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第1章 大きな森の小さな家

11.勇者と言えば、死と恐怖の象徴だ

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3人が到着した夜、6人はにぎやかに食卓を囲んだ。

ガゼフは珍しくワインを空け、シドと楽しそうに乾杯する。ガーネットは相変わらずウィルの横に張り付き、ロバートはクリスにやたら話しかけた。

酒がかなり進んだ頃、シドはクリスの方を向いて言った。


「いやあ。クリスが暗殺スキルとは驚いたよ。しかもランクGとは二度ビックリだ。不意打ちならロバートなんて瞬殺できるんじゃないか?――どうだ、ちょっと試してみないか?」


クリスは慌ててブンブンと首を振った。
彼女の脳裏には、先日スキルブックに従って、ウィルに本気の不意打ちをして見事返り討ちにあった時のことが思い出された。その時のウィルが放った殺気を思い出しただけで寒気がする。
(ウィルと同じランクのロバートに同じことをやる勇気はないよ。)


「ウィルも随分背が伸びたし、ますますいい男になったじゃないか」
「父さん。ウィルは前から男前よ」


ガーネットがシドに乗っかって妙なアピールする。
ウィルは少し疲れたような顔でワインを飲んだ。
その様子を見てガハハハと豪快に笑ったシドだが、何か思い出したのか、急に真面目な顔をしてガラフに尋ねた。


「ところで、ガゼフ。勇者召喚の噂を聞いたか?」


“勇者召喚”という言葉に部屋の空気が一気に変わる。
クリスは「?」と周囲の反応を見回した。皆一様に厳しい顔つきをして黙りこくっている。特にウィルの顔は今まで見たことがないくらい険しくなっている。


「――いや。初耳だな」


ガゼフがゆっくりと答える。


「俺もつい先月タパスの街で聞いたばかりなんだがな。数カ月前、ガザス帝国の上空に見たこともないほど大きな魔法陣が浮かび上がったのを見た商人がいるらしい。」

「それは確かなのか?」

「見たのが複数人らしくてな。本当の可能性が高そうだ」


ガラフは難しい顔をして黙り込む。
クリスは訳が分からず、そっと隣のロバートに「どうしたんですか」と聞いた。


「異世界から勇者様が召喚されたかもしれないって話だ。もし本当だったらこの世は混乱して人がたくさん死ぬことになる」


ロバートが苦々しく言う。
ガーネットも眉間にしわを寄せて言った。


「全く。異世界からわざわざ人を殺しに来なくたっていいじゃないねえ。こっちは平和を願ってるってのに、本当に迷惑な話だよ」


クリスは呆気に取られた。
勇者が戦争利用されるって話は聞いたけど、こんなに嫌われてるの?
横目でウィルを見ると、相変わらず見たこともないような怖い顔をしている。


「あの、勇者ってそんな迷惑な存在なんですか?」


クリスの質問にロバートが「え?」と驚いた顔をするが、ウィルが「クリスは臥せってる時間が多かったからな」とフォローする。
ロバートは、「そうだったな」とつぶやき、丁寧に教えてくれた。


「勇者と言えば、前回の召喚勇者ヤマトの大虐殺ってイメージだな。その前も、その前も、国や民族を滅ぼしてる。勇者と言えば、死と恐怖の象徴だ」


あまりの衝撃的な話にクリスは絶句した。


(アレッタ!これってどういうこと?)

『勇者召喚をした国が軍事利用を繰り返した結果、勇者が恐怖の象徴になってしまっているのです』


予想外の勇者のイメージの悪さにクリスはため息をついた。
(勇者が畏怖の対象って予想外過ぎるでしょ・・・)


* * *


夕食後の片付けを済ませ、クリスは自分の部屋のベットに寝転がった。


(はああ・・・上手くいかないな)


実のところ、クリスはいつかウィルとガゼフに勇者であることをカミングアウトしようと考えていた。
しかし、このあまりにも悪い勇者のイメージを前に、クリスは考えを変える必要があると感じた。

今までは、召喚をしたロクでもない奴らから逃げるために勇者であることを隠そうと思っていた。
だが、今日の話を聞く限りでは、世の中の平和を守るために勇者であることを隠さなければならないのではないだろうか。

(もちろん私は大虐殺なんてするつもりはないけど、“勇者”っていう存在がいるというだけで恐怖に怯える人は絶対に多いよね)

クリスは右腕にはめてある<ジンの腕輪>を眺めた。
アレッタは、この腕輪をはめている限り勇者の力は封印されていると言っていた。


「これは、当分外せそうにないな。てか、もしかすると一生外さないかもね。」


クリスはつぶやいた。
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