6 / 40
聖痣の姫と主亡き獣
強盗
しおりを挟む
エビゾー家を出発して3時間ほどが経過した正午前。
ヒメノは川沿いで荷物を解いて一休みすることにした。
杖の先に座布団を差し込んで使用する一本椅子に腰掛けて、水を浄化する聖石入りの水筒にくんだ水を片手にかじるのは猪肉の燻製。
女の子の食事としてはややワイルドだが猟師としてはむしろ大人しい。
「なかなか遠いな王都は」
食事がてらにダイサクからもらった地図を広げたヒメノはその距離に小さなため息をついてしまう。
今居る場所がアースデンの農耕地帯で、そこから30キロほど北に進むとフジシロという町がある。
さらに10キロ強の市街地と5キロの森を通った先にあるスノーイン山の頂上にストーンヒル王国王都パチゴーが築かれていた。
いわば王都は天然の要塞であり、それ故に交通の便が悪い。
馬で行こうにもスノーイン山を登りきれる健脚の馬は少なく、麓から荷物を王都まで運ぶ船引き人夫が大きな需要があるほどだ。
スノーイン山の麓まで行くのに寄り道無しで二日かかるとして、山を登るのは何日かかるであろう。
だが王都の騎士はこの山登りを鍛錬に活用しているそうなので、自分にとっても丁度いい鍛錬になるかもしれないな。
そうポジティブに気持ちを切り替えて食事を終えたヒメノが農道を歩いていると、農家の御婦人がしている噂話がヒメノの耳に届く。
「サーカエの方で事件があったんだってさ」
「麦問屋が襲われた件でしょう? 見張り番が無惨な目にあったとかいう」
「そうそう」
通りすがりに聞いた話。
しかもサーカエは現時点から農耕用に掘られた支流に沿って西にある町で王都を目指すヒメノとしては寄り道である。
物騒な話だし寄り道は避けよう。
そう思っていたのだがつい立ててしまった聞き耳にヒメノは惹かれてしまう。
「内側から破裂していたんだってね。ありゃあ化け物の仕業だよ」
化け物の仕業───普通の人には無理そうな、人体破裂による惨殺が行われたと聞き、ヒメノは彼らの影を感じ取った。
気を操る痣の力を使えば人体を内側から破裂させることも可能だろう。
やろうと思えば自分もできる。
ならばその現場に向かってみてもし犯人が奴らならば戦うのが筋だろう。
予定を変更したヒメノは進路を左に取りサーカエに向かった。
途中さらに大回りをしたヒメノは近くの林に入ると、新品の弓をカバンから取り出す。
この弓はエビゾーと別れたあと、町を出発する前に購入しておいた物だ。
自宅には使い慣れた弓があったわけだが、置き去りにして出発したのでその代わりである。
真新しい弦を弓に張ったヒメノは慣れた手付きで張り具合を調整し、軽く矢をつがえる。
そのまま5メートルほど先にある木に向けて矢を放つと、狙ったよりもすこし右に矢が飛んで木の横を掠めて後ろに飛んでいった。
誤差としては狙いの木に当たったので上等。
あとは微調整をしつつ新しい矢の放ち方を試したヒメノはそれに手応えを持ってサーカエに入った。
サーカエは農家の町で宿泊施設は一つだけ。
ヒメノも到着して早々に手続きをしたのだが、既に2組の先客がいるようだ。
一組めは隣国デジマから来た、熱を出して寝込んでいる弟を看病するために滞在している兄弟。
二組めはどこから来たのか明かさない旅人。
もしどちらかが奴らの仲間で昨夜の蛮行を引き起こしたとするのならば、旅人のほうが怪しいだろうか。
そう考えながら部屋を確保したヒメノは前金を支払って事件現場の野次馬に向かった。
既に現場は遺体を葬儀屋が運んだことで綺麗になっており死体はない。
襲われた場所にあった柵や倉庫も大きく破壊されており、作業をしている麦問屋の人間は煉瓦を積んで壁の補修をしているようだ。
気になるのは補修作業をしている男性たちの後ろをウロウロと歩いている大きな犬。
あの犬は何であろう。
「コイツは昨夜殺されたツキタケさんが飼っていた犬さ。名前は確か……キジノハと呼んでいたかな」
まるで何かを探しているように見えるその犬に自分を重ねたヒメノは手荷物から燻製肉を取り出すと匂いに気づいた犬はヒメノに歩み寄る。
ご主人が殺されたのが昨夜と言うことは、それから何も食べていないのかもしれない。
「食べるか?」
キジノハは賢い犬のようだ。
ヒメノの言葉を理解して「わん」と返事をした彼はヒメノから肉を受け取ってかじり出す。
食べ終わるまでしばしその様子をヒメノは眺めていたが食べ終わったツキタケはおかわりの要求なのか再び吠えた。
仕方がないなともう一切れを取り出したヒメノだったがどうやらキジノハの望みは違うようだ。
プイっと踵を返したキジノハは少し歩くとヒメノに振り向く。
まるでついてこいと言わんばかりの態度を見て歩み寄るヒメノを牽引するキジノハはそのまま町の外に彼女を連れ出した。
夕焼け空になるまで付き合ったヒメノが連れて行かれたのは町に入る前に弓の試し打ちをした林の中。
その奥にある大きな木の下で歩みを止めたキジノハは何かを伝えたい様子で吠える。
「この木───」
キジノハの視線の先を見たヒメノはその根本にあるものに気がつく。
「危ないよ」
それはヒメノも地元では見つけても避けるようにしている熊の巣穴だった。
ストーンヒル王国周辺に生息する石熊という品種は普段は温厚なのだが巣穴に入られると暴れ狂う性質がある。
そのため人に飼われている熊が旅芸人のお供として愛玩される一方で、野生の熊は危険な猛獣として恐れられていた。
そんな熊に吠えるキジノハをヒメノは抱きかかえるのだが彼は悶える。
「こら。殺されたいの?」
しばらく抱きかかえているとようやく落ち着いたのか動きを止めた。
それを見たヒメノに腕の中からおろされると、キジノハはトボトボとした足取りで町の方へ戻っていった。
「まさかね」
もしかしたらツキタケを殺した犯人がこの巣穴に逃げ隠れているのかもしれない。
その疑惑だけで熊に喧嘩を売ることになったらリスクが大きいし、なにより熊を暴れさせた場合に一方的な都合でサンスティグマを使って殺すのも気が引ける。
なので無影灯でちらりと照らして中を検めてみたのだが、一匹の熊が気持ちよさそうに寝ているだけだった。
起こせば暴れさせることになる。
起きないうちにと後ずさりをしたヒメノも町に戻る頃には日が沈んで次の日を迎えていた。
ヒメノは川沿いで荷物を解いて一休みすることにした。
杖の先に座布団を差し込んで使用する一本椅子に腰掛けて、水を浄化する聖石入りの水筒にくんだ水を片手にかじるのは猪肉の燻製。
女の子の食事としてはややワイルドだが猟師としてはむしろ大人しい。
「なかなか遠いな王都は」
食事がてらにダイサクからもらった地図を広げたヒメノはその距離に小さなため息をついてしまう。
今居る場所がアースデンの農耕地帯で、そこから30キロほど北に進むとフジシロという町がある。
さらに10キロ強の市街地と5キロの森を通った先にあるスノーイン山の頂上にストーンヒル王国王都パチゴーが築かれていた。
いわば王都は天然の要塞であり、それ故に交通の便が悪い。
馬で行こうにもスノーイン山を登りきれる健脚の馬は少なく、麓から荷物を王都まで運ぶ船引き人夫が大きな需要があるほどだ。
スノーイン山の麓まで行くのに寄り道無しで二日かかるとして、山を登るのは何日かかるであろう。
だが王都の騎士はこの山登りを鍛錬に活用しているそうなので、自分にとっても丁度いい鍛錬になるかもしれないな。
そうポジティブに気持ちを切り替えて食事を終えたヒメノが農道を歩いていると、農家の御婦人がしている噂話がヒメノの耳に届く。
「サーカエの方で事件があったんだってさ」
「麦問屋が襲われた件でしょう? 見張り番が無惨な目にあったとかいう」
「そうそう」
通りすがりに聞いた話。
しかもサーカエは現時点から農耕用に掘られた支流に沿って西にある町で王都を目指すヒメノとしては寄り道である。
物騒な話だし寄り道は避けよう。
そう思っていたのだがつい立ててしまった聞き耳にヒメノは惹かれてしまう。
「内側から破裂していたんだってね。ありゃあ化け物の仕業だよ」
化け物の仕業───普通の人には無理そうな、人体破裂による惨殺が行われたと聞き、ヒメノは彼らの影を感じ取った。
気を操る痣の力を使えば人体を内側から破裂させることも可能だろう。
やろうと思えば自分もできる。
ならばその現場に向かってみてもし犯人が奴らならば戦うのが筋だろう。
予定を変更したヒメノは進路を左に取りサーカエに向かった。
途中さらに大回りをしたヒメノは近くの林に入ると、新品の弓をカバンから取り出す。
この弓はエビゾーと別れたあと、町を出発する前に購入しておいた物だ。
自宅には使い慣れた弓があったわけだが、置き去りにして出発したのでその代わりである。
真新しい弦を弓に張ったヒメノは慣れた手付きで張り具合を調整し、軽く矢をつがえる。
そのまま5メートルほど先にある木に向けて矢を放つと、狙ったよりもすこし右に矢が飛んで木の横を掠めて後ろに飛んでいった。
誤差としては狙いの木に当たったので上等。
あとは微調整をしつつ新しい矢の放ち方を試したヒメノはそれに手応えを持ってサーカエに入った。
サーカエは農家の町で宿泊施設は一つだけ。
ヒメノも到着して早々に手続きをしたのだが、既に2組の先客がいるようだ。
一組めは隣国デジマから来た、熱を出して寝込んでいる弟を看病するために滞在している兄弟。
二組めはどこから来たのか明かさない旅人。
もしどちらかが奴らの仲間で昨夜の蛮行を引き起こしたとするのならば、旅人のほうが怪しいだろうか。
そう考えながら部屋を確保したヒメノは前金を支払って事件現場の野次馬に向かった。
既に現場は遺体を葬儀屋が運んだことで綺麗になっており死体はない。
襲われた場所にあった柵や倉庫も大きく破壊されており、作業をしている麦問屋の人間は煉瓦を積んで壁の補修をしているようだ。
気になるのは補修作業をしている男性たちの後ろをウロウロと歩いている大きな犬。
あの犬は何であろう。
「コイツは昨夜殺されたツキタケさんが飼っていた犬さ。名前は確か……キジノハと呼んでいたかな」
まるで何かを探しているように見えるその犬に自分を重ねたヒメノは手荷物から燻製肉を取り出すと匂いに気づいた犬はヒメノに歩み寄る。
ご主人が殺されたのが昨夜と言うことは、それから何も食べていないのかもしれない。
「食べるか?」
キジノハは賢い犬のようだ。
ヒメノの言葉を理解して「わん」と返事をした彼はヒメノから肉を受け取ってかじり出す。
食べ終わるまでしばしその様子をヒメノは眺めていたが食べ終わったツキタケはおかわりの要求なのか再び吠えた。
仕方がないなともう一切れを取り出したヒメノだったがどうやらキジノハの望みは違うようだ。
プイっと踵を返したキジノハは少し歩くとヒメノに振り向く。
まるでついてこいと言わんばかりの態度を見て歩み寄るヒメノを牽引するキジノハはそのまま町の外に彼女を連れ出した。
夕焼け空になるまで付き合ったヒメノが連れて行かれたのは町に入る前に弓の試し打ちをした林の中。
その奥にある大きな木の下で歩みを止めたキジノハは何かを伝えたい様子で吠える。
「この木───」
キジノハの視線の先を見たヒメノはその根本にあるものに気がつく。
「危ないよ」
それはヒメノも地元では見つけても避けるようにしている熊の巣穴だった。
ストーンヒル王国周辺に生息する石熊という品種は普段は温厚なのだが巣穴に入られると暴れ狂う性質がある。
そのため人に飼われている熊が旅芸人のお供として愛玩される一方で、野生の熊は危険な猛獣として恐れられていた。
そんな熊に吠えるキジノハをヒメノは抱きかかえるのだが彼は悶える。
「こら。殺されたいの?」
しばらく抱きかかえているとようやく落ち着いたのか動きを止めた。
それを見たヒメノに腕の中からおろされると、キジノハはトボトボとした足取りで町の方へ戻っていった。
「まさかね」
もしかしたらツキタケを殺した犯人がこの巣穴に逃げ隠れているのかもしれない。
その疑惑だけで熊に喧嘩を売ることになったらリスクが大きいし、なにより熊を暴れさせた場合に一方的な都合でサンスティグマを使って殺すのも気が引ける。
なので無影灯でちらりと照らして中を検めてみたのだが、一匹の熊が気持ちよさそうに寝ているだけだった。
起こせば暴れさせることになる。
起きないうちにと後ずさりをしたヒメノも町に戻る頃には日が沈んで次の日を迎えていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる