伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ

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一章

7話

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再び私の意識が浮上すると、視界には見慣れた天蓋が入り込んできた。
どうやら私は自室のベッドの上にいるらしい。

「……ゆめ?」

最近意識が沈んだり浮上したりとで、一体どこからどこまでが現実なのかいまいち掴むことが出来ずにいた。
その場で私が軽く混乱していると、部屋の扉がノックされると同時にクレアが中へと入ってきた。

「……クレア」
「!?お嬢様、目が覚めたのですね!」

声をかけると、クレアは目を見開かせて驚愕し、そして嬉しそうに私の元へと近付いてきた。
そんなクレアへ私は問うことにする。

「……ねぇ、クレア。何が現実で、何が夢なの?」
「お嬢様……?」
「ごめんなさい、最近起こったことが夢なのかどうなのかよく分からなくなってるの」

だから、クレアが知っている現実に起こったことを話してほしいと告げると、クレアは二つ返事で頷いてくれた。

「そうですね……。お嬢様が現実かどうか知りたいことを私に訊いて下されば、それが現実かどうかを私が言う……という風にした方がよろしいかと思いますけれど、どうしましょうか?」
「それなら、それで」

クレアの提案を受け入れた私は、まず初めに一番訊きたいこと……というよりも、確認したいことを口にする。

「パトリックは、生きているの?」
「はい。ちゃんと生きておりますよ」

即答したクレアに私は安堵して、ほっと胸をなでおろした。
良かった。パトリックが生きていてくれて。

「私は、展望台の上にいた?」

次につい先程の記憶を思い浮かべて、そこに本当に行ったのかを確かめることにする。すると、クレアは眉を下げながらも「はい」と頷いた。
それならきっとあのことは全て現実なのだろう。
私は漸くこれまでの出来事の流れを掴んで、納得することが出来た。

「ありがとう。訊きたかったことはこれで全てよ。……あ、でも……」
「どうかなさいましたか?」

途中で言葉を止めた私に、クレアは不思議そうに、そして心配そうに私を見つめた。その視線を受けながら、私は続きの言葉を紡ぐ。

「ねえ、パトリックは今何処にいるの?」

現実と判明した後で、私が疑問に思ったことは、パトリックの現状についてだ。生きているのなら、今は一体どうしているのかが知りたかったのだ。
私が不安そうな表情をしていたのか、クレアが安心させるように微笑んで話してくれる。

「パトリック様は今、公爵夫妻と旦那様と奥方様とでお話になられておりますよ。もうそろそろで終わる頃かと思われますが」
「そうなの?」

まさかうちにいるとは思っていなかった私は、きょとんと目を瞬かせてから一体何を話しているのか不思議に思った。
そんな私にクレアが「お嬢様が目を覚ましたと聞けばきちんと内容は教えてくれますから大丈夫ですよ」と優しく教えてくれた。
……エスパーですか、クレアさん。私、口にしてなかったはずですが。

「ところでクレア。私あれからどうしたの?ここまで帰ってきた覚えがないのだけれど」

そしてまた私は話を戻した。後になればなるほどに疑問が出てくるのだ。

「お嬢様をここまで運んでくれたのはパトリック様ですよ。お嬢様が邸からいなくなった日に、パトリック様が丁度ここにいらしたんです。旦那様と奥方様は大層驚かれておいでで、それからすぐにお嬢様にお知らせしに行こうと部屋を訪れたのですが……」

と、そこで口篭ったクレアに、私はああ……と納得した。つまり、その時に私が部屋にいないことが判明したらしい。

「きっと、パトリック様がいらっしゃらなかったらお嬢様を見つけ出すことは私共には出来ませんでした……。その場所は、お嬢様とパトリック様しか知らない場所でしたから」

そう言って少しだけ悲しそうな表情を浮かべたクレアに、私はなんとも言えない気分にさせられた。
そもそも、私達しか知らなかった場所だからこそ、その場所を選んだのだ。誰かに見つかることなくこの世からいなくなれるように、と。
最終的にはパトリックが生きていて私も死ぬ事は無かったのだけれど、事の発端は私が決めたことでもあるのだ。だからこそ、色々な感情が混ざりすぎて、私はどんな顔をすればいいのか分からなかった。

「そんなことよりも、お嬢様。何かお召し上がりになりますか?というよりも何かしら食事を取っていただきたいのですが」
「……ええっと?」

急な話題変換と同時に真面目な表情を浮かべたクレアに、私は困惑して首を傾げる。

「お嬢様が目を覚ましたのは、あれから四日程たっていらっしゃいます。何かしら栄養を取らないと栄養失調になりかねませんよ」
「え、四日?……私、四日も寝ていたの!?」

私はクレアの言葉に目を見開いて、思わず同じ言葉で聞き返してしまったのも仕方が無いことだと思う。
それだけ、四日間も目覚めなかったことに驚いてしまったのだ。

「きっと、お嬢様の場合は過度の寝不足と緊張状態がずっと続いていた所為でもありますから、心と体を休める機会に丁度良かったことに変わりはありませんよ」
「……たしかに、そうかもしれないけれど」

それでも眠りすぎては……?と思わずにいられない私を見て、不意にクレアが心の底から安堵したように柔らかな表情をした。そして、その瞳からは一筋の雫が零れ落ちる。

「……クレア」
「あら、私としたことが」

躊躇いがちにクレアの名前を呼ぶと、クレアは目を瞬かせてから頬に手を当て、流れていた雫を拭った。

「お嬢様が以前と変わらない表情を浮かべているので、つい」
「……心配かけて、ごめんなさい」

私は申し訳なさで一杯だった。
こんなにも身近に私のことを思ってくれている人がいるのに。それなのに私は自分のためだけに、悲しむ人がいることを知りながらも一時的にはその生を投げ出すような真似をしたのだ。
止めようとすれば、クレアならいくらだって私を止めることが出来たはずだ。両親にいうなり、何なりすればよかったのだ。
それでもそれをしなかったのは、私の意思を尊重してのこと。
その決断に、どれ程の苦悩を強いらせてしまったのか、考えるだけで胸が痛くなる。

「迷惑と、心配をかけてしまって、本当にごめんなさい。私、自分のことばっかりだった……。クレアがどんな思いで私に接していてくれたのか、良く考えれば簡単にわかることのはずなのに、私は……」
「いいのですよ。お嬢様が謝る必要なんてどこにもありませんから」

私の言葉を遮って力強くそう告げたクレアには、頭が下がるばかりである。

「……ありがとう、クレア」
「はい」

その言葉にクレアは、満足そうに、そして本当に嬉しそうに笑ったのだった。
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