上 下
97 / 172
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

諸月の時期8

しおりを挟む
 火柱は周囲の民家に燃え移ることなくすぐに消え失せた。炭化された物体が熱波に舞い上がる。巻き込まれたモンスターは骨すらも消し炭になってしまったようだ。

「お前の相手は、この俺だ!」

 火柱に追われるように向かってきた黒虎をラインハルトが迎撃する。同様に追い出された黒狼達を、金髪と黒髪が出迎える。

「おらぁ!」

 金髪は左側の避難民に向かって来る黒狼を切り伏せる。高速の斬撃が四肢を絶ち、鼻先を刈り取り、喉元を削ぐ。

「早く隠れて、ね」

 右側の避難民そう告げた黒髪は、彼らの先頭に立ち、先程とは別の銃を両手に構えて複数の黒狼を相手取る。弾頭を受けた黒狼の体は鱗ごと穿たれ爆裂し、体の一部が四散する。

 獲物の前に立ち塞がる脅威を前にモンスター達は攻めあぐねている。だが、彼らが撤退する様子は無かった。

(獣ってもっと臆病だと思ってたけどな……)
「そうですね。何で逃げないんだろ。前は逃げたのに……。でもまあ、このまま向かって来るなら大丈夫そうですよ。さすが第一分隊です」

 クリスくんが冷静に答える。 

「いいぞー! ぶっ殺せー!」
「頑張れー!!」
「キャー! ラインハルトくーん!」

 避難民から声援が送られる。一部、黄色い声が混ざっていた。

(ラインハルトって人気なの?)
「ファンクラブがあるってうちのお得様が言ってたわね」

 俺の疑問にケイトが答える。そうか、オスカーさんと同じ扱いなのか。

 全員が城の中へと避難するにはもう少し時間がかかりそうだが、モンスターが完全に排除されるのも時間の問題のようだ。このままでも大丈夫なのではと思わせるほど、避難民を守護する第一分隊の三人は頼もしかった。

 だが、そんな彼らの安堵を消し去るように、右側より新たな獣の唸り声が響く。

「グラウウウウーーーン!!!」

 そちらを見ると、建物の屋根にもう一頭の黒虎が居た。

「グラアアアォン!!!」

 呼応するようにラインハルトと戦闘中の黒虎が唸る。

「二頭目? そんな報告、聞いてないぞ」
「変わらない。排除する」

 新たな黒虎の出現にも、第一分隊の二人は表情を変えない。近づいてきたら迎撃するつもりのようだ。

 二頭目の黒虎は屋根の上で低く身構える。いつでも動ける臨戦態勢だ。
 一頭目の黒虎は少し下がった。強固な鱗が波打つように逆立つ。

「! 先輩!」

 逆立つ鱗をそのままに、黒虎は思い切り前脚を振るう。鋭利に尖った瓦礫のような散弾が、ラインハルトと金髪、それに避難民を巻き込むように発射される。

 黒虎の『鱗飛ばし』が俺たちを襲う。大量の瓦礫が叩きつけられる甲高い音がする。避難民からは悲鳴が上がった。

(みんな無事か!)

 群衆の中の四人に声を掛ける。アルがその巨体で隠すように他三人を守っていた。

「……俺は大丈夫だ」
「私も」
「僕も」

 ケイトもvサインで答える。俺の知り合いは無事のようだが、恐らく避難民の何人かに鱗が当たっているはずだ。彼らは大丈夫なのか。

「何……? 何が起こったの?」
「分からん……。モンスターが何かを投げたのか?」

 避難民から動揺の声が漏れる。だが、倒れていたり、怪我をしている人は見当たらない。奇跡的に鱗が全て外れたのか?
 
「馬鹿野郎!」

 金髪の叫ぶ声がする。そちらを見ると、黒虎を相手取っていたラインハルトがうずくまっていた。ラインハルトのもとに金髪は駆け寄る。

「あー。ガードの隙間に当たっちゃいましたね……。先輩、被害は?」
「お前だけだ。俺まで庇いやがって。……動けるか?」
「何とか……」
「じゃあお前は下がってろ……ちぃ!」

 どうやらラインハルトが射線に入った鱗をその身で防いだらしい。そのためこちらに被害が及ばなかったようだ。金髪にラインハルトの相手取っていた黒虎と、さっきまで相手をしていた黒狼が襲いかかる。

「馬鹿……。ーー!」

 二人の様子を見た黒髪が毒づく。そして、一瞬そちらに気取られたうちに、二頭目の黒虎がこちらに跳躍した。

「行かせない」
 
 周りの黒狼を相手取りつつ、避難民へと向かう黒虎に狙いを定める。しかし、彼女は引き金を引かなかった。

「子供!?」

 新たに現れた黒虎は子供を咥えていた。子供が動く様子は無いが、生きているのか死んでいるのかは分からない。そのため引き金を引けなかったのだろう。
 
 慌てて狙いをずらすが、その弾は黒虎の鱗を掠めるにとどまり、爆裂するも急所から外れたせいか黒虎の勢いは殺しきれない。

(やばい! こっちに来るぞ!)

 巨体の足音に気づいた避難民は慌てて逃げ出す。扉付近はさらに人が押し込まれる。窓を叩き割って城に入ろうとする者も居た。

 黒虎は眼前へと迫っている。黒髪がこちらに向かって来るが、虎のほうが早い。そして、迫りくる黒虎のターゲットとして認定されたのはーー。

「やっぱり俺かー!」

 不幸体質のアルを狙うようにして、大きな爪が振りかぶられる。周りにも人がいるが、黒虎は完全に彼を見据えていた。大柄で目立っていたというのもあったのかもしれない。

「くそ、みんな離れろ!」

 アルはそう言ってクリスくんたちを突き放す。

「でも、アルが!」
「気にするな、クリス。俺もちょっとは頑丈な身体だ。怪我で済む……と、いいなー!」
「アルー!」

 クリスくんたちの必死の叫びも虚しく、黒虎の爪は振り下ろされる。戦車をも切り裂く一撃は、『先祖返り』のベティさんやラインハルトであれば耐えられたかもしれないが、普通の人間であるアルには難しいだろう。

 思わず背けようとする俺の視界を何かが横切る。その何かは、アルの前に立ちはだかるようにして、黒虎の一撃をその身に受けた。

 衝撃に尻もちをついたアルの向こうで、その何かの片腕はひしゃげていたが、それでも黒虎の一撃を受け止めていた。そして、何かはーー彼女は、こちらを振り返り、その中に見知った顔を認めると、その小さな口を開いた。

「クリス、ここに居た」

 研究塔に居るはずのレイジーちゃんは黒虎の攻撃を受け止めながらも、いつものように笑顔を浮かべていた。
しおりを挟む

処理中です...