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聖痣の姫とドックウッド家
出発前日
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夕食会の翌朝、朝稽古の場でヒメノはガクリンらに昨夜の出来事を話した。
あと5日後にヒメノはドックウッド家を離れてトゥルースと共に一ヶ月の外遊に出かけるわけだが、予定の期間が終わればまたこの家に帰ってくるとはいえもし外遊中にサンスティグマーダーの人間と交戦すれば確実に帰ってこれる保証はない。
無論まったく出会わなければ無駄足に終わるわけだし、ヒメノとて戦う以上は相手を殺してでも生き延びて帰還するつもりである。
それでも万が一を考えているヒメノの面持ちは神妙になっていた。
「──だからいまさらだけど……出発までの期間で、二人には出来るだけボクを鍛えてほしい。あらためてお願いしてもいいかな?」
「ヒメノの特訓にはいくらでも付き合うぜ。むしろ俺もその旅に同行したいくらいだ」
「いけませんよ。教習所の授業もありますし、何よりトゥルース先生は同行を許可しないでしょうから」
「ボクとしても勧められないよ。奴らと戦うのはいつ死んでもおかしくない危険な行為なんだから」
「だったらヒメノこそそんなことは辞めちまえよ。いくらトゥルース先生と一緒に行くとはいえ俺より弱いんだからさ」
「それも一理ありますね。ヒメノちゃんも私と一緒にガクリン様のメイドになれば良いじゃない。お父さんの仇討ちをしたいってのも理解できますが、新しい道を模索するのも良いものよ」
「それは出来ないよ。お姉ちゃんの提案はボクも嬉しいけれど、ボクは仇討ち以上に奴らからサンスティグマを取り返すっていう使命があるから」
「取り返す? どういうことよ」
「ダイサク伯父上の手紙に書いてあった話か。父親が亡くなったショックで大げさに書いているだけかと軽く受け取っていたが……赤子の頃のヒメノが無意識に奴らにサンスティグマを与えてしまったのがすべての発端という話はただの与太じゃなかったのか?」
「理屈じゃないけれどボクにはわかるんです。普通だったら赤子の頃の記憶なんて取り戻してもただの夢だと思うでしょうが、この巻物がボクにとってはそれが真実だと示す証拠ですから」
ヒメノはそう言うと部屋から持ってきて稽古を見物中のキジノハに預けていた巻物をガクリンに見せた。
「読んでみてもいいか?」
「読めるものなら」
この巻物はサンスティグマを持つ人間にだけ読める古文書。
なので読んでみたいと言うガクリンにヒメノは読めないだろうと思った上でそれを見せる。
もとより今日はそのつもりで巻物を持ってきていた。
ガクリンはおもむろに広げてアズミと並んで巻物を読もうとするが、小首を傾げているあたりやはり読めていない。
しかし何かを理解したと言わんばかりの顔をした彼は巻物を巻き直してヒメノに返した。
「何が書いてあるのか本当に意味わからねえな。だけどこれを読んだヒメノが赤子の頃を思い出して、その内容がサンスティグを悪人の手に渡したというのが本当なんだろうと俺も肌で感じる。たぶん俺やアズミは騎士団式剣術を通して精気の扱い方を学んでいるからなんだろうな。サンスティグマも五大元素を司る聖なる痣を通して精気を操る回路だという話だし、剣気術を身に着けた俺にも多少は巻物の内容がわかるんだろう、きっと」
「ありがとう。信じてくれて」
「だけど余計に俺じゃ足手まといだから連れていけないってのは頂けないなあ。俺も来年には正式な騎士になって近衛騎士団員として悪人や魔物と戦う予定の男だぜ」
「ですからガクリン様……」
「わかったよアズミ。だけど助けがほしいときは何時でも手紙を書いて俺たちを呼んでくれ。馬を飛ばして駆けつけるからさ」
「わかった。そのときは頼むよ。だけど来るのはいいけれどトゥルース先生に見つかって怒られないようにしてね」
「ああ」
自分の抱えていた秘密を二人に話したからだろう。
どことなくスッキリとしたヒメノの顔を見たアズミはこの話を頃合いだと判断して切り上げる。
「ではおしゃべりはそろそろお開きにしましょう。こうなったらあと5日。ヒメノちゃんは出来ればガクリン様に勝てるくらい強くなってくれないと、安心して送り出せません」
「それは正解だ。早速だけど組打ち稽古をお願いしてもいいかな、お姉ちゃん」
「もちろん。だけど今日は負けないんだから」
それから出発の前日まで時間の許す限り三人は組打ち稽古でヒメノの特訓に明け暮れた。
今回ばかりはアズミもガクリンに出された座学の宿題を手伝ったり、教習所での座学の授業でガクリンが居眠りをすれば板書を引き継いでフォローしたりと八面六臂の活躍である。
そのせいで稽古二日目から落ち気味だったヒメノとの戦績がさらに悪化してしまったわけだがそれは流石に仕方がない。
だがそのおかげで組打ち稽古には万全の体調で向き合えたガクリンは相乗的な彼の成長も相まってヒメノは一度も勝てぬまま出発の前日になってしまっていた。
残りあと一日。
それまでにヒメノは一度でいいからガクリンとの組打ち稽古に勝ちたいと願う。
あと5日後にヒメノはドックウッド家を離れてトゥルースと共に一ヶ月の外遊に出かけるわけだが、予定の期間が終わればまたこの家に帰ってくるとはいえもし外遊中にサンスティグマーダーの人間と交戦すれば確実に帰ってこれる保証はない。
無論まったく出会わなければ無駄足に終わるわけだし、ヒメノとて戦う以上は相手を殺してでも生き延びて帰還するつもりである。
それでも万が一を考えているヒメノの面持ちは神妙になっていた。
「──だからいまさらだけど……出発までの期間で、二人には出来るだけボクを鍛えてほしい。あらためてお願いしてもいいかな?」
「ヒメノの特訓にはいくらでも付き合うぜ。むしろ俺もその旅に同行したいくらいだ」
「いけませんよ。教習所の授業もありますし、何よりトゥルース先生は同行を許可しないでしょうから」
「ボクとしても勧められないよ。奴らと戦うのはいつ死んでもおかしくない危険な行為なんだから」
「だったらヒメノこそそんなことは辞めちまえよ。いくらトゥルース先生と一緒に行くとはいえ俺より弱いんだからさ」
「それも一理ありますね。ヒメノちゃんも私と一緒にガクリン様のメイドになれば良いじゃない。お父さんの仇討ちをしたいってのも理解できますが、新しい道を模索するのも良いものよ」
「それは出来ないよ。お姉ちゃんの提案はボクも嬉しいけれど、ボクは仇討ち以上に奴らからサンスティグマを取り返すっていう使命があるから」
「取り返す? どういうことよ」
「ダイサク伯父上の手紙に書いてあった話か。父親が亡くなったショックで大げさに書いているだけかと軽く受け取っていたが……赤子の頃のヒメノが無意識に奴らにサンスティグマを与えてしまったのがすべての発端という話はただの与太じゃなかったのか?」
「理屈じゃないけれどボクにはわかるんです。普通だったら赤子の頃の記憶なんて取り戻してもただの夢だと思うでしょうが、この巻物がボクにとってはそれが真実だと示す証拠ですから」
ヒメノはそう言うと部屋から持ってきて稽古を見物中のキジノハに預けていた巻物をガクリンに見せた。
「読んでみてもいいか?」
「読めるものなら」
この巻物はサンスティグマを持つ人間にだけ読める古文書。
なので読んでみたいと言うガクリンにヒメノは読めないだろうと思った上でそれを見せる。
もとより今日はそのつもりで巻物を持ってきていた。
ガクリンはおもむろに広げてアズミと並んで巻物を読もうとするが、小首を傾げているあたりやはり読めていない。
しかし何かを理解したと言わんばかりの顔をした彼は巻物を巻き直してヒメノに返した。
「何が書いてあるのか本当に意味わからねえな。だけどこれを読んだヒメノが赤子の頃を思い出して、その内容がサンスティグを悪人の手に渡したというのが本当なんだろうと俺も肌で感じる。たぶん俺やアズミは騎士団式剣術を通して精気の扱い方を学んでいるからなんだろうな。サンスティグマも五大元素を司る聖なる痣を通して精気を操る回路だという話だし、剣気術を身に着けた俺にも多少は巻物の内容がわかるんだろう、きっと」
「ありがとう。信じてくれて」
「だけど余計に俺じゃ足手まといだから連れていけないってのは頂けないなあ。俺も来年には正式な騎士になって近衛騎士団員として悪人や魔物と戦う予定の男だぜ」
「ですからガクリン様……」
「わかったよアズミ。だけど助けがほしいときは何時でも手紙を書いて俺たちを呼んでくれ。馬を飛ばして駆けつけるからさ」
「わかった。そのときは頼むよ。だけど来るのはいいけれどトゥルース先生に見つかって怒られないようにしてね」
「ああ」
自分の抱えていた秘密を二人に話したからだろう。
どことなくスッキリとしたヒメノの顔を見たアズミはこの話を頃合いだと判断して切り上げる。
「ではおしゃべりはそろそろお開きにしましょう。こうなったらあと5日。ヒメノちゃんは出来ればガクリン様に勝てるくらい強くなってくれないと、安心して送り出せません」
「それは正解だ。早速だけど組打ち稽古をお願いしてもいいかな、お姉ちゃん」
「もちろん。だけど今日は負けないんだから」
それから出発の前日まで時間の許す限り三人は組打ち稽古でヒメノの特訓に明け暮れた。
今回ばかりはアズミもガクリンに出された座学の宿題を手伝ったり、教習所での座学の授業でガクリンが居眠りをすれば板書を引き継いでフォローしたりと八面六臂の活躍である。
そのせいで稽古二日目から落ち気味だったヒメノとの戦績がさらに悪化してしまったわけだがそれは流石に仕方がない。
だがそのおかげで組打ち稽古には万全の体調で向き合えたガクリンは相乗的な彼の成長も相まってヒメノは一度も勝てぬまま出発の前日になってしまっていた。
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