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pain go away
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メルが土井垣家の使用人になってから数日は瞬く間に過ぎていった。土井垣家固有のしきたりや特色を掴んで順応するまでで精一杯になってしまう、メルは本来の目的を果たせないでいた。
そんな中、メルはサトルから「外出中、椿の手入れを手伝うように」と申し付けられた。この家では日本刀のメンテナンスに使う椿油を自家生産しており、原料となる椿の飼育は重要な仕事に位置付けられていた。
「川澄さん、手伝いに来ました。椿の手入れを教えていただけませんか?」
「やあキミか。教えるようなモノなんてないし、枝の片付けをやってくれないか」
川澄が指差したのは、彼が乗る脚立の下に落ちている大量の枝葉である。一ヶ所あたりの手入れは少しなのだが、木の本数が多いため足元に散る量は多くなっていた。
頼まれた通りに枝葉を集めるメルは、接点の少ない川澄の様子をチラチラと観察しながら手を進める。かしましい三人が言うように彼は無口なのだが、仕事中に無駄口を叩かないほうが普通であろう。
だがメルの目線が彼も気になるようだ。メルとて気を引かないように注意していたのだが、それでも彼は意識してしまう。
「なにか聞きたいことでもあるのか?」
「いえ、そう言うわけでは」
「だったらあまりジロジロ見るなって。仕事中なんだぞ」
「ごめんなさい」
言われるまでもない叱咤にメルは素直に謝った。だが皆川に引き取られてから子供だてらに隠密紛いの仕事を二年も続けている彼女である。注意されたのは自分の落ち度とは言え、彼もまた意識しすぎではないかとメルは怪しむ。
それからは目線を極力向けずメルは掃除に没頭した。単純に掃除に集中するようにスイッチを切り替えた。
「川澄さん。このゴミはどうしましょう?」
「後で燃やすからそのままにしておいてくれ」
剪定が終わり、切った枝葉も集め終わったのでこの仕事は一段落であろう。サトルの帰宅予定時間よりも前に終わったことと、ふたりきりという状況を前にメルは彼を探る。
「思ったより早く終わりましたね。少しお話ししてもいいですか」
「この家のことについて、なにか質問か? さっきもソワソワしていたし」
「質問と言うほどではないんです。ただ、川澄さんとはあまりお話をしていないなと」
「俺なんかの話を聞いても面白くもないと思うぜ」
「それでも良いんです。皆さんと仲良くしたいだけなので」
「そう言われても女の子が喜ぶような話が出来れば、俺だってこんな風じゃねえし」
「ボクだって女の子らしい話題は苦手ですよ。普段の職場は年上ばかりなので、川澄さんみたいな男性相手の会話のほうが多いんですよ」
「ふうん。まるで他人には言えない事情でもありそうだな? 女鬼島さんは」
「そう見えますか」
「だってよお、十六歳で社会に出ているだけでも珍しいのに、職場も男だらけとか普通じゃあり得ないって。特別な事情でもなければ、俺と同年代の女子がそんな仕事なんてやらないだろうし」
「それは……ちょっとだけ正解ですね。簡単に説明すると、いまのボクの保護者がボクの身元を引き受ける条件として、ボクに仕事の手伝いをさせているんです」
「それで使用人の研修をさせるって、いったいどんな仕事なんだよ……」
「雑用係なので、そこは使用人と似たようなものです」
「まったく、訳がわからない仕事なんだな。しかも身元引き受けの条件ってことは無理やりやらされているんだろうし、嫌じゃねえのか?」
「たしかに嫌なことのひとつやふたつはありますが、それくらいならどんな仕事でも一緒ですよ。やりがいもあるし、何よりボクには目的もある。だからやめたいとは思いません」
「熱心なんだなキミは」
「そういう川澄さんは、もしかしてこの仕事が嫌になったんですか? ボクに対してそんな疑問を持つなんて」
「そんなことはねえよ。でもキミには関係ないところで色々あったから、落ち込んでいるだけさ。それこそどんな仕事にでもある嫌なことのひとつに過ぎないわけで……」
「だったら……」
一度口を開くと、思ったより饒舌な川澄はどこか憂いを帯びている様子だった。そんな彼をメルはなんとなく慰めたいと思ってしまう。
横にならんで座った姿勢での会話中だったのだが、立ち上がったメルは優しく川澄の頭に手を触れた。
「よしよし。pain,pain,go away,male」
「なんだよそれは」
「嫌な気分を吹き飛ばすおまじないです」
優しく撫でながら呪文を唱えるメルの優しさに川澄はどこか気持ちが軽くなったのを感じた。
彼には英語が聞き取れなかったのだが、メルの流暢な「痛いの痛いの飛んでいけ」にはどうやら効果があったのだろう。
「おーいトモ。手が空いたのならこっちの手伝いをしてくれ」
突然の慰めに顔を赤らめる川澄だったのだが、そんな彼を遠藤が遠くから呼びつけた。気がつけばそろそろサトルが帰宅する時間も近くなったのでメルもうっかりしていられない。
「そろそろ戻ります。また後でお話してもいいですか?」
「構わないぜ」
後でまたお話をする約束をして、ふたりは各々の仕事に別れた。以前の彼ならメルを拒絶する可能性もあったのだが、彼自身理由に気がついていないまま、あの日以来冷めていた自分の中に小さな灯火がついたような気がして川澄はメルの誘いを断らなかった。
そんな中、メルはサトルから「外出中、椿の手入れを手伝うように」と申し付けられた。この家では日本刀のメンテナンスに使う椿油を自家生産しており、原料となる椿の飼育は重要な仕事に位置付けられていた。
「川澄さん、手伝いに来ました。椿の手入れを教えていただけませんか?」
「やあキミか。教えるようなモノなんてないし、枝の片付けをやってくれないか」
川澄が指差したのは、彼が乗る脚立の下に落ちている大量の枝葉である。一ヶ所あたりの手入れは少しなのだが、木の本数が多いため足元に散る量は多くなっていた。
頼まれた通りに枝葉を集めるメルは、接点の少ない川澄の様子をチラチラと観察しながら手を進める。かしましい三人が言うように彼は無口なのだが、仕事中に無駄口を叩かないほうが普通であろう。
だがメルの目線が彼も気になるようだ。メルとて気を引かないように注意していたのだが、それでも彼は意識してしまう。
「なにか聞きたいことでもあるのか?」
「いえ、そう言うわけでは」
「だったらあまりジロジロ見るなって。仕事中なんだぞ」
「ごめんなさい」
言われるまでもない叱咤にメルは素直に謝った。だが皆川に引き取られてから子供だてらに隠密紛いの仕事を二年も続けている彼女である。注意されたのは自分の落ち度とは言え、彼もまた意識しすぎではないかとメルは怪しむ。
それからは目線を極力向けずメルは掃除に没頭した。単純に掃除に集中するようにスイッチを切り替えた。
「川澄さん。このゴミはどうしましょう?」
「後で燃やすからそのままにしておいてくれ」
剪定が終わり、切った枝葉も集め終わったのでこの仕事は一段落であろう。サトルの帰宅予定時間よりも前に終わったことと、ふたりきりという状況を前にメルは彼を探る。
「思ったより早く終わりましたね。少しお話ししてもいいですか」
「この家のことについて、なにか質問か? さっきもソワソワしていたし」
「質問と言うほどではないんです。ただ、川澄さんとはあまりお話をしていないなと」
「俺なんかの話を聞いても面白くもないと思うぜ」
「それでも良いんです。皆さんと仲良くしたいだけなので」
「そう言われても女の子が喜ぶような話が出来れば、俺だってこんな風じゃねえし」
「ボクだって女の子らしい話題は苦手ですよ。普段の職場は年上ばかりなので、川澄さんみたいな男性相手の会話のほうが多いんですよ」
「ふうん。まるで他人には言えない事情でもありそうだな? 女鬼島さんは」
「そう見えますか」
「だってよお、十六歳で社会に出ているだけでも珍しいのに、職場も男だらけとか普通じゃあり得ないって。特別な事情でもなければ、俺と同年代の女子がそんな仕事なんてやらないだろうし」
「それは……ちょっとだけ正解ですね。簡単に説明すると、いまのボクの保護者がボクの身元を引き受ける条件として、ボクに仕事の手伝いをさせているんです」
「それで使用人の研修をさせるって、いったいどんな仕事なんだよ……」
「雑用係なので、そこは使用人と似たようなものです」
「まったく、訳がわからない仕事なんだな。しかも身元引き受けの条件ってことは無理やりやらされているんだろうし、嫌じゃねえのか?」
「たしかに嫌なことのひとつやふたつはありますが、それくらいならどんな仕事でも一緒ですよ。やりがいもあるし、何よりボクには目的もある。だからやめたいとは思いません」
「熱心なんだなキミは」
「そういう川澄さんは、もしかしてこの仕事が嫌になったんですか? ボクに対してそんな疑問を持つなんて」
「そんなことはねえよ。でもキミには関係ないところで色々あったから、落ち込んでいるだけさ。それこそどんな仕事にでもある嫌なことのひとつに過ぎないわけで……」
「だったら……」
一度口を開くと、思ったより饒舌な川澄はどこか憂いを帯びている様子だった。そんな彼をメルはなんとなく慰めたいと思ってしまう。
横にならんで座った姿勢での会話中だったのだが、立ち上がったメルは優しく川澄の頭に手を触れた。
「よしよし。pain,pain,go away,male」
「なんだよそれは」
「嫌な気分を吹き飛ばすおまじないです」
優しく撫でながら呪文を唱えるメルの優しさに川澄はどこか気持ちが軽くなったのを感じた。
彼には英語が聞き取れなかったのだが、メルの流暢な「痛いの痛いの飛んでいけ」にはどうやら効果があったのだろう。
「おーいトモ。手が空いたのならこっちの手伝いをしてくれ」
突然の慰めに顔を赤らめる川澄だったのだが、そんな彼を遠藤が遠くから呼びつけた。気がつけばそろそろサトルが帰宅する時間も近くなったのでメルもうっかりしていられない。
「そろそろ戻ります。また後でお話してもいいですか?」
「構わないぜ」
後でまたお話をする約束をして、ふたりは各々の仕事に別れた。以前の彼ならメルを拒絶する可能性もあったのだが、彼自身理由に気がついていないまま、あの日以来冷めていた自分の中に小さな灯火がついたような気がして川澄はメルの誘いを断らなかった。
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