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デート②
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夜の十一時を少し回った頃、川澄はひとり風呂に入っていた。
男の使用人で離れに住んでいるのは彼だけなので、必然的に彼の入浴時間は最後が多かった。
この日も女子達の出汁が滲む最後の風呂に浸かる彼の前に、思いがけぬ人影がやって来た。
「トモカズくんか?」
「はい」
まさかとは思いつつも、予想外の人物なので川澄は困惑してしまう。そんな彼の動揺をよそに、この人物は浴室にやって来た。
「たまには一緒に入ろうじゃないか」
「だ、旦那様?!」
その人物とはタケシだった。普段ならとっくに入浴を終えている時間なのだが、彼なりに思うところがあるようだ。
「どうしてここに。既に入浴は済まされたのでは?」
「キミと裸の付き合いをしたいからに決まっているじゃないか。ハハハ」
タケシの醸し出す雰囲気は「幼い息子とお風呂に入りにきた、休日のお父さん」のようである。だからなのか、川澄も不意に実家の両親を思い出して顔が少し崩れた。
「早速だが、最近は機嫌が良いじゃないか」
「???」
「ここ一週間でだいぶ良い顔をするようになったぞ。自分では気がつかんか?」
川澄はタケシの言葉に小首を傾げてしまうのだが、普段から使用人たちを気遣う彼の目では、川澄のメンタルが好転した様子が感じられていた。
確かに彼はメルを意識するようになってから、川澄ゆきのと共に死んでいた感情が甦っていた。彼は自覚出来ていないのだが、そのことはかつての彼を知る他の使用人たちも感じていた。
「さしあたって……新しい恋でもしたと見える」
このときのタケシは少し意地悪に問い詰めていた。休日以外はこの屋敷にこもっている川澄には新しい出会いというものが滅多にないからだ。休日の出先に出会った行きずりの彼女が居ないとは限らないが、十中八九ここでいう新しい恋の相手は決まっている。そう、確実に彼女であろう。
「そんなことないですよ」
「隠さなくてもいいじゃないか。相手は女鬼島くんだろう?」
「えっと……」
「彼女が来てからキミの顔は明るくなった。さもありなんだ」
川澄はタケシが唐突に風呂場にやって来ただけでも驚いているのに、その上で秘めた心まで読まれて狼狽えてしまう。もっとも、タケシからすれば落ち込み続ける彼を気に病んでいただけのこともあり、彼の復調は素直に嬉しかった。
だが、それゆえにタケシはひとつだけ彼にアドバイスをしたいと考えていた。予想通り川澄がメルに惚れているのならば、避けては通れない別れのことを。
「今度は成就すると良いな」
「恐縮です」
「ハハハ。だが、これだけは覚えておいてくれ。本気で彼女との仲を深めたいのならば、出来るだけ早く手を出しなさい」
「え?」
最初は優しい口調で川澄をからかっていたタケシなのだが、急に彼は口調を変えた。顔は依然として緩んでいるが、目と声は鋭くなって言葉を強調していた。
早く手を出せと言われても、川澄は何故なのかと小首を傾げる他にない。だがタケシの目がこの言葉には大事な意味があると伝えるため、川澄は風呂の中なのに背筋が凍ってしまう。
「忘れたのかな? 女鬼島くんが我が家にいるのは期間限定なんだ。いずれ彼女は東京に帰ってしまう。それが何時なのかはまだ決まっていないし、彼女が我が家に腰を落としたいと言うのならわしも快く受け入れる。だがそれに期待してズルズルと引き伸ばしても、男女の仲は進展しないだろう」
川澄は言われて気付いた。
確かに彼女はあの日、本来の彼女の職場を辞めるつもりはないと言っていた。ならば近い将来、彼女はここから旅立つのだろうと。
このまま仲の良い同僚、秘密の共同作業をしている友達のままでは恋人になるのはまだまだ先であろう。それでは彼女が居なくなるまでには間に合いそうにない。
「ここだけの話、わしは若い頃にユーリを口説いた事があるんだ。あの頃はわしもまだ独身で、あれは一目惚れだったよ」
現実を指摘されて背筋を凍らせる川澄へのアドバイスなのか、それとも別の意味でもあるのか。タケシは彼に自分の恋愛について語り始めた。
「もう三十年以上前になる。イギリスにあるフィメール家の式典に参加したわしは、そこでユーリと出会った。当時彼女はフィメール家のメイドのひとりで、一目惚れしたわしは式典の期間中に何度も彼女を口説いたものだ。まあ、結局その時は編み紐を渡されただけで、相手にされなんだがな」
「でもユーリさんは今はここにいますよ?」
「まあ焦るな。実のところそのときユーリはわしを気に入っていたそうで、編み紐はその証だったんだ。それをわしが知ったのは翌年に別の用事でフィメール家の屋敷に泊まった晩。彼女の方から夜這いされて、わしはそのまま彼女を連れて帰ったんだ」
「あれ? でも今はユーリさんとはそういう関係じゃないですよね?」
「そこは色々あったのよ。今でこそナツコの事を一番に愛しておるが、アイツとの馴れ初めはいわゆる許嫁ってやつだ。十年近く恋仲だったユーリとも無理やりに別れさせられて、しかも彼女は先代の嫌がらせでこの家からも追い出された。だからオヤジに当てがわられたナツコの印象も最初はとても悪かったし、そのせいでわしは彼女にもいろいろ酷いこともした。それでも……そんな最低なわしを受け入れてくれたからこそ、逆に今では尻にしかれているんだが」
「だ、旦那様……」
「すまんすまん。少し脱線した。話を戻すが、わしが言いたいのは一発キメろとまでは言わんが、契りのひとつくらいはしておけということだ。わしとユーリにとっての編み紐のようにな」
タケシは言いたいだけアドバイスをすると、満足げな表情で先に風呂から上がっていった。
彼の言葉にどうするべきかと悩む川澄は、明日のデートでチャンスがあればと気をもんでしまう。そのまま長風呂をしたせいで、彼は少しのぼせてしまった。
男の使用人で離れに住んでいるのは彼だけなので、必然的に彼の入浴時間は最後が多かった。
この日も女子達の出汁が滲む最後の風呂に浸かる彼の前に、思いがけぬ人影がやって来た。
「トモカズくんか?」
「はい」
まさかとは思いつつも、予想外の人物なので川澄は困惑してしまう。そんな彼の動揺をよそに、この人物は浴室にやって来た。
「たまには一緒に入ろうじゃないか」
「だ、旦那様?!」
その人物とはタケシだった。普段ならとっくに入浴を終えている時間なのだが、彼なりに思うところがあるようだ。
「どうしてここに。既に入浴は済まされたのでは?」
「キミと裸の付き合いをしたいからに決まっているじゃないか。ハハハ」
タケシの醸し出す雰囲気は「幼い息子とお風呂に入りにきた、休日のお父さん」のようである。だからなのか、川澄も不意に実家の両親を思い出して顔が少し崩れた。
「早速だが、最近は機嫌が良いじゃないか」
「???」
「ここ一週間でだいぶ良い顔をするようになったぞ。自分では気がつかんか?」
川澄はタケシの言葉に小首を傾げてしまうのだが、普段から使用人たちを気遣う彼の目では、川澄のメンタルが好転した様子が感じられていた。
確かに彼はメルを意識するようになってから、川澄ゆきのと共に死んでいた感情が甦っていた。彼は自覚出来ていないのだが、そのことはかつての彼を知る他の使用人たちも感じていた。
「さしあたって……新しい恋でもしたと見える」
このときのタケシは少し意地悪に問い詰めていた。休日以外はこの屋敷にこもっている川澄には新しい出会いというものが滅多にないからだ。休日の出先に出会った行きずりの彼女が居ないとは限らないが、十中八九ここでいう新しい恋の相手は決まっている。そう、確実に彼女であろう。
「そんなことないですよ」
「隠さなくてもいいじゃないか。相手は女鬼島くんだろう?」
「えっと……」
「彼女が来てからキミの顔は明るくなった。さもありなんだ」
川澄はタケシが唐突に風呂場にやって来ただけでも驚いているのに、その上で秘めた心まで読まれて狼狽えてしまう。もっとも、タケシからすれば落ち込み続ける彼を気に病んでいただけのこともあり、彼の復調は素直に嬉しかった。
だが、それゆえにタケシはひとつだけ彼にアドバイスをしたいと考えていた。予想通り川澄がメルに惚れているのならば、避けては通れない別れのことを。
「今度は成就すると良いな」
「恐縮です」
「ハハハ。だが、これだけは覚えておいてくれ。本気で彼女との仲を深めたいのならば、出来るだけ早く手を出しなさい」
「え?」
最初は優しい口調で川澄をからかっていたタケシなのだが、急に彼は口調を変えた。顔は依然として緩んでいるが、目と声は鋭くなって言葉を強調していた。
早く手を出せと言われても、川澄は何故なのかと小首を傾げる他にない。だがタケシの目がこの言葉には大事な意味があると伝えるため、川澄は風呂の中なのに背筋が凍ってしまう。
「忘れたのかな? 女鬼島くんが我が家にいるのは期間限定なんだ。いずれ彼女は東京に帰ってしまう。それが何時なのかはまだ決まっていないし、彼女が我が家に腰を落としたいと言うのならわしも快く受け入れる。だがそれに期待してズルズルと引き伸ばしても、男女の仲は進展しないだろう」
川澄は言われて気付いた。
確かに彼女はあの日、本来の彼女の職場を辞めるつもりはないと言っていた。ならば近い将来、彼女はここから旅立つのだろうと。
このまま仲の良い同僚、秘密の共同作業をしている友達のままでは恋人になるのはまだまだ先であろう。それでは彼女が居なくなるまでには間に合いそうにない。
「ここだけの話、わしは若い頃にユーリを口説いた事があるんだ。あの頃はわしもまだ独身で、あれは一目惚れだったよ」
現実を指摘されて背筋を凍らせる川澄へのアドバイスなのか、それとも別の意味でもあるのか。タケシは彼に自分の恋愛について語り始めた。
「もう三十年以上前になる。イギリスにあるフィメール家の式典に参加したわしは、そこでユーリと出会った。当時彼女はフィメール家のメイドのひとりで、一目惚れしたわしは式典の期間中に何度も彼女を口説いたものだ。まあ、結局その時は編み紐を渡されただけで、相手にされなんだがな」
「でもユーリさんは今はここにいますよ?」
「まあ焦るな。実のところそのときユーリはわしを気に入っていたそうで、編み紐はその証だったんだ。それをわしが知ったのは翌年に別の用事でフィメール家の屋敷に泊まった晩。彼女の方から夜這いされて、わしはそのまま彼女を連れて帰ったんだ」
「あれ? でも今はユーリさんとはそういう関係じゃないですよね?」
「そこは色々あったのよ。今でこそナツコの事を一番に愛しておるが、アイツとの馴れ初めはいわゆる許嫁ってやつだ。十年近く恋仲だったユーリとも無理やりに別れさせられて、しかも彼女は先代の嫌がらせでこの家からも追い出された。だからオヤジに当てがわられたナツコの印象も最初はとても悪かったし、そのせいでわしは彼女にもいろいろ酷いこともした。それでも……そんな最低なわしを受け入れてくれたからこそ、逆に今では尻にしかれているんだが」
「だ、旦那様……」
「すまんすまん。少し脱線した。話を戻すが、わしが言いたいのは一発キメろとまでは言わんが、契りのひとつくらいはしておけということだ。わしとユーリにとっての編み紐のようにな」
タケシは言いたいだけアドバイスをすると、満足げな表情で先に風呂から上がっていった。
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