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ふたりのサトル
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そして現在。
土井垣サトルを操って五人の女性を殺害したユーリはもはや許されざる存在となっていた。
今生の別れとなるであろう彼女の顔をまじまじと見つめ、三十年の時間を振り返っていたタケシの前に、メルがやって来た。
「失礼します」
「中に入ったら鍵をかけてくれ。万が一にもサトルに聞かれるわけにはいかない」
メルに命じてドアに鍵をかけさせたのはサトルを遠ざけるため。まさか信用していたユーリに操られて人殺しを繰り返したともし彼が知れば、罪の意識から腹を切りかねないだろうとの配慮である。
それに彼の出生の秘密は出来るだけ隠したいとタケシは考えていた。本来のサトルではない彼をサトルとして育てた親として、その時間を偽りにするわけにはいかないからだ。
「楽にしなさい。キミが来るまでの間に、すでに彼にはこの事を知らせてある」
「畏まりました」
彼とはメルをこの家に派遣した皆川のことなのは言うまでもない。メルはタケシの指示に従って椅子に腰かける。
「じきにユーリの身柄は彼の部下が引き取りに来るだろう。それまではわしが責任を持ってユーリを見張らせてもらうよ」
「でしたらボクがやります。旦那様の手を煩わせるわけにはいきません」
「それは気遣いか? それともわしが信用できないのかな」
「いいえ、ボクの役目だからです」
「なら少しわしの昔話に付き合ってくれ。黙っているよりは気が楽になる」
それからタケシはメルに自分の過去を語った。
ユーリとの出会いや悲劇的な破局、そして様々な感情が渦巻く帰って来てからのユーリのことを。
タケシはその過程でサトルが自分とユーリの間に産まれた子供であることも他言無用と前置きしてメルに明かしていた。
一通り語り尽くしたタケシが深い溜め息を一つつくと、それを微かな鼻息で笑う誰かの声が部屋に響く。語っている間に気絶から覚醒していたユーリがその溜め息に微笑んだのだ。
「いまのはユーリか。いつから起きていた?」
「大旦那様の葬儀のあたりから。まったく、あのときは胸がすく思いでしたよ」
「キミがオヤジを嫌うのは当然として、わしもオヤジとは仲が良かったとは口が裂けても言えないな。あの男は剣にとりつかれた鬼だったからな」
「こうしてすべてが水の泡になると思いますよ。あのとき殺したいほど憎んだ男といまの私、やっていることは同じではないかと」
「だから先程も言ったであろう? 諦めろって。こんな手段で授けた力なんて、子供には重荷でしかないさ」
「そうですね。それにいまのお話で初めて知ったこともありますよ。サトルが入れ替わっていたことにアナタもナツコも気づいていたのですね。自分だけの秘密だとほくそ笑んでいた二十年がとんだお笑い草ですよ」
「笑うものか。それにナツコはすり替えたのがキミだと察したからこそ黙認したんだから」
「はい?」
「ナツコの子……もうひとりのサトルもわしの子には違いない。一途にわしを思ってくれていたキミがサトルに危害を加えるわけがないと、アイツもキミを信じたんだ」
「それは買いかぶり過ぎです。現にあのときの赤子の事など私は知らない。あの日、すり替えて用済みになった赤子がどうなったかなんて、私の記憶にはございませんよ」
「嘘をつくな。あのときのように手が震えておる」
「なら問い詰めないのですか?」
「その必要はなかろう。サトルの友人の関くん。彼がもうひとりのサトルなのだろうから」
「な、なぜ……」
「彼の店の出資者はキミだと言うじゃないか。いくらサトルの友人だからと言って、キミがわしやサトル以外の相手にここまで尽くしたことなんて他にないのだからさもありなん。罪の意識か、それともわしの子には違いないからなのかはあえて聞かないでおくがな」
「う、うう」
「いまさらあの子も『わしらが両親だ』なんて言われても迷惑しかなかろうがな。この事はわしもナツコも墓場まで持っていくつもりだ。だから女鬼島くんもわかっているだろう?」
「もちろんです」
子供をすり替えたユーリは、自分の息子が土井垣サトルとして育てられたことを内心でほくそ笑んでいた。それと同時に孤児院へと預けた本来のサトルに対しても注意を怠らなかった。
それはタケシの子供であるという理由が半分に、本物のサトルもまた自分の管理下にあり、それをナツコは知らないという優越感が半分。
だが彼女は罪悪感もあってか、若くして自分の店を欲した彼の願いを叶えていた。
使用人として衣食住に困らないユーリは給金には必要最低限仕手をつけずにいた。そのお金を元に、すり替えで彼を孤児の身分に貶めた詫びとして、彼女は関に援助していた
「そろそろ時間か。お別れだなユーリ」
「私も良い夢を見させて頂きましたタケシさん」
時間になり、やってきた皆川の部下の手でユーリは連れていかれた。
五人の殺人犯として処断されるであろうユーリの罪はおそらく死刑に違いがない。面会も許されず、これが最後の別れであろうことはメルも察していた。
そこでようやくタケシが自分から見張りを買って出た理由にメルも気がつく。出来るだけ彼女との最後の刻を長く過ごしたかったのだと。
土井垣サトルを操って五人の女性を殺害したユーリはもはや許されざる存在となっていた。
今生の別れとなるであろう彼女の顔をまじまじと見つめ、三十年の時間を振り返っていたタケシの前に、メルがやって来た。
「失礼します」
「中に入ったら鍵をかけてくれ。万が一にもサトルに聞かれるわけにはいかない」
メルに命じてドアに鍵をかけさせたのはサトルを遠ざけるため。まさか信用していたユーリに操られて人殺しを繰り返したともし彼が知れば、罪の意識から腹を切りかねないだろうとの配慮である。
それに彼の出生の秘密は出来るだけ隠したいとタケシは考えていた。本来のサトルではない彼をサトルとして育てた親として、その時間を偽りにするわけにはいかないからだ。
「楽にしなさい。キミが来るまでの間に、すでに彼にはこの事を知らせてある」
「畏まりました」
彼とはメルをこの家に派遣した皆川のことなのは言うまでもない。メルはタケシの指示に従って椅子に腰かける。
「じきにユーリの身柄は彼の部下が引き取りに来るだろう。それまではわしが責任を持ってユーリを見張らせてもらうよ」
「でしたらボクがやります。旦那様の手を煩わせるわけにはいきません」
「それは気遣いか? それともわしが信用できないのかな」
「いいえ、ボクの役目だからです」
「なら少しわしの昔話に付き合ってくれ。黙っているよりは気が楽になる」
それからタケシはメルに自分の過去を語った。
ユーリとの出会いや悲劇的な破局、そして様々な感情が渦巻く帰って来てからのユーリのことを。
タケシはその過程でサトルが自分とユーリの間に産まれた子供であることも他言無用と前置きしてメルに明かしていた。
一通り語り尽くしたタケシが深い溜め息を一つつくと、それを微かな鼻息で笑う誰かの声が部屋に響く。語っている間に気絶から覚醒していたユーリがその溜め息に微笑んだのだ。
「いまのはユーリか。いつから起きていた?」
「大旦那様の葬儀のあたりから。まったく、あのときは胸がすく思いでしたよ」
「キミがオヤジを嫌うのは当然として、わしもオヤジとは仲が良かったとは口が裂けても言えないな。あの男は剣にとりつかれた鬼だったからな」
「こうしてすべてが水の泡になると思いますよ。あのとき殺したいほど憎んだ男といまの私、やっていることは同じではないかと」
「だから先程も言ったであろう? 諦めろって。こんな手段で授けた力なんて、子供には重荷でしかないさ」
「そうですね。それにいまのお話で初めて知ったこともありますよ。サトルが入れ替わっていたことにアナタもナツコも気づいていたのですね。自分だけの秘密だとほくそ笑んでいた二十年がとんだお笑い草ですよ」
「笑うものか。それにナツコはすり替えたのがキミだと察したからこそ黙認したんだから」
「はい?」
「ナツコの子……もうひとりのサトルもわしの子には違いない。一途にわしを思ってくれていたキミがサトルに危害を加えるわけがないと、アイツもキミを信じたんだ」
「それは買いかぶり過ぎです。現にあのときの赤子の事など私は知らない。あの日、すり替えて用済みになった赤子がどうなったかなんて、私の記憶にはございませんよ」
「嘘をつくな。あのときのように手が震えておる」
「なら問い詰めないのですか?」
「その必要はなかろう。サトルの友人の関くん。彼がもうひとりのサトルなのだろうから」
「な、なぜ……」
「彼の店の出資者はキミだと言うじゃないか。いくらサトルの友人だからと言って、キミがわしやサトル以外の相手にここまで尽くしたことなんて他にないのだからさもありなん。罪の意識か、それともわしの子には違いないからなのかはあえて聞かないでおくがな」
「う、うう」
「いまさらあの子も『わしらが両親だ』なんて言われても迷惑しかなかろうがな。この事はわしもナツコも墓場まで持っていくつもりだ。だから女鬼島くんもわかっているだろう?」
「もちろんです」
子供をすり替えたユーリは、自分の息子が土井垣サトルとして育てられたことを内心でほくそ笑んでいた。それと同時に孤児院へと預けた本来のサトルに対しても注意を怠らなかった。
それはタケシの子供であるという理由が半分に、本物のサトルもまた自分の管理下にあり、それをナツコは知らないという優越感が半分。
だが彼女は罪悪感もあってか、若くして自分の店を欲した彼の願いを叶えていた。
使用人として衣食住に困らないユーリは給金には必要最低限仕手をつけずにいた。そのお金を元に、すり替えで彼を孤児の身分に貶めた詫びとして、彼女は関に援助していた
「そろそろ時間か。お別れだなユーリ」
「私も良い夢を見させて頂きましたタケシさん」
時間になり、やってきた皆川の部下の手でユーリは連れていかれた。
五人の殺人犯として処断されるであろうユーリの罪はおそらく死刑に違いがない。面会も許されず、これが最後の別れであろうことはメルも察していた。
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