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第1章 大きな森の小さな家

1.何も心配いりませんよ

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陽菜が次に目を開けると、知らない天井が見えた。
(何だろう、頭がボーっとする)と思っていると、急に誰かに手をギュッと握られた。


「クリス!」


重い頭を動かして横を見ると、知らない青年が陽菜の手を握って泣いていた。
これは一体どういう状況・・・?

陽菜はボロボロと涙を流している青年を見た。
薄暗くてよく見えないが、同じ年くらいだろうか。

その時、ドアの開く音がして、見たこともないくらい大きな男が入ってきた。


「師匠!クリスが!」

「ああ、気が付いてよかった。・・・喉は乾いていないか?」


陽菜はこくりと頷いた。
すると、大男は水差しを持ってきてくれ、青年が体を起こして水を飲ませてくれた。


「目が覚めてしまえば、もう心配いらない。今はゆっくり休むといい。
ウィル、おいで。寝かせてあげよう」

「しかし・・・」

「私達のことが分かるんだ。きっと大丈夫だろう。行こう」

「・・・はい」


青年は心配そうに陽菜を見ていたが、大男に促されて立ち上がった。
そして、水差しをベットの脇の椅子の上に置くと、陽菜の頭を優しくなでで、「おやすみ」と言って出て行った。



2人が立ち去ってしばらくすると、陽菜の記憶が徐々にはっきりしてきた。

(そうだ。私は転生したんだ。ここは転生先なんだろうか。あの青年と大男は私の新しい家族ってことかな)

陽菜が色々考えていると、突然頭の中で聞き覚えのある声がした。


『こんばんは。どうやら頭がはっきりしてきたようですね』


陽菜は思い出した。
この声、確かアレッタとかいう神様の秘書だ。

アレッタの話では、陽菜はクリスという12歳の女の子に転生したらしい。

クリスは「石化病」という不治の流行病におかされており、今夜亡くなる予定だった。
それを救うため、4歳年上の兄であるウィルと育て親であるガゼフが、<精霊召喚治療>を行ったらしい。


『<精霊召喚治療>はこの世界の最終手段的な治療方法で、精霊を召喚して肉体に宿らせるというものです。運が良ければ、新しい魂と融合して生き返りますが、ほとんどの場合死亡します。成功率は100人に1人というところです』


(成功率1%とは随分と低いな)と、陽菜は思った。
でも、さっきの2人様子からすると、このクリスという女の子は、そこまでして助けたかったほど愛されていたのだろう。

でも、だからこそ気になることがある。
陽菜は異世界からやってきた16歳の女子高生だ。
見た目が同じであっても、すぐに別人と分かってしまうだろう。
そうなったら、彼らは失望するんじゃないだろうか。

そんな陽菜の心配を察したように、アレッタは言った。


『もともと、この少女の精霊召喚は失敗する予定でした。ですが、その運命を変え、あなたを転生させたのです。あなたはこの子の恩人と言っても宜しいと思いますよ。
それに、別人格とは言え、彼女の知識や経験、記憶をある程度引き継いでいます。何の記憶も持たない全くの別人、ということはありません』

(いや、でも、言葉遣いとか言い方とか・・・)

『クリスは3年前、とある出来事を切っ掛けに声が出なくなっていました。彼らからするとクリスと話すのは3年振りのはずです』


とりあえず、明日彼らと話をしてみれば分かりますよ。とアレッタはつぶやいた。


『あなたは今から陽菜ではなく、クリスです。
兄のウィルと、育て親のガゼフは、以前と変わらずあなたを大切にしてくれるでしょう。
何も心配いりませんよ』
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