鉄血のブルートアイゼン+

どるき

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魔王の娘とヒーローショー

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 この日は久々の快晴だった。
 土曜日で学校も休みと言うこともあり朋子は絶好のデート日和だと清々しい気分で朝日を浴びた。
 先日の嫌な出来事も振り切った朋子の目には涙はない。
 寝間着から着替えて食卓に着いた朋子に、バトラーが知り合いに聞いた話を語る。

「今日は駅前のターミナルで催し物があるそうですよ。なんでも特撮番組のロケと合わせてヒーローショーをやりるのだとか」
「ロケかあ」

 朋子は特撮ヒーローには興味がないが、勇も男の子なのでそういうのに興味があるかなと想像してみた。
 ヒーローショーといえば観客が怪人にゲストとして捕まるのがお約束、そこを勇が助けてくれたらと朋子はシーンを想像してにやけた。

「勇君と一緒に行く気ですか? くれぐれもハメを外さないようにしてくださいね」
「何を心配しているのよ」
「そんな表情をしていたら心配して当然ですよ」

 朋子は自分で気づいていないが妄想に耽ってだらけた顔をしていた。
 バトラーも男としての判断でそんな顔をされたら襲おうとする者がいても不思議じゃないと彼女を案ずる。バトラーは親として朋子に接する半面で亡き彼女の母の面影を持つ彼女を男として見ているのでそういう視点でも目ざとい。

「そうかなぁ」
「家の中だからいいですが、そんな締まりの無い顔をしていたら他の男に襲われそうですよ」
「でも勇も一緒だよ?」
「そう言われても彼だって、一皮むけば野獣ですよ」
「私は勇が相手なら平気だからいいけれど。むしろ勇の方から襲ってほしいわ」
「そういう事はせめて、高校を卒業してからにしてくださいね」

 バトラーは朋子を叱るが彼女は聞く耳持たずといった様子である。
 バトラーとて朋子を完全に御することが出来ると思っていないとはいえ心配しているのでつい口が出てしまうのは仕方がない。
 朝食を終えてしばらく時間を置いて九時を過ぎると朋子は勇の家に向かう。
 一人残されたバトラーは工具箱を取り出して何かを作るのに取り組むことにした。

 勇は朋子の誘いを二つ返事で受けて二人は駅前に向かった。
 駅前のバスターミナル近くには噴水があり、ちょうどその場所でロケが行われていた。
 映像に余計なものが入らないようにスタッフが撮影区画を囲み見物客はすこし遠くから撮影を眺めている。

「すごい人だかりだね。これじゃあ見えないよ」
「ねえ、もう少し離れて見ない? そうすればエメラルドで見れるかもよ」
「その手があるか」

 二人は朋子の提案で離れた位置にある高台からロケの様子を眺めることにした。勇が持つ石使いの力でエメラルドの力を引き出せば望遠鏡で覗くようにロケの様子を見れるからだ。
 朋子の狙い通りに高台からはその様子がよく見えたが演技の声すら届かないので味気ない。

「見えるには見えたけど、これだと余計に寂しいね」
「役者さんの声なんてまるで聞こえないしね。せっかく付き合ってくれたのになんだかごめんね」
「いいって、どうせ野次馬気分で来ただけだし。ロケは諦めてイベントの場所取りをしようよ」

 勇の提案で二人はイベントの場所取りをすることにした。
 同じようにイベント狙いの客もいたが、熱心な人ほどロケ目当てのため無事に二人はメインステージの席を確保する。あとは並んでショーの開始を待つ。

「それではお待たせしました。ガイライバーショーの開演です」

 撮影は滞りなく進み、予定通りに十一時を過ぎたところでショーが開始された。
 朋子はよく調べていなかったのだがガイライバーは地元の地方局が制作しているローカルヒーロー番組である。
 いくらロケとはいえイベント開催まで発展したのは地元の作品だからという理由がある。
 今年からのシリーズは初の全国放送でこの日撮影していたのはその第一話だった。
 人だかりの多さやイベンターの気合の入れ具合もそれに起因していた。

「ひっひっひ! 悪い子はいねえか? いたずらしちゃうぞ」
「ワーワーワー」

 最初に登場したのは怪人いたずら小僧。いたずらで他人を困らせる困った怪人で、本編では滅多に出てこないがショーでは引っ張りだこな定番キャラでマニアにはお馴染みである。
 環境音BGMのガヤに合わせてノリのいい観客が「ワー!」っと声をあげてイベントを盛り上げていく。

「ようし、そこの子に決めた!」

 いたずら小僧は朋子のいるあたりを指さした。
 これだけでは明確に誰を刺しているのかはわからないので司会進行のお姉さんが観客を一人ステージに上げるため近づいてくる。
 勇は自分たちだとちょっと目立って嫌だなあと思っていたが隣の朋子は別意見だった。

「(ホントに来ちゃった)」

 朋子は今朝の妄想が現実になるのかと思い顔が緩む。
 当然私を連れていくのでしょうとお姉さんを見つめたが、我が物顔で彼女に近づいていった別の女性が現れた。
 薄青の髪に眼鏡をかけていて、上はファンシーなイラストのTシャツに下はニーソックスにミニスカートとカジュアルな恰好をしている。彼女は我が物顔でお姉さんに近づいていきお姉さんも流されるがまま彼女をステージに上げた。

「(って、なんでよ)」

 朋子は口にしないが驚いて唖然とその様子を見つめていた。
 ふと脇を見た勇も驚きのあまり口を広げる朋子の顔をみて自分が驚く。まさか朋子がこんな顔をするなんて思ってもみなかったからだ。

「ねえ、もしかして出たかったの?」
「うん」

 勇は自分が嫌そうな顔をしてしまったから朋子が選ばれなかったのかと少し後悔した。
 そのまま眼鏡の女性を加えてショーは続きお決まりのようにヒーローが現れる。

「そこまでだ!」
「さあみんな、ガイライバーが早く来るように応援しよう」
「ガイライバー! 早く来て!」
「……お待たせしましたお嬢さん、正義と農耕の使者、ガイライバー見参!」
「来ました、ガイライバーです」
「ワーワーワー」

 ガイライバーが到着したら後はクライマックスを残すのみ、必殺のコンバインアタックでいたずら小僧を撃退しガイライバーは帰って行った。
 都合十五分程の短い寸劇だったが、熱狂的ファンの賑やかしもあり雰囲気に寄った朋子と勇も思いのほかショーを楽しんでいた。
 ステージに上がれなかったのは残念であるが逆に二人で並んでこの場の雰囲気に酔えたのだから結果オーライだったかなと朋子は思い直した。

「楽しかった。今度から番組も見てみようかな」
「僕もそうするよ。どうせだから一緒に見よう」

 二人は約束をして会場を立ち去った。
 ちょうど頃合いもよいのでそのまま駅前にある百貨店のフードコートに向かって軽い昼食を取ることにした。
 休日と言うこともありフードコートも混んでいたが、都合よく二人分の席を確保できて安心して腰を据える。

「何にしようか」
「そうね……なにか二人で分けられるものが良いわ」
「じゃあアレにしよう」

 朋子の意見を汲んで勇が選んだのはたこ焼きだった。
 隣町の小さな店から引っ越ししてきた名店で明石焼きに似た醤油味でトロトロとした柔らかさが特徴の店である。
 何度か勇は食べたことがあるが、この店以外では味わったことのないたこ焼きなのできっと朋子も喜ぶと確信していた。

「お待たせ」

 十二個入りの大盛りを買ってきた勇は朋子に振る舞う。
 ようじで刺さず割り箸で掴んで食べるのがこのたこ焼きの習わしである。

「ここのたこ焼きは柔らかいから、こうやって食べるんだ」
「お箸で食べるなんて珍しい」
「はふはふ……こんなふうに……あちち……熱いから気を付けてね」
「んもー、もっとゆっくり食べればいいのに」
「ごめんごめん、思ったより熱くて」
「じゃあ私がふーふーしてあげようか」
「こんなところで? 恥ずかしいよ」
「どうせみんな知らない人だから恥ずかしくないよ」

 勇は「そういう問題かな?」と思いつつも朋子に流される。
 恥ずかしいのは確かだが、あの唇でふーふーされたたこ焼きと言うのは正直言って興味があるからだ。
 少し変態じみているが、朋子が食べさせてくれると言うだけで勇は興奮してしまう。

「ふー……ふー……」

 息を吹きかけるときに微かに震える朋子の唇に勇は官能的な何かを感じる。
 少しだけ唇を突き出しているのがキスの様で心の中を息で掻き混ぜられているような錯覚を覚える。
 こんな人目につく場所なのに、妙な胸騒ぎを感じてドキドキしてしまう。

「あれ、神代ちゃんに石神君じゃん。こんなところで何やってるの?」

 朋子は息で冷ましたたこ焼きを勇に食べさせようとして「あ~ん」と言おうとした矢先に声をかけられて、驚いてたこ焼きを落としてしまった。
 箸から転げたたこ焼きは皿に落下して衝撃で破れ、中身のタコが露出する。

「か、加藤ちゃん!?」
「こんにちは。そっちこそ奇遇だね」

 声をかけてきたのは加藤だった。
 偶然にも買い物がてらにフードコートを通りかかったところで、この日は店を休業にしていたベラドンナのマスターを荷物持ちにしていた。

「私は自分のモノとか家族のモノを色々とね。そっちこそデートですか?」

 加藤は二人をからかって茶化す。
 普段の学校内での朋子と勇は人目を避けた場所でイチャイチャとしていたのだが、あまり目撃されてこそいないとはいえ二人は付き合い始めてから二人きりでは相当デレデレとしていると噂になっていた。
 一部では毎晩猿のように交尾しているとか、既に朋子は妊娠しているとか、朋子の正体が実はサキュバスだとか言われているが知らぬは本人のみである。

「あんまりからかわないでよ」
「そういう怒った顔も可愛いんだから。神代ちゃんが羨ましいよ」
「加藤ちゃんだってカレシいるんでしょ?」
「ダメダメ、あたしのことをすぐヤレる女だとしか見ていない奴なんてこっちから振ってやったよ。あいつも最初は期待したけど猫被ってただけだったからね。あたしはどうも今まで本気で依存してくれるくらい愛が深いオトコノコとは縁がなかったのよ。二人のアツアツぶりを見ていると、あたしも中学の事に石神君を落としておくべきだったかなあって思うよ」
「ダメ、勇は私のよ」
「冗談だって……ほら、いくよ兄貴」
「もう少し休ませてくれよ。勇もいるしメシにしようぜ」
「母さんがお昼作って待ってるんだから、帰るまでもう少しシャキッとしてよ」
「ったく、しゃあねえなあ。またな、お二人さん」

 二人をからかい終わると加藤は兄を連れて去っていった。
 からかわれたことで朋子にも心の壁が出来たようで急に先ほどのような人前で「あ~ん」などとたこ焼きを食べさせようなんて気は起きなくなってしまった。

「少し冷めちゃったけど、ちょうどいい温度だしこのまま食べて帰ろうか」
「そうだね」

 二人は一つの皿のたこ焼きを分けて食べてフードコードを後にした。
 からかわれている間にトロトロのたこ焼きが少し硬くなっていたのは少し二人には心残りだった。
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