけこの子に謝罪を重ねただろう―
ずっと、罪悪感はあったのだ。
生まれた時から知っている、父の友人の娘。歩き始めるようになれば、何が楽しいのか、己の後をついて回り、屈託なく笑っていたフィリス。小さな手を繋いで歩いていたはずの彼女が、いつしか手を伸ばしてこなくなり、「距離をとられている」と気づいた時には、彼女の兄離れを寂しくも思った。
慈しんでいたはずの「妹」への思いが、それだけではないことに気づいてしまったのは、彼女が十五の頃。父親の隊商に加わるという彼女に御守り代わり、他の男どもへの牽制として送ったピアスは、「妹」を案じる「兄」からの餞別のはずだったのに―
自身の色を纏って笑うフィリスに感じたのは、紛れもない独占欲。それだけならまだ誤魔化しようもあったが、彼女に触れた指先から感じた甘い痺れ。ハッキリと自覚してしまった欲望。八つも年下、まだ成人すらしていなかった少女に抱いた劣情の醜さに吐き気がした。だから、逃げ出したのだ、フィリスから。抱いた想いの強さに、何より自分自身が信じられなくて。
彼女から距離をおき、追われるように世界を巡り、けれど、完全に離れてしまうことも出来ずに、彼女の元へと舞い戻る。気づかぬ少女に甘い言葉を囁いて、変わらず向けられる親愛の情に安堵する。
いつか、伝えてもいいだろうか―
彼女の隣を希う己の心を。
自身の身を立てながら、彼女が成人するその時にはと、フィリスの周りを彷徨き続けた。そうして、しっかりと周囲を牽制していたはず、なのに、気づけば、自分が一番近くに居たはずのフィリスの視線は、別の男を追っていて。
クリストフを追う彼女の視線が、他の誰に向けるものとも違うことに気がついてからは、地獄だった。無理矢理にこちらを向かせたい。弟を見つめて蕩けるその笑みを引き剥がして、自分だけをその瞳に映させたい。
冗談ではなく、本当にフィリスを拐ってしまおうと思ったことも、一度や二度ではないのだ。沸き上がる嫉妬に、焼き切れた思考のまま、それを実行しなかったのは、ひとえに、彼女の笑顔を失いたくなかったから。
泣かせたくなかった。大切だから。大事に、大事にして、何よりも―
「…俺は、君に優しかったでしょう?」
寝台の上、ピクリとも動かないフィリスの頬を撫でる。頬にかかった髪を、そっと耳にかければ、現れた耳に光る宝石。
「…最後まで、逃げてくれれば良かったのに」
実家からの遣いだという男が、大仰な封を携えて現れたのが三ヶ月前。とうとう来たかという諦念とともに、抱いていた一縷の望みを打ち砕かれたあの日から、ずっと身の内に燻り続ける狂気。
封は、切らずに捨てた。
宿を引き払い、痕跡を消し、街を出て。フィリスへの劣情が、魔力として暴走しそうになるのを他の女で解消しようとして、自分が「出来ない」とわかった時には、笑うしかなかった。心だけでなく、身体までも壊れてしまった己の浅ましさに。
飲んで溺れようにも酒精の効かない自身の身。浴びるほどの酒を飲んで漸く眠りにつくことが出来る日々を繰り返しながら、ギルドで依頼を拾っては街から街へと流れ続ける。止まってしまえば今度こそ、彼女を奪いに行ってしまいそうで。
それでも、国を出ることも出来ず、フィリスの住む王都から中途半端な距離のこの街に自身を縛り付けていたのは、結局消せない、彼女への未練と執着。
目の前に現れた彼女に、それはあっさりと溢れだした。
フィリスは、俺が彼女に甘いと言うけれど、彼女だって、大概、己に甘い。捕えた腕も、重ねた口づけも、彼女が本気で抗えば―それこそ魔法攻撃一つで―、逃げ出せたはずのもの。それを彼女に躊躇わせたのは、僅かばかりでも残っている身内としての情、なのだろう。わかっていて、そこにつけこむ自分は、救いようがない―
制止しながらも拒絶しない彼女に甘えて、腕の中に捕えた温もり。榛色の瞳が熱に溶け出せば、そこに仄かにちらついた情欲の兆し。歓喜に、心と身体が息を吹き返した。理性を手放したまま彼女を追い詰めれば、心はもう決まっていた。
捕まえた、返さない、このまま連れ去ってしまおう。
逃がせるはずなど、なかった―
「…ごめんね」
これから、何度でも繰り返すのだろう懺悔を、また一つ重ねる。
それでも、大切にするから―
「…いつか、俺に絆されてよ」
眠り続けるフィリスの瞳が次に自分を映す時、そこに灯る感情が何なのか。身震いするほどの恐怖に酩酊し、閉じた目蓋に口づけを落とす。
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