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第30話 豪語していた自分が恥ずかしいです
「フィリアさーん、そろそろお昼だよー。もう起きてもいいんじゃなーい?」
翌日、おれは居間の隣にあるフィリアと子供たちの寝室へ、襖越しに声をかけた。
おれも、華子婆さんも幼女も、とっくに起きて活動している。朝食が済んでいるのは当然のこと、そろそろ昼食の時間だった。
「うぅーん……」
「もう、しょうがないなぁ」
いまいち反応が鈍いので、もう覚悟を決めて、襖を開けて部屋に侵入。布団を引っ剥がす。
すると敷布団の上で丸まって小さくなる。
寝間着がはだけていたりしたらどうしよう、とか思っていたが、そこはさすがフィリア。変に肌が見えていたりはしなかった。ちょっと残念。
でも乱れた髪とか、うとうとしてる顔とか、無防備な姿が新鮮で、なんとも魅力的だ。
「……んっ、兄さま、お願いです。もう少し寝かせてください……」
「だーめ。お昼ごはんは一緒に食べるの。それに、おれはお兄さんじゃないよー」
「……?」
フィリアは朧気に目を開ける。いまいち状況がわかっていない様子。
「おはよう」
「……おはようございます……」
その一言から、だんだんと目が見開かれていく。意識が覚醒していく。
そして顔も赤くなっていく。
「い、一条様、わたくし、いま兄さまと言ってしまいましたか!?」
「言ってたね。フィリアさん、兄弟がいたんだ?」
「はい、上に3人、下にはもっと……ではなく! あ、あの、申し訳ありませんっ、寝ぼけてしまっていて……!」
「わかってるわかってる。寝ぼけてるフィリアさんも可愛いよ」
フィリアはあたふたしながら、手櫛で髪を整える。
「や、やめてください。すぐ着替えますから、部屋から出てください……っ」
追い出されて、襖をぴしゃりと閉じられてしまう。
やがて着替えて顔を洗ってきたフィリアは、昼食の用意を手伝ってくれた。
「……違いますからね」
台所で隣に立つと、上目遣いに呟く。
「べつに、一条様を兄のように思っているわけではないですからね?」
「わかってるよ。でも、お兄ちゃんだと思って甘えてくれてもいいんだよ?」
ぷくーっ、とフィリアは頬を膨らませる。
「そ、そんなこといたしませんっ。わたくしも、もう大人ですよっ?」
「大人だって甘えたいときはあるじゃない」
「そうだとしても、兄だと思って甘えるようなことはいたしません」
「じゃあフィリアさんは、どんな風に甘えてくれるのかなぁ。楽しみだなぁ」
「もうっ、からかわないでください」
「からかわれるのが嫌なら、こんなに寝坊しないように」
「むぅ……ぐうの音も出せません……。動画の編集に、思いの外、時間がかかってしまったのです……」
それから昼食とその片付けが終わったあと、フィリアは満を持してという表情で、スマホを取り出した。
「さて、昨夜公開した動画は、どれだけの方々が見に来てくださったことでしょう?」
わくわくと確認しに行ったフィリアだったが、すぐ微妙な顔になった。
「……思ったより少なかった?」
「はい……。いえ、決してこの前のグリフィン退治ほどの人気を期待していたわけではないのですが、もう少し……」
「どれどれ?」
動画のタイトルは『リアルモンスタースレイヤーのお料理教室』とあった。エッジラビット編とミュータスリザード編のふたつの動画になっている。
再生数はどちらも、もう少しで100に届きそう……といった具合だ。
「おれは詳しくないけど、初めてにしては悪くないんじゃないの?」
投稿時間は昨夜というか、もはや今日の早朝といった時間帯。およそ半日……しかもチャンネル開設したばかりの初投稿でこの再生数なら、悪くないスタートのように思える。
「ですが、一躍有名になったリアルモンスタースレイヤーの名前も使っておりますし、魔物料理は珍しいはずですし、美味しそうに撮れていますし、葛城様は愛らしく映っておりますし……人気要素てんこもりで、わたくしも編集を頑張りましたのに!」
「うん、だからまあ、悪くないんじゃ」
フィリアは脱力して、へなへなとちゃぶ台に突っ伏してしまう。
「大人気間違いなしと豪語していた自分が恥ずかしいです……」
「まあまあ、なにがきっかけで急に跳ねるかわからないんだし」
「それにそれに、このようなコメントをされるなんて心外です」
「ん? なんて書いてあるの?」
聞くと、黙ってスマホを手渡してくる。
書かれてるコメントはふたつだけだ。
"フェイク? ただのウサギじゃん"
"有名人を騙るのはよくないですよ"
「悔しいです……! 嘘なんてついておりませんのに! 本家本元、元祖リアルモンスタースレイヤーですのに!」
「あはは……。それはこれから、本物だって証明していこう」
フィリアは大きくため息。
「今日はもう、なにもやる気が起きません」
「休みにしたんだし、のんびりするといいよ。おれはちょっと出かけてくるから」
「どちらへいかれるのですか?」
「お役所だよ。ほら、昨日呼び出されたでしょ?」
例のドリームアイの死体を迷宮前の守衛所職員に見せたところ、役所に来て詳しく話して欲しいと言われたのだ。
なにせ、日本ではまだ認知されていなかった魔物だ。それも含めて第2階層の情報が欲しいらしい。
というわけで立ち上がろうとするが……。
「ダメです」
フィリアにズボンの裾を掴まれてしまった。
「なんで?」
「そのような怠惰、許すわけにはいきません」
「怠惰って……。お仕事の話だよ?」
「いいえ、お休みと決めた日に、きちんと休まないことは怠惰です。というより、そうと定めたことを全うしないことが怠惰なのです。スートリアの教義をお忘れですか?」
「スートリアか……懐かしい響きだ」
スートリア教は、異世界で最も広がっている宗教だ。
「でもおれは教徒じゃないから、怠惰でもいいんだよ」
フィリアはちょっとだけ寂しそうな顔をした気がした。儚げに笑う。
「……それでは仕方ありません。お気をつけて」
そっと裾から手を離してくれる。
それでおれは家を出たのだが、少しして思い至る。
もしかして、家族を思い出して本当に寂しかった? 甘えようとしていた?
自分の鈍感さに後悔する。
なるべく早く帰ろうと心に決めて、おれは役所に赴くのだった。
翌日、おれは居間の隣にあるフィリアと子供たちの寝室へ、襖越しに声をかけた。
おれも、華子婆さんも幼女も、とっくに起きて活動している。朝食が済んでいるのは当然のこと、そろそろ昼食の時間だった。
「うぅーん……」
「もう、しょうがないなぁ」
いまいち反応が鈍いので、もう覚悟を決めて、襖を開けて部屋に侵入。布団を引っ剥がす。
すると敷布団の上で丸まって小さくなる。
寝間着がはだけていたりしたらどうしよう、とか思っていたが、そこはさすがフィリア。変に肌が見えていたりはしなかった。ちょっと残念。
でも乱れた髪とか、うとうとしてる顔とか、無防備な姿が新鮮で、なんとも魅力的だ。
「……んっ、兄さま、お願いです。もう少し寝かせてください……」
「だーめ。お昼ごはんは一緒に食べるの。それに、おれはお兄さんじゃないよー」
「……?」
フィリアは朧気に目を開ける。いまいち状況がわかっていない様子。
「おはよう」
「……おはようございます……」
その一言から、だんだんと目が見開かれていく。意識が覚醒していく。
そして顔も赤くなっていく。
「い、一条様、わたくし、いま兄さまと言ってしまいましたか!?」
「言ってたね。フィリアさん、兄弟がいたんだ?」
「はい、上に3人、下にはもっと……ではなく! あ、あの、申し訳ありませんっ、寝ぼけてしまっていて……!」
「わかってるわかってる。寝ぼけてるフィリアさんも可愛いよ」
フィリアはあたふたしながら、手櫛で髪を整える。
「や、やめてください。すぐ着替えますから、部屋から出てください……っ」
追い出されて、襖をぴしゃりと閉じられてしまう。
やがて着替えて顔を洗ってきたフィリアは、昼食の用意を手伝ってくれた。
「……違いますからね」
台所で隣に立つと、上目遣いに呟く。
「べつに、一条様を兄のように思っているわけではないですからね?」
「わかってるよ。でも、お兄ちゃんだと思って甘えてくれてもいいんだよ?」
ぷくーっ、とフィリアは頬を膨らませる。
「そ、そんなこといたしませんっ。わたくしも、もう大人ですよっ?」
「大人だって甘えたいときはあるじゃない」
「そうだとしても、兄だと思って甘えるようなことはいたしません」
「じゃあフィリアさんは、どんな風に甘えてくれるのかなぁ。楽しみだなぁ」
「もうっ、からかわないでください」
「からかわれるのが嫌なら、こんなに寝坊しないように」
「むぅ……ぐうの音も出せません……。動画の編集に、思いの外、時間がかかってしまったのです……」
それから昼食とその片付けが終わったあと、フィリアは満を持してという表情で、スマホを取り出した。
「さて、昨夜公開した動画は、どれだけの方々が見に来てくださったことでしょう?」
わくわくと確認しに行ったフィリアだったが、すぐ微妙な顔になった。
「……思ったより少なかった?」
「はい……。いえ、決してこの前のグリフィン退治ほどの人気を期待していたわけではないのですが、もう少し……」
「どれどれ?」
動画のタイトルは『リアルモンスタースレイヤーのお料理教室』とあった。エッジラビット編とミュータスリザード編のふたつの動画になっている。
再生数はどちらも、もう少しで100に届きそう……といった具合だ。
「おれは詳しくないけど、初めてにしては悪くないんじゃないの?」
投稿時間は昨夜というか、もはや今日の早朝といった時間帯。およそ半日……しかもチャンネル開設したばかりの初投稿でこの再生数なら、悪くないスタートのように思える。
「ですが、一躍有名になったリアルモンスタースレイヤーの名前も使っておりますし、魔物料理は珍しいはずですし、美味しそうに撮れていますし、葛城様は愛らしく映っておりますし……人気要素てんこもりで、わたくしも編集を頑張りましたのに!」
「うん、だからまあ、悪くないんじゃ」
フィリアは脱力して、へなへなとちゃぶ台に突っ伏してしまう。
「大人気間違いなしと豪語していた自分が恥ずかしいです……」
「まあまあ、なにがきっかけで急に跳ねるかわからないんだし」
「それにそれに、このようなコメントをされるなんて心外です」
「ん? なんて書いてあるの?」
聞くと、黙ってスマホを手渡してくる。
書かれてるコメントはふたつだけだ。
"フェイク? ただのウサギじゃん"
"有名人を騙るのはよくないですよ"
「悔しいです……! 嘘なんてついておりませんのに! 本家本元、元祖リアルモンスタースレイヤーですのに!」
「あはは……。それはこれから、本物だって証明していこう」
フィリアは大きくため息。
「今日はもう、なにもやる気が起きません」
「休みにしたんだし、のんびりするといいよ。おれはちょっと出かけてくるから」
「どちらへいかれるのですか?」
「お役所だよ。ほら、昨日呼び出されたでしょ?」
例のドリームアイの死体を迷宮前の守衛所職員に見せたところ、役所に来て詳しく話して欲しいと言われたのだ。
なにせ、日本ではまだ認知されていなかった魔物だ。それも含めて第2階層の情報が欲しいらしい。
というわけで立ち上がろうとするが……。
「ダメです」
フィリアにズボンの裾を掴まれてしまった。
「なんで?」
「そのような怠惰、許すわけにはいきません」
「怠惰って……。お仕事の話だよ?」
「いいえ、お休みと決めた日に、きちんと休まないことは怠惰です。というより、そうと定めたことを全うしないことが怠惰なのです。スートリアの教義をお忘れですか?」
「スートリアか……懐かしい響きだ」
スートリア教は、異世界で最も広がっている宗教だ。
「でもおれは教徒じゃないから、怠惰でもいいんだよ」
フィリアはちょっとだけ寂しそうな顔をした気がした。儚げに笑う。
「……それでは仕方ありません。お気をつけて」
そっと裾から手を離してくれる。
それでおれは家を出たのだが、少しして思い至る。
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なるべく早く帰ろうと心に決めて、おれは役所に赴くのだった。
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