東京妖刀奇剣伝

どるき

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真田探偵事務所

出会い

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 試験が行われてからしばらくの時が過ぎた6月冒頭のこと。
 帯刀許可証が発行されて正式に士となった甫のもとには公的機関「AKM」からライセンスカードと実地研修の案内が届いていた。
 研修先は上野にある探偵事務所で期間は半年。
 そこでの成果で士としての今後の扱いを左右すると書かれていた。

「実地研修かあ。普通は平日に警察署でやるらしいから時間次第では留年する覚悟ではいたけれど……泊まり込み前提の代わりに週末だけで良いのは気が楽だ」

 甫は士になるにあたり両親からは高校までは必ず卒業するように言われていた。
 おそらく学業を捨ててまで目指すなという釘の意味もあったのだろう。
 結果としては初めての受験で一発合格なのだから齢15にして手に職を付けたわけだが子を想う両親の方針は変わらない。
 そのため甫としては実地研修が原因で留年する心配が無くなったことは喜ばしい。
 だが案内を見ながら彼には新たな疑問が生じる。
 情報に乏しい、この真田探偵事務所とは何なのかと。
 士が産まれる前だと妖刀事件は警察よりもオカルトの範疇として怪しげな探偵などがよく関わっていたらしいとは甫も音に聞く。
 だけど今年設立したばかりだという真田探偵事務所がこのような古強者とはとても思えない。
 こんな場所で実地研修とは何をやらされるのだろうか。
 少しだけ不安に思いながら電車に揺られる甫の持ち物は「南部」という官給奇剣と二泊三日の宿泊セット。
 着替えはスーツケースに入れて多めに持たされていた。
 真田探偵事務所は上野にあるので駅からは電車1本1時間強。
 駅の改札を出てすぐに案内人が待っているらしい。

「待ち合わせは公園口……ヨシ!」

 電車が上野に到着する直前に最後の確認をした甫だったが連絡を受けていた案内人が待つ公園口のことを彼は甘く見てしまう。
 上野駅は複数の改札口を持つ大きな駅なわけだが他の改札口に行くために一旦外に出てしまうと内側を移動する場合と比べて複雑になる。
 改札一つが当たり前の地方民特有のうっかりで不忍口で一度切符を切ってしまった甫は焦ってしまう。
 待ち合わせまで30分の余裕を持っていたのにコレではと自重しながら小走りで歩く彼は人波に揉まれての不可抗力で一人の女性にぶつかってしまった。
 相手は160センチと小柄な甫より背が高い。
 少年らしい短髪の甫とは対象的な黒髪のロングヘアをなびかせて170センチほどの身長は背丈だけでなく様々な場所も大きい。
 なまじ母親が美形のためか異性の魅力に対して疎かった甫が一目で惹かれるその女性がこれから相棒となる予定の相手──真田律子であるのは運命的なモノかもしれない。

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「わたしのほうこそ」

 甫とぶつかった律子はこの瞬間が彼とはほぼ初対面。
 いちおう先日の帯刀許可証試験のおりに律子は彼の剣技を見てはいるが1ヶ月近くも前のことで記憶は薄れていた。
 この日の律子は甫と同様に天樹の手引きで待ち合わせをしていたわけだが、途中怪しい気配を感じて駅構内を散策していたのが今。
 探偵……特に祖母のような直感に秀でたソレを目指すうえでは、多少待ち合わせに遅れてもカンに従うべきというのが彼女の方針だった。
 自分より背の低い少年とぶつかって、相手がよろけたのを見れば律子も当然のように手を差し出す。
 見たところ大きなバッグと長い棒状のものが入った釣具入れのようなケースを持つ彼に律子はカマをかけた。

「その荷物……もしかしてキミは士ってやつかな? まだ中学生くらいなのに凄いじゃない」

 なにせ律子は祖母譲りの素質で細長いケースから漂う妖気を知覚している。
 否定すれば即ち先ほど感じた怪しい気配の元に他ならないと、初手柄を前に緩みかける顔を装うのに必死に繕っていた。
 そんな律子の装った笑顔が甫には無性に眩しい。
 色を知らない少年は大人のお姉さんにハートを射抜かれてしまう。
 差し出された律子の手を緊張しながら握りかけて、最終的に躊躇した甫は質問に答えた。

「よ、よくわかりましたね。僕は石神甫。免許は取ったばかりだけど一応歴とした士です」

 一目惚れというやつのせいであろうか。
 律子のカマに対して甫は憶えてもらいたい一心で馬鹿正直に名前を名乗っていた。
 一方でアテがハズレた律子は少し落胆するが、逆に言えば今探している怪しい気配を調べる上で士を味方に付けられれば心強いと算盤を弾く。
 そこでダメで元々という軽い気持ちで甫誘うことにした。

「いしが……じゃあキミはハジメくんね。わたしは名探偵の律子。いきなりで申し訳ないけれど……ちょっとわたしに手を貸してくれないかな?」

 律子の唐突な申し出。
 しかも内容すらも語らずに手を貸せという、多くの人間が丁重にお断りする案件。
 甫もこの申し出を受けたら約束の時間に間に合わないだろうことなど目に見えている。
 だけどこの律子という女性との縁はこれが最初で最後ではないかと彼は感じていた。
 なので通信機器を取り出した甫は事前に受けていた連絡先に対して「私用により遅れます」とメッセージを送る。
 そのうえで甫は先方からの返事も待たずに首を縦に振った。

「僕が士だと知ったうえでの申し出ということは妖刀事件ですよね。もちろん何でも手を貸しますよ」
(まさか本当に協力してくれるだなんて。でもコレで勝てるわ)

 ダメもとのスカウトが成功したことで早くもニンマリな律子。
 その少し緩んだ顔は妙に艶やかで15歳の少年には刺激が強い。
 そんな自分に欲情する相手の好意を善意によるものだと勘違いしている律子は少し他人とはズレている。
 例えばプロポーションに自身を持っている割には自分が性的な目線を異性から受けることに無防備なところなど。
 学生時代に異性にそのようなアプローチを受けた経験がない律子は眼の前の少年が向ける眼差しがソレであると気づいていなかった。

「それでは早速わたしに付いてきて」

 はぐれぬように握った手に走る甫の緊張。
 その気がさきほどまでおぼろげだった律子のトランスに火を付けていく。

(なんだかよくわからないけれど……なんだかよくわかる)

 甫の手を引く律子の足取りは力強い。
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