異世界 恋愛短編 コメディ

リコピン

文字の大きさ
8 / 27
Ⅰ 【完結】八歳年上で色気過多な幼馴染みの冒険者を捕まえるお話【27472字】

Ⅰ 7. Side M

しおりを挟む
7


くたりと力を失った身体。床の上に押さえ付けてしまったことを後悔しながら、柔らかな身体を抱き上げる。そのまま寝台に運んでも、フィリスの瞳が開く気配はない。

―やり過ぎた

そうは思うが、止まれなかったのだ。逃げようとするフィリスの唇に煽られて、彼女の全てを飲み込みたくて、何度も、何度も、奪った。

「…ごめんね」

赤く腫れてしまったフィリスの唇にそっと触れる。痛々しくて可哀想だと思う胸の奥に、それをやったのが他でもない自分自身なのだという、ほの暗い愉悦があることは自覚している。

今日一日で、どれだけこの子に謝罪を重ねただろう―

ずっと、罪悪感はあったのだ。

生まれた時から知っている、父の友人の娘。歩き始めるようになれば、何が楽しいのか、己の後をついて回り、屈託なく笑っていたフィリス。小さな手を繋いで歩いていたはずの彼女が、いつしか手を伸ばしてこなくなり、「距離をとられている」と気づいた時には、彼女の兄離れを寂しくも思った。

慈しんでいたはずの「妹」への思いが、それだけではないことに気づいてしまったのは、彼女が十五の頃。父親の隊商に加わるという彼女に御守り代わり、他の男どもへの牽制として送ったピアスは、「妹」を案じる「兄」からの餞別のはずだったのに―

自身の色を纏って笑うフィリスに感じたのは、紛れもない独占欲。それだけならまだ誤魔化しようもあったが、彼女に触れた指先から感じた甘い痺れ。ハッキリと自覚してしまった欲望。八つも年下、まだ成人すらしていなかった少女に抱いた劣情の醜さに吐き気がした。だから、逃げ出したのだ、フィリスから。抱いた想いの強さに、何より自分自身が信じられなくて。

彼女から距離をおき、追われるように世界を巡り、けれど、完全に離れてしまうことも出来ずに、彼女の元へと舞い戻る。気づかぬ少女に甘い言葉を囁いて、変わらず向けられる親愛の情に安堵する。

いつか、伝えてもいいだろうか―

彼女の隣を希う己の心を。

自身の身を立てながら、彼女が成人するその時にはと、フィリスの周りを彷徨うろつき続けた。そうして、しっかりと周囲を牽制していたはず、なのに、気づけば、自分が一番近くに居たはずのフィリスの視線は、別の男を追っていて。

クリストフを追う彼女の視線が、他の誰に向けるものとも違うことに気がついてからは、地獄だった。無理矢理にこちらを向かせたい。弟を見つめて蕩けるその笑みを引き剥がして、自分だけをその瞳に映させたい。

冗談ではなく、本当にフィリスを拐ってしまおうと思ったことも、一度や二度ではないのだ。沸き上がる嫉妬に、焼き切れた思考のまま、それを実行しなかったのは、ひとえに、彼女の笑顔を失いたくなかったから。

泣かせたくなかった。大切だから。大事に、大事にして、何よりも―

「…俺は、君に優しかったでしょう?」

寝台の上、ピクリとも動かないフィリスの頬を撫でる。頬にかかった髪を、そっと耳にかければ、現れた耳に光る宝石いし

「…最後まで、逃げてくれれば良かったのに」

実家からの遣いだという男が、大仰な封を携えて現れたのが三ヶ月前。とうとう来たかという諦念とともに、抱いていた一縷の望みを打ち砕かれたあの日から、ずっと身の内に燻り続ける狂気。

封は、切らずに捨てた。

宿を引き払い、痕跡を消し、街を出て。フィリスへの劣情が、魔力として暴走しそうになるのを他の女で解消しようとして、自分が「出来ない」とわかった時には、笑うしかなかった。心だけでなく、身体までも壊れてしまった己の浅ましさに。

飲んで溺れようにも酒精の効かない自身の身。浴びるほどの酒を飲んで漸く眠りにつくことが出来る日々を繰り返しながら、ギルドで依頼を拾っては街から街へと流れ続ける。止まってしまえば今度こそ、彼女を奪いに行ってしまいそうで。

それでも、国を出ることも出来ず、フィリスの住む王都から中途半端な距離のこの街に自身を縛り付けていたのは、結局消せない、彼女への未練と執着。

目の前に現れた彼女に、それはあっさりと溢れだした。

フィリスは、俺が彼女に甘いと言うけれど、彼女だって、大概、己に甘い。捕えた腕も、重ねた口づけも、彼女が本気で抗えば―それこそ魔法攻撃一つで―、逃げ出せたはずのもの。それを彼女に躊躇わせたのは、僅かばかりでも残っている身内としての情、なのだろう。わかっていて、そこにつけこむ自分は、救いようがない―

制止しながらも拒絶しない彼女に甘えて、腕の中に捕えた温もり。榛色の瞳が熱に溶け出せば、そこに仄かにちらついた情欲の兆し。歓喜に、心と身体が息を吹き返した。理性を手放したまま彼女を追い詰めれば、心はもう決まっていた。

捕まえた、返さない、このまま連れ去ってしまおう。

逃がせるはずなど、なかった―

「…ごめんね」

これから、何度でも繰り返すのだろう懺悔を、また一つ重ねる。

それでも、大切にするから―

「…いつか、俺に絆されてよ」

眠り続けるフィリスの瞳が次に自分を映す時、そこに灯る感情が何なのか。身震いするほどの恐怖に酩酊し、閉じた目蓋に口づけを落とす。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

勘違いって恐ろしい

りりん
恋愛
都合のいい勘違いって怖いですねー

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...