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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

帰還

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(え、マダムってそんなに強かったの? 近所のおばさんって感じで、全然そう見えないんだけど)
「それはもう。少なくとも私よりは格段に強いですな。今まで、一回も勝ったことがありません」
(一回も?)
「すべて瞬殺されましたな」

 はっはっは、とバイダルさんが笑う。うーん、マダムって実は強いのか。ヒトは見かけに依らないな。

「まあでも悪霊殿のおっしゃった通り、その昔に一度だけ、世界征服だのよくわからないこと企んだ輩達がおりましてな」
「あ、それ知ってる。500年前くらい前の事件でしょ? 私はそのときまだ生まれてなかったけど、端末のアーカイブで読んだことある」
「そうです。そのときまだ私は500歳くらいで、ようやくランキング20位といったところでしたかな。当時のランキング4位から8位の5人が結託して、わけもなく世界中のヒトを皆殺しにし始めようとしましてな」
(4位から8位の5人って、不動三ビッグスリーを除く上位者じゃん。やばくない? ……ん? 皆殺しに、し始めようとしたってことは、できなかったのか?)
「ええ、そうです。たまたま通りかかったマダムに止められました。マダム1人に5人がかりで手も足も出なかったそうです」

 ほえー、マダム強いな。それで、その5人はどうなったんだ?

「5人のうち、2人はメンバーから離脱しました。そもそも乗り気ではなかったようで、首謀者に声をかけられたから参加しただけのようです。首謀者3人は、それからまずマダムを封殺しようとしました。不意打ち、人質、爆破、ありとあらゆる手段で、マダムに挑んだそうです」
(諦めきれなかったんだな。話を聞く限り、マダムとそいつらの実力差は相当なものだったんだろ? そいつらを殺したりはできないの?)
「基本的に我らは不死身になので、死ぬ気もない奴は殺せませんな。ただ封印はできます。四肢を切断して適度に離してセメント漬けします。それなら体は結合も再生もしないので拘束できますな。風化の心配があるのでメンテが必要ですが。ただ、マダム殿はお優しい方で、そういうことがお嫌いだったのか、そうはしませんでしたな」
(え、それだとそいつらが諦めない限り、永久にマダムを付け狙うことになるよな。大丈夫だったのか?)
「ええ、大丈夫でした。この事件、最終的にマダムは一切手を触れずに決着しました」
(どういうこと?)
「ムラのニンゲン数十人が総出で三人に対抗し、不意をついて拘束しました。もとより、三人程度では世界征服など無理だったようです」

 ああ、流石に個々の実力差はあっても、三人じゃ少なすぎて無理だったか。闘いは数だよ兄貴!

「その三人はしばらく生きていましたが、1年位で死にました。退屈の牢獄より死を選んだようです。それ以降、世界征服など企む輩は出てきていません」

 そんな事件があったんだな。
 というか、マダムが強すぎる。ちょっと博識なおばさんという印象だったけど、ガラリと変わってしまった。

 それからしばらく俺たちはコロシアムを見学した。俺は観客席をぐるりと周りながらバイダルさんからコロシアムの逸話などを聞き、セミルは屋台の料理に舌鼓を打っていた。

 もちろん、友達探しも継続して行い、しばしば魔法の言葉を叫んだが、反応するものは皆無であった。むぅ、これは本当になんとかしないと友達100人なんて不可能だな。死神さんに後で相談したいが、次いつ会えるかな。人気のない所で呼んだら現れてくれるだろうか。ちなみに、気がついたらバイダルさんは友達認定されていた。セミルに比べて随分早い。この判断基準も聞いてみないとな。

「それではまたの御来訪をお待ちしております」
「またねー」
(ランキング上位戦があったら連絡頼みます)
「おまかせを」

 別れの挨拶を交わし、俺とセミルはコロシアムを出発した。目的地はユリカのファンの家だ。数十分ジープを走らせて、目的地に到着する。

「え? 今日は帰らないの?」
「うん。ごめんね。シーアくんといま共作しててね。で、それが終わらなそうだから今日は泊まっていくことにするよ」

 なんと、ユリカは帰らないようだ。シーアくんというのが、メッセージの主なのであろう。二人で何やら服を作っているらしい。彼はユリカの後ろで恐縮そうにしている。

「えー、戦闘を観て昂ぶった身体をユリカで鎮めようとしてたのにぃ……」
(何を言っとるんだお前は)
「あ、それはちょっと心惹かれる……け、ど。ごめんね! 今度、埋め合わせするから」
「しょうがないなぁ……」

 セミルはため息を付いて、シーアくんの方を向く。

「シーアくん、ユリカのことお願いね」
「あ、はい。任せて下さい」
「……」

 セミルはユリカをちょいと押しのけて、シーアくんの側に移動する。そして、何事か耳打ちしたあと、こちらに戻ってきた。心なしか、シーアくんの顔は赤くなっている。

「シーアくんに何て言ったの?」
「ん? 秘密ー」
「えー」
「私はもう行くから、本人に聞いてみれば?」

 何て言ったの? とユリカは後ろを振り返りシーアくんに聞いている。彼は焦ったように首をぶんぶん振り「なんでもないです」と言うだけであった。

「それじゃ行くね。ユリ! 気をつけて帰って来てね!」

 そう言ってセミルは軽トラを転がし始めた。みるみるうちに二人は遠ざかる。この軽トラは新車だ。コロシアムに行っている間に、ユリカが取り寄せてくれたらしい。以前までと同じタイプのもので、バンパーはもうガタガタしない。なるほど、こうやって放置自動車は増えていくんだな。

(なあ、シーアくんに何て言ったんだ?)
「ユリカの弱いところを3つほど」

 前々から思ってたけど、セミルさんそういうのが好きなの?

(ちなみに、どこ?)
「首筋と背中と脇の下」

 ああ、くすぐったいもんなー。マッサージだもんなー。仕方ないよなー。

 俺達はどうでもいい雑談をしつつ、安全運転で家に帰った。
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